〜閉ざされた闇の中から〜
32.南十字星
警察に電話をするとパトカーがやって来た。この島にもパトカーがあったのかと驚いた。 島の巡査は私たちの話を聞くと目を丸くして驚いた。テレビで見た犯人が目の前にいる事が信じられないようだった。気絶している直樹に恐る恐る近づいて行って後ろ手に手錠をはめた。気がついた直樹が暴れ回ったが、静斎の尺八に打たれると静かになった。 不思議な尺八だった。不思議なのは尺八ではなく、特別なツボを知っている静斎かもしれなかった。 与那覇警部が来るのは早かった。電話をした時、石垣島にいたという。石垣島のホテルからテレビで見た前田直樹が泊まっていると通報があって、鹿児島から那覇に着いたらすぐに石垣島に飛んだらしい。そのホテルに行ったがすでに逃げられた後で、どこに逃げたのか捜し回っていたという。 駐在所に現れた与那覇警部は私たちを見ると笑って、「また先を越されたようだな」と言った。「それにしても東京の探偵さんは大したもんだ。大したお手柄ですな」 私は首を振った。「今回は彼女のお手柄ですよ」と私は冬子の方を見た。 「うむ、大したお嬢さんだ」 冬子は照れ臭そうに笑った。 駐在所に連れて来られた前田直樹は暴れないように足も縛られ、椅子に座らされていた。機嫌を損ねたのか、黙秘を続けて何もしゃべらなかった。 私は胸に差していたボールペン型のボイスレコーダーを取り出して、駐在所にあったパソコンにつないだ。再生して、直樹の自供を警部に聴かせた。 冬子も静斎も私が直樹の自供を録音していた事に驚いていた。 「探偵の七つ道具だよ」と私は説明した。 直樹の自供をもう一度、確認しながら聞くと、まだ発見されていない死体がいくつもある事がわかった。 去年の秋、霧島温泉で最初に殺された福岡のOL、次に指宿で殺された中山淳一、三人目が草津温泉で殺された東京のOL。草津温泉で殺されたOLは、妹から依頼されて私が捜しに行ったOLに違いなかった。 四番目は伊豆で殺された女子大生で、これは発見されている。五番目の島根で殺された岡山のOL、六番目の山口で殺された大阪の大学生、七番目の鳥取で殺された地元の女子高生、八番目の徳島で殺された姫路のOLも発見されている。 九番目の高知で殺されたOL、十番目の長崎で殺された東京のOL、十一番目の大分で殺されたOLは見つかっていない。十二番目の宮崎で殺された長崎の女子大生と十三番目の沖縄で殺された東京の女子大生は見つかっている。十四番目の今帰仁城で拾った女子大生は見つかっていなかった。そして、十五番目の日高と十六番目の大城美津子は田島真一と一緒に見つかっていた。 「十六人も殺しやがった」と録音を聴き終ると与那覇警部は吐き捨てるように言った。「まったく、気が狂っているとしか思えんな。死体を抱くなんて、考えただけでも気味が悪い。ぞっとするよ」 私は直樹を見ながらうなづいた。サングラスをはずした直樹はふてくされた様に俯いていた。 冬子の首が少し腫れてきていたので、静斎と一緒に民宿に返す事にした。 「田島さんが発見したというガマは名城ビーチの近くにあったそうですね」と私は聞いた。 「そうらしい。実際に中に入った新里の話だとガマの入口はさとうきび畑の中に口を開けていたそうだ。警察が総出で 「手記があったのですか」 「そうらしい」 手記を読んでみたかったが警察の手に渡ってしまえば読む事は不可能のようだ。あとで真一から聞くしかないなと思った。 「ところで、どうして、奴がこの島にいるってわかったんだ」と警部は不思議そうな顔をして聞いた。 「一枚の写真ですよ」と私は言った。「仏壇の中に小さな額が入っていたのを御存じですか」 「ああ、子供の頃の直樹と優子が写っている写真だろう。あれがどうかしたのか。近くの池田湖で撮ったものだろう」 「私もそう思いました。あれと同じ写真がハードディスクにも入っていて、冬子が自分のパソコンにコピーしたんです。あとでその写真をよく見たら、池田湖ではなくて、波照間島の日本最南端の碑の所で撮った写真だったのです」 「そうだったのか。あのハードディスクの中は鑑識課が全部調べたはずだが、そんな事は気づかなかったようだ」 「子供の頃の写真ですからね。事件とは関係ないと思ったんでしょう。ここに奴がいるかどうかはわからないけど、何かがわかるような気がしてやって来たのです。実際に奴が現れたんで、本当に驚きましたよ」 「奴の方から出て来たのか」 私はうなづいた。「静斎さんが尺八を吹いたんです。素晴らしい曲でした。その曲に誘われて出て来たんです。奴はジャズ気違いです。静斎さんの曲に何か感じるものがあったんでしょう」 「その静斎さんというのは音楽家なのか」 私は首を振った。「画家です。冬子の父親です」 「ほう。そうだったのか。ところで、日向さんと冬子さんの関係は?」 私は警部を見た。「今回の田島さん捜しを私に依頼したのが冬子なんです。探偵と依頼人という関係ですよ」 警部はニヤニヤと笑って、「そうは見えませんな」と首を振った。 「奴の部屋にあったハードディスクだが、面白いものが入っていた」そう言って警部はまたニヤニヤした。「ジャズレコードが英語でずらりと並んでいる中に『マイペット』と英語で書かれたファイルがあった。開いてみたらヌード写真が次々に出て来たよ。勿論、死体じゃない。生身の女のヌードだ。日本人から外人まで色んなのがあった。奴は一時、女に近づかなくなったと言っていた。その時、お世話になったペットたちだろう」 八時頃、民宿から泊まり客がまだ帰って来ないから捜してくれと電話があった。詳しく聞くと今日の十二時に島に着いた一人旅の女子大生でお昼を食べた後、一時半頃、自転車で出掛けたまま、まだ戻って来ないらしい。 女子大生と聞いて、前田の仕業かと私は疑った。与那覇警部も同じ事を考えて、前田に聞いたが薄笑いを浮かべるだけで何もしゃべらなかった。 警部は津嘉山刑事に直樹の見張りを頼み、懐中電灯を借りてパトカーに乗り込んだ。私も乗って、巡査の運転で最南端の地に向かった。前田はそこで待ち伏せして、一人で来た娘を狙っていたのかもしれない。 日本最南端の碑が立っている所から海の方に行くと岩場になっていて、その先は崖だった。巡査が、「気を付けて下さいよ」と言った。 私たちは足元に気を付けながら岩場を捜した。 空を見上げると星空が綺麗だった。満月に近い月がぽっかりと浮かんでいる。下の方からは波の音が不気味に聞こえて来た。追いつめられた直樹はここから海に飛び込んで死のうとしたのだろうか。冬子を道連れに一緒に飛び込もうと思ったのだろうか。 私はもう一度、空を見上げた。冬子は南十字星が見えると言ったが、どれだか、まったくわからなかった。冬子も連れてくればよかったかなと思っていると、「あったぞ」と警部が叫んだ。 私は声のした方に行った。 巡査も来ていて、岩影を照らしていた。 裸の女の死体が二つもあった。岩のくぼみの中に、まるで捨てられたかのように女の死体が重なっていた。一人は向こうを向いていて顔はわからないが、もう一人は長い髪の毛を広げて、光の加減か無念そうな顔をこちらに向けていた。 「何という事だ」と警部が言って首を振った。「最後の悪あがきという奴か。それにしてもひど過ぎる。奴は人間じゃない。化け物に違いない」 「あれは奴の荷物ですかね」と私は死体の奥にある白いバッグを照らした。 「そうらしいな」と警部は言って、手袋をはめるとバッグを引っ張り出した。 バッグを開けると直樹の着替えの衣服とパソコンとカメラとミニトランペットが入っていた。 トランペットを見ながら、「奴はこいつをリュミエールホテルで吹いたんだな」と警部が言った。 「こいつの中からまたお宝が出て来るかも知れませんね」と私はパソコンを示した。 警部は一眼レフカメラを手に取った。「こいつはかなりの高級品だ。多分、中山の物だろう」 警部はカメラを荷物の中に戻すと腰を伸ばして空を見上げた。 「 島の巡査はとんでもない事になったと頭を抱えていた。
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