奇襲攻撃
正月二十七日、 グスクから出て来た三十人ほどの兵は、弓矢を構えて、敵が隠れていないか確かめながら、グスクの周囲を探った。城下の屋敷の中も調べ、ようやく、誰もいない事を確認すると引き上げて行った。 やがて、 「やっと終わったか」とヤフスは疲れ切った顔で溜息をつき、「危なかったのう」と言って、城下の入口を塞いでいた柵を見た。先程の偵察の兵たちによって、半ば倒されてあった。 「城下が焼かれずに助かりましたな」と平良大親がホッとした顔で言った。 「 「とにかく、無事でよかった」とヤフスは目の前にある 去年の十一月二十二日、父親の 父親が亡くなれば、 長兄のタブチは自分を馬鹿にしているので大嫌いだった。 タブチは父親が亡くなったその日の夕方、 翌日の二十三日、シタルーから出陣要請が来た。次の日、ヤフスは兵を率いて豊見グスクに向かった。シタルーから前もって言われていたので、グスク内の シタルーが父親の遺言書を持ってタブチと交渉したが、タブチは聞き入れなかった。シタルーは遺言書があれば、重臣たちを説得して、タブチを追い出せると自信たっぷりに言った。ヤフスもそう思っていたのに、そうはならなかった。どんな時でも冷静で、落ち着いているシタルーが、その時は凄い剣幕で怒っていた。 二十五日から島尻大里グスクを攻撃した。シタルーの兵にヤフスの兵と 二十九日、タブチに味方した 不意を突かれたシタルー軍は敗れて退却した。 ヤフスはシタルーに言われて、島添大里グスクに戻って来た。 ヤフスが島添大里グスクに戻って、しばらくすると、東方の按司たちが攻めて来た。城下の人たちが慌てて、グスクに逃げて来た。それから長い長い 櫓を見上げていたヤフスは、右側にいる嶺井大親に目を移すと、すぐにシタルーのもとへ使者を送るように命じた。 二か月間、グスク内に閉じ込められていたので、周りの状況がまったくわからなかった。東方の兵が引き上げて行ったので、シタルーが勝利を収めたとは思うが、確認しなければ安心はできなかった。 ヤフスがグスク内に戻ると、東御門からぞろぞろと避難民たちが出て来た。皆、やっと歩けるような状況で、ヨタヨタしながら城下の村へと帰って行った。城下から戸板を持って行き、歩けないほど弱っている年寄りや子供を、それに載せて運んでいる者もいた。また、荷車に酒樽を積んでグスク内に運んでいる者もいた。 避難していた二百人余りの城下の人たちが全員、グスクから出たのは日暮れ間近になっていた。避難民たちは グスク内では数カ所に 一の曲輪の屋敷の二階では、ヤフスがささやかな祝いの シタルーのもとへ送った使者が戻って来て、シタルーの勝利を知ったヤフスは、わずかに残った兵糧をすべて使って炊き出しをして皆に配り、城下の『よろずや』から贈られた酒も皆に配った。 四人の側室と六人の重臣、それとヤフスの妹の島添大里ヌルが宴に参加していた。 「シタルーの兄貴が山南王になったからには、山南も中山に負けずに、益々栄えて行くじゃろう」 そう言って、ヤフスは大笑いした。 「ほんと、よかったですねえ」と島添大里ヌルが嬉しそうに言った。 島添大里ヌルのウミカナはヤフスほど、タブチを嫌ってはいないが、シタルーの方に親しみを感じていた。大グスク按司の側室だった時、救い出してくれたのはシタルーだったし、シタルーが大グスク按司だった時は、大グスクヌルとして、シタルーを守っていた。 側室たちも皆、嬉しそうな顔をして、敵に包囲されて不安だった日々の事を笑いながら話していた。トゥミも話を合わせて喜んだ。 お祝いの酒を持って来たムトゥから、「翌朝、決行」とトゥミは聞いていた。いよいよ、その時が来たとトゥミは笑いながらも、強い決意を胸の中に秘めていた。 武将や兵たちは一階の大広間で祝い酒を飲んで、炊き出しの 御門番たちも、「やっと終わったなあ」と安堵しながら祝い酒を飲んでいた。緊張感が解け、疲れが溜まっていたので、御門番たちもうっかりと眠ってしまった。 明け方に目が覚めた大御門の御門番は、目の前に見える櫓の上に二人の武将が立っているのを見て、目の錯覚かと目をこすった。改めて櫓を見たが、武将の姿は確かにあった。おかしいと思って、視線を下に移すと柵の向こう側に、驚くほどの数の兵がいた。その数は、昨日の朝に見た数よりもずっと多かった。 一体、どこからこんな大軍が湧き出して来たのか。御門番には何がどうなっているのかわからず、眠りこけている三人の御門番を揺り起こした。起こされた御門番たちは外の兵を見て、腰を抜かすほどに驚いた。夢でも見ているのかと思った。 突然、法螺貝が鳴り響いた。 大勢の敵兵が柵を壊して攻めて来た。御門番は弓矢を撃つ事も忘れて、ただわめいていた。驚いた事に、敵兵は大御門を抜けてグスク内に入って来た。 「誰が大御門を開けたんだ?」と御門番たちは叫んだが、御門の上に上がって来た敵兵によって皆、斬り殺された。 三つの御門はすべてが開け放たれていて、グスクを包囲していた四百人の佐敷の兵がグスク内に 按司の屋敷がある一の曲輪の御門は閉ざされていた。御門番は誰もいなかった。身の軽い兵が石垣の上に飛びつき、よじ登って向こう側に飛び降りて御門を開けた。 異変に気付いた敵兵が数人、屋敷から飛び出して来た。迫り来る大軍を目にして、慌てて屋敷の中に逃げ戻った。 屋敷の中に攻め込んだ佐敷の兵は、向かって来る敵を片っ端から斬り殺して行った。 按司のヤフスの姿はどこにも見当たらなかった。 向かって来る敵を倒しながら、二階に上がって行ったヒューガは、部屋の中で死んでいるヤフスを発見した。 血だらけの布団の上で、ヤフスは首を斬られて死んでいた。 部屋の隅に赤ん坊を抱いたトゥミとその母親のカマが静かに座っていた。 「そなたがトゥミか」とヒューガは聞いた。 トゥミはうなづいた。 ヒューガはうなづき、「よく、やった」と言った。 トゥミの目から涙がこぼれ落ちた。 ウニタキの配下の者たちが来て、トゥミたちを保護した。 キラマ(慶良間)の島から来た若者たちは皆、機敏な動きで敵を倒し、わずか 前もって父から命じられていたのか、ヤフスの側室も幼い子供たちも容赦なく殺された。三人の側室と三歳から十歳までの七人の子供が殺され、六人の重臣たちも殺された。子供を守るために、刃向かって来た四人の侍女が殺され、その他の侍女と女たちは縛られた。島添大里ヌルも縛られ、処置は馬天ヌルに任せる事にした。 グスクが攻められると同時に、城下もクマヌと 戦が終わると法螺貝が鳴り響いて、兵たち全員が中央の曲輪に集まった。 六百人の兵は一糸乱れずに整列した。その眺めは壮観だった。この兵が皆、佐敷の兵だなんて、夢でも見ているのではないかとサハチは感動していた。 サハチは父と一緒に一の曲輪の御門の所に立って、兵たちを見ていた。一の曲輪は兵たちのいる曲輪よりも四尺(約一二〇センチ)ほど高かった。 グスクを囲む石垣には、いくつも旗が立っていて、風になびいていた。その旗には『三つ巴』の紋が描かれてあった。父がキラマの島で作らせたものらしい。その旗を見ながら、島添大里グスクが自分たちのものになった事をサハチは実感していた。 父が兵たちを見下ろしながら、「みんな、よくやったぞ!」と叫んで右手を振り上げた。 六百人の兵も右手を振り上げ、ウォーと歓声を挙げた。その歓声はグスク内に響き渡った。 「師匠! 師匠!」と兵たちはいつまでも叫んでいた。 父は兵たちを見ながら何度もうなづいていた。その目には、光っているものがあった。 サハチも胸が熱くなって、目が潤んできていた。
昨日、島添大里グスクを引き上げたサハチは、大グスクに行って父と会った。すぐに重臣たちが集められ、作戦会議が行なわれた。 「準備は整った」と父は重臣たちを見回して言った。 「あとは、いつ決行するかじゃ」 「今、島添大里グスクには兵糧がほとんどない」と 「敵が兵糧を運び込む前にやらなければならない」 「明日の朝か‥‥‥」と父が言って、皆の顔を見た。 「敵が去って、一安心しているじゃろうから、それがいいかもしれん」とクマヌが言った。 「運玉森はいつでも出陣できます」とヒューガが言った。 「そうなると、俺たちは今のうちにグスク内に潜入した方がいいですね」とウニタキは言った。 「できるか」と父が聞いた。 「多分、御門を開けて避難民たちを解放するだろう。そのどさくさに紛れて潜入します」 父が馬天ヌルと佐敷ヌルを見た。 二人とも大丈夫というようにうなづいた。 「よし、明日の朝、決行する」と父は言ってサハチを見た。 サハチは重臣たちの顔を見回してから、力強くうなづいた。 「合図は?」とウニタキが聞いた。 「そうじゃのう」と父は考えた。 「誰かが櫓の上に登ればいい」とファイチが言った。 「おう、それじゃ。グスク内からも見えるからのう」 「わかりました。櫓の上に人影が見えたら御門を開けます。どこの御門かは決められませんが、御門が開いたら突入して下さい」 そう言うとウニタキは、皆にうなづいて出て行こうとした。 「ちょっと待て」と父が呼び止めた。 「島添大里の城下に配下の者はいなかったのか」 「あそこにも『よろずや』があります。山伏のイブキが主人で、二人の使用人と一緒に、グスク内に避難していました」 「グスク内にいたのか」 「『よろずや』とは何ですか」とファイチが聞いた。 「何でも売っている店だよ」とウニタキが笑いながら答えた。 「酒も売っているか」 「酒も売っている」とウニタキが言うと、 「祝い酒を按司に持って行けばいい」とファイチは言った。 「祝い酒を敵に贈るのか」と父は怪訝な顔をしてファイチを見た。 「兵たちも飲めるように、いっぱい持って行け」 「成程。兵に酒を飲ませて、ゆっくりと休んでもらうのじゃな。そいつはいい考えだ」 「多分、東方の按司たちに店は荒らされ、酒も奪われたに違いありません」とウニタキは言った。 「佐敷から持って行けばいい」と父は言った。 ウニタキは父から書き付けをもらうと出て行った。 その後、行軍の事が決められた。夜中に移動しなければならないので、 馬天ヌルと佐敷ヌルによって、出陣の儀式が厳かに行なわれた。それが済むと、ヒューガと苗代大親と當山之子が、三百の兵を指揮するために運玉森に向かった。大グスクの三百の兵は、サハチとクマヌとサムが指揮する事に決まった。サハチは佐敷の兵五十人と島の兵五十人を率いて行き、残った島の兵五十人の内、二十人は大グスクに残り、三十人は 父は総大将として全軍の指揮を執り、ファイチは客将として父に従った。マサンルーは
ウニタキが島添大里グスクに着いた時、避難民たちが解放されている最中だった。 すっかり弱り切っている避難民を見て、ウニタキは城下の家から戸板を外し、配下の者十人と戸板を持って東御門からグスク内に入った。御門番はいたが怪しまれる事なくグスク内に入り、立つ事ができない避難民に戸板を渡して、これで運べと言った。 東曲輪内には何人かの兵がいたが皆、疲れ切ったような顔をして、あちこちに固まって休んでいた。ウニタキたちは弱っている避難民たちを助ける振りをしながら、東曲輪の奥にある屋敷に近づいた。屋敷の中にも弱っている避難民が何人か残っていた。ウニタキたちは戸板を渡して、屋敷から出ると素早く屋敷の裏に隠れた。 避難民の中にいた『よろずや』のイブキとムトゥ、ウミの三人は弱り切った体に ヤフスは大喜びした。 「まもなく、山南王になる豊見グスク按司に、お前たちの事をよく伝えよう。山南王の御用商人になれば、大いに稼ぐ事ができよう」 ヤフスは得意そうに言って、機嫌よく酒を受け取った。 日暮れ近くに避難民たちは皆、退去して東御門は閉じられた。 避難民のいなくなった東曲輪の中はゴミだらけだった。 法螺貝が鳴って兵たちが皆、中央の曲輪に集められた。ヤフスが兵たちに、ねぎらいの言葉を掛けているようだった。それが終わると静かになった。東曲輪に戻って来る兵はいなかった。 しばらくして、二人の兵が中央の曲輪から出て来て、何かを持って御門番の所に行った。二人の兵は御門番に何かを渡すと、話をしながら帰って行った。 やがて、シーンと静まり返った。屋敷の戸締まりに来る者はいたが、屋敷の裏まで調べに来る者はいなかった。屋敷の東側の石垣の近くに 一の曲輪の屋敷の二階で行なわれていた祝いの宴もお開きとなり、ほろ酔い気分のヤフスはトゥミに連れられてトゥミの部屋へと行った。久し振りにトゥミを抱き、すっかり安心して眠っていたヤフスは苦しむ事もなく、一瞬にして首を斬られて息絶えた。 長い夜が明けて、辺りが薄明るくなった頃、外にある櫓の上に人影が見えた。 ウニタキたちは屋敷の裏から出て、東御門に向かった、三人の御門番は石垣にもたれたまま眠っていた。三人の御門番を殺して東御門を開けた。 東御門の前の櫓の上にいたのはサハチだった。 ウニタキはサハチに手を上げた。 サハチも手を上げて、大御門の方を指さした。 ウニタキはうなづいて、大御門の方に向かった。 東曲輪と中央の曲輪を結ぶ御門の所には、御門番はいなかった。御門は開いたままで、中央の曲輪を覗くと誰もいなかった。ところが、 ウニタキが合図をすると配下の一人が素早く兵に近づいて行って殺した。 ウニタキは五人の配下に西御門を開けるように命じ、残りの五人を連れて大御門に向かった。 大御門は櫓門になっているので、御門番は櫓の上にいるらしく、大御門の所には誰もいなかった。 ウニタキたちは大御門を開いてから櫓の上に登った。 その時、法螺貝が鳴り響いた。 ウニタキたちは、驚いて騒いでいる御門番たちを殺した。 大御門の上からグスク内を見ると味方の兵で埋まっていた。 ウニタキは配下の者たちにトゥミの救出を命じた。 配下の者たちは石垣の内側にある武者走りを走りながら一の曲輪の屋敷へと向かった。 |
島添大里グスク