〜閉ざされた闇の中から〜
09.長崎の美人女子大生
私が目を覚ました時、静斎はいなかった。時計を見ると六時半を過ぎていた。窓の外はもう明るくなっている。私はベッドから出ると熱いシャワーを浴びた。 シャワーから出ると静斎はテレビを見ながら缶コーヒーを飲んでいた。 「さっき、冬子から電話があってな」と静斎は言った。「七時半に朝食会場の入口で待っていると言っておったぞ」 私は頭をタオルで拭きながらうなづいて、「散歩ですか」と聞いた。 「ちょっと、その辺を歩いて来た。やっぱり、こっちは暖かい。コーヒーを買って来たぞ」 静斎はパソコンの脇に置いてある缶コーヒーを示した。 「あっ、御馳走さまです。何か面白いものでもありましたか」 「うむ、ここからちょっと歩いた所に辻という所があるんじゃが、そこには昔、有名な遊郭があったんじゃ」 「へえ、そうなんですか」 「沖縄方言でチージと言って、ジュリと呼ばれる遊女がいたんじゃ。江戸の吉原の 「 「うむ。今はソープランドが並んでおった。東京の吉原と同じじゃな。その一画に『松乃下』っていう料亭があるんじゃが、昔、ジュリだった人が 色々な事を知っているなと感心しながら私は静斎の話を聞いていた。 「綺麗どころも十・十空襲でやられてしまったんですか」と私は遊女たちの事を心配した。 「いや、死んだ者もいたじゃろうが、逃げた方が多いはずじゃ。その後、 冬子たちと一緒に朝食バイキングを食べ、部屋に戻って、もう一度、パソコンで糸満方面のガマの位置を確認した。これだけあちこちにガマがあったら、真一がどこに行ったのかまったく見当もつかなかった。 テレビのニュースで宮崎県で発見された遺体の身元がわかったと言っていた。長崎の女子大生で、林田葉子、二十歳だという。写真も出たがロングヘアーの美人だった。 「まったく、この犯人は頭が狂っているのかね。何人殺したら気がすむんじゃ」と静斎が渋い顔して言った。「それにしても、どうしてこんな可愛い娘が簡単に犯人に捕まってしまうんじゃろう。毎日、テレビでこの事件の事を流しているのにのう」 確かに静斎の言う通りだった。犯人に誘われて犯人の車に乗ってしまうのは、警戒する必要ない安心できる男なのだろうか。たとえばパトカーに乗った警官とか、タクシーの運転手とか、それとも犯人は女性なのだろうか。 九時前に静斎と一緒にロビーに降りると、すでに島袋瑠璃子が待っていた。昨日と同じ所に昨日と同じ格好で座っている。普通の格好をした方が目立たないのではないかと思いながら、彼女の方に近づいた。 「女の探偵というのはみんな、あんな風なのかね」と静斎が小声で聞いた。 私も女性の探偵にはあまり会った事はないが、普通のОLのような格好をしていたような気がする。 「沖縄には観光会社の添乗員さんが多いから、目立たないと思って、あんな格好をしているんでしょう」と私は答えた。 団体のお客さんがぞろぞろとエレベーターから降りて来た。その中に瑠璃子と同じような格好をした女性添乗員がいて、フロントのカウターに向かった。 静斎はそれを見ながら、「成程」と納得したようにうなづいた。 瑠璃子は私に気づくと立ち上がって頭を下げた。私も頭を下げて挨拶をした。私は瑠璃子の向かい側に腰を下ろし、手帳をめくっている瑠璃子を見た。 瑠璃子は顔を上げると、「今日の御予定は」と私に聞いた。 「 瑠璃子は軽く笑って、「今日はいいお天気ですから」と言った。 天気と眼鏡の関係が私にはよくわからなかったが、私はうなづいた。 「まず、田島真一さんのアパートに行ってみようと思います」 「そうですか。私は昨日、行きましたから、もう一度、聞き込みをして、新しいガマがどこにあるのか突き止めようと思います。きっと、誰かが知っているはずです」 「そうですね。誰かが知っていれば、すぐに解決するでしょう」 「田島さんが最後に会った中山さんですが、今日の午後一時にナハパレスのロビーで会う約束になっています。一緒にお会いしますか」 「ぜひ会いたいものです」 瑠璃子はうなづいて、「それではナハパレスに一時前にいらして下さい。私もまいります」 隣に座っている静斎が手を振った。エレベーターの方を見ると冬子とみどりがこちらの方を見ていた。冬子が手を振り返して、二人はやって来た。 全員が揃うと瑠璃子はこれからの事を提案した。私たちはその提案に賛成して二手に分かれて調査をする事に決まった。 私はみどりと一緒にみどりの車で真一のアパートに行き、冬子は瑠璃子と一緒に瑠璃子の車で聞き込み調査を行なう。静斎はどうするのかと皆の視線を浴びると、 「わしの事なら心配ない」と静斎は言った。「 「先生のお知り合いの方は焼き物をしてらっしゃるんですか」と瑠璃子が聞いた。 静斎は笑った。「おかしな顔のシーサーを焼いておる」
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