浮島
サハチたちは新年を浮島( 佐敷を旅立った後、サハチ、クマヌ、サイムンタルー(左衛門太郎)、ヒューガ(三好日向)の一行は、玉グスク(玉城)と 玉グスクも糸数グスクも山の上にあるグスクで、特に糸数グスクはかなり大きくて、佐敷グスクがやけに小さく思えた。 初めて佐敷の 七十年程前、 娘婿が浦添按司になってから、西威が察度に滅ぼされるまでの三十五年間が黄金期だった。ヤマトゥ(日本)や 「八重瀬グスクに行く」とクマヌが言った時、サハチは敵の城下に行くのが怖かった。敵に捕まって殺されてしまうかもしれないと恐ろしかった。その事をクマヌに言うと、「若按司の事など誰も知るまい」と笑って、サハチの姿を上から下まで眺め、大丈夫だと言うようにうなづいた。 サハチの姿はどう見てもヤマトゥの若ザムレーだった。ヤマトゥの着物を着て腰にヤマトゥの刀を差し、ヤマトゥの カタカシラというのは初代の浦添按司、 浦添を中心に中部地方の武将たちの間で サハチは敵地ではヤマトゥンチュに扮して、島言葉は使わないように心掛けた。 島添大里按司の本拠地の八重瀬グスクは、 「島添大里按司があのグスクを落とした時、かなり話題になったらしい」とクマヌが八重瀬グスクを見上げながら言った。 「大いに名をあげたんじゃよ。浦添の察度のもとにもその噂は届いて、察度に気に入られたんじゃろうのう。若按司の嫁に島添大里按司の娘を 今の八重瀬按司は島添大里按司の長男のタブチだった。タブチは父親に似て サハチはタブチには会った事がないが、シタルーには会った事があった。佐敷グスクの庭で剣術の稽古をしていたら、シタルーが声を掛けて来たのだった。敵なのに気楽に声を掛けて来て、「大グスク按司になったシタルーと申す。以後、よろしく頼む」と言われて、サハチはポカンとした顔でシタルーを見てから、「こちらこそ」と頭を下げたのだった。父にその事を言うと軽く笑って、「あいつは父親の島添大里按司以上に手ごわい敵になるかもしれんぞ」と言った。 父はシタルーの事を調べていて、お前の宿敵になるかもしれんと言って色々と教えてくれた。妻は サハチは父からもらった銅銭を初めて使った。銅銭と交換したのは 「 承察度が明国と交易を始めてから六年が経ち、その間に五回、明国に使者を送って、絹や陶磁器、鉄鍋など貴重な品々を賜わっている。去年の五月には、賜わった大型 承察度の妻は中山王、察度の娘だった。大グスクのシタルーの妻も察度の娘なので、二人は 島尻大里グスクから北上して、 浮島に着くまでに、今が戦乱の世だという事をサハチは身にしみて実感していた。佐敷にいた時にはまったく気づかなかった事をいくつも体験していた。 戦で家を焼かれて逃げて来た人々が、城下のはずれで粗末な小屋を立てて暮らしているのを見たし、戦に負けたサムレーたちが、 山賊まで落ちぶれてはいないが、各地に クマヌは見込みのありそうな落武者には、馬天浜の祖父の屋敷に行ってみろと言っていた。うまくすれば佐敷按司が雇ってくれるし、仕官できなくても鮫皮作りの仕事があると言って馬天浜に送った。 生活が苦しくて売られて行く娘もいた。クマヌに聞くと、「浮島に連れて行かれるんじゃろう」と言った。 「浮島には各地から来た船乗りが大勢いて、奴らは長い船旅をして来ているからな、女に飢えているんじゃ。奴らの 「慰み物って?」とサハチが聞くと、クマヌは笑って、「そのうちにわかる」と言った。 まだ幼いのに親と別れて浮島に連れて行かれるなんて可哀想だと思いながら、サハチは泣いている娘たちを見送った。 浮島の賑やかさはサハチが想像していた以上のものだった。港には、あちこちから来た大きな帆船がいくつも浮かんでいて、ヤマトゥンチュ、明国から来た サイムンタルーとヒューガも目を丸くして、まるで、博多のような賑わいだと驚いていた。 サハチたちは若狭町にあるクマヌの知り合いのハリマ(播磨)の家にお世話になって、ここで新年を迎える事になった。ハリマはクマヌと同じ山伏で、波之上権現の 案内された座敷には壁際に綺麗な花が飾られ、お膳が並べられてあった。サハチは前回、酔い潰れて懲りたので、珍しい料理を楽しみながら、ゆっくりと酒を飲む事にした。 「どうじゃ、サハチ。旅に出てよかったじゃろう」と隣りにいるクマヌが聞いた。 サハチはうなづいた。 「どこに行っても知らない事だらけです。佐敷にいたら気づかない事を色々と学ぶ事ができました」 「うむ。人の上に立つ者は色々な事を知らねばならん。今、実際に、どこで何が行なわれているのかを常に知っておかなければならない。まだ、旅は始まったばかりじゃ。これからも驚く事が多いじゃろう。まあ、今晩も驚く事が起こるがな」 クマヌはそう言って笑うと、サイムンタルーとヒューガもサハチを見ながらニヤニヤと笑った。 「今晩、何か起こるのですか」とサハチは笑っている二人を見ながらクマヌに聞いた。 「新しい年が始まるんじゃよ」と言ってクマヌは大笑いした。 旅の話が弾んでいる時、女たちがぞろぞろと現れた。皆、若い娘たちで、ヤマトゥの着物を着ているが、話をしてみるとヤマトゥンチュではなく、琉球の娘たちだった。明国や サイムンタルーの隣りに若菜、ヒューガの隣りに夕顔、クマヌの隣りに 白菊は可愛い顔をしていて、いい匂いがした。サハチはなぜか胸がドキドキして、白菊の顔をまともに見られなかった。 白菊がお酌をしてくれ、サハチはそれを飲み干した。 「サハチ、今晩は酔い潰れるなよ」とサイムンタルーが言った。 「はい。わかってますよ」とサハチは答えたが、白菊が注いでくれた酒を飲まずにはいられなかった。 サイムンタルーもヒューガも隣りにいる娘と楽しそうに話をしていたが、サハチは話をする事もできず、ただ、酒を飲んでいるだけだった。そして、また酔い潰れてしまった。 その夜の出来事は、まさしくサハチにとって驚くべき事だった。目を覚ますと知らない所に寝かされていて、隣りには白菊がいた。前のように頭は痛くなかったが、喉が渇いていた。サハチが体を起こすと白菊が目を開けた。 「どうしました?」と白菊が聞いた。 「水が‥‥‥」とサハチは言った。 白菊は起きると水を用意してくれた。 サハチは水を飲み干して、お礼を言った。 「みんな、帰ったのですか」とサハチは白菊に聞いた。 白菊は首を振った。 「みなさん、お泊りになっています」 サハチは小皿の上で燃える灯火で照らされた室内を眺めながら、「こういう所に来たのは初めてだけど、『料理屋』というのは泊まる事もできるのですか」と聞いた。 「『料理屋』かもしれないけど、ここは『 『遊女屋』というのはクマヌから聞いた事があった。浮島に新しく『遊女屋』ができたと楽しそうに言った。サハチが『遊女屋』って何と聞くと、綺麗な 「寒いわ」と言って白菊はサハチから空になったお椀を受け取って枕元に置いた。 サハチを見て微笑むと、白菊は急に下着の帯を解いて脱ぎ捨てた。サハチが驚いていると白菊はサハチに抱き付いてきた。慣れた手つきでサハチも下着を脱がされた。白菊の柔らかい体がサハチにまとわりついて来て、サハチは白菊の体に夢中になった。 佐敷の村にも、年頃になると好きな娘のもとに通う サハチは夜が明けるまで、白菊を抱き続けていた。いつ眠ってしまったのかわからない。クマヌの声で目が覚めた時には白菊の姿はなかった。 「年が明けたぞ。いつまで寝ている」とクマヌは言った。 サハチは慌てて着物をはおって、「帰るのですか」と聞いた。 「いや、正月の料理が用意してある。それを食べてから帰る」 クマヌはサハチの隣りに座り込むとニヤニヤしながら、サハチの顔を覗き込んだ。 「白菊はよかったか」 サハチは顔を赤らめて、うなづいた。 「若按司も今日から一人前の男じゃ」 クマヌは満足そうに笑って、サハチの肩をたたくと出て行った。 サハチは身支度を整えて、皆の待つ座敷に向かった。女たちはいなかった。新年の挨拶をして、ヤマトゥの正月料理を食べて遊女屋を後にした。 白菊にもう一度、会いたかったが、姿を見せる事はなかった。 遊女屋を出て、久米村に向かった。 ハリマの家に戻って来て、縁側に座って、ぼうっとしているとクマヌが声を掛けて来た。 「白菊の事を思っているのか」とクマヌから聞かれて、サハチはドキッとして、「違います」と否定した。 クマヌは笑った。 「忘れられんのも無理ないな。白菊は可愛い娘じゃからのう。だがな、相手は遊女じゃ。男の相手をするのが仕事なんじゃよ」 「もう一度、会いたい」とサハチは小声で言った。 「あの遊女屋は人気のある店でな、しかも高い。白菊は売れっ子だから簡単には会えん。ハリマはあそこにお客さんを連れて行くお得意様じゃから、白菊を呼ぶ事ができたんじゃよ」 「もう会う事もできないのですか」 「いい夢を見たと思って忘れる事じゃ」 サハチは俯きながら首を振った。 「ハリマから聞いたんじゃが、白菊は 「えっ?」とサハチは顔を上げた。 「父親は戦死して、母親と一緒に逃げたが、落武者狩りの兵に母親も殺されて、白菊は捕まって遊女屋に売られたんじゃ。十歳の時じゃったという」 十歳といえばサハチが海に潜って遊んでいた頃だった。そんな時に両親を失って、遊女屋に売られるなんて悲惨すぎた。しかも、白菊は佐敷からすぐ近くに住んでいた。島添大里グスクが落城した時、サハチは、敵が近くまで来たので気をつけなければならないと思っただけで、負けた者たちの家族の事など考えもしなかった。白菊のように悲しい目に遭った子供たちが大勢いたに違いなかった。 「どうして、 「欲があるからじゃよ。南部を旅して、あちこちのグスクを見て来たじゃろう。佐敷グスクと比べたら、皆、大きくて立派じゃ。あんなグスクに住みたいと思わなかったか。それが欲じゃ。今よりも立派なグスクに住みたい。立派な港があるグスクに住みたい。そういう欲が出て、戦をして奪い取るんじゃよ。また、欲がなくても敵は攻めて来る。滅ぼされないようにするには、強くなって敵を倒さなくてはならん」 「それじゃあ戦は永遠に続くの?」 「いや、敵がいなくなれば戦はなくなる」 「敵がいなくなるってどういう事?」 「すべての敵を倒して、琉球を一つにまとめればいい。そうすれば、敵はいなくなって、戦はなくなる」 「そんな事ができるの?」 「誰かがやらなければならんじゃろう」 「誰かが‥‥‥」 「そうじゃ。誰かがじゃ」 サハチは庭に咲く 「明日、旅立つからな。今日はゆっくりと休めよ。 クマヌは笑うと部屋の中に入って行った。 |
玉グスク
糸数グスク
島尻大里グスク
波之上権現