酔雲庵


インプロビゼーション

〜閉ざされた闇の中から〜

井野酔雲







14.劇的な出会い




 第一外科壕はひめゆりの塔から大して離れていなかった。国道から細い道に入ってすぐの所にあり、こんもりと木が茂っているだけで、知らなければ通り過ぎてしまうだろう。賑わっていたひめゆりの塔とは対照的に誰もいなかった。

 ブロック塀に囲まれた中に『第一外科壕』と書かれた小さな石碑があって、石段が下の方に続いている。石段を下りて行くと千羽鶴や花が供えられ、ガマの口があいている。中は真っ暗で、かなり奥まで続いているようだ。中に入ってみたいと思ったが、足場は悪いし懐中電灯もない。後で真一に案内してもらおうと思って諦めた。

 上に戻ると冬子に写真を撮られた。

「みどりのお祖母ちゃんもここに隠れていたのかしら」と冬子は言った。

「よせよ」と私は手を振った。「写真はいい。南風原の陸軍病院からここに来て、陸軍病院が解散になって、ここから出て行って、川上伍長たちがいたガマに逃げ込んだんだろう」

 冬子はうなづいてから「現場検証よ」と言った。

「中山さんがこうやって写真を撮っていたら、真一さんが下から出て来たんでしょ」

「そうだったな」と私は笑った。

「真一さんは何をしてたんだろ」と冬子は首を傾げた。

「ただガマの中を覗いただけなんじゃないのか」

「だって、真一さんは何度もここに来てるんでしょ」

「誰かが入っているかもしれないと思って覗いたのかな」

「そうかもね。そして、二人はここで話し込むのね」

「中山さんが坂口一等兵の孫だと知って、真一さんは驚いただろうね」

「偶然の出会いね。劇的だわ。みどりと真一さんの出会いもそうだけど。あたしもそんな出会いをしてみたいわ」

 冬子は私を見て少し淋しそうに笑った。

「そのうちにあるさ」と私は言って、ポケットからタバコを出して火をつけた。

「ねえ、どうして、仲間さんにあんな昔の事を聞いたの」

「君たちがすでに聞いている事をまた聞いても答えは同じだろう。当時の事が知りたかったんだよ。いいか、男五人の中に女三人が入って来て、男二人は殺された。理由は食糧が八人分もなかったためらしいが、それだけではないだろう」

「えっ」と冬子は驚いた顔をした。「もしかしたら、三人の女学生を三人の兵隊があれなの。どうにかしようって考えたっていうの」

「金城芳江さんはかなりの美人だったらしい。二枚目の前田上等兵が目を付けていたのかもしれない。坂口一等兵は前田上等兵の子分のような者で、前田上等兵の言う事は聞くだろう。そこで、邪魔な田島上等兵と今村一等兵を殺したんじゃないかと思ったんだ」

「みどりのお祖母ちゃんは川上伍長の子供を産んでいるわ。その時に抱かれたのね」

「そう言う事だな」

「無理やり犯されたのかしら」

「抵抗しても逃げられない状況だったろうからね」

「川上伍長は二人を殺した事を認めたかしら」

「認めないだろうね。待てよ、前田上等兵が事故死したのも、二人を殺した事に関係あるんじゃないのか」

「前田上等兵は事業に失敗して人が変わってしまったって中山さんが言ってたわ」

「事業に失敗して、戦争中の殺しをネタに強請(ゆす)りをしてたんじゃないのか」

「川上伍長を強請ってたの」

「川上伍長は沖縄で成功していた。たとえ、戦時中にせよ、仲間を殺した事が公表されれば失墜してしまう」

「それで、殺しちゃったの」

 私は吸殻を携帯用吸殻入れに入れるとうなづいた。「坂口一等兵は前田上等兵から逃げるために、鹿児島から出て行った。川上伍長は沖縄から出て行くわけにはいかなかった。強請りの額もだんだんエスカレートして行ったのかもしれない」

「そうなると、みどりたちは危険じゃないの」と冬子は言って車に戻って行った。

 私は時計を見た。五時半に近かった。すでに会ってしまったに違いない。

 冬子はハンドバッグから携帯電話を出すと慌てて、みどりに電話した。心配そうな顔をして私を見ていたが、相手が出たらしく、「もしもし、みどり、大丈夫なの」と聞いた。

「あっ、そうなの」と冬子は大丈夫というように私にうなづいて見せた。

「今、どこにいるんだ」と私は冬子に聞いた。

 冬子が電話で聞くと、まだ、リュミエールホテルにいて、六時に川上会長と夕食の約束があるという。瑠璃子もそばにいるというので代わってもらい、私は電話に出た。

「川上さんに中山さんの事を話しましたか」と私は瑠璃子に聞いた。

「ええ、中山さんが坂口一等兵の手記を持っていると話しましたが、それがどうかしましたか」

「中山さんが危ないかもしれません」

「えっ、どうしてです。戦争中に仲間を殺したと書いてあるからですか。もう六十年以上も前の事ですよ。すでに時効になっています」

「時効にはなっていますが、川上さんにとっては公表されたくない事実でしょう」

「川上さんはあの殺人は前田上等兵の独断だったと言いました。上官として責任はあるが防ぐ事はできなかった。米軍に捕まって捕虜(ほりょ)になった時に、その事を知らされて驚いたと言っていました。川上さんは知らなかったのです」

「そうですか。前田上等兵ですが、事故死ではなくて、殺されたのかもしれないと前田上等兵の息子さんが言っていたそうです。もし、殺されたのだとすれば、川上さんが関わっていたかもしれません。気を付けて下さい」

「わかりました」

「それで、日曜日に田島さんは川上さんと会っていましたか」

「いいえ。会っていません。その日、川上さんは用があって名護の方に行っていたそうです。帰って来たら田島さんから電話があったと聞いて、一応、連絡してみたけど通じなかったと言いました。川上さんが名護にいた事は確認しました」

「そうですか、会っていませんでしたか。そうなるとやはり手掛かりはガマだけという事になりますね。私はこれからナハパレスに行って中山さんが無事かどうか一応、確認してからホテルに戻ります」

 私はもう一度、気を付けて下さいと言って電話を切った。

「田島さんは川上伍長と会っていなかったのね」と冬子は携帯電話を受け取りながら聞いた。

「直接、会っていなくても電話で話したかもしれない」

「川上伍長は真一さんから手記の事を聞いて、真一さんをさらっちゃったの」

 私は首を振った。「それはまだわからない」

 私はポケットから自分の携帯電話を出すと手帳を見ながら、中山淳一に電話をした。電源を切っているのか通じなかった。

「中山さん、出ないの」と冬子が聞いた。

 私はうなづいて携帯電話をしまった。

「みどりと瑠璃子さん、豪華な夕食を御馳走になるって言ってたわ。あたしたちもお父さんのおごりで豪華に行きましょうよ」と冬子は言った。「ホテルの中にも高級レストランがあるわ」

「その前に、もう一度、ナハパレスに行ってくれ。可愛い運転手さん」

「はい、かしこまりました。日向伍長殿」と冬子は敬礼した。




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