酔雲庵


インプロビゼーション

〜閉ざされた闇の中から〜

井野酔雲







06.なんた浜で作戦会議




 最上階にあるバーのカウンターで一人、バーテンと話をしながら泡盛を飲んでいた静斎を誘ってホテルを出た。近くにうまい沖縄料理を食べさせる居酒屋があるので、そこに行くという。

 『なんた浜』という名の居酒屋は観光客らしいお客で賑わっていた。店内には沖縄民謡が流れ、沖縄に来た事を実感させてくれた。

 入り口で冬子が四人と言うと、作務衣(さむえ)姿のウェイトレスが個室に案内してくれた。ウェイトレスの顔つきも何となく沖縄っぽい可愛い顔をしていた。

 注文は冬子とみどりに任せ、まずはオリオンビールで乾杯した。

 次から次へと私の知らない沖縄料理が出て来た。ゴーヤー・チャンプルー、ナーベラ・ンプシー、パパイヤ・イリチー、スーチカー、ミミガー、テビチ汁など、まるで、外国に来たような奇妙な名前の料理が並んだ。

「久し振りのウチナー料理はうまいのう」と静斎は言いながら、パクパクと口に運んだ。

 私も腹が減っていたので、珍しい料理を充分に堪能した。冬子も腹が減っていたとみえて食欲旺盛だったが、みどりだけは箸(はし)が進まなかった。

 ようやく、お腹(なか)も落ち着いた頃、冬子が「そろそろ作戦会議を始めましょ」と言った。

「ねえ、これからどうするつもりですか」と冬子は私に聞いた。

 私は泡盛のオン・ザ・ロックを飲むとうなづいた。

「うまい沖縄料理を食べて、うまい泡盛も飲んだから、二次会はカラオケでも行くか」

「ふざけないで下さい」と冬子は怖い顔して睨(にら)んだ。

「冗談だよ」と私は謝った。

 静斎が声を出して笑った。

「まずは、田島さんが行ったという新しいガマを捜さなくてはならない」と私は言った。

「そのガマの中で怪我をして、動けなくなっちゃったんでしょうか」とみどりが暗い顔つきで言った。

「ガマというのは鍾乳洞の事でしたね」と私は言った。「鍾乳洞なら足場も悪いし、中は真っ暗でしょう。足を滑らせて怪我をして出られなくなったという事は充分に考えられます」

「今も真一さんは苦しんでいるのかもしれない」とみどりは言って俯いた。

「誰もそのガマの事を知らなかったのか」と私は冬子に聞いた。

「真一さんが新しいガマを捜している事を知ってはいても、新しいガマを捜した事を知っている人は誰もいませんでした」

「そうか。明日、もう一度、聞き回るしかないな。誰かが知っていれば、すぐに見つかるだろう。それと、真一さんの部屋に、その事に関する手掛かりはなかったのか、地図とかメモとか」

 冬子は首を振った。「真一さんが調べた事はみんなパソコンに入っていて、パスワードはみどりも知らないの。だから見られない」

「パスワードか」

「地図には書いてあると思いますけど」とみどりが言った。「その地図は真一さんがいつも持ち歩いているバッグの中に入ってます」

「コピーがあればいいんだが」と私は言ってから、「田島さんからそのガマの事は聞いていたんですね」とみどりに聞いた。

「ええ、聞きました。確か、九日の木曜日だったと思います。電話で新しいガマを見つけたと言っていました。場所も聞いたんですけど、糸満市のどこかだとしか思い出せないんです。真一さんが新しいガマを見つけたのは今回が初めてではないんです。今までにいくつもガマを発見しています。沖縄戦で使われた重要なガマもありますが、ほとんどは小さなガマでした。本人は興奮して言っていましたけど、私はまたかって感じで注意深く聞いていませんでした。もっとちゃんと聞けばよかったと後悔しています」

「糸満市のどこか、というのは確かなんですね」

「はい。糸満市は昔、いくつもの村に分かれていたんです。真壁(まかべ)村とか摩文仁(まぶに)村とか高嶺(たかみね)村とか、真一さんはいつも旧名の村の名を言うんですけど、真壁だったか摩文仁だったか、どうしても思い出せないんです。昨日も今日もその辺をぐるぐる捜しましたが、真一さんの車は見つかりません」

「そうですか。ところで、真一さんはいつも車の中に懐中電灯とか置いておくのですか」

「はい、いつでもガマの中に入れるように、懐中電灯や長靴、軍手、帽子、鉄の杭やロープ、ウィンド・ブレーカーなど必要な物はみんな積んであります」

「ほう、年中、ガマの中に入っているのか」と静斎がミミガーをつまむと言った。「未だに戦没者の遺骨が出て来るらしいのう。戦後六十年も経つというのに」

「そう言えば静斎さんは戦争体験者でしたね」と私もミミガーに手を伸ばした。

「戦争体験者といっても終戦の時、十五じゃったからな。もう二つ上だったら戦死していたかもしれん。わしの兄貴は特攻隊で沖縄沖で戦死している」

「そうだったんですか」

「沖縄に向けて鹿児島から飛んだんじゃが、その後、帰らずじゃ。どこで死んだのかもわからんし、当然、遺骨は帰って来ない」

 静斎は遠くを見つめるような目をして泡盛を飲んだ。

「荒木俊斎さんを知ってるじゃろう。あの人は大陸に渡ってロシア兵に捕まって、シベリアの収容所に送られたんじゃ。未だに戦争を引きずっているようじゃ」

「相変わらず、旅を続けているんですか」と私は飄々(ひょうひょう)とした俊斎の姿を思い出しながら聞いた。

「いや、もう旅はきついんじゃろう。五年前に与論島に落ち着いたらしい。沖縄からはすぐじゃ。ついでに寄ってみようと思っておる。俊斎さんも八十になるからのう。会える時に会っておかんと、もう会えなくなるかもしれん」

 静斎は泡盛を飲むと、皆の顔を見回して、「すまんのう、昔の話なんかしてしまって。わしに構わんで話を進めてくれ」

「戦争じゃないけど」と冬子が言った。「去年、パリで暴動が起きて、すごい騒ぎになったの。亡くなった人も出て」

「わしは心配したぞ。お前が巻き込まれはせんかとな」

 冬子は静斎を見て、大丈夫よと言うように微笑した。

「あたしも沖縄戦の事、よく知らなかったんだけど、みどりから話を聞いたり、戦跡を巡ったりして、想像以上に悲惨だった事がわかったわ。真一さんがどうして沖縄戦の事に夢中になるのか、ほんのちょっとだけどわかったような気がします」

「田島さんの祖父と中山さんの祖父が戦友だったと言っていましたね。同じ隊に属していたのですか」私はそう言って、みどりを見た。

「真一さんのお祖父(じい)さんのお兄さんは戦死してしまいましたが、陸軍病院第一外科の衛生兵でした。中山さんのお祖父さんも同じ第一外科の衛生兵で米軍に捕まるまで行動を共にしたらしいのです。真一さんは中山さんのお祖父さんを捜しに鹿児島まで行きましたが、見つける事はできませんでした。それが偶然、出会えたものですから本当に喜びました。話は尽きなかったと思います」

「そうだったのですか。そんな偶然もあるんですねえ」

「真一さんは、きっと亡くなった祖父たちの霊が会わせてくれたんだろうと言っています。偶然はそれだけではないのです。私と真一さんの出会いも偶然ですが、私の祖母もひめゆり部隊として陸軍病院で働いていました。私の祖母と真一さんの祖父のお兄さんは共に戦争を戦った戦友といえる仲だったのです」

「ほう、そいつはすごい偶然の出会いだな」

「真一さんのおかげで、私は祖父と会う事もできました。祖母は祖父は戦死してしまったと言っていましたが、生きていたのです。しかも、この沖縄にいました。祖父もずっと祖母の事を捜していたと言いました」

「みどりさんのお祖父(じい)さんも陸軍病院の人だったのですか」

「はい。真一さんのお祖父さんのお兄さんと中山さんのお祖父さんの上官だったそうです」

「みどりのお祖母(ばあ)さんもその人と会ったの」と冬子が聞いた。

 みどりは首を振った。「お祖母ちゃんはその前に亡くなってしまったの。もし生きていれば喜んだと思います。私の父の名は信幸って言うんですけど、祖父と祖母の名を一字づつもらっています。祖母は父を産んだ後、別の人と一緒になりましたけど、祖父の事を忘れた事はなかったと思います」

「また、話が戦争中の事に戻ってしまったようじゃのう」と静斎が髭を撫でながら言った。

「そうですね」と私は言った。「話を真一さんの事に戻しますか。明日やる事は新しいガマがどこにあるのか突き止める事だな。まず、真一さんのアパートから始めよう」

 皆、疲れているようなのでお開きにしてホテルに戻った。帰る途中、「お前は何号室にいるんじゃ」と静斎が冬子に聞いた。

「あたしは泊まってないわ。みどりと一緒にみどりの友達のうちにお世話になってるの」

「何じゃ、泊まっておらんのか。近くにいた方がいいんじゃないのか。一緒に泊まればいい」

「いいの、泊まっても?」

「ああ、滞在費はわしが出す」

 冬子は大喜びして、みどりと一緒にホテルに部屋を取った。




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