沖縄の酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







傾城




 洪武(こうぶ)二七年(一三九四年)は正月から大忙しだった。

 正月の十日にサハチ(佐敷按司)の弟、マサンルー(真三郎)の婚礼が華やかに行なわれた。花嫁は鍛冶屋(かんじゃー)のヤキチの娘、キク(菊)だった。二人の仲はサハチもまったく知らなかった。マチルギから剣術を習っていたキクをマサンルーが見初めて口説いたらしい。

 マチルギの話では、キクはおとなしそうに見えるが、敏捷で動きが素早く、頭もよくて飲み込みも早い。女子(いなぐ)サムレーにしようと思っていたのに、マサンルーに先に取られてしまった。残念だわと笑った。

 去年の秋、サハチはマサンルーから相談されて、ヤキチと掛け合った。ヤキチは許してくれた。サハチの母親も許してくれた。問題は父親だった。マサンルーの嫁は、どこかの按司の娘にしろと言うような気がした。

 去年の末に帰って来た父(先代佐敷按司)に告げると、しばらく考えていたが、奥間(うくま)の娘を嫁に迎えるのもいいかもしれないと言った。奥間の者たちは味方に付けなければならない。一族に加えるのは悪くないと言って、うなづいた。それからはとんとん拍子に進んで、早々(はやばや)と年が明けて十日の婚礼となった。

 お輿(こし)入れといっても、ヤキチは城下に住んでいるので、手間は掛からない。二人の新居は以前、ヒューガ(三好日向)が住んでいた屋敷と決まった。

 その日は村中がお祭り騒ぎで、マサンルーとキクを祝福した。奥間から長老の息子で、鍛冶屋の親方のヤザイム(弥左衛門)が、わざわざ来てくれたのにはサハチも驚いた。サハチは話をした事はなかったが、父とはかなり親しいらしく、楽しそうに話をしながら酒を飲んでいた。

 ヤザイムは婚礼が終わったあと、父と一緒に馬天浜などを見て歩いて、二日間滞在して帰って行った。

 ヤザイムが帰ると父は久高島(くだかじま)に戻って行き、祖父(サミガー大主)もヤグルー(弥五郎)を連れて旅に出て行った。

 二月になると佐敷グスクの裏山の中に、ウニタキの屋敷が完成した。裏の組織である『三星党(みちぶしとう)』の本拠地となる屋敷は、猟師(やまんちゅ)の親方にふさわしい屋敷だった。

 ウニタキの配下の者たちは、すでに二十人になっていた。山伏のイブキ(伊吹)が各地から身の軽い者たちを集めてきたらしい。二十人のうち女が四人いて、新たにマチルギの弟子から二人がウニタキの配下になっていた。三星党の者たちは各地に散って情報を集めている。島尻大里(しまじりうふざとぅ)の城下の『よろずや』にも、浦添(うらしい)の城下の刀屋『鎌倉屋』にも、奉公人(ほうこうにん)として入っていた。

 屋敷が完成して一月が経って、ウニタキは妻を迎えた。

 妻はサハチの侍女のチルー(鶴)だった。サハチの母の妹で、サハチの叔母にあたり、ウニタキよりも四つ年上だった。ウニタキが叔父になるというのは変な感じだが、ウニタキとチルーはお似合いの夫婦だった。チルーの母親はチルーの嫁入りはもう諦めていたので、夢のようだと大喜びだった。相手は猟師でも、佐敷按司と親しい友だというので問題なく許してくれた。身内だけのささやかな婚礼だったが、チルーは嬉しくて涙をこぼしていた。

 ウニタキとチルーのささやかな婚礼が行なわれていた頃、浦添と今帰仁(なきじん)では大々的な婚礼が行なわれていた。船は使わず、陸路でお輿入れが行なわれ、中部と北部の境の石川(いしちゃー)で、花嫁の交換が行なわれた。浦添按司(フニムイ)の娘のマアサ(真麻)が山北王(さんほくおう)(ミン)の若按司のハーンに嫁いで、山北王の娘のマハニ(真羽)が浦添按司の次男のンマムイ(馬思)に嫁いだ。それぞれ花嫁に従う従者は十人と決められ、花嫁と共に異郷の地へと入った。距離が離れているので、二日掛かりのお輿入れとなり、石川の地で一泊してから、それぞれの地に戻って行った。花嫁が到着すると浦添も今帰仁もお祭り騒ぎに浮かれた。

 佐敷にも浦添で行なわれた華やかな婚礼の噂は流れて来た。遥かヤンバル(琉球北部)の地から嫁いで来る花嫁というので、城下の人たちは化け物でもやって来るのかと思っていたが、予想に反して、色白の可愛い娘だったので喝采を送り、これでしばらくは戦もないだろうと大喜びしているという。

 ウニタキとチルーの婚礼の二日後、サハチは二人の様子を見に裏山の屋敷に行った。

 チルーは甲斐甲斐しく洗濯をしていた。配下の者たちの着物も洗っているらしく、洗濯は山のようにあった。

「チルー叔母さん、なかなか似合ってますよ」とサハチは笑った。

按司様(あじぬめー)、そのチルー叔母さんはやめて下さいって、もう、かなり前から言っているはずです」とチルーは少し怒った顔をして言った。

「ただのチルーと呼んで下さい」

「そう言われても、叔母さんを呼び捨てにはできませんよ」

「それなら普通におかみさんでいいですよ」

「そうか。それじゃあ、そうしよう。おかみさん、幸せそうですね」

「いやですよ。からかわないで下さい」

 チルーは恥ずかしそうに俯いた。

「ウニタキの事、よろしくお願いします」

「何ですか、改まって」

「二人が一緒になって、本当に嬉しいのです」

「ありがとうございます」

 そう言いながら、チルーの目は潤んできていた。

 ウニタキのためにも本当によかったとサハチは思っていた。

「それでは、ちょっとお邪魔します」とサハチはチルーに手を振って、屋敷に入った。

 ウニタキは囲炉裏端で腕を組んで何やら考えていた。

 サハチの顔を見ると、「おう、丁度いい所に来た」と言って手招きした。

「どうした? 何か面白い情報でも入ったのか」

 サハチは上がって、囲炉裏を挟んで向かい側に腰を下ろした。

「ちょっと、これは面白すぎる」とウニタキはニヤッと笑った。

「まったく、予想外な展開になった」

「何だ、勿体ぶらずに早く教えろ」

「浦添で派手な婚礼があったのは知っているだろう」

「ああ、噂は聞いている。花嫁はヤマトゥ(日本)風の牛車(ぎっしゃ)に乗って輿入れして来たらしいな」

「その婚礼に当然、山南王(さんなんおう)(二代目承察度)も出席していた。花婿は従弟(いとこ)にあたるわけだからな。婚礼も無事に済んで、祝いの(うたげ)が開かれている最中に問題が起こった」

「その宴には、各地の按司も招待されていたんだろう」とサハチは聞いた。

「お前は呼ばれなかったようだが、前回の今帰仁合戦に参加した按司はほとんど呼ばれている。問題が起きたのは宴ではないんだ。宴たけなわの頃、山南王が浦添按司の側室を盗み出して逃げたんだよ」

「何だって!」とサハチは驚き、口を開けたままウニタキを見ていた。

「女好きとは聞いていたが、そんな見境のない事をやったのか」

「信じられんが本当の話だ。その側室というのは高麗(こーれー)(朝鮮半島)の使者から贈られた絶世の美女だという。めでたい席だったので、浦添按司はその事を知っても、何事も起こらなかった振りをして、山南王は飲み過ぎたので先に帰ったという事にしたらしい。次の日、各地の按司たちを見送ったあと、浦添按司は義父である島添大里按司(しましいうふざとぅあじ)(汪英紫)にだけは事実を話した。浦添按司はカンカンになって怒り、島尻大里グスクを攻め滅ぼすと言ったらしい」

「戦になるのか」とサハチは聞いた。

「なるかもしれん。絶世の美女を奪われたのだからな」

 絶世の美女と聞いて、サハチは八重瀬(えーじ)グスクの落城を思い出した。そう言えば、あの時の美女は浦添按司の妻の侍女となって、浦添グスクにいるはずだった。もしかしたら、その女を使って島添大里按司が仕組んだのではないかとサハチは疑った。

 サハチはウニタキを見て、「そんな情報をどうやって手に入れたんだ?」と聞いた。

「まさか、浦添グスクに忍び込んだのか」

「祝い事でみんな浮かれているからな。わけなく潜入できたそうだ」

「成程な。それで、島添大里按司はどう出たんだ?」

「浦添按司の怒りを静めて、自分が掛け合うから、しばらく猶予をくれと言ったそうだ」

「そうか」と言ってサハチは考えた。

 すべて島添大里按司が仕組んだ事だとすると、島添大里按司は島尻大里グスクを乗っ取るつもりかもしれなかった。一体、どんな手を使うのだろうか。

「これからの展開が見ものだな」とウニタキが言った。

「ああ」と生返事をして、サハチは囲炉裏の火を見つめていた。

「おい。お前、何か用があって来たのではないのか」とウニタキが聞いた。

「えっ?」とサハチはウニタキを見た。

「そうだ、忘れていた。お前に(ふに)の事を聞こうと思っていたんだ」

「船?」

「お前は勝連(かちりん)で交易を担当していたんだろう。船の事なら多少は知っていると思ってな」

「船がどうかしたのか」

「手に入れたいんだ」

「船を手に入れて、ヤマトゥにいる娘に会いに行くのか」とウニタキはニヤニヤ笑った。

「それを言うな」とサハチはウニタキを睨んだ。

 対馬(つしま)にいるサハチの娘、ユキの事は、勿論、ウニタキも知っていた。サハチが知らなかっただけで、ユキの事は村中の噂になっていたのだった。

「会いに行きたいが、今の俺は動けんのだ。そうじゃなくて、親父に頼まれたんだよ。久高島の兵を移動するのに使いたいらしい」

「そういう事か。確かに必要だな」と言ってウニタキは後ろに積んである(たきぎ)を取って囲炉裏にくべた。

「何百もの兵を小舟(さぶに)で運んでいたら切りがない」

「そうなんだ」

「船か‥‥‥」

「お前なあ、囲炉裏が好きなのはわかるが、薪をくべたら暑いだろう」

「そうか」と言ったが、人の話なんか聞いていないようだった。

 まあ、いいかと思いながら、サハチは話を続けた。

「船だけでは駄目なんだ。操れる船乗りも必要だ。新しく船を作ってもいいんだが、どうやって作ったらいいのかもわからんのだ」

「船を作るとなると腕のいい船大工が必要だし、船に使う木もヤンバルから切り出して来なければならん。かなりの人手がいるぞ」

「人手もいるし、費用もかなり掛かりそうだな。中古の船とかは手に入らないか」

「中古の船か‥‥‥大型の船を持っているのは勝連、今帰仁、浦添、島尻大里くらいだな。勝連に知っている船頭(しんどぅー)はいるが‥‥‥」

「勝連に顔を出すのはまずいだろう」

「そうだな。『望月党(もちづきとう)』に見つかる可能性が高い。手頃な所で島尻大里かな。ちょっと待て。島尻大里で交易を担当しているのは照屋大親(てぃらうふや)だが、山南王と喧嘩して出仕していないはずだ」

「そうなると、島添大里按司と手を結ぶな」

「ああ」と言って、ウニタキは少し考えていたが、「船乗りたちは、ほとんどの者が雇われているんだ」と言った。

「船は山南王の物だが、船乗りは雇われ者だ。もし、戦になったら船ごといただけるかもしれない」

「おい。船を盗むというのか」とサハチは呆れた顔してウニタキを見た。

「盗んだ船なんか、そこらに置いてはおけまい。どこに隠しておくんだ?」

「どこかに隠しておくさ」

「気楽な事を言うな。船はいいとして船乗りはどうする。縛ってどこかに閉じ込めておくのか」

「うーむ」と唸ってからウニタキは手を打って、「いい考えがある」と言ってニヤニヤ笑った。

「お前のいい考えは当てにはならん」

「まあ、聞け。奪った船はそっくりヒューガ殿に渡して、海賊になってもらう」

「山賊から海賊になるのか」

「海賊になるといってもやる事は同じだ。船に馬を積んで移動して、目的地で馬を下ろして襲撃する。本拠地が山の中から船の上に移動するだけだ。山の中より安全だろう」

「船乗りたちが拒んだらどうする?」

「船乗りなんていうのは、船に乗って海に出れば、それで気が済むんだ。雇い主が誰だろうと関係ない。以前の倍を払うと言えば文句などないさ」

「そんなにうまく行くかねえ」とサハチは心配したが、

「調べてみるさ」とウニタキは気楽な顔をして言った。

「ところで、お前、師匠の居所(いどころ)を知っているのか」

「ああ。会いに行ってはいないが、場所は知っている」

「どこにいるんだ」

与那原(ゆなばる)運玉森(うんたまむい)だ」

「えっ、そんな近くにいるのか」

 島尻大里の城下に出没しているので、南部のどこかの山の中に隠れているのだろうと思っていたが、まさか、与那原にいたとは驚きだった。

「山の中に『マジムン(化け物)屋敷』というのがあって、なかなか住みやすそうだ」

「それにしたって、島添大里に近すぎる」

「だから、海に逃げた方がいいんだよ」

 その日からウニタキはどこかに消えた。チルーが留守番をしていたが、ウニタキがどこに行ったのか知らなかった。

 浦添と今帰仁の婚礼から一月が過ぎても、戦が起こる気配はなかった。島添大里按司がうまく治めたのかもしれなかった。

 四月の末の梅雨のさなか、ウニタキが帰って来た。

 知らせを受けて小雨の降る中、サハチが会いに行くとウニタキは絵地図を広げて眺めていた。

「絶世の美女の件はどうなっているんだ?」とサハチはウニタキに聞いた。

「まもなく、戦となるだろう」と絵地図から顔を上げてウニタキは答えた。

「随分とのんびりとしたもんだな」

「浦添按司としては早いうちに片付けたかったんだが、それができなかったんだ」

「どうして? あれから一月半も過ぎているぞ」

「あのあと、島添大里按司は山南王と掛け合ったが無駄だったらしい。そこで浦添按司は戦の準備を始めた。ところが、四月の初めに浦添按司の側室の出産があった。無事に男の子が生まれた。浦添按司の五男だ。城下の者たちが、めでたいと祝っている時に、戦を起こすわけにはいかんと延期になった。四月の半ばも過ぎて、そろそろ戦を始めるかと思っていたら、去年、明国(みんこく)(中国)に送った進貢船(しんくんしん)が帰って来た。それでまた延期となったんだ。その進貢船は山南王との合同船だったが、浦添按司は山南王の荷物を預かったまま、引き渡そうとはしていないらしい」

「当然の報いだな。それで今度こそ、本当に戦になるのか」

「多分な。しかし、梅雨になっちまったから、梅雨が明けてからかもしれん」

「梅雨明けか。島添大里按司もその戦に加わるのか」

「当然だろう。浦添按司に島尻大里グスクを奪われたら、島添大里按司の苦労も水の泡だ。浦添が攻めるよりも先に攻め落とすつもりだろう」

「攻め落とせるのか」

「充分な時間があったからな。島添大里按司の手回しは怠りない。他人の側室を盗み取る情けない山南王を廃して、大叔父の島添大里按司に山南王になってもらおうと言う者が、かなり出てきている。そういう者たちは皆、グスクから追い出された。今の山南王に付いているのは、叔父の与座按司(ゆざあじ)国吉大親(くにしうふや)くらいだな。国吉大親というのは与座按司の義弟だ。要するに、亡くなった先代の兄弟が、今の地位に必死にしがみついているというわけだ。重臣たちから見れば、島添大里按司は明国にも行って明国の皇帝とも会っているし、倅のシタルーは明国で勉学に励んでいる。島添大里按司が山南王になった方が、今後の発展のためにもいいと思って、グスクから出て様子を見守っているという状況だな」

「山南王は側室を返すつもりはないのか」

「ないようだな」

「山南王の座を奪われるかもしれないというのに、女を手放さないのか」

「その高麗の美女というのは、倭寇(わこう)に連れ去られた高麗人(こーれーんちゅ)を返してくれたお礼として、浦添按司に贈られた美女なんだ。高麗の国中から選び出されて、無理矢理に連れて来られたらしい。琉球に来てからも、故郷に帰りたいと泣いていたそうだ。浦添按司としても、高麗から贈られた女を高麗に帰すわけにもいかず、困っていたようだ」

「困っていたのなら、山南王が連れて行ってくれて助かったんじゃないのか」

「そうとも言えるが、男と女というのはわからんからな。浦添按司としても未練があるのだろう。絶世の美女というのは、昔から『傾城(けいせい)』とか『傾国(けいこく)』とか言われて、国を滅ぼす元となる。男を惑わす不思議なシジ(霊力)を持っているのだろう。浦添按司も失って初めて、その美女に惚れていた事に気づいたのかもしれん。それに、あんな男に山南王は任せられんと見限ったのかもしれんな」

「浦添按司も島添大里按司が山南王になった方がいいと思っているのか」

「義理の父親だし、武将としても有能だ。島添大里按司なら安心して南部の事は任せておけるだろう」

「そう言えば、お前は今帰仁合戦の時、島添大里按司と一緒に鳥島(とぅいしま)(硫黄鳥島)を攻めたんだったな」

「俺はただ、島添大里按司の作戦を実行しただけだよ。敵の裏をかいたいい作戦だった。敵に回したら恐ろしい奴だと思ったよ」

「そうだろうな。自ら明国まで出掛けて行くんだから大した男だよ」

「それとな、船の事も調べたぞ」とウニタキは言って、(ふところ)から紙切れを出してサハチに見せた。

 ヤマトゥ船が、うまく描かれてあった。

「お前が描いたのか」とサハチは聞いた。

「まさか?」とウニタキは笑った。

「俺にそんな才能はない。手下に絵のうまい奴がいてな。見た物を何でも絵に描いてよこす。すぐにわかるので便利だよ」

「確かにな」とサハチは絵を見ながらうなづいた。

「島尻大里の船だ。多分、倭寇から買い取った物だろう。五十人は乗れそうだ。船頭も調べた。腕はいいが博奕(ばくち)好きな男で、(じに)次第で動きそうだ。今帰仁合戦の時は、島添大里按司を乗せて鳥島まで出陣している。ヤマトゥまでは行った事はないが、徳之島(とぅくぬしま)や奄美の大島(うふしま)には行った事があるらしい」

「徳之島に奄美の大島か‥‥‥」

 サハチはそれらの島影を思い出していた。

「そんな所に何をしに行くんだ?」

「材木を運んで来るんだろう」

「わざわざ、そんな遠くまで行くのか」

「木を切り倒して、適当な長さに切って、船に積み込むのは短期間にはできない。半年はそこで作業する事になる。ヤンバルでそんな事をしていたら、山北王が黙ってはいまい。それで、戦が始まったら、その船をいただく。楽しみに待っていてくれ」

「無理はするなよ」と言って、サハチはウニタキと別れた。

 梅雨が明けるのを待っていたかのように、島添大里按司は動き出した。

 二百の兵を率いて島尻大里に向かい、島尻大里グスクを包囲した。浦添按司の弟の米須按司(くみしあじ)瀬長按司(しながあじ)従兄(いとこ)小禄按司(うるくあじ)も加わり、山南王の一族である真壁按司(まかびあじ)伊敷按司(いしきあじ)も加わった。

 島添大里按司の長男の八重瀬按司(えーじあじ)(タブチ)は与座(ゆざ)グスクを包囲して、城主のシタルーが留守の豊見(とぅゆみ)グスクも、兵を送って島添大里の兵と合流した。島添大里按司と手を結んだ照屋大親は、国吉大親の本拠地、国吉グスクを包囲した。さらに、浦添から按司自身が指揮して三百の兵が南下していた。

 島添大里按司は降伏するように呼び掛けたが、山南王は応じずに反撃してきた。島添大里按司は総攻撃を命じた。

 いくら大軍で囲んでも簡単には落ちないだろうと思われたが、島尻大里グスクはあっけなく落城してしまった。グスク内に内通する者がいたのだった。内通者によって裏御門(うらうじょう)が開けられ、島添大里按司の武将が攻め入り、グスク内は混乱を極め、やがて、大御門(うふうじょう)(正門)も開かれて、包囲していた兵たちがグスク内に乱入した。

 与座按司と国吉大親は殺され、山南王の弟も殺されたが、山南王の姿はどこを探しても見つからなかった。浦添から連れ去られた高麗人の美女もいないし、山南王の二人の高麗人の側室もいなかった。まだ近くにいるはずだ、必ず捜し出せと島添大里按司は部下に命じ、援軍の大将たちには改めてお礼をすると言って引き上げてもらった。こちらに向かっている浦添按司にも使者を送り、状況を説明して引き上げてもらった。

 夜になっても山南王を捜す事はできず、島尻大里グスクに入った島添大里按司の兵は篝火(かがりび)を焚いて、グスクを守りながら夜を明かした。

 その夜、城下で何件かの火事騒ぎがあり、混乱している城下をさらに混乱させた。

 夜が明けると、島添大里按司は山南王の捜索を再開して、敵対した者たちの残党狩りも始めた。

 佐敷にも噂は流れて来たが、詳しい事は何もわからなかった。島添大里按司が島尻大里グスクを攻め落として、山南王になったらしいという事はわかった。しかし、前の山南王と戦の原因となった高麗の美女がどうなったのか、まったくわからなかった。噂では山南王が中山王に対して謀反(むほん)を起こして、大叔父の島添大里按司によって成敗されたという事だった。

 島尻大里グスクの落城から二日後、ウニタキが戻って来たとチルーが知らせに来た。

 サハチはチルーと一緒にすぐに裏山に向かった。

 ウニタキは縁側で涼みながら酒を飲んでいた。

「明国の酒だ。うまいぞ」とウニタキは言った。

「そんな物、どこから持って来たんだ?」とサハチは聞いて、ウニタキの隣りに腰を下ろした。

「国吉大親の屋敷にたっぷりとあった」

「ふん」とサハチは鼻を鳴らし、「それで一体、どうなっているんだ?」と聞いた。

「まあ、一杯いけ」

 ウニタキは酒盃(さかずき)をサハチに渡して、酒壺(さかつぼ)に入った酒を注いだ。

 サハチは一口、なめてみた。香りはいいが強い酒だった。

「島添大里按司の筋書き通りになったんだよ」とウニタキは言った。

「噂通り、島添大里按司が山南王になったんだな?」とサハチは聞いた。

「そうだ。とうとう山南王にまで上り詰めたのさ。大した男だよ」

 敵である島添大里按司はついに山南王になってしまった。敵がどんどん大きくなっていくのに比べて、何もできない自分が情けなかった。それでも、久高島で若い者たちを鍛えている父や、旅を続けている祖父の事を思うと、今はじっと我慢しなければならないとサハチは自分に言い聞かせた。

「山南王はどうしたんだ? 殺されたのか」

「いや、山南王と例の美女は未だに行方知れずだ。どこに逃げたのかまったくわからん。もしかしたら、高麗まで逃げたのかもしれん」

「まさか?」

「今の時期はヤマトゥに帰る船が多いからな。倭寇の船に乗って行けば高麗まで行けるだろう」

 確かに、倭寇の船に乗れば高麗まで行けるが、王様の座を捨ててまで、山南王は側室を高麗まで連れて行ったのだろうか。

「『傾城(けいせい)』に惑わされたんだよ」とウニタキが言った。

「お前、その『傾城』を見たのか」とサハチは聞いた。

「一度、見た事がある。今帰仁合戦のあと、浦添按司に呼ばれて浦添に行った時、紹介された。まさに絶世の美女だと思ったよ。見つめられただけで、どうにかなってしまいそうだった」

「どうにかなるとは、どういう意味だ?」

「この女のためなら命を懸けてもいいと思うんだよ。山南王も高麗に連れて行ってくれと頼まれて、何もかも捨てて、女の願いをかなえようとしたんだろう」

「恐ろしい女がいるものだな」

 しばらく、二人は黙って酒を飲んでいた。

「船の件はうまく行ったぞ」とウニタキはサハチの酒盃に酒を注ぎながら言った。

「なに、盗んだのか」

 ウニタキはうなづいた。

「島尻大里の城下で、ヒューガ殿と出会ったのでな、相談して一緒に襲う事にした。今頃、船の上で一杯やっているだろう」

「盗まれた事がわかれば、追われるんじゃないのか」

「海は広いからな。そう簡単には見つかるまい」

「そううまく行けばいいが‥‥‥」

 そう言いながら、サハチはその船に乗ってみたいと思っていた。

「怪我人は出なかっただろうな」

「大丈夫さ。敵のいない所を狙って襲っていたからな」

 サハチは苦笑して、酒盃の酒を一気に飲み干した。





浦添グスク



島尻大里グスク




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