酔雲庵


インプロビゼーション

〜閉ざされた闇の中から〜

井野酔雲







18.テーゲー




 とうとう雨が降って来た。

 私と冬子は来た時と同じ道を那覇へと向かっていた。BGMはジャズではなく、ネーネーズだった。

「驚いたわね」と冬子が前を見ながら言った。「まさか、南城市で車が見つかるとは思ってもいなかったわ」

「南城市っていうのはひめゆりの塔よりもっと東の方なのか」と私は聞いた。「警部は玉城村(たまぐすくそん)て言ってたな」

「南城市って今年になって、できたばかりなんですって。あたしも聞いた事なかったから、みどりに聞いたのよ。玉城村と知念村とあと何だか忘れちゃったけど四つの村が合併して南城市になったらしいわ。うるま市っていうのも新しくできた市なのよ」

「へえ、沖縄にも合併騒ぎがあったのか」

「みどりも南城市じゃないって、はっきり言ってたのに」

「車が見つかれば新しいガマもすぐに見つかるだろう」

「ルリさんたちがもう見つけたかもしれないわね」

「うん。そう願いたいね」

「真一さんが無事だといいんだけど」

「そうだな」と言って私は真一がいなくなって何日が経ったのか数えた。今日は木曜日だから、すでに四日が経っていた。

「川上会長は関係なかったみたいね」と冬子が言った。

「まだはっきりシロとは言えないよ。会長は何かを隠しているような気がする」

「何を隠しているの?」

「俺たちがまだ知らない事さ」

「それは真一さんの行方不明と関係あるの?」

「あるかもしれないし、ないかもしれない」

 ネーネーズが「テーゲー、テーゲー」と歌っていた。歌が終わった時、「マリさんが捜している東京の女子大生なんだけど」と冬子が言った。「やっぱり、例の犯人の仕業なのかしら」

「わからんけど、ひめゆりの塔に行ってから行方不明になったというのが気になるな。一日違いだが、真一さんの行方不明と関係あるのかもしれない」

 雨が強くなってきた。冬子はワイパーの速度を速くした。

「ねえ、真一さんは犯人とその女子大生が一緒の所を目撃してしまったんじゃないかしら」

「目撃されたから次の日にさらったのか」

「やっぱりおかしいわよね、次の日まで待つなんて」

「意外とのんきなのかもしれないよ、犯人は」

 南風原(はえばる)で自動車道を下りる頃、雨は小降りになっていた。

 県道48号線に入って、稲嶺の交差点で私は瑠璃子に電話をした。

「十分位まっすぐ行くと四つ角があって。そこでナナさんが待っているそうだ」と私は冬子に伝えた。

「わかったわ」と冬子は言ってから、「ナナさんてパチンコの名人なんですって」と言った。

「へえ、パチプロなのか」と私が言うと、冬子は笑った。

「違うわよ。そのパチンコじゃなくて、石を飛ばすあのパチンコよ。スリングショットっていうらしいけど、百発百中なんですって」

「ほう、そいつは恐ろしいな。いつも持ち歩いているのか」

「ハンドバッグの中に入ってるらしいわ」

「美夏さんは何の名人なんだ」と私は聞いた。

「美夏さんは手裏剣よ」と冬子は答えた。

「手裏剣? まるで忍者だな。くノ一っていう奴か」

「『白百合探偵社』じゃなくて、『くノ一探偵社』にすればよかったのにね」と冬子は楽しそうに笑った。

 今朝、ホテルのロビーで瑠璃子は連れて来た二人の調査員を紹介した。一人は金城奈々子、やせ形の美人で茶色いロングヘアーを後ろでまとめていた。もう一人は平良(たいら)美夏、目のぱっちりとしたショートヘアーの美人だった。二人とも背が高くて、瑠璃子と同じように黒っぽいパンツスーツを着ていた。地味なパンツスーツは『白百合探偵社』の制服で、美人というのは入社条件の一つなのだろう。

 瑠璃子が言った通り、十分程走ると四つ角があった。信号の下で奈々子が黄色いビニール傘をさして待っていた。今の奈々子は赤いウィンド・ブレーカーを来ている。

 冬子が車を停めると奈々子は後ろの席に乗り込んで来た。

「ここからすぐの所です」と奈々子は言った。

 交差点を右に曲がり、しばらく行ってから細い道に入ると道路わきに車が何台も止まっていた。マーチを一番後ろに停めて、リュミエール・ホテルで借りたビニール傘をさして奈々子の案内で先へと進んだ。

 山という程ではないが木々が生い茂って薄暗い中に、真一の白いジムニーが放置してあった。みどりが言っていたように、それは傷だらけのジムニーだった。現場規制のテープが張られ、鑑識課らしい男が二人、カッパを着て車を調べていた。

「車の中の車検証から田島真一さんの車だと確認されました」と奈々子は言った。

「田島さんは見つかりました?」と聞くと、奈々子は首を振った。

「すぐに見つかると思ったんですけど、それが見つからないんですよ」

「車の中に地図とかありましたか」

 奈々子はもう一度、首を振った。「真一さんはいつも資料を入れたデイパックを持ち歩いているそうですが、それは車内にはありませんでした」

「ルリさんとミカさんはどこにいるんですか」と冬子が奈々子に聞いた。

「向こう側でガマを捜しています」と奈々子はテープでふさがれた向こう側を指差した。「警察の人も調べてくれています。一回りして行きましょう」

 奈々子は来た道を戻った。

「みどりさんも来ていて、ルリさんの車の中で休んでいます」

「みどりも来てるの」と冬子は驚いた。

「車が見つかった事を教えたら、すぐに行くというので場所を教えました。藤沢さんという人と一緒にタクシーで来ました」

「静斎さんも来たのか」と私は言って、笑いそうになったのを堪えた。ここは笑う場面ではなかった。

 瑠璃子のカルディナの中で、みどりは不安そうに俯いていた。静斎は車から出てタバコを吸っていた。私たちに気づくと静斎は、「やあ」と言って手を振った。

 冬子はドアを開けて、みどりの隣に座り込んだ。私は冬子を置いて、奈々子と一緒に先へと進んだ。静斎が付いて来た。

 サトウキビ畑の中の細い道を進んで行くと、荒れ地のような草むらに出た。瑠璃子と美夏は傘もささず、赤いウィンド・ブレーカーを着て下を見ながら何かを捜している。周辺には警官の姿も何人か見えた。

 私たちが近づいて行くと、瑠璃子は顔を上げて首を振り、「ダメよ、見つからないわ」と言った。「車がそこにあるんだから、この辺にガマの入口があるはずなんですけど、どこにもありません」

 瑠璃子のズボンは泥だらけになっていた。

「ガマの入り口というのはどんなものなんですか」と私は聞いた。

「それは色々です。岩の中に口を開けている場合もありますし、平地にぽっかりと口を開けている場合もあります。第一外科壕のように坂を下りて行って入口がある場合もありますし、ひめゆりの塔がある第三外科壕のように竪穴式のガマもあります。竪穴式ですと梯子(はしご)かロープでもなければ下に下りられません。知らないで穴に落ちてしまえば大怪我をしてしまいます」

「という事はこの辺に穴を開けている場合もあるのですね」

 瑠璃子はうなづいた。「向こうの方には玉泉洞(ぎょくせんどう)という大きな鍾乳洞があります」と右手の方を示し、今度は反対側を示して、「あっちの方にはアブチラガマという大きな自然壕があります。玉泉洞は戦後に発見されて、今は観光地になっています。アブチラガマは沖縄戦で利用されて、ひめゆり隊の人たちも入っていました。今は公開されて、平和学習の場になっています」

「そのアブチラガマには入れるのですか」と私は聞いた。

「はい。中は真っ暗ですけど、懐中電灯を貸してくれます。ガマというものがどういうものか知るために一度、入ってみた方がいいかもしれません」

「そうですね」と私はうなづいた。

 美夏は棒きれを持って草の中を捜していた。一緒に捜している警官は三人だけで、この近所にある交番の巡査のようだった。ここに来ると言っていた与那覇警部の姿はなかった。

 瑠璃子に与那覇警部の事を聞くと、まだ来ていないという。その代わり、県警から津嘉山(つかやま)刑事が来ていて、今、聞き込みをしているらしい。

 雨も大分、小降りになって来たので私と静斎もガマ捜しに参加した。




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