浜川大親
どうして、高麗人の山賊がいるのか、わけがわからなかった。わざわざ、クマヌを送って調べさせる事でもないので、サハチはヤキチに聞いてみる事にした。ヤキチなら ヤキチはかなり詳しく知っていた。 山賊が出没したのは三月頃からで、奴らは馬に乗って村々を襲撃して食糧や若い娘を奪って行った。 「どうして高麗人が山賊になったんだ?」とサハチはヤキチに聞いた。 ヤキチは首を傾げた。 「わしも詳しい事は知りませんが、 「高麗の落ち武者が、琉球で暴れているというわけだな」 「まあ、そのような事でございましょう」 「誰も退治しようとはしないのか」 「伊波按司も山田按司も捕らえようとしましたが、うまく逃げられたようです」 「そうか。こっちまで来るとは思えんが、奴らの動きは気に掛けておいてくれ」とサハチはヤキチに頼んだ。 その後、中グスクの そんな噂が飛び交っていた八月の半ば、 マチルギのお サハチはその姿にしばし呆然とした。 「一体、どうしたんだ?」とサハチは聞いた。 「やられた」とウニタキは言って、悔しそうな顔をした。 サハチには何がどうやられたのか、さっぱりわからなかった。 「くそっ、俺は絶対に奴らを許せない」 ウニタキは怒りに満ちた目で宙を睨んで、両手の 「奴らとは誰なんだ?」 「 「兄貴たちに何をやられたんだ?」 「皆殺しにされたんだ」 ウニタキの顔は苦痛に歪み、体は震えていた。 サハチは侍女のチルーに頼んで水を持って来させた。ウニタキに飲ませ、落ち着かせてから話を聞いた。 ウニタキは今帰仁合戦で活躍してから、 ヤマトゥの船は年末から正月にかけて琉球に来て、五月から遅くても七月には帰って行く。その間はヤマトゥの商人の要求に応え、こちらも必要な物を手に入れるために毎日が忙しい。ヤマトゥの船が帰ってからは少し暇になるが、蔵の在庫を確認して、次回の取り引きに必要な品を集めなければならない。 しかし。そんなウニタキを快く思っていない者がいた。二人の兄だった。 中山王の孫娘を嫁に迎えたウニタキを ヤマトゥとの交易を任せたのも、ウニタキに失敗させるためだった。ヤマトゥの商人と言っても、荒くれ者の多い倭寇を相手に問題を起こして、泣きを見るに違いないと思っていた。しかし、ウニタキは何の問題もなく、見事にやり遂げてしまった。益々、ウニタキの人気は上がり、このままでは按司の座まで脅かされそうになっていた。 山伏のイブキから、二人の兄には気を付けろと言われていて、ウニタキも警戒はしていた。それでも、まさか、屋敷を襲撃して来るとは思ってもいなかった。屋敷には中山王の孫娘である妻がいる。自分を何らかの手で殺したとしても、妻を殺す事はあるまいと思っていた。それなのに、奴らは妻も娘も容赦なく殺して、屋敷に火を放ったのだった。 ウニタキの話を聞いたサハチは呆然としていた。兄貴が弟を殺そうとするなんて信じられなかった。弟の活躍を妬んで、妻や子供までも殺してしまうなんて、人間のする事ではないと憤慨していた。 「勝連の兵が攻めて来たのか」とサハチは聞いた。 「いや、正規の兵ではない。裏の奴らを使ったんだ」 「何だ? 裏の奴らっていうのは?」 「勝連には古くから、裏の仕事を専門にする奴らがいるんだ。詳しい事は誰も知らないが、『 「勝連にはそんな組織があるのか」 「主に暗殺が任務なんだ。最近では江洲按司が奴らにやられたらしい。表向きは謀反をたくらんだという事になっているが怪しい。江洲按司が亡くなって、次兄が江洲按司に納まっているからな。それと勝連の娘が伊波に嫁に行っただろう。侍女として伊波グスクに入ったのは多分、望月党の女だ。伊波の情報を勝連に流しているはずだ」 「その女は殺しもするのか」 「命令があればするだろう」 「そんな恐ろしい女が伊波に入ったのか」 「俺はそいつらに襲撃されたんだ。多分、三十人近くはいただろう。夜明け前にやって来て、門番を弓矢で 「抜け穴があったのか」 「俺も身の危険を感じていたんで、抜け穴を作ろうと浮島から穴掘りの専門家を連れて来て掘らせていたんだ。まだ途中までだったが、俺はその中に入って何とか助かったんだ」 「浮島に穴掘りの専門家なんかいるのか」 「 「ほう。そうなのか」 「俺は夜になるのを待って、焼け跡から抜け出して、ここまで来たんだ。俺の事はもう噂になっていて、俺は高麗人の山賊に襲われて殺された事になっていた」 「高麗人の山賊だと?」 「うまくやったというわけさ。高麗人の山賊が村々を荒らしているという噂は浦添まで届いている。俺がそいつらに襲われたのなら仕方がない。孫娘を殺された中山王だって、山賊を恨んでも、勝連按司を恨む事はあるまい」 「という事は、あの山賊はお前を襲うのが目的で、そのために各地の村々を襲っていたのか」 「多分、そうだろう。そのうちに、山賊たちは高麗に帰ったらしいと噂が流れるに違いない」 「成程な。お前もとんだ兄弟を持ったもんだな。これからどうする気なんだ?」 「妻と娘の ウニタキは憤怒に満ちた目で、じっと庭の木を見つめていた。殺された妻や娘の姿を見ているのかもしれなかった。 もし、マチルギと二人の息子が殺されたら、気が狂ってしまうかもしれないとサハチは思った。敵は絶対に討つだろう。敵の家族を皆殺しにしても、怒りが治まらない程に憎かった。今、ウニタキはそんな状況にいる。そんな時、何を言っても慰めにはならないだろう。 ふとサハチは とにかく休めとサハチは勧めた。 ウニタキは断って、 サハチはクマヌを呼んで、ウニタキの事を話した。 「『出る杭は打たれる』という奴じゃな」とクマヌは苦笑しながら言った。 「それにしても、汚い真似をする奴らじゃな。そんな奴が按司に納まっているとは勝連も可哀想な事じゃ。気に入らん奴を次々に殺していったら、今に勝連は自滅するじゃろう」 「そうかもしれませんね。ところで、クマヌは『望月党』というのを知っていますか」 「かなり前だが、ウニタキの師だったイブキという山伏から聞いた事はある。イブキも詳しい事はわからなかったらしい。ただ、勝連には望月ヌルというのがいて、そのヌルが望月党と関係がありそうだと言っていたな」 「望月党か‥‥‥名前から言って、ヤマトゥンチュ(日本人)ですかね」 「いつからあるのか知らんが、初代のお 「佐敷にもそんな組織が必要ですね」とサハチは言った。 「そうじゃな」とクマヌは厳しい顔つきでうなづいた。 「暗殺など汚いやり方じゃが、時には必要かもしれん」 ウニタキは馬天浜のウミンターの離れに滞在して、毎日、ぼうっと海を見ながら暮らしていた。 妻と娘が殺されたなんて未だに信じられなかった。目を閉じれば、妻の笑顔と三歳の娘の笑顔が 絶対に許せなかった。勝連按司と江洲按司、そして、望月党の奴らも皆殺しにしなければ気が済まなかった。 一月が経っても、ウニタキの心の傷は癒えなかった。 サハチがウニタキの心配をしていた頃、珍しい客がやって来た。 「お久し振りです」とサハチは一の曲輪の 「親父さんは坊主になって旅に出たそうだな」とシタルーは笑った。 シタルーは部屋に上がる事なく、縁側に腰掛けると狭い庭を眺めた。 「面白い親父さんだな」 「突然の事でしたからね。驚きましたよ」と言って、サハチも隣りに腰を下ろした。 「うちの親父がたまげていたぞ。お前の親父は中山王とも親しいらしいな」 「さあ、知りませんが」 「とぼけるな。浮島を見下ろす高台に『首里天閣』ができたのを知っているだろう」 「ええ。この前、見物に行って来ました。凄い建物でした。大勢の人がたまげていましたよ」 シタルーはうなづいて、「その凄い建物に、お前の親父さんは入って行ったんだ」と言った。 「親父がですか」 「おや、知らんのか」 「ええ。旅に出てから何の連絡もありませんからね。しかし、親父が首里天閣に入ったというのは本当なのですか」 「本当らしいな。うちの親父が悔しがっていた。まだ、わしはあそこに入っていないとな」 「信じられませんよ。親父が中山王と親しいだなんて」 「まあ、その事はどうでもいいんだ。今日来たのはお別れの挨拶だ」 「えっ、また、どこかに移動になるのですか」 「いや、移動するわけではない。来月、明国に行く事になったんだ」 「ええっ、明国ですか」 サハチはポカンとした顔で、シタルーを見ていた。 「 「三年間もですか」 シタルーはうなづいた。 「言葉も通じない異境の地で、三年間も過ごすのは不安もあるが、将来の事を思ったら、向こうで、びっしりと学んで来いと言われたんだ」 「凄いですね」とサハチは言って、シタルーの顔をまじまじと見た。 シタルーはすでに三十歳を過ぎている。それなのに、明国に行って三年間も勉強するという。大した人だと思っていた。それに、シタルーを明国に送る父親の 「豊見グスクの留守は誰が見るのですか」とサハチは聞いた。 「倅だ。まだ十歳だが、家臣たちが守ってくれるだろう」 「 「馬鹿な奴だよ。何とか屋敷も再建して、側室も与えられ、今の所はおとなしくやっている。親父が睨んでいる限り、もう、馬鹿な事はするまい」 そう言って笑ってから、「三年後に帰って来た時の事がちょっと心配なんだ」とシタルーは真顔で言った。 「大グスクですか」 「いや、そうじゃない。中山王だよ。もう七十を超えている。いつ亡くなってもおかしくない。中山王が亡くなると、また シタルーは帰って行った。 サハチはシタルーが言った中山王の死を考えていた。 今の中南部は サハチは腰を上げると馬天浜に向かった。 月日の経つのは速いもので、サハチが佐敷按司になってから、もう九か月が過ぎていた。按司としての仕事にも慣れ、口髭も蓄えて、少しづつだが按司としての貫禄も備わって来ていた。 旅に出た父からは、馬天ヌルのガーラダマ( ウニタキは砂浜に座り込んで海を見ていた。三日前に見た姿と変わりはなかった。 サハチは黙って隣りに腰を下ろして海を眺めた。 遠くに勝連が見えた。毎日、勝連の方を見ていたら、傷が癒える事もないだろう。 「この前、お前の爺さんが来た」とウニタキは言った。 サハチはウニタキを見た。海を見たままだった。 「隠居したそうだな。お前の爺さんも、親父さんも」 「ああ。お爺は去年、親父は今年、隠居した」 「親父さんは今、旅をしているそうだな」 「頭を丸めて放浪の旅に出たんだ」 「お前のためにか」とウニタキは言った。 「お爺が言ったのか」 「いや。何も言わん。ただ、お前の親父は隠居する年じゃない。裏に何かあると思ったんだ」 「やはり、変に思うか」 「当然だろう」 サハチはウニタキに本当の事を告げて、味方になってくれと言いたい衝動に駆られたが、必死に 「俺は『望月党』を潰す決心をした」とウニタキは言った。 「一人でやるのか」とサハチは聞いた。 「いや、一人では無理だ。対抗できる組織を作らなければならない。なあ、佐敷に裏の組織を作らないか」 「お前が作るというのか」 ウニタキは初めてサハチの顔を見るとうなづいた。 「お前から『望月党』の話を聞いてから、佐敷にも必要だと思っていたんだ。お前がやってくれれば本当に助かる」 「俺はもう死んだ事になっている。浜川大親として生きる事はもうできない。もし、生きていた事がわかれば、『望月党』の奴らが殺しに来るだろう。このまま、俺は死んだ事にして、裏の世界で生きる事にする」 「そうか‥‥‥やってくれるか」 ウニタキは少し笑ってうなづいた。 「お前の親父を見習って、俺も坊主になる。坊主になれば俺の顔を知っている奴らも気がつくまい。それと、裏の組織の名前も決めた。『 「『三星党』か‥‥‥」 「敵が望月だから、こっちも月の名でいこうと思ったんだが、どうもうまい名前が浮かばなかった。この前、ここに寝そべって星を見ていて、『三星(オリオン座)』がいいと決めたんだよ」 「三星党‥‥‥いいんじゃないのか。佐敷按司の家紋は『三つ 「『三つ巴』と『三星』か‥‥‥そいつはまさしく丁度いい」 ウニタキは笑った。 どうやら、立ち直ったようだった。 「よし、早速、始めるぞ」 「とりあえずは何をするんだ?」 「まずは頭を剃って、それから、仲間を集めなければならん」 「仲間を集めると言っても大変だろう。活躍しても表に出ない仕事だからな」 「わかっている。難しければ余計にやり甲斐があると言うものだ」 「そうか。期待して待っているよ」 サハチはふと サハチはウニタキに奥間村の場所を教え、とりあえず行ってみろと告げた。 ウニタキは頭を丸めて、三星法師と名乗って旅に出て行った。 |
佐敷グスク