同盟
玉グスク按司に知らせると至急、玉グスクに来てくれとの事だった。 サハチ(島添大里按司)はすぐに出掛けた。途中、 東方は 翌日、サハチはクマヌ(熊野大親)を使者として 「お前が嫁ぐ若按司が見つかったぞ」とサハチが言うと、 「もう見つかったのですか」とマチルーは驚いた。 マチルーも東方の若按司が皆、お嫁をもらっている事は知っていた。兄には若按司がいいと言ってしまったが、実際は次男でも三男でも構わなかった。あまり遠い所にお嫁に行くよりも、姉たちがいる東方がいいと思っていた。マチルーは見栄を張って、若按司がいいなんて言わなければよかったと後悔した。 「どこですか」とマチルーは覚悟を決めて、兄に聞いた。 「山南王の若按司だよ」と言って、サハチは笑った。 島尻大里なら同じ南部だし、マチルーも満足だろう。 「山南王‥‥‥」とマチルーは言ったまま、大きな目をしてサハチを見つめた。 「お前の婿は山南王になったシタルーの長男のタルムイ(太郎思)だよ」と兄は言っていたが、マチルーの頭の中は真っ白になって、何も考えられなかった。王様の息子に嫁ぐなんて、考えてもいない事だった。 「山南王の若按司‥‥‥」 かろうじて、そう言って、マチルーは部屋から飛び出して行った。 「おい、どこに行くんだ?」とサハチがマチルーのあとを追うと、マチルーは佐敷ヌルの屋敷に駈け込んで行った。 今、佐敷ヌルの屋敷には、馬天ヌルが娘のササといるはずだった。娘たちに剣術を教えているので、ここの方が都合がいいと言って、仲尾の屋敷から移って来ていた。ササをヌルにするための指導もそこでやっていた。 サハチが佐敷ヌルの屋敷に行くと三人が並んで縁側に座っていた。馬天ヌルとササは稽古着を着て、頭に鉢巻きを巻いている。どうやら、ヌルの指導ではなく、剣術の指導をしていたようだ。ヒューガ(三好日向)の娘なので、武術の方に興味があるのかもしれない。 「山南王といってもね、お兄さんのお友達でシタルーという人なの。何度も、ここに遊びに来ているのよ。安心してお嫁に行きなさい」と馬天ヌルがマチルーに言っていた。 シタルーが友達だと聞いて、そうかもしれないとサハチは思っていた。年齢は十歳も違うが、何となく気が合う事は確かだった。 サハチも縁側に腰を下ろして、「叔母さん、シタルーの長男のタルムイって知っていますか」と馬天ヌルに聞いた。 馬天ヌルは首を振った。 「多分、 「そうですか。シタルーから聞きましたが、豊見グスクヌルは叔母さんの事を尊敬しているようです」 「あの 「叔母さんはシタルーに会った事はあるのですか」 「あなたを訪ねて、ここに来たのをチラッと見ただけよ。話をした事はないわね」 「マチルーが嫁いでも大丈夫ですね」 「勿論、大丈夫よ」と馬天ヌルは力強くうなづいた。 マチルーを見ると、マチルーも決心を固めたように、力強くうなづいた。 サハチはササを見た。 ササは目を閉じていた。しばらくして目を開けると、「その人、王様になるわ」と言った。 王様の長男だから王様になるのは当然だが、今の世の中、先の事はわからなかった。 「ええっ!」とマチルーが驚いた顔をして、ササを見ていた。 「大丈夫よ」と馬天ヌルがマチルーの膝をたたいた。 「あなたなら王様の奥方様も立派に務まるわ」 マチルーは馬天ヌルの顔を見つめながら、自分に言い聞かせるように何度もうなづいていた。 ウニタキは家族を島添大里の城下の屋敷に入れて、本拠地を 島添大里グスクに戻ると、サハチはナツ(夏)という侍女にウニタキを呼んでくれと頼んだ。ナツはうなづくと、どこかに消えた。それから サハチは城下の大通りに面して建つ『よろずや』に向かった。ウニタキから聞いてはいないが、『よろずや』を再開したようだった。二、三日前から店を開いているのをサハチは気づいていた。 店の中は古着だらけだった。売り子の娘に案内されて、店を抜けて裏に行くと小さな屋敷があって、そこにウニタキはいた。相変わらず、坊主頭に鉢巻きをして 「ここの『よろずや』は古着屋なのか」とサハチは聞いた。 「看板をよく見ろ。『よろずや』ではない。『まるずや』だ」 「まるずや?」 「『よろずや』がここに店を出したら怪しまれる。『まるずや』は佐敷から来た古着屋だ」 「成程。お前と会う時はここを使うのだな」 「そういう事だ。旅をしているはずの『 「昨日、シタルーが来たんだ。同盟する事に決まった」 「シタルーが直々に来たのか」とウニタキは驚いた顔をした。 「俺も驚いたよ。相変わらず、三人の供を連れただけで、気楽にやって来た」 「そうか‥‥‥山南王と同盟か。シタルーもヤマトゥ(日本)の刀が欲しいのだろう」 「こっちも明国の陶器が欲しいから丁度いい」 「それで、シタルーの周辺を調べろというのか」 「いや、特に調べなくても、シタルーの情報は入るだろう。お前を呼んだのは 「勝連?」 「シタルーから聞いたんだが、勝連の兄弟が争いを始めたらしいぞ。知っていたか」 「いや。『 「シタルーは中山王から聞いたようだ」 「そうか‥‥‥あの二人が争いを始めたのか」 ウニタキの家族が、望月党に殺されたのは、もう十年も前の事だった。あの時、仲がよかった二人もウニタキが消えると、色々な欲がからんで対立するようになったのだろう。勝連按司と 「お前がここに逃げて来た時、弟を殺すような奴らは、そのうち、自滅するだろうとクマヌが言っていた。どうやら、自滅の道を歩み始めたようだな」 ウニタキは黙って、何かを考えていた。 「危険な真似はするなよ」とサハチは言った。 「まだ、時期が早いぞ」 ウニタキはうなづいたが、嫌な予感がしていた。話さなければよかったとサハチは後悔した。 マチルーのお 四月の初め、シンゴ(早田新五郎)の船が馬天浜を去って、キラマ(慶良間)の島へと向かって行った。その船に、ファイチ(懐機)が乗っていた。ヒューガに会って来るという。サハチは羨ましそうにファイチを見送った。 着飾ってお輿に乗ったマチルーは、佐敷グスクから城下の者たちに見送られて島添大里グスクに入り、そこで休憩してから、改めて護衛の兵に囲まれて、島尻大里へと嫁いで行った。佐敷から見送りの村人たちが、ぞろぞろと花嫁のお輿の後ろに従って島添大里グスクまで付いて来た。大勢の人たちに見送られて、マチルーは嬉し泣きをしながら、島添大里グスクを巣立って行った。 父もキラマの島からやって来て、マチルーの花嫁姿を目に涙を溜めながら見送っていた。マチルーは末の娘で、父が『 花嫁を迎える島尻大里も凄い人出だった。新しい山南王と新しい島添大里按司との婚礼は、新しい世の中が来るような期待を お輿の中から、自分を迎えてくれる大勢の人たちを眺めながら、マチルーは山南王のもとへお嫁入りして来た事を実感していた。不安で胸がいっぱいだったが、叔母の馬天ヌルが言った『大丈夫』という言葉と、姉の佐敷ヌルが言った『あなたならできる』という言葉を思い出し、義姉のマチルギと最後に試合した時の呼吸を思い出して、あたしなら必ずできると自分に言い聞かせていた。 婚礼のあと、若按司のタルムイは『豊見グスク按司』に任命されて、マチルーと一緒に豊見グスクへと移って行った。山南王と一緒に島尻大里グスクにいるよりも、豊見グスクの方がマチルーにとっても気が楽だった。 婚礼の二日後、さっそく、島尻大里から取り引きの話がやって来た。サハチは 五月四日に恒例の『ハーリー』が行なわれた。豊見グスク按司の主催ではなく、山南王の主催で行なわれ、例年よりも盛大だったという。シタルーも本当はお祭り好きなのかもしれなかった。 梅雨が明けて、今年は島添大里に移ったばかりなので、恒例の旅は中止にしようと思っていたら、クマヌに行って来いと言われた。 「グスクが変わったからと言って、妙に そう父から言われていたという。 「誰かが俺を狙っているという事ですか」とサハチはクマヌに聞いた。 「糸数、あるいは八重瀬辺りが、 「以前と違って、危険が伴うという事か。わかった。充分に気を付けながら旅を楽しもう」 一緒に行ったのはヤグルー(平田大親)夫婦とマタルー夫婦だった。今回もマサンルー(佐敷大親)夫婦はキクの妊娠で旅に出られなかった。佐敷ヌルも今回は遠慮した。マチルギと佐敷ヌルがいなくなったら、娘たちの剣術の指導ができなかった。以前は馬天ヌルに任せていたが、馬天ヌルは佐敷で教えている。人数が多いので、他の者に任せるわけにはいかなかった。 佐敷ヌルは今、 「あたしはもう大丈夫よ。三度も旅に連れて行ってもらったから、もう気が済んだわ。それに、旅に行きたくなったら、ユミーとクルーを連れて行って来るわ」 佐敷ヌルはそう言って、笑いながら見送った。 サハチとマチルギはいつもの旅支度をして、佐敷グスクに向かった。佐敷グスクでマタルー夫婦と落ち合い、平田グスクでヤグルー夫婦と落ち合った。 平田ではウミチルが娘たちに剣術を教えていたが、ここで稽古をしている娘たちは、二十人もいなかったので休みにしたらしい。どうしても、稽古をしたい者は佐敷に行くようにと言ったという。 成り行きから東に向かって歩き出したが、しばらくして、「ねえ、どこに行くの?」とマチルギがサハチに聞いた。 サハチは首を傾げて、皆の顔を見た。 「このまま、 「東に行ったら海に出ちゃうわ」とマチルギが言って、ウミチルの顔を見てから、「その向こうね」と言って笑った。 ウミチルも笑いながらうなづいた。 「 「何年振りかしら?」とマチルギが嬉しそうに言った。 「あれは『ハーリー』を見た年だ」とサハチは思い出していた。 「マシュー(佐敷ヌル)がフボーヌムイ(フボー御嶽)に籠もった時よ」 マチルギが指折り数えて、「もう、五年も前だわ」と驚いた。 「久高島に行って、海で思い切り遊ぶか」 サハチがそう言うとウミチルとマチルギが踊るように喜んだ。マカミーも一緒になって喜んでいた。 久高島にはフカマヌルしかいなかった。 フカマヌルはサハチたちを見ると涙を流しながら喜んだ。サハチたちは大歓迎された。 「たった一人で取り残されて、留守番をしているのよ」とフカマヌルは寂しそうに言った。 マニウシの奥さんは末娘を玉グスクに嫁がせるとキラマの島に行ったという。末娘が嫁いだのは前回、サハチたちが来た五年前の冬だった。年が明けるとマニウシと一緒にキラマに行ってしまい、それからずっと、独りぼっちで寂しい思いをしていたのだった。 フカマヌルは今まで溜まっていた サハチたちは三日間、海に入って、のんびりと過ごした。 海に入ってはしゃいでいるマチルギとウミチルを見て驚いていたマカミーも、二人に引っ張られて海に入ってしまうと、楽しそうに一緒にはしゃぎ始めた。二人から泳ぎも教わって、海に潜る楽しさを知り、マカミーもすっかり海の サハチたちはフカマヌルを連れて帰って来た。母親もマニウシ夫婦も年末にならないと帰って来ない。少しくらい フカマヌルが島から出たのは二度目だった。一度目は、玉グスク按司に嫁いだ叔母に会いに玉グスクに行った時だった。もう十年以上も前の事だった。 フカマヌルは馬天ヌルに歓迎された。サハチはフカマヌルを馬天ヌルに預けた。フカマヌルは佐敷グスク内の佐敷ヌルの屋敷に滞在した。あとで考えたら、佐敷グスクの |
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