酔雲庵


インプロビゼーション

〜閉ざされた闇の中から〜

井野酔雲







21.南国フルーツ入り杏仁豆腐




 今日の正午、日本対韓国の試合が行なわれ、日本は2対1で敗れてしまった。

 一回戦で負け、二回戦でも韓国に負けてしまった。以前、中日ドラゴンズにいた()鍾範(じょんぼむ)に打たれてしまったのだった。

 日本は一勝二敗となって、自力ではもう準決勝に出る事は不可能になった。明日、アメリカ対メキシコの試合がある。もし、メキシコが勝てば日本、アメリカ、メキシコの三チームが一勝二敗で並び、失点の少ないチームが準決勝進出という事になるが、奇跡でも起きない限りアメリカがメキシコに負ける事はないだろう。日本のWBCはこれで終わってしまった。まったく、なんてこった。

 ホテルに帰って来て、この試合の結果を知ったら、どっと疲れが出てきた。今晩は静斎が『白百合探偵社』の五人も呼んで御馳走してくれるというので、やけ酒でも飲むしかないなと思った。

 みどりが知り合いに頼んでくれたのか、二階にある中華レストラン『琉華園』に行くと個室が用意されていた。

 『白百合探偵社』の五人はお揃いではないが、それなりに地味なパンツスーツ姿に戻っていた。地味な格好をしていても、モデルのような美人が五人もいれば目立ってしまう。ホテルに入って来た時から、お客たちの注目を浴びていた。

 私たち九人は円卓を囲んで、豪華な前菜から始まり次々に運ばれて来る料理を食べた。

 私と静斎と冬子は泡盛を飲み、車で来ている五人とみどりはウーロン茶だった。五人の美人探偵と飲んでみたかったが、全員、首を振った。静斎もみんな、ここに泊まればいいとは言わなかった。

 麻里子と愛のお手柄話を聞きながら、うまい中華料理を食べていたら、聞いた事はあるが曲名までは知らない歌が流れて来た。美夏の携帯電話だった。

 美夏は「すみません」と言って席を立ち、部屋の隅に行って電話に出た。

 席に戻って来ると「川上会長のお孫さんの大城美津子さんが今日の夕方五時頃、行方不明になったそうです。新里(しんざと)刑事から連絡がありました」と言った。

「ええっ」と皆が驚いた。さっき、沖縄で最初の被害者が発見されたばかりなのに、また行方不明者が出てしまった。

「大城支配人の娘さんですよ」と瑠璃子がサラダを取りながら言った。「確か、レストランの主任さんじゃなかったかしら」

「大城秀義の姉か妹ですか」と私は瑠璃子に聞いた。

「妹です。秀義が一番上で、その下に美津子、美紀子と二人の妹がいます。美紀子は国際大学の学生で、今は春休みなので、あのホテルでアルバイトをしています」

「この間、リュミエールホテルに行った時に調べたのですか」と私は車エビのチリソースを食べた後に聞いた。

 瑠璃子はうなづいた。「夕食を御馳走になるまで、暇な時間がありましたから。ついでに言いますと、川上会長には三人の子供がいて、長男が今の社長さん、その下の娘さんが大城支配人の奥さんで、もう一人、娘さんがいて熊本の方に嫁いでいるそうです」

「よくそんな事まで調べましたねえ」と私は感心した。

「偶然ですよ。創業の頃から勤めているという植木の手入れをしていたお爺さんと出会いましてね。会長の事を褒めたら、こっちから聞かなくても、色々と話してくれました」

「成程、そうでしたか」と私は言って、ほぼ正面に座っている美夏を見ながら、「美夏さん、美津子さんはどこでいなくなったのですか」と聞いた。

 美夏はウーロン茶を一口飲んでから答えた。

「美津子さんはその日の朝食の時には仕事に出ています。昼頃、休憩に入って、五時に出勤するはずだったのですが、出て来なかったそうです。美津子さんはホテルの近くにある支配人の家に住んでいて、いつものように四時半頃に家を出ています。家を出てからホテルに行くまでのほんのわずかの間に何者かにさらわれたのか行方不明になっています」

「例の犯人かしら」と私の横にいる冬子が北京ダックを食べながら言った。

「支配人の日高さんも行方不明です」と瑠璃子がナプキンで口を拭きながら言った。

「日高さんはどうして行方不明になったんだろう」と私は北京ダックに手を伸ばしながら独り言のように言った。

「日高さんも例の犯人の仕業じゃないの」と冬子が言う。「無差別殺人だから、犯人に理由なんてないのよ。たまたま、犯人に出会ってしまったんじゃない」

「犯人が男を殺したのは山口県の大学生だけです」と美夏の隣に座っている愛が言った。「多分、被害者はたまたま犯人の車に乗ってしまって殺されたのでしょう。日高さんてホテルの支配人なんでしょ。ヒッチハイクなんてするはずないし、何か理由があるんじゃないですか」

「確かにアイの言う通りね」と瑠璃子は言った。「何か理由がない限り、日高さんをさらったりはしないわよ。被害者はみんな二十代よ。一人十代の()がいるけど、四十過ぎの男はまったくの例外よ」

「この中で安全なのはわしと日向だけって事になるのう」と静斎がとぼけた顔で言って、皆を笑わせた。

 私は泡盛を一口飲んで、「ちょっと整理してみようか」と言った。「一番初めに行方不明になったのは島田早紀子さんで、十一日の一時過ぎに犯人と出会って殺される。二番目は田島さんで、十二日のやはり一時過ぎに行方不明になる。三番目は日高さんで、十五日の五時半過ぎにいなくなる」

「ちょっと待って」と美夏が言った。「その前に十四日に名古屋の女子大生が本部(もとぶ)の辺りで行方不明になっています」

「えっ」と皆が驚いて美夏を見た。

「さっき、ここに来る前に新里刑事から聞いたんです。今日の正午(ひる)頃、捜索願が出されたらしいわ」

「詳しく聞かせて」と瑠璃子が身を乗り出した。

「詳しい事はまだわからないみたい。本部のホテルに滞在していて、十四日の十時頃、出掛けて行ったまま帰って来なかったらしいわ」

「そうなると十四日のその女子大生が三番目って事になるな」と私は言った。

 冬子が小さなスケッチブックを出して、私が言った事を書いていた。なかなか頼もしい助手だ。

「四番目が日高さんで、五番目が今日の五時過ぎにいなくなった大城美津子さんという事になる。これが皆、例の犯人の仕業なのかどうか検討してみたいと思う」


@ 11日午後一時過ぎ 島田早紀子 第一外科壕
A 12日午後一時過ぎ 田島真一 那覇?
B 14日午前十時以降 名古屋の女子大生 本部
C 15日午後五時半過ぎ 日高支配人 那覇
D 16日午後五時過ぎ 大城美津子 恩納村


 私は冬子が書いたスケッチブックを皆に見せた。「こうやって見ると犯人は十一日に糸満にいて、十二日に那覇にいて、十四日に本部に行き、十五日に那覇に戻り、十六日に恩納村に行っている事がわかる」

「田島さんと日高さんは中山さんと会った後にいなくなってるわ」と冬子が言った。

「そう言われてみるとそうだな」と私はスケッチブックを見つめた。

「十一日も中山さんは第一外科壕に行っているわよ」と瑠璃子が言った。

「十四日はどうだろう。中山はどこにいたんだ」と私は瑠璃子に聞いた。

「ちょっと待って」と瑠璃子はハンドバッグから手帳を出して、ペラペラと眺めた。

「十四日の夜はブセナパレスに泊まっているわ。前の日は伊江島に泊まったと言っていたけど、これはまだ確認していません」

「ブセナパレスから本部は近いのですか」

「近くです。一時間もあれば行けます」

「やれない事はないな。次に十六日、今日だけど、中山は今朝、ナハパレスをチェックアウトして石垣島に行くと言っていた。これも本当に行ったのかどうかはわからない」

「もしかして、中山さんが犯人なの」と冬子が泡盛を飲んでから言った。

 あの中山が平然と人殺しをするような男には見えなかったが、こうやって見ると中山が犯人の可能性は極めて高いと言える。

 瑠璃子が携帯を出して電話をした。中山に電話しているようだった。

「中山さんに掛けたけどつながらないわ」と瑠璃子は言った。

「以前、中山の携帯に掛けた事がありますか」と私は瑠璃子に聞いた。瑠璃子は少し考えてから首を振った。

「私も昨日の夜、何度も掛けたがつながらなかった。中山は部屋で充電したまま忘れたと言っていたが、ずっと電源を切ったままにしているようだ。もしかしたら携帯を何台も持っているのかもしれない」

「なかなか、やるわね」と言って瑠璃子はもう一度、電話を掛けた。ナハパレスに掛けたようだった。電話が済むと首を振った。「今朝、チェックアウトしています」

「信じられないわ。あの人が犯人だなんて、ねえ」と冬子は隣にいるみどりを見た。みどりは真っ青な顔して俯いていた。

「ごめん、気分が悪い」とみどりは言った。

「休んだ方がいいわ」と冬子はみどりを連れて出て行った。奈々子が一緒に行くわと言ったが、冬子は大丈夫よと言って断った。

「可哀想にのう」と静斎がみどりを見送ると言った。「その中山というのはどんな男なんじゃ」

「見た目はわりと二枚目のスポーツマンタイプの好青年です」と静斎の隣にいる瑠璃子が説明した。「頭の中はどうなっているのかわかりませんが」

「早くそいつを捕まえた方がいいぞ。次の被害者が出んうちにな」

「まだ、中山が犯人と決まったわけではないが、与那覇警部に知らせた方がいいでしょう」私が言うと瑠璃子はうなづいた。

「あたしは新里刑事に知らせます」と美夏が言った。

 私は冬子が書いたスケッチブックを見ながら、「十五日の夜、中山は八時半頃、ナハパレスに帰って来た。その時、日高をさらってどこかに連れて行った後だったんだな」と言った。

「ねえ、その日高っていう人の車はどうなってるの。見つかったの」と麻里子が瑠璃子に聞いた。

「まだ見つかっていないはずよ」と瑠璃子は言った。

「その人、車でナハパレスに行ったんでしょ。車はナハパレスの駐車場になかったの」

「なかったって与那覇警部は言ってたわ」

「中山が移動したのかしら」

 ウェイトレスが顔を出して、スープとご飯を持って来てもいいかと聞いて来た。静斎はうなづいて、どうぞというように手を振った。

 フカヒレのスープと大皿に盛られた五目チャーハンが運ばれて来た。奈々子がスープを盛り分けて皆に配った。愛がチャーハンを盛り分けた。

 私は急にひらめいて「車だ」と言った。「中山はレンタカーで移動しているはずだ。レンタカー会社を調べれば中山を捕まえる事ができる」

「そうね」とスープを飲んでいた瑠璃子がレンゲを振った。「レンタカーは免許証が必要だから偽名は使えない。絶対に見つかるはずよ。那覇にはレンタカー会社が多いから捜すのは大変だけどね」

「わナンバーの赤のスカイラインよ」と麻里子が言った。「十一日の午後、第一外科壕のそばに止まっているのを近所の人が見ているの。唯一の手掛かりで、第一外科壕に入った後、調べようと思っていたんです」

「赤のスカイラインか。奴が借りそうな車だな」と私は言った。「車の車種がわかれば見つけやすくなる」

「明日は手分けしてレンタカー会社を当たりましょ」と瑠璃子が言った。

 デザートは南国フルーツがたっぷり入った杏仁(あんにん)豆腐だった。




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