沖縄の酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







再会




 ウニタキ(鬼武)との試合で引き分けたマチルギ(真剣)は、佐敷に戻って厳しい修行を続けていた。

 ウニタキに勝つには、道場内の修行では難しいと判断した苗代之子(なーしるぬしぃ)は、かつて、自分が修行した山の中に、マチルギとサム(左衛門)を連れて行って修行させた。兄のサムも妹に負けてはいられないと、必死になって厳しい修行に耐えていた。

 時々、マチルギの様子を見に来るクマヌ(熊野)は、どうしてもウニタキには勝ってもらいたいが、あまりにも強くなりすぎて、サハチが負けてしまう事を心配していた。ヒューガ(三好日向)から指導を受けて、修行を続けていればいいが、それでも、今のマチルギに勝つには並大抵な修行では難しい。女好きなサハチが、ヤマトゥ(日本)の娘にうつつを抜かしてはいないかと、それが心配だった。

 二か月後の十二月半ば、クマヌはマチルギとサムを送って伊波(いーふぁ)に行った。

 約束の日、ウニタキは来なかった。次の日も待っていたが来なかった。

 もうすぐ正月だから、年が明けてから佐敷に来ればいいとクマヌは言ったが、剣術の修行に正月もないと言ってマチルギは聞かなかった。仕方なく、クマヌは伊波按司(いーふぁあじ)の許しを得て、マチルギとサムを連れ帰った。

 十二月の末、勝連按司(かちりんあじ)が亡くなったとの噂が佐敷まで流れて来た。クマヌはすぐに真相を調べに行った。勝連按司は十二月十四日に突然倒れ、ヤマトゥから来た薬師(くすし)のお陰で一旦は良くなったものの、再び倒れて二十四日に亡くなったという。前回、ウニタキが伊波に来なかったのは父親が倒れたからだった。

 大晦日にマチルギは伊波に帰って家族と新年を祝い、五日後にはまた佐敷に来ていた。苗代之子もマチルギの熱心さには呆れて、そのうち、自分もこの娘に追い越されてしまうのではないかと恐れた。

 マチルギが佐敷に来てから五か月が過ぎ、その影響は計り知れないものがあった。マチルギの真剣さに打たれて、今までただの惰性で稽古をやっていた若い者たちが皆、本気で稽古に励むようになっていた。また、娘たちにも影響を与えた。武術というのは男がやるものと思い込んでいて、興味を示さなかった娘たちが、女が武術をやってもいいんだと思うようになり、武術道場にやって来て教えを請うようになった。美里之子(んざとぅぬしぃ)女子(いなぐ)に教えていいものか悩み、佐敷按司に相談した。

 佐敷按司は楽しそうに笑った。

「ヤマトゥには巴御前(ともえごぜん)という女武者がいたという。マチルギのように、女子にも才能のある者がいるかもしれん。習いたいという娘には教えてやれ。興味本位で来た娘はすぐにやめてしまうだろう」

「しかし、娘たちがキャーキャー言っていたら、他の者たちが稽古になりません」

「そうだな。あの道場では狭いかもしれんな。道場を広げる事はあとで考えるとして、とりあえずは、グスクの庭を使ってもかまわん」

 按司の許しが出たので、娘たちの武術の稽古が始まった。集まって来たのは二十人近くもいた。その中に、馬天(ばてぃん)ヌルとサハチの妹のマシュー(真塩)もいた。マシューはともかく、三十を過ぎている馬天ヌルが、今から武術を習うなんて何を考えているのか、佐敷按司も呆れた顔で見ていた。

 教えるのはマチルギだった。苗代之子から娘たちに教えてくれと頼まれた時、マチルギは断った。自分の修行も途中なのに、人に教える事などできないと言ったが、苗代之子は人に教える事も修行になる。自分では気づかなかった何かを得ることもある。一時(いっとき)(二時間)だけだ。気分転換だと思って教えてやってくれと頼まれた。マチルギは仕方なく、うなづいた。

 教える相手は木剣の持ち方も知らない、まったくの素人だった。こんな事をしているのは時間が勿体ないと思いながらも、マチルギは仕方なく教えていた。もどかしいながらも娘たちは真剣だった。自分が剣術を習い始めた時の事を思い出しながらマチルギは教えていた。

 初めの頃、面倒くさいと思っていたのが、やがて、娘たちに教える事が楽しくなっていった。朝早くから山中で厳しい修行を続けながら、自分でも知らずに、夕方の娘たちに教える時間が待ち遠しいと思えるようになっていった。

 マチルギは今まで、同年代の娘たちと一緒に遊んだりした事はなかった。幼い頃から兄たちと一緒に剣術の稽古をやっていた。娘たちに囲まれて、『お師匠』と呼ばれて頼りにされるのも楽しく、また、稽古が終わったあと、娘たちがクマヌの屋敷にやって来て、世間話などを聞くのも楽しかった。

 ただ一人、娘ではない馬天ヌルは誰よりも真剣だった。自分の倍も年上なのに、マチルギの事を『お師匠』と呼んで敬った。どうして、馬天ヌルが今頃になって剣術を習うのか理由がわからず、稽古が終わったあと、マチルギは馬天ヌルに聞いてみた。

「あたしね、佐敷按司の妹として兄を守るためにヌルになったの。今まで兄を守るために祈って来たわ。でも、あなたを見て、祈るだけじゃ駄目だって気かついたの。あなたは(かたき)を討つために剣術の修行をしている。(てき)を倒すのに男も女もないって気がついたのよ。兄の敵は島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)よ。島添大里按司を倒すために祈るだけでなく、強くなったら、もっと兄を助けられるんじゃないかと思ったの。頑張るから、よろしくお願いね」

 馬天ヌルはそう言って笑った。マチルギは美しい人だと思い、尊敬できる人かもしれないと思った。マチルギの姉も伊波ヌルとなって兄のために祈っていた。しかし、武術には興味を示さず、武術の事しか頭にないマチルギを馬鹿にしているような所があり、姉とは滅多に口も利いていなかった。

 いつものように山中で修行をしていたら、教え子の一人でウミンチュ(漁師)の娘、カマが慌ててやって来て、「若按司様(わかあじぬめー)が帰って来ました」と知らせてくれた。

 マチルギはお礼を言うとすぐに馬天浜へ走り出した。

 馬天浜は人が溢れ、お祭りのように賑やかだった。ヤマトゥ(ぶに)に向かって、何艘もの小舟(さぶに)が海の上を走っていた。

「無事に帰って来たのね」と誰かが言った。

 振り返ると馬天ヌルとマシューがいた。

「お兄さんの驚く顔が見物(みもの)ね」とマシューが笑った。

「そうね。お師匠(マチルギ)がここにいるなんて思ってもいないでしょう」

 やがて、小舟に乗ってヤマトゥのサムレーと一緒にサハチとヒューガがやって来た。

 浜に降りるとサハチは懐かしそうに辺りを見渡した。そして、マチルギの姿に気づくと、「あれ?」と言うような顔をして近づいて来た。

 サハチはマチルギを見つめ、そして、馬天ヌルとマシューを見た。どうして、三人が一緒にいるのか理解できなかったが、その三人が一緒にいるのが当たり前のように思えるのが不思議だった。

 馬天ヌルもマシューも声を掛けるのをじっと我慢して様子を見守った。

「ただいま」とサハチは言った。

「お帰りなさい」とマチルギは言った。

 サハチは何かを言いたそうだったが、何も言わず、マチルギを見つめていた。マチルギもサハチを見つめていたが、なぜか知らずに涙が流れていた。

「お邪魔だろうけど、お帰りなさい」と馬天ヌルが言った。

「お兄さん、背が伸びたんじゃない?」とマシューが言った。

「ただいま」とサハチは馬天ヌルとマシューを見て笑った。

「積もる話があるでしょうから、二人でゆっくりと話しなさい」

 馬天ヌルはサハチの荷物を預かると、サハチの肩をたたいた。

「確かに背が伸びたわね。お父さんより高くなったんじゃない」

 サハチはマチルギと二人で、人混みから離れて砂浜を歩いた。

「明日、伊波に行こうと思っていたんだ。浜に下りて、マチルギの姿を見た時、幻でも見ているのかと思った」

「ここに来て、もう半年近くになるのよ」

 そう言って、マチルギは今までのいきさつをサハチに話した。

「そんな事があったのか。それで、ウニタキに勝つ自信はあるのか」

「わからないわ。二度目の時に引き分けだったから、あのあと、あの人も必死になって修行を積んでいるはずだわ」

「奴が現れたら試合をするのか」

 マチルギはうなづいた。

「でも、その前にあなたと試合をしなくちゃね」

 サハチは笑った。

「覚えていたのか」

「忘れるわけないじゃない。あたしはウニタキよりも、あなたに勝つために修行を積んでいるんだから」

「俺が負けたとしても二勝二敗だな」とサハチは言った。

 マチルギはサハチを見つめて、「あなた、大きくなったのね」と言った。

「そうか、自分では気づかないけど背が伸びたのかな」

「そうじゃなくて、心が大きくなったって事よ」

「ヤマトゥの国を見て来たからかな」

「前のあなたはあたしに負けて、しょげ返っていたわ。今のあなたは負ける事を恐れていない。あたしもここに来て、自分でも変わったって思うわ。今までの自分が、視野が狭くて小さい人だったと思えるの。今、あたし、娘さんたちに剣術を教えているのよ。みんなから『お師匠』って呼ばれてるんだから」

「えっ、マチルギがお師匠か。凄いな」

「凄いでしょ」とマチルギは自慢げに笑った

 サハチも笑って、「ずっと、ここにいてくれないか」と言った。

「えっ?」とマチルギはサハチを見つめた。

「俺の嫁さんになってほしい」

 マチルギはサハチを見つめたままうなづいた。

「でも、あなたがあたしに勝てたらよ」

「わかった」

 その晩、佐敷グスクでサハチとヒューガの無事の帰還を祝って(うたげ)が開かれた。サイムンタルー(左衛門太郎)とクルシ(黒瀬)も呼ばれ、家族みんなが集まった。その席にクマヌとマチルギもいた。クマヌがマチルギを連れて来てくれたのは嬉しいが、大丈夫なのだろうかとサハチは心配した。しかし、父も母も、祖父も祖母も、叔父や叔母たちも、マチルギがいる事に誰も文句は言わなかった。

 サハチは旅の話をせがまれて、みんなに話して聞かせた。勿論、イトの事は隠した。ヒューガもサワの事は話したが、イトの事は隠してくれた。サイムンタルーとクルシも隠してくれたので助かった。

 話が一段落すると、父の弟で祖父の跡を継ぐことになっているウミンター(思武太)が、「お前が留守の間、こっちも大変だったんだぞ」と言った。

「お前のお嫁さんになるという娘が突然、現れて、しかも、美里之子の道場で剣術の稽古をしているという噂が流れたんじゃ。わしも親父も、兄貴からそんな話は一言も聞いてない。これはどうした事じゃと兄貴に聞いたら兄貴も知らん。兄貴が娘を呼んで聞いたら、なんと伊波按司の娘だというではないか。お前、いつ、こんないい娘を見つけたんじゃ。まったく、隅に置けんのう」

「前回の旅で出会いました」とサハチは答えた。

「そうか。ヤマトゥから無事に帰って来て、美人(ちゅらー)で、しかも、剣術の名人をお嫁に迎えるとは幸せ者じゃのう」

 サハチは照れ笑いをしながらマチルギを見た。

 マチルギは恥ずかしそうに俯いていた。そして、今、気がついたが、マチルギが着ている着物は叔母の馬天ヌルが若い頃に着ていた着物だった。

 皆、マチルギを見ていた。その目は優しくマチルギを見守っていた。父も母も例外ではなかった。マチルギがみんなから歓迎されている事を知って、サハチはとても嬉しかった。

 次の日、サハチはお土産を整理して、みんなに配った。そのお土産はサイムンタルーが『一文字屋』に頼んで用意してくれたものだった。サハチは女の人には着物、男の人には刀、それと綺麗な扇子(せんす)を数本頼んだのだが、他にも書物や(うるし)塗りの硯箱(すずりばこ)や小物入れなども入っていた。

 サハチはマチルギとクマヌのお土産を持って、クマヌの屋敷に出掛けた。クマヌもマチルギも留守で、奥さんがいたので奥さんに預けた。

「無事にお帰りになられて、ほんと、よかったですね」と奥さんは言った。

 サハチは頭を下げた。

 クマヌの奥さんは島添大里(しましいうふざとぅ)の武将の妻だった。島添大里グスクが八重瀬按司(えーじあじ)によって攻め落とされた時、夫の武将は戦死し、娘の手を引いて焼け跡をさまよっている所をクマヌに助けられた。クマヌは奥さんの身内を捜し回ったが、皆、殺されてしまったらしく見つける事はできなかった。クマヌの世話になってから二年後、ようやく心の傷も癒え、クマヌと一緒になったのだった。十五歳になった娘のマチルー(真鶴)は、マチルギの指導を受けて剣術に夢中になっていた。

 クマヌの屋敷をあとにして、美里之子の武術道場を覗くとサムの姿があった。

 サハチが手を振ると稽古をやめて近づいて来た。

「やあ、成り行きで、お世話になっている」とサムは言った。

「マチルギはここにはいないのか」とサハチは道場の中を見回しながらサムに聞いた。

「山の中だよ。初めの頃は俺も一緒にやっていたんだが、とてもついて行けんのでな、俺はここに戻って来たのさ」

「マチルギは山の中で修行しているのか」

 サハチは苗代之子が修行していた山の中を思い出していた。

「俺はもう、とてもかなわない。お前、マチルギに勝てるのか。あいつ、まるで(とぅい)のようだぜ。木から木へと飛び回っている」

「マチルギが鳥か。そいつは強敵だな」

「お前、そんなのんきな事を言っていていいのか。お前より勝連の三男坊の方が強かったら、マチルギはそっちの嫁になっちまうぞ」

「その三男坊はいい男なのか」

「いい男かもしれねえけど、何となく不気味な奴だよ」

「そうか」と言ってサハチは手を振ってサムと別れた。

 グスクに戻ったサハチは、父から留守中の出来事を聞いた。

 島添大里按司が山南王(さんなんおう)(承察度)の使者として(みん)の国(中国)に行っているというのは驚きだった。自ら明の国まで出掛けて行くなんて、敵ながら凄いと思った。

「島添大里按司が留守の今、(いくさ)は大丈夫なのですか」

糸数按司(いちかじあじ)が少し動く気配もあったが、どうやら諦めたようだな。玉グスク按司が乗り気ではないようじゃ。島添大里グスクだけでも落とすのは容易ではないのに、(うふ)グスクもあるからな。どちらを包囲しても挟み打ちにされてしまう」

中山王(ちゅうざんおう)(察度)はまだ達者なのですか」

「達者らしいの。毎年、明国に進貢船(しんくんしん)を出しているよ。中山王は達者だが、勝連按司が去年の末に亡くなった。まだ四十三だったという。突然、倒れて、半月後に亡くなったらしい」

「すると跡を継いだ若按司はまだ若いのですね」

「まあ、二十の半ばだろうな。ところで、旅の収穫はあったのか」

「はい。旅に出る前、ヤマトゥという国は凄い所なんだと漠然と思っていましたが、実際に行ってみると、琉球とそれほど変わらないという事がわかりました。言葉が違うだけで、ヤマトゥも高麗(こーれー)(朝鮮半島)も、そこに住んでいる人が考えている事はみんな同じです。みんな、戦のない平和な生活を望んでいるという事がわかりました」

「そうじゃな。人はみんな同じじゃ。ヤマトゥには琉球にはない物が色々とある。しかし、物が豊富だからといって、人は幸せになれるものではない。争い事などない平和が一番じゃ。お前は琉球を旅したあと、戦のない平和な国にするために、『琉球を統一』すると言っておったが、その気持ちに変わりはないのか」

「変わりありません」とサハチは力強くうなづいた。

「そうか。お前が留守の間、わしもその事について考えてみた。しかし、実現する事は非常に難しいと思った。今の佐敷グスクは親父の鮫皮(さみがー)作りのお陰で、かろうじて潰されずに済んでいる状況じゃ。以前のような糸数按司、玉グスク按司とのつながりは切れてしまった。糸数按司も玉グスク按司も、島添大里按司が佐敷を攻めないので、佐敷は島添大里按司に降伏したのだろうと思っている。知らない間に、わしらは玉グスク按司の敵になってしまったんじゃ。完全な孤立状態じゃ。この状態から島添大里按司を倒さなければならない」

「中山王の察度(さとぅ)は、グスクも持たない状態から浦添按司(うらしいあじ)(西威)を倒しました」

 父はうなづいた。

「クマヌから聞いたようじゃな。わしもあのやり方しかないと思った。島添大里按司に気づかれずに、兵力を養わなければならない。今の佐敷の兵力は百人足らずじゃ。島添大里按司の兵力は三百、島尻大里(しまじりうふざとぅ)からの援軍が二百とみて計五百、五百の兵に勝つには、倍の一千は必要じゃな。一千の兵を育てるのは容易な事ではない。それだけの兵を集めるのも大変だし、集めたとしても食わせて行くのはもっと大変じゃ。まあ、焦る事はない。じっくりと考えてみるさ」

「はい。俺もじっくりと考えてみます」

 夕方になって、グスク内の庭で娘たちの剣術の稽古が始まった。集まった娘たちは三十人近くもいて、その中に叔母の馬天ヌルの姿もあった。一瞬、どうして叔母がと思ったが、あの叔母ならやりかねないと納得した。

 サハチはマチルギの所に行って、試合を申し込んだ。うまい具合に苗代之子が様子を見に来たので立ち会ってもらう事にした。

 サハチとマチルギは間合いをおいて木剣を構えた。

 互いに清眼(せいがん)に構えて相手を見ていた。サハチはマチルギの腕が噂通りに上達している事を感じていた。マチルギもサハチの構えを見て、思っていた以上に強くなっていると感じていた。

 二人はしばらく動かなかった。

 娘たちは固唾(かたず)を呑んで二人を見守っていた。

 苗代之子は二人を見ながら危険を感じていた。二人の腕はほぼ互角、ほんの一瞬の差で勝負は決まる。しかし、下手をすれば、どちらかが致命的な怪我をしてしまう可能性が高かった。

 苗代之子がやめさせようとした時、マチルギの掛け声が響き渡って、マチルギの剣がサハチの頭上を狙って打ち下ろされた。

 サハチは右足を後ろに引いて、その剣をよけた。

 マチルギの剣はそのまま横に払われ、サハチは一歩後ろに退いてそれをよけた。

 マチルギの剣はまるで流れる水のように止まる事なくサハチを攻め続け、サハチは常に紙一重の所でそれをよけていた。

 マチルギの剣がサハチの足を払おうとした時、サハチは宙に舞った。

 マチルギも宙に舞った。

 木剣と木剣が打ち合う音がして、二人は着地すると向き合って剣を構えた。

 見ている者たちには何が起こったのか、よくわからなかった。まるで華麗な舞でも見ているようだった。

「それまで!」と苗代之子が言った。

 サハチとマチルギは剣を下ろした。

 マチルギはサハチを見つめて、「あたしの負けね」と言った。

「引き分けさ」とサハチは言った。

 マチルギは笑った。

 見ていた娘たちが二人に拍手を送った。

「お見事」と馬天ヌルが言った。

「サハチがお師匠に勝てるわけないと思っていたけど、驚いたわ。あなたがこんなにも強いなんて知らなかった」

「叔母さん、俺もいつまでも子供じゃありませんよ」とサハチが言うと皆が笑った。

「お兄さんもお師匠も凄いわあ」とマシューが言った。

「邪魔して悪かった。稽古を続けてくれ」とサハチが言った時、御門番(うじょうばん)が来て、勝連のウニタキがマチルギを訪ねて来たと伝えた。ウニタキの名を聞いてマチルギは驚き、大御門(うふうじょう)(正門)の方を見た。

 サハチは御門番に、「通してくれ」と命じた。

 ウニタキがグスクの庭に入って来た。供は連れずに一人だった。

 ウニタキはマチルギの前に立つと、「ようやく会えましたね」と言った。そして、サハチを見て、「若按司ですな」と言った。

 サハチはうなづいた。

 ウニタキは静かに名前を名乗った。勝連のウニタキと言っただけで、勝連按司の息子とは言わなかった。マチルギに視線を移すと、「十二月の半ば、伊波に行けませんでした」と言って謝った。

「年が明けてから行きましたが、あなたは留守でした。俺は今日、伊波に行って、あなたが佐敷にいると聞いて、そのまま、ここに向かったのです。佐敷という地は勝連から見えます。ヤマトゥンチュ(日本人)から佐敷は『鮫皮』で有名だと聞いています。いつか、行ってみたいと思っていました。しかし、なぜ、あなたが佐敷に行ったのか理解できませんでした。佐敷に来て、あなたの事を聞くとすぐにわかりました。若按司のお嫁さんになる人で、剣術の稽古をしているから、美里之子の武術道場に行けばわかるだろうと言われました。道場に寄ってから、ここに来たのです。どうやら、俺は振られたようですね」

 ウニタキは寂しそうに笑った。

 マチルギは何も言わなかった。

 ウニタキはサハチを見ると、「どうも失礼いたしました」と言って背を向けた。

「試合はしないのですか」とマチルギがウニタキに聞いた。

「もういいのです。幸せになって下さい」とウニタキは背を向けたまま言った。

「今から勝連に帰るのですか」とサハチは聞いた。

 ウニタキは振り返って、「久し振りに南部まで来たので、浦添に寄って行こうと思っています」と言った。

「途中で暗くなりますよ」

「大丈夫です」と言って手を振るとウニタキは去って行った。

 ウニタキの後ろ姿を見送ると、「変わった奴だな」とサハチはマチルギに言った。

 マチルギはウニタキが消えた大御門を見つめながら、うなづいた。





佐敷グスク




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