上間按司
「何者だ?」とサハチが静かな声で聞くと、 「お前は サハチは楽しそうに笑った。 「俺も有名になったものだな。こんな 「笑っていられるのも今のうちだけだ。命をもらうぞ」 「誰に頼まれた?」 それには答えず、浪人たちは一斉に刀を抜いた。 ウミトゥク(思徳)は恐怖で体が固まってしまったかのように動けなかった。クルー(九郎)がウミトゥクを庇うようにして棒を構えた。浪人たちの刀がきらめいた時、ウミトゥクは恐ろしくて目をつぶった。悲鳴とうめき声と人が倒れる音がした。ウミトゥクが恐る恐る目を開けると、浪人たちは皆、倒れていた。 「大丈夫か」とクルーが言った。 ウミトゥクは震えながら、うなづいた。 山の中からまた男たちが六人出て来た。 「ヤキチか。御苦労」とサハチが言った。 「お父さん!」とキクが驚いていた。 「こんな所で何をしているの?」 「ヤキチは常に俺を守っていてくれているんだよ」とサハチが言うと、照れたようにヤキチは頭をかいた。 「誰の仕業かわかるか」とサハチがヤキチ(奥間大親)に聞いた。 「 「糸数按司が俺の命を狙っていたのか‥‥‥」 「そのようです。しかし、 「すまんな」 ヤキチはうなづくと配下の者たちを連れて、山の中に消えた。 「お父さんがお兄様を守っていたなんて知りませんでした」とキクは驚いた顔のまま言った。 「もう重臣になったのだから、若い者に任せて、付いて来なくてもいいと言っているんだがな、まだ、若い者には負けられんと頑固なんだよ」 「お父さんはずっと、お兄様を守っていたのですか」 「そのために、佐敷に来たらしい」 「そうだったのですか」 「こいつら、殺しますか」とマサンルー(佐敷大親)がサハチに聞いた。 「いや。これに懲りて、二度と襲わないだろう」 サハチたちは気絶している浪人たちを山の中に放り込んで、佐敷へと向かった。 ウミトゥクがあとでクルーに聞いたら、あっと言う間に浪人たちは皆、倒れたという。前の四人はマチルギが倒し、後ろの四人はサハチが倒した。マサンルーもクルーも出る幕はなかったという。兄貴と姉さんの強さは聞いていたけど、実際に目にして、予想以上の強さだ。俺も負けずに稽古に励まなくてはならないとクルーは言った。体がすくんでしまった事を恥じて、ウミトゥクは以前にも増して剣術の稽古に励んだ。そして、自分もお姉様(マチルギ)のようになりたいと本心から思っていた。 サハチたちが旅から帰って来た頃、浮島(那覇)に 五月の末にウニタキ(三星大親)に呼ばれて、『まるずや』に行くと、ウニタキは裏の屋敷の縁側で昼寝をしていた。 「『 「ミヨンに取られちまったよ」とウニタキは言って、起き上がった。 「たまには、かみさん孝行をしようと思ってな。次女のマチ(松)も生まれたばかりだし、しばらく城下の屋敷にいて、ミヨンに三弦を教えてやったんだ。そしたら、すっかり気に入ってしまってな、離そうとしないんだよ」 「なんだ、屋敷に帰っていたのか」 「グスクに顔を出そうとも思ったんだが、特に用もないし、帰って来た時に、お前は留守だったからな。行くのはやめた」 サハチはニヤニヤして、「久高島にも、お前の娘がいたぞ」と言った。 「やはり、娘が生まれたのか」とウニタキは上体を起こしてサハチを見た。 「どうして、ヌルの子はみんな、娘なんだ。馬天ヌルも、佐敷ヌルも、フカマヌルも娘を産んでいる」 「俺もその事を不思議に思っている。男が生まれたら、どうするつもりだったのだろう」 「フカマヌルは男が生まれるなんて考えもしなかっただろう。女の子が生まれると決めつけていた。フカマヌルに母親の名前を聞かれたんだ。でも、母親の名前を付けたら、長女と同じ名前になってしまうぞと言ったら、『ウニチル(鬼鶴)』と名付けると言っていた」 「可愛い娘だ。会いに行ってやれ」 「そうだな。でも、少し怖いんだ。フカマヌルに会ったら、また骨抜きにされてしまうかもしれん」 「だから、 「そうなんだが、俺が、 「お前にとって、フカマヌルは絶世の美女だったんだよ」 「そうかもしれんな。ところで、佐敷ヌルの相手は一体、誰なんだ?」 「シンゴ(早田新五郎)だよ」 「なに、奴だったのか‥‥‥うまい事やりやがったな」 「おい。その口ぶりからすると、お前もマシュー(佐敷ヌル)を狙っていたのか」 ウニタキは笑った。 「いい女だからな。しかし、佐敷ヌルは男なんかまったく興味ないといった感じで、近寄りがたかったよ」 「俺はマシューが妊娠したと聞いて、お前を疑ったんだ」 「馬鹿を言うな。お前の妹を二人も相手にできるか。しかも、二人ともヌルだ。俺は二人に殺されてしまうよ」 サハチはウニタキの顔を見て笑った。本当にそう思っているようだった。 「 「大分、よくなっている。まだ、痛みはあるようだが、やっと起きられるようになって、飯も食えるようになった」 「何かしゃべったか」 「いや。お礼を言うだけで、何も言わないらしい。ただ、 「また、美女が現れたのか。惑わされるなよ」 「何を言うか。俺は大丈夫だが、イブキ(伊吹)がいい年をして、惑わされそうだ」 「イブキがか。信じられん」 「ずっと、独り身だからな。家族を殺されて、琉球に来たんだ」 「そうか、イブキは独り身だったのか」 「もしかしたら、亡くなったかみさんと似ていたので助けたのかもしれん」 「それにしても、望月党の女が一体、誰に斬られたのだろう」 「それが謎なんだ。誰かのあとでも付けて、見つかって殺されたのか。一体、望月党が浦添で何を調べていたのか、まったく、わからん」 「そうか‥‥‥話は変わるが、旅の帰りに浪人者に襲われた。ヤキチが調べた所によると糸数の浪人者らしい」 「糸数按司がお前を狙ったのか。お前を殺して、島添大里グスクを奪うつもりなのかな‥‥‥糸数按司だが、今、屋敷の改築をしている。どうやら、島添大里のような二階建ての屋敷を建てるようだ。 「そうか。余程、島添大里グスクが欲しいんだな」 「それと、近いうちに 「何の使者が来るんだ?」 「皇帝が代わったので、挨拶がてらに、琉球の様子を調べに来るのだろう。それで、 「五百人? そんなにも大勢で来るのか」 「そいつらが半年近くも滞在する。中山王も機嫌を取るのに大変だろう。 「この間、ファイチ(懐機)に会ったら、アランポーに対抗できそうな男を見つけたとか言っていたけど、誰だか知っているか」 「多分、ワンマオ(王茂)という男だろう。アランポーに次ぐ実力者らしい。今、中山王の使者として明国に行っている。帰って来て、実際に会ってみない事にはどうにもならんな。それと、まだはっきりと決まってはいないらしいが、来年には『 「何だ、冊封使というのは?」 「明国の皇帝が遣わす使者なんだが、皇帝が王様を任命する儀式をやるらしい。その儀式を受けないと、正式な王様にはなれないそうだ。来年、来るという冊封使は、中山王と山南王(シタルー)の儀式をするために来るようだ。そして、その儀式をやるための会場を『 「儀式をするための会場とはどんな物なんだ?」 「明国の宮殿を模した豪華な建物のようだ。各地の按司たちも呼んで、按司たちの見守る中で儀式をやるというから、かなりの規模のものだろう」 「グスクとは違うのか」 「とりあえずは、その会場を造って、儀式が終わったら、グスクにするつもりなんだろう。その会場造りには、シタルーも加わっているようだ」 「シタルーも、そこで儀式をやるのか」 「多分な。シタルーは明国の宮殿を実際に見ているから、シタルーの助けが必要なんだろう」 「成程」 「浮島の天使館にも、 「ありがとう」 六月になると、山南王と中山王が合同で送った進貢船が帰って来た。山南王の船は 進貢船が帰って来ると、 そんな頃、糸数では大変な事が起きていた。 荷車を引いて来る人足から糸数辺りで戦があったらしいと聞いていたが、誰と誰が戦をしているのかわからなかった。糸数按司が玉グスクを攻めるはずはないし、 何事だとサハチが戻ると、重臣たちが一の曲輪の屋敷の 「何があったのです?」とサハチはクマヌ(熊野大親)に聞いた。 「糸数グスクが落城した」 「何だって!」 「『 「上間按司? 聞いた事もないが、何者なんだ?」 「それがわからんのじゃ。わかっているのは今日の昼前、上間按司というのが、二百余りの兵で糸数グスクを攻めて、その日のうちに攻め落としたという事だけじゃ」 「あれだけのグスクが、たった二百の兵で、たったの一日で落ちるものなのか」 「物見を送って調べさせてはいるが、敵の正体も、動きも、まったくわからん。一応は敵の攻撃に備えておいた方がいいじゃろう」 「そうだな。兵を配置に付けてくれ」 クマヌと 「 「亡くなった中山王(察度)が 「察度の護衛隊長か‥‥‥今は中山王に仕えているのか」 「多分、そうだとは思いますが」 「中山王が糸数を攻めろと命じたとは思えんが‥‥‥」とサハチは首を傾げた。 重臣たちは顔を付き合わせていたが、結局、何もわからず、敵が攻めて来る事もなかった。ウニタキなら何かを知っているかもしれないと呼んだが、いつになっても現れなかった。 次の日、グスクの守りを固めたまま、玉グスク、 夜になって、ウニタキがやって来た。重臣たちが詰めている会所に呼んで、話を聞いた。 「ようやく、上間按司が何者かわかった」とウニタキは言って、重臣たちの顔を見回した。 「奴は先代の糸数按司の倅だった」 「何じゃと?」とクマヌが驚いた顔をして、ウニタキを見つめた。 サハチも驚いていた。誰もが、その言葉に驚き、ウニタキの説明を待っていた。 「奴の親父は二十数年前に、亡くなった山南王( 「どうやって、そんな詳しい事までわかったんだ?」とサハチは聞いた。 いくら、ウニタキでも短時間に他人の過去の事などわかるはずがなかった。 「自分でそう説明したようだ。奴は兄の糸数按司と跡継ぎの若按司を殺したあと、重臣たちを集めて、自分の素性を説明したんだ。何人かの重臣が、奴の事を覚えていたらしい。重臣たちは上間按司を先代の息子と認めて、新しい糸数按司として迎えたようだ」 「グスク内にいた弟と人足に化けた家臣たちに 「そうです」とウニタキはうなづいた。 「突然、攻めて来ましたからね、大御門を閉めるのが精一杯で、守備兵を集める事もできなかったようです。グスク内には兵よりも作業をしていた大工や人足の方が多いといった状況でした。守備に就いていた兵たちはグスクの外ばかり見ていて、グスク内の事など気に掛けなかった。上間按司の兵が攻めてくると、弟と家臣の者たちは角材を手に持って大御門に近づき、大御門を開けたのです。大御門は 「早い話が、兄弟喧嘩じゃったというわけじゃな」とクマヌが笑った。 「まったく、人騒がせな事じゃ」と与那嶺大親も安心したように笑った。 「中山王とつながりがある奴が糸数按司になると、『 「糸数按司が殺されて、一番困っているのは八重瀬按司じゃろう。仲がよかったようじゃからのう」とクマヌは言った。 自分の命を狙っていた糸数按司がいなくなったのは、サハチにとって、よかったと言えるが、中山王の息の掛かった者が糸数按司となり、今後、どうなって行くのか一抹の不安を感じていた。 その後、糸数按司となった上間按司は、東方の按司たちに使者を送って、糸数グスクを攻めた経緯を語り、敵対する意思のない事を示した。サハチはその言葉を信じて、グスクの警固を通常に戻した。 殺された糸数按司の妻だった玉グスク按司の妹と、若按司の妻だった垣花按司の娘は、幼い子供たちを連れて実家に帰されたようだった。上間按司はなるべく問題を起こさないようにしているようなので、東方の按司たちも安心した。 何事もなく、月日は流れた。 七月にヤグルー(平田大親)の妻のウミチルが三女を産み、八月にはマタルーの妻のマカミーが長女を産んだ。 その頃、明国から永楽帝の使者を乗せた大きな船が二隻、浮島にやって来た。使者は改築した『天使館』に入り、浦添に行って中山王と会い、永楽帝のお礼の言葉を伝えたという。四百人余りの マチルギが産んだ三女は父方の祖母の名をもらって、『マシュー(真塩)』と名付けた。佐敷ヌルと同じ名前で、「あなたも佐敷ヌルみたいに、いい女になるのよ」とマチルギは嬉しそうに言っていた。 マシューが生まれた頃、永楽帝の使者を乗せた船は明国に帰って行った。 |
糸数グスク