大グスク攻め
大グスクが落城する前の正月、祖父と一緒に挨拶に来たのが最後だった。サハチがまだ十四歳の時だった。あれから十七年の月日が流れていたが、当時の記憶とあまり変化はなかった。大グスクの外見は変わらないが、中にいる人は何度も変わっていた。 最後にここに来た時、大グスク按司の娘で若ヌルになったマナビー(真鍋)とサハチは出会っていた。サハチより一つ年上で、子供の頃は剣術の真似事をして、よく遊んだものだった。女の癖に男勝りで、いつも、サハチが負けていた。十二歳になった時、ヌルになるための修行をするといって、一緒に遊べなくなり、滅多に会えなくなった。あの日、久し振りに会ったマナビーは、やけに大人っぽく見え、随分と綺麗になっていた。あの時が最後になるなんて思いもしなかった。 大グスク按司が滅ぼされたあと、シタルーが大グスク按司となり、シタルーが 大御門は 山の上にある大グスクは北側と西側は崖になっていて、周囲を高い石垣で囲み、南側と東側に 城下の村人たちは誰もいなかった。山を下りたのか、グスク内に避難したのだろう。サハチはグスクに一番近い場所にあるサムレーの屋敷を本陣にした。知念按司もここを本陣として使っていたようだった。 本陣に落ち着くと、サハチは兵たちを配置に付けた。二カ所の御門の前には、粗末だが敵の弓矢と雨を防ぐ小屋ができていた。そして、小屋と小屋をつなぐ通路にも柵がずっと続いていて、敵の弓矢を防ぐ事ができた。サハチは知念按司に感謝して、それらの防御施設をそのまま利用した。攻撃はさせずに、南側の大御門の前に十五人、東側の グスクの周囲を見回ったあと、サハチは重臣たちを集めて作戦を練った。 「あそこにいるより、ここにいた方が自由に動けるのでいいが、大グスクを落とすのは難しいぞ」とクマヌが言った。 「敵の夜襲だけは気を付けた方がよさそうですな」と 「敵が入れ替わったので、今夜辺りに脅して来るかもしれません」 「うむ、それはありえるのう」とクマヌがうなづいた。 「 「面白そうじゃな」とヒューガがニヤニヤした。 とりあえずは大グスクの見取り図を書いた。 サハチも父もグスク内に入った事があるので、中の様子はわかっていた。与那嶺大親と まともに攻めても落とす事はできないので、敵が攻めて来た時に、なるべく多くの敵を倒して、敵の兵力を弱めるしかなかった。敵を迎え撃つ罠をあちこちに仕掛け、ファイチ(懐機)の提案で、石垣よりも高い その夜、敵は攻めて来なかった。次の夜も攻めて来なかった。いつ攻めて来るのかわからない敵を、夜通し待っているのは苦痛だった。サハチは長期戦を覚悟して、兵たちをなるべく休ませるようにした。 三日目の早朝、まだ薄暗いうちに敵は攻めて来た。東御門から十人の兵が静かに出て来た。東御門の前にある小屋には三人の兵が見張っていた。敵兵は小屋に向かって弓を構えながら近づいて行った。小屋から反撃はなかった。小屋の側まで来て中を覗くと、見張りの兵が 城下の入り口を塞ぐ柵の所まで来て、柵の向こう側に誰もいない事を確かめると、敵兵は次々に柵を乗り越えた。本陣の屋敷の門の所にも見張りはいなかった。敵兵は警戒しながら門の中に入って行った。門を入った途端に、先頭にいた二人が消えて、悲鳴が響き渡った。落とし穴に落ちたのだった。 穴の中を覗くと、二人は鋭く尖った木に串刺しにされていた。敵兵はその無残な死にざまを見て恐怖におののき、回りを見回した。しかし、すでに遅かった。四方から弓矢を射られて全滅した。小屋の中で殺された見張りの兵は偽装だった。 その日、ファイチ、ヒューガ、サムの三人が作っていた櫓が完成した。櫓は大御門の前にある見張り小屋の隣りに立てられた。高さが二 サハチは櫓に登って、グスク内を見下ろした。 グスクの中には避難民の姿はどこにも見あたらなかった。大将の 大グスクはそれほど広くないので、中は仕切られてなく、 奥の方の一段高くなった所に按司の屋敷がある。以前と同じ位置に屋敷はあったが、以前よりも小さいように思えた。大グスクを落城させたヤフスを懲らしめるために、亡くなった山南王が、小さい屋敷を建てさせたのだろうか。屋敷の西側に、若按司の屋敷とヌルの屋敷があったが、今はなくなっていて、物置のような小屋が建っていた。石垣に沿って、ヤフスが弓矢の稽古をしていたと思われる的場は残っていた。東側には、 二つの御門の所に四人づつ、石垣の内側に八人、屋敷の前に二人の兵の姿が見えた。その倍はいると見て、四十人くらいかとサハチは思った。 サハチは櫓から降りると、弓矢の名手を櫓の上で見張らせ、狙える者がいたら射殺せと命じた。 「俺に任せろ」と言って、サムが櫓に登って行った。 また同じ罠を仕掛けたが、その後、敵の夜襲はなくなった。 大グスクに移って来てから六日目の二十五日、サハチは櫓の上でグスク内を見ながら考えていた。 「いい物を作ったな」と下から声が聞こえた。 見るとウニタキだった。 「いい眺めだぞ」とサハチが言うとウニタキは登って来た。 「何だ、誰もいないじゃないか」とウニタキはグスク内を眺めながら言った。 「用がない限りは外には出て来ない。サムがここから狙っていたからな」 「マチルギの兄貴がここにいたのか」 「ああ、得意になって弓矢を撃っていたが、誰も出て来なくなったので、もう飽きたようだ」 「避難民も誰もいないのか」 「そうらしい。城下の人たちは山を下りて行ったようだ」 「城下の人たちに嫌われているのか、ここの大将は」 「ここの大将だけでなく、亡くなった山南王が嫌われているのだろう。シタルーもここにいた時、城下の人たちの機嫌を取るのに苦労したようだ。結局、仲よくなる事なく、ここを去って行った」 「そんなに嫌っているのに、どうして城下に住んでいるんだ?」 「ここにグスクができたのは百年以上も前らしい。代々住んでいるので離れられないのだろう。 「変わりはない。持久戦に入ったようだ。島尻大里グスクも、 「そうか。ここも同じだな。せめて、元旦くらい酒でも飲ませてやりたいが」 「グスクの外で大騒ぎして新年を祝っていれば、敵も降参して出て来るかもしれんぞ」 「そうだな。その手で敵をおびき出すか」 「女たちも呼んで騒いだ方がいい。グスク内の兵たちは女に飢えているだろうからな」 「兵たちの家族はグスク内にいないのか」 「ここは島添大里の出城だ。内原之子はその守将に過ぎない。今、本陣に使っている屋敷が内原之子の屋敷で、グスク内に住んでいるわけではないんだ。兵たちの家族は島添大里の城下に住んでいる。多分、島添大里グスクに避難しているんだろう。中にいるのは内原之子の家族だけだ」 「そうだったのか。ところで、シタルーの事なんだが、今帰仁合戦のあと、このグスクをたったの一日で落としているんだ。どうやったんだと思う?」 「シタルーはここにいたんだろう。このグスクの弱点を知り尽くしているのだろう」 「弱点か‥‥‥」と言って、サハチはウニタキの顔を見ながら、パッとひらめいた。 「抜け穴だ!」とサハチは言って、手を打った。 「シタルーは抜け穴を作ったに違いない」 「シタルーは身の危険でも感じていたのか」 「グスクを奪って敵地に乗り込んで来たのだから、身の危険を感じていたのかもしれんぞ。お前と同じように、浮島辺りから穴掘りを連れて来て、掘ったに違いない」 「そうか。たった一日で落とすには、抜け穴を使って、グスクに潜入したとしか考えられんな」 サハチはうなづくと櫓から降りて、本陣の屋敷に行き、抜け穴の事を重臣たちに話した。 「そいつは面白い」と言ってヒューガとファイチが、必ず見つけ出してやると張り切って出て行った。 父もクマヌと一緒に出て行き、サムは 五日が過ぎた。 グスクの周りはくまなく探したが、抜け穴は見つからなかった。やはり、抜け穴なんてなかったのだろうか。 年が明けた。 ここに来て十日が過ぎたのに、何の進展もなかった。 正午近くに、馬天ヌルと佐敷ヌルがやって来た。ユミーとクルーも一緒で、 馬天ヌルと佐敷ヌルは、本陣の屋敷の庭で新年の儀式を行なった。その後、みんなに酒と餅を配って新しい年を祝った。 「今年はいい年になるわよ」と馬天ヌルは断言した。 「船出はどうする?」と父が馬天ヌルに聞いた。 馬天ヌルは少し考えてから、「大グスクを手に入れたら船出をしても大丈夫よ」と言った。 「そんなの、いつになるやらわからんぞ」 「昔の人が何かを知っているみたい」 「昔の人だと? 一体、何の事だ?」 馬天ヌルは首を傾げた。 父が佐敷ヌルを見ると、意味ありげに笑って、「もう少しよ」と言った。 「もう少しと言うのは、大グスクが落ちるのが、もう少しなのか」とサハチは佐敷ヌルに聞いた。 佐敷ヌルは馬天ヌルを見ながら笑っているだけだった。 父とヒューガは馬天ヌルたちと一緒に佐敷に帰って行った。隠居したのだから、元日は家族と共に過ごすようにと勧めたのだった。 その夜、敵が攻めて来るかもしれないと待ち構えていたが、攻めては来なかった。 次の日、ファイチが抜け穴を見つけ出した。 抜け穴はとんでもない所にあった。大グスクの裏側の険しい崖の一画に、 「調べてみるか」とサハチが言うと、「もう調べました」とファイチは言った。 「グスクまで行ったのか」とサハチが驚いて聞くと、ファイチは何でもないといった顔をして、うなづいた。 「屋敷の後ろにウタキがあります。そこにつながっています」 グスク内にウタキがあるのはサハチも知っていた。子供の頃、ウタキの近くで遊んでいて、怖いお婆さんに怒られた事があった。今思えば、大グスクのヌルだったのだろう。 「ウタキのどこに出口があるんだ?」とサハチは聞いた。 「ウタキの後ろ側にあって、石の板で隠してあります」 「そうか。ウタキなら男は入れないから、見つかる恐れもないわけだな。シタルーも考えたもんだ。この抜け穴を使って、明日、総攻撃を掛けよう」 本陣の屋敷に戻ると父とヒューガは帰って来ていた。 「もう少し、のんびりしてくればよかったのに」とサハチは言ってから笑い、抜け穴の事を話して作戦を練った。 攻撃開始は明日の早朝と決まった。 父とヒューガ、ファイチとサムの四人には、櫓の上から戦況を見ていてもらうつもりでいたが、誰も言う事を聞かなかった。ファイチとヒューガは抜け穴を行くと言うし、父とサムは東御門から攻め込むと言う。サハチは仕方なく、「それでは、お願いします」と頼んだ。 正月の三日、夜明けと共に苗代大親、ファイチ、ヒューガは、 サハチは櫓の上に上がって、グスク内の様子を見守った。 サハチが東の海から昇って来る日の出を見ていると父がやって来た。 「今日はいい日になりそうです」とサハチは言った。 「まさしくな」と父は笑って日の出を見た。 「佐敷ヌルが言った、もう少しというのが、こんなにも早く来るとは思ってもいなかったのう」 「ファイチのお手柄ですよ」 「あそこの風葬地はわしも見たんじゃ。しかし、あの中に入って行こうとは思わなかった。クマヌは中に入って行ったが、わからなかったようじゃ。あいつはやはり、ただ者ではなかったな」 「叔母さん(馬天ヌル)が言っていた、昔の人たちでしたね」 「そうか。昔の人が知っているとは、そういう意味だったのか」 そろそろ、抜け穴から出て来る頃だと思うのだが、なかなか現れなかった。 父を見ると厳しい顔をして、大グスクのさらに向こうを見ていた。山並みの向こうに、島添大里グスクが見えた。すでに、先の事を考えているらしい。 サハチは大グスクに視線を戻した。屋敷の裏から人影が現れたかと思うと、その人影が弓を構えた。次の瞬間には石垣から外を見張っていた兵の姿が消えた。石垣から顔を出していた敵兵は次々に姿を消して行った。 「親父、来たぞ」とサハチは父親に言って、腰に下げていた 手拭いはヒラヒラと舞いながら落ちて行った。それを見た兵たちは身を引き締めて、東御門が開くのを待った。 グスクの中では戦が始まっていた。屋敷から飛び出して来た兵を相手に、ヒューガ、ファイチ、苗代大親が戦っていた。 東御門が開かれた。 クマヌが兵を率いて突入して行った。當山之子の兵も突入した。それを追って行く父の姿もあった。いつの間にか、櫓から降りていた。キラマ(慶良間)の島で若い者たちを鍛えているだけあって、父の動きは素早かった。 やがて、大御門も開かれた。 サハチは櫓から降りて、大御門から中に入った。 すでに、戦は終わっていた。グスク内のあちこちに敵兵が倒れていた。大将の内原之子も斬られていた。苗代大親が倒したという。大将が倒れたあと、降参した四人の兵が生き残っただけで、あとの兵は皆、戦死していた。味方の兵で負傷したのは六人だけで、戦死した者はいなかった。 「やったな」とウニタキの声がした。 振り返るとウニタキがいた。 「もう少し早くくればよかったな」 「これからだ」とサハチは言った。 「お前が活躍する時が、これから必ず来るだろう」 屋敷内にいた内原之子の妻と子を縛った。雑用に従事していた五人の女たちは、城下に住んでいる者なら引き取り手がいれば解放する事にした。 サハチは戦死した敵兵を片付けるように兵たちに命じた。 敵兵の数を数えると二十九人だった。夜襲で亡くなった十人と四人の捕虜を足すと四十三人となり、サムが三人射殺して、知念按司が攻撃した時に何人か倒したと言っていたので、守備兵は五十人だったのだろう。知念按司は三十人と言っていた。敵を甘く見て、やられたのかもしれなかった。 敵兵を片付け終わると東御門を閉め、大御門の櫓の上に三人の見張りを置いた。 屋比久大親に十人の兵を付けて、内原之子の首と内原之子の妻と三人の子、捕虜の四人を連れ、島添大里グスクに行って、大グスクの落城を伝えるように頼んだ。 残りの兵たちには、グスクの外にある防御施設を片付けさせた。櫓は使えそうなので、グスク内に運び入れた。 屋敷の隣りにある高倉の所に行くとクマヌがいた。 「兵糧はまだ残っていますか」とサハチが聞くと、 「まだ、たっぷりとある」とクマヌは答えた。 高倉の中を見ると、かなりの米や芋が蓄えられてあった。 「城下の人たちが避難しなかったからのう。五十人だけじゃったら、あと二か月は持ちそうじゃな」 ここにこれだけの兵糧があるという事は、島添大里グスクにもかなり溜め込んでいるはずだった。 サハチが屋敷に入って、中の様子を調べていると、外が急に騒がしくなった。 まさか、敵が攻めて来たのかと外を見ると、城下の人たちが戻って来たのだった。 城下の人たちは大喜びしながらグスク内に入って来た。 サハチが屋敷から出て行くと一斉に歓声が上がり、城下の人たちは嬉しそうな顔をしてサハチを見つめた。中には涙をこぼしている年寄りもいた。 |
大グスク