沖縄の酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







シンゴとの再会




 佐敷の東に『須久名森(すくなむい)』と呼ばれる山がある。その西側の裾野に『平田』という所があり、今、そこに小さなグスクを築いていた。

 サハチ(佐敷按司)の三番目の弟、マタルーが八重瀬按司(えーじあじ)(タブチ)の娘をお嫁に迎えるに当たって、二人が住む屋敷の事を考えなければならなくなった。按司の娘を城下に住まわせるわけにはいかない。グスク内のどこかに屋敷を建てなければならなかった。建てるとすれば東曲輪(あがりくるわ)しかない。庭は狭くなってしまうが、今の屋敷の前辺りに建てようかと考えていたら、一番上の弟、マサンルーがグスクから出て行くと言い出した。

 マサンルーなりに色々と考えていて、平田の地を見つけたのもマサンルーだった。サハチはマサンルーと一緒にそこに行って、グスクを築く事に賛成したのだった。

 馬天(ぱてぃん)の海を挟んで向こう側には島添大里(しましいうふざとぅ)グスクが見え、右に目をやれば、海の向こうに勝連(かちりん)が見える。佐敷グスクよりも眺めがよかった。後ろにある須久名森はこの辺りでは一番高い山で、樹木が鬱蒼(うっそう)と生い茂っていて、兵を隠して置くのに利用できそうだった。

 サハチは重臣たちと相談し、一応、山一つ向こう側にある知念按司(ちにんあじ)にもグスクを築く事を知らせて、グスクを築き始めた。東曲輪を作る時に奉行を務めた兼久大親(かにくうふや)普請奉行(ふしんぶぎょう)に命じて、村人たちにも手伝ってもらった。マタルーの婚礼まで四か月しかないので忙しかった。グスクとしての体裁を整えるのは後回しにして、とりあえず、屋敷だけは完成させなければならなかった。

 年末に祖父(サミガー大主)と一緒に旅から帰って来たマタルーに、婚礼の事を告げると、何となく、そんな予感がしていたと言った。

 マサンルーは好きになった相手と結ばれたが、ヤグルーは按司の娘を嫁に迎え、マナミーとマカマドゥは按司のもとに嫁いで行った。次は俺の番で、どこかの按司の娘を嫁に迎えるのだろうと思っていた。棒術の修行に熱中していて、特に好きな娘もいないから、それで構いませんと言った。

 マサンルー夫婦が平田のグスクに移る事になったので、ヤグルー夫婦が東曲輪の屋敷に移って、マタルーたちがヤグルー夫婦が住んでいた屋敷に入る事に決まった。

 旅から帰って来た馬天(ばてぃん)ヌルに、八重瀬按司の娘をマタルーのお嫁に迎える事に決まったと話すと、少し考えてから、「大丈夫よ」と言った。

「マタルーのお嫁さんになる()は多分、三女のマカミー(真亀)ね。あの娘の母親は(うふ)グスク按司の娘なの。きっと、うまく行くわ」

「叔母さん、その娘を知っているのですか」

 馬天ヌルはうなづいた。

一昨年(おととし)、八重瀬に行った時、出会ったの。女の子が馬を乗り回していたので、八重瀬ヌルに聞いたら、八重瀬按司の三女だって教えてくれたわ。その時、何となく縁があるような気がして、八重瀬ヌルからその娘の事を聞いていたら、その娘が馬に乗って近づいて来てね、しばらく一緒にお話をしたのよ。あたしが馬天浜から来たって言ったら、その娘、馬天浜の事を知っていたのよ。行った事はないけど、母親からよく聞いていたらしいわ。いつか、行ってみたいと言っていた。あの娘なら、性格も良さそうだし、マタルーとお似合いね。佐敷の家風にもにも合うわね」

「佐敷の家風ですか」

「八重瀬ヌルの話だと、その三女は八重瀬按司のお気に入りの娘らしいの。娘なのに武芸が好きで、幼い頃から教えていたらしいわ。八重瀬按司は弟のシタルーの事を常に(うらや)んでいたの。豊見(とぅゆみ)グスク按司になったり、官生(かんしょう)として明国(みんこく)(中国)に行ったりと父親は常にシタルーを頼りにして、自分の事は必要としてくれないとお酒に溺れた事もあったらしいわ。でも、そんな八重瀬按司の救いとなったのが、三女のマカミーだったのよ。マカミーは毎晩、お酒を飲んでいた八重瀬按司に、今帰仁合戦の時の活躍の話をせがんで、あたしもサムレーになって、戦で活躍したいと言ったらしいわ。八重瀬按司は喜んで、マカミーが幼い頃から剣術を教えたり、弓矢を教えたりしていたの。マカミーも素質があったんでしょうね。父親の期待に応えていたみたい。実力はわからないけど、お師匠(マチルギ)とは気が合うでしょう」

「確かに」とサハチは笑った。

「でも、そんなお気に入りの娘を、八重瀬按司がよく手放す事にしましたね」

「あたしもそう思ったのよ。もしかしたら、あたしとマカミーの話を聞いていた八重瀬ヌルが、佐敷がいいと勧めてくれたのかもしれないわね」

「そうでしたか‥‥‥」

「八重瀬ヌルは八重瀬按司の妹で、シタルーのお姉さんなの。シタルーからも佐敷の事を聞いているのかもしれないわ」

「これで安心しました。敵地の娘をマタルーの嫁にしてもいいのかと悩んでいましたけど、そんな娘なら大歓迎ですよ」

「あのマタルーがお嫁さんをもらうなんてねえ、あたしが年齢(とし)を取るはずだわ」

 馬天ヌルは珍しく、弱気になっていた。

「何かあったのですか」とサハチは心配して聞いた。

「自分では若いつもりなんだけど、やっぱり、四十を過ぎると、疲れがすぐに取れないのよ。それにね、強がっているんだけど、最近、ユミーとクルーと一緒に歩くのも辛くなってきたわ」

「何を言ってるんですか。叔母さんは十歳は若いですよ。マチルギもマシュー(佐敷ヌル)も叔母さんみたいに年を取りたいって、いつも言っていますよ。ところで、勝連には行ったのですか」

「勿論、行って来たわよ」

「『望月(もちづき)ヌル』に会いました?」

「なに、望月ヌルって? そんなの知らないわよ。勝連のヌルはウニタキのお姉さんだったわよ」

「勝連にいるはずなんですよ。勝連には裏の組織があって、『望月党』と呼ばれているんですけど、その実態は謎なんです。望月ヌルが、その望月党とつながりがあるらしいと言われているんだけど、それもはっきりとはわからないようです」

「へえ、そんな組織があるの?」

「ウニタキは、そいつらに家族を殺されたんですよ」

「そうだったの‥‥‥恐ろしいわねえ」

「望月ヌルには近づかない方がいいですよ」

「そう言われると、会ってみたくなるわね」

「叔母さん、本当に危険なんですから、近づかないで下さい」

「わかったわ」と馬天ヌルは言ったが、信用できなかった。来年の旅で会うような気がした。話さなければよかったとサハチは後悔した。

 キラマ(慶良間)の島から帰って来た父(先代佐敷按司)は、八重瀬との婚礼の事を聞いて驚いた。

山南王(さんなんおう)(汪英紫)の長男の娘をマタルーの嫁にするのか」と言って、信じられないというような顔をして首を振った。

「今の状況では仕方がありません」とサハチは言った。

東方(あがりかた)が八重瀬按司と結ぶと、山南王が亡くなったあと、シタルーを相手に戦うという事になるぞ。シタルーの後ろには中山王(ちゅうざんおう)(武寧)がいる。中山王は敵に回したくはなかったのう」

「八重瀬按司は山南王になるために、着実に勢力を広げています。米須按司(くみしあじ)具志頭按司(ぐしちゃんあじ)与座按司(ゆざあじ)真壁按司(まかびあじ)伊敷按司(いしきあじ)を味方に引き入れ、東方も味方にしています。中山王が南部に介入しなければ、豊見グスクより八重瀬の方が有利です。島添大里(しましいうふざとぅ)のヤフスは豊見グスクに付くようなので、攻める事はできます。山南王が亡くなって、八重瀬と豊見グスクが家督争いを始め、中山王が介入して来るまでの間が、島添大里グスクを攻め取る絶好の時だと思います」

「うーむ」と父は唸った。

「中山王に介入させない、何かうまい手を考えなくてはならんな」

「はい。八重瀬按司は長男です。八重瀬按司が跡を継ぐのが当然の事です。しかし、山南王はシタルーを跡継ぎにしたいと願っています。シタルーが正当に跡を継ぐには、山南王がシタルーに跡を継がせると遺言した事を証明する物が必要です。口約束だけでは跡を継ぐ事はできないでしょう。その証拠の書き付けのような物を、シタルーが手に入れれば中山王を動かせますが、そうでない場合は、中山王としてもシタルーを応援する事はできません。中山王といえども正当な理由なしに、シタルーのために兵を動かす事はできないはずです」

「その証明する物とやらを奪い取れば、八重瀬が勝つのだな」

「多分」

「八重瀬按司が山南王になると、シタルーは滅ぼされ、中山王とも争うようになるな。その方が、わしらには都合がいいかもしれんのう」

「それに、お嫁に来る娘の母親は、大グスク按司の娘です」

「なに、大グスク按司の娘? そう言えば、島添大里の側室に送った娘が、八重瀬に行ったとか言っておったのう。その娘の子が嫁いで来るのか」

「母親が大グスクの近くの佐敷なら安心だと思ったようです。それに、その娘ですが、馬天ヌルの叔母さんが会った事があって、大丈夫だと言いました」

「馬天ヌルの了解済みか」と父は少し考えてから、「よし、八重瀬の娘をお嫁にもらおう」とうなづいた。

 ウニタキの配下のトゥミが、島添大里按司の側室として島添大里グスクに入った事を告げると、「なに、本当か」と聞いて、サハチがうなづくと、父はニヤッと嬉しそうに笑った。

「でかしたぞ。これで、島添大里グスクはいただいたも同然じゃな」と父は満足そうに言った。

 年が明けて、マタルーの婚礼も無事に終わった。

 八重瀬から来た花嫁のマカミーは、八重瀬按司が自慢するだけあって、可愛い娘だった。マタルーは不安そうな顔をして花嫁を待っていたが、花嫁の姿を見た途端に、嬉しそうな顔をして、急にそわそわしだした。村人たちはお祭り騒ぎで、夜遅くまで二人を祝福した。

 平田グスクの屋敷も何とか完成して、マサンルー夫婦は子供を連れて移って行った。侍女が四人とサムレーが十人、マサンルーと一緒に平田グスクに移動となった。急に兵が増えると怪しまれるので、キラマの島から数人ずつ平田に送り、最終的には五十人を平田に置くと父は言った。

 婚礼の次の日、マカミーは娘たちが剣術の稽古をしているのを見ると、目を輝かせて、その仲間に加わった。マチルギはマカミーが木剣を手にしただけで、その腕を見抜いた。マカミーは四年目となる侍女のタキと試合をして、引き分けた。その強さに皆が驚いていた。マカミーは上級者たちと一緒に稽古に励んだ。八重瀬では武芸をしている娘は自分一人だったのが、ここには大勢いた。しかも、自分よりも強い娘も何人もいる。マカミーはお嫁に来てよかったと思いながら稽古に励んでいた。

 それを見ていたマタルーは、マカミーに負けられないと、棒術だけでなく、剣術の修行にも励むようになった。

 婚礼の二日後、父と祖父、馬天ヌルは、いつものように旅立って行った。マタルーに代わって、十六歳になった苗代大親(なーしるうふや)の次男、サンダー(三郎)が祖父と一緒に旅に出た。

 今回は馬天ヌルもヤンバル(琉球北部)のウタキ(御嶽)を巡るので、祖父たちと一緒に出掛けて行った。

 三年後にまた来ると約束したサイムンタルー(早田左衛門太郎)は去年、来なかった。混乱が続いている明国を攻めているのだろうとサハチは思っていた。今年は正月の末にやって来たが、サイムンタルーではなく、弟のシンゴ(早田新五郎)が大将として乗っていた。

 実に十二年振りの再会だった。お互いに髭を伸ばして、当時の面影は薄れているが、顔を見た途端に、十二年前に戻ったかのように再会を喜んだ。

「お前が水軍の大将になったのか」とサハチはシンゴの肩を叩いて笑った。

「お前だって、按司とやらになったと聞いているぞ」

「しかし、お前がやって来るなんて思ってもいなかった。会えて嬉しいよ」

 取り引きの事は、クルシ(黒瀬)と叔父のウミンターに任せ、サハチはシンゴをウミンターの屋敷に誘って、積もる話を語り合った。

「色々とあったんだ」とシンゴは言った。

「こっちも色々とあった」とサハチは言った。

「サイムンタルー殿は明国を攻めているのか」

「いや」とシンゴは首を振った。

「兄貴は今、朝鮮(チョソン)にいるんだ」

「サイムンタルー殿の兄貴(次郎左衛門)が戦死したので、サイムンタルー殿が富山浦(プサンポ)(釜山)に移ったのか」

「そうじゃないんだ」とシンゴはまた首を振った。

「四年前、兄貴は琉球から帰ったあと、船団を率いて朝鮮を攻めたんだけど、敵の船に囲まれてしまったんだ。勝ち目がないとみた兄貴は敵に降参して、長男の藤次郎を人質に出して、改めて投降すると言って帰って来たんだ」

「何だって! サイムンタルー殿が朝鮮に投降したのか」

 シンゴは悔しそうな顔をして、うなづいた。

「帰って来た兄貴は状況を説明した。当時、俺は和田浦にいたんだけど、土寄浦(つちよりうら)に呼ばれて、これからは、お前がここのお頭だって言われたんだ」

「お前がお頭?」

「そうさ。急にそんな事を言われたって、俺は何と答えていいのかわからなかった。兄貴は今後の事を俺に託して、翌年の四月に八十人の配下の者を引き連れて、朝鮮に投降したんだよ」

「八十人もか」

「投降と言っても、捕虜になるわけじゃないんだ。『宣略(せんりゃく)将軍』という地位を与えられて、屋敷や着物や食糧までも与えられて、かなりいい待遇らしい。そして、仕事は倭寇(わこう)の取り締まりなんだよ」

「ええっ、倭寇が倭寇を取り締まるのか」

 シンゴはうなづいた。

「もう倭寇の時代じゃなくなったんだ。高麗(こうらい)から朝鮮に変わって、沿岸の警固も厳しくなって、昔みたいに稼げなくなった。戦死した者も多い。日本(にっぽん)の状況も長く続いていた戦が終わって、倭寇の取り締まりが厳しくなっている。もう、倭寇はやめて、交易だけをしろと兄貴に言われたよ」

「明国は今、混乱状態だろう。明国にも行かないのか」

「行っている奴らもいる。でも、明国は遠すぎる。危険を冒して明国まで行くより、琉球に行って交易するようにと言われた。兄貴が朝鮮にいるんで、琉球で手に入れた明国の陶器などが朝鮮で交易できるんだ。その方が危険もなく確実に稼げると言われたよ」

「そうか。時代が変わって来たんだな」

「ああ。変わっちまった。兄貴が投降してから、主立った倭寇のお頭はほとんどが投降して、朝鮮で暮らしているよ」

「そうなのか‥‥‥」

 シンゴの話は驚く事ばかりだった。サイムンタルーが朝鮮に投降して、倭寇退治をしているなんて、とても信じられなかった。前回に来た時、お頭になったサイムンタルーはみんなの命を預かる事になって、以前のように無茶な事はできなくなったと言っていた。みんなを守るために投降したのだろうか‥‥‥もう、サイムンタルーが琉球に来る事はないのだろうか‥‥‥

 サハチは顔を上げてシンゴを見ると意味もなく笑って、「お前、ツタと一緒になったのか」と聞いた。

「いや、和田浦にいた兄貴(左衛門次郎)が戦死して、俺は和田浦に移る事になったんだ。あれはお前が琉球に帰った年だ。ツタも時々、和田浦まで来てくれたんだが、結局、別れる事になって、俺は和田浦の娘と一緒になったんだよ。あの頃、遊んでいた仲間で一緒になったのはマツ(中島松太郎)とシノだけだな。マツも今は朝鮮にいる。トラ(大石寅次郎)も朝鮮だ。ヤス(西山安次郎)は戦死した」

「なに、ヤスが死んだのか‥‥‥」

「高麗の兄貴が戦死して、その(とむら)い合戦だと朝鮮を攻めたんだ。しかし、散々な目に遭った。五島(ごとう)の叔父御(備前守)もヤスも戦死しちまった」

「そうだったのか‥‥‥」

 共に遊んだ仲間が戦死してしまったなんて思ってもいない事だった。

「そう言えば、兄貴から聞いたんだけど、琉球の王様が朝鮮に逃げて来たって本当なのか」とシンゴが聞いた。

「山南王っていう南部の王様が朝鮮に逃げたかもしれないという噂はあったけど、本当に朝鮮にいたのか」

「いたらしい。詳しくは知らないけど、都から大分離れた所にいたらしい。見つけ出された時、(やまい)に罹っていて、都に呼んだんだけど亡くなってしまったそうだ」

「なに、亡くなったのか」

「去年、いや、一昨年(おととし)の事かな」

「そうか。朝鮮で死んだのか‥‥‥その王様は、朝鮮の使者が中山王に贈った絶世の美女を連れて朝鮮に逃げたんだ。多分、その美女の故郷にいたんだろう。王という身分を捨てて、女のために朝鮮に行き、異郷の地で死んだ。死ぬ時、何を思っていたのかな」

「絶世の美女か‥‥‥俺も命を懸けるほどの美女に会ってみたいよ」

 真面目な顔をして、そう言ったシンゴの顔を見ながらサハチは笑った。

 シンゴも苦笑してから、「イトは相変わらず元気だぞ」と言った。

「娘のユキはもう十三歳になって、母親に似て可愛い娘だ。あと二、三年もしたら、あの頃のイトより美人になるかもしれない。悪い虫が付かないようにと、イトはユキに剣術を教えている。お前の娘だからな、素質はあるようだ」

「もう十三になるのか‥‥‥」

 サハチはイトが娘に剣術を教えている場面を想像した。イトにも娘にも会いたかった。

「和田浦にいた時、俺は初めて雪を見たんだ。辺り一面が真っ白になって、幻想的な風景だった」

「向こうは今頃、雪が降っているよ。ここは温かくていいな」

 サハチは暇を見つけてはシンゴを連れて、南部の各地を案内した。対馬(つしま)とはまったく違う風景や風習に、シンゴは驚いたり、感動したりしていた。

「兄貴から話には聞いていたけど、本当に琉球はいい所だな。俺も琉球に住んでみたくなったよ」

「いつでも来いよ。大歓迎だぜ」

 シンゴは笑った。

「お頭になっちまったからな。兄貴が帰って来るまでは、対馬を守らなけりゃならん。俺の兄弟は十人いて、そのうち男は六人、俺は五男なんだ。長兄(次郎左衛門)が高麗にいて、次兄(左衛門太郎)が中尾家を継いだ。三兄(左衛門次郎)が和田浦に行って、四兄(左衛門三郎)は五島に行った。俺は琉球にでも行くかって本気で考えた事もあったんだ。でも、二人の兄貴が戦死して、左衛門太郎の兄貴と弟(新六郎)が朝鮮にいて、残っているのは五島にいる兄貴と俺だけなんだ。今の状況では琉球に住むなんて夢のまた夢だな」

 シンゴは前回、サイムンタルーに頼んだ武器と鎧、それに米を持って来てくれた。四月になると、それを届けるためにキラマの島へと向かって行った。





須久名森




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