冊封使
四月の初め、 去年の返礼の使者たちと同じように、二隻の大きな船に乗ってやって来た。 その頃、シンゴ(早田新五郎)とクルシ(黒瀬)が サムは去年の四月に、マガーチとマタルーがヤマトゥに行った事を知ると、どうして、俺に声を掛けてくれなかったんだと怒った。サハチがヤマトゥに行きたいのかと聞くと、当然だろうと言った。 「親父(クマヌ)からヤマトゥの話はよく聞いている。俺もヤマトゥに行ってみたいと、ずっと思っていたんだ」 それなら、来年、クルーと一緒に行ってくれと頼んだのだった。サムはその日から、クマヌを師としてヤマトゥ言葉の勉強を始めた。 クルーとサムを見送った三日後、サハチは サハチは婚礼の二か月前に玉グスク按司に呼ばれた。 初めて見る上間按司はサハチよりも三、四歳年上で、 その時の集まりが八重瀬と糸数の婚礼の事だった。八重瀬按司から、娘を上間按司の長男の嫁にもらってほしいと言って来たらしい。上間按司は玉グスク按司に相談した。そして、東方の按司が集められたのだった。中山王の家臣である上間按司は、すでに、中山王の許しは得ているという。中山王が許したのなら何の問題もなかった。東方の按司たちは糸数と八重瀬の婚礼に同意した。 東方の按司たちは皆、上間按司の動きを見守っていた。中山王の手先として、東方を攻めるのではないかと恐れていた。中山王が山南王と組んで、糸数按司を先鋒として東方に攻めて来れば、東方は全滅しかねなかった。糸数と八重瀬の婚礼を中山王が許したと聞いて、中山王が東方を攻める意思がない事がわかり、皆、一安心していた。 サハチには、中山王が糸数と八重瀬の婚礼を許した理由がわからなかった。タブチはシタルーの敵だった。自分の家臣を敵と結ばせて、どうしようというのだろうか。近いうちに冊封使が来るので、つまらない騒ぎを起こさせないために、認めたのかもしれなかった。 糸数グスクの屋敷は以前のままだった。改築工事は中止になったようだ。当然の事だった。台風があって、戦があって、ようやく、立ち直りかけたと思った時に、改築工事が始まった。領内の者たちは皆、嘆いていた。反対する家臣たちも多かったが、先代の糸数按司は強行した。猛反対した武将の 花嫁は城下の人たちに歓迎され、婚礼は無事に終わった。城下の人たちも上間按司を糸数按司として認めているようだった。 婚礼のあと、最近のタブチの動きをウニタキから聞くと、タブチは中山王に近づこうとしているようだと言った。 「中山王を味方に付けて、山南王を倒すつもりなのか」 「それしかないだろう」 「しかし、中山王と山南王の仲を裂くのは難しいだろう」 「今の所は仲よくやっているが、先の事は誰にもわからんよ」とウニタキは笑った。 「タブチは 「その侍女からムトゥが聞いたんだが、先月、 「 「勝連から来る侍女は皆、望月党の女なんだ。四人いるらしいが、その中の一番年上の女が殺されたらしい。多分、望月ヌルの叔母だろう」 「仲間割れか‥‥‥」 「わからん」 「望月ヌルの行方もわからんのか」 「 毎年恒例の『ハーリー』は冊封使たちも招待されて盛大に行なわれた。集まった客も凄かったが、いつも以上に警備の兵もかなり多かったらしい。 『ハーリー』が終わると 武寧は中部の按司たちも儀式に参加させるつもりでいた。ところが、儀式に参加する者は皆、明国の言葉に合わせて動かなくてはならないという。厳粛な儀式なので、間違える事は許されず、前もって、何度も練習をしなければならなかった。儀式のための宮殿は完成しても、首里には按司たちの宿泊施設はないし、招待したからには、そのあとの宴席も用意しなければならない。まだ何もない首里では、按司たちを滞在させるのは無理だった。武寧は按司たちの招待は諦め、家臣たちの参加だけにとどめた。 サハチたちの恒例の旅はまた 海で遊んでいる妻たちを眺めながら、「 マタルーはニヤニヤしながら、「マカミーには絶対に内緒ですよ」と言った。 「実は仲良くなった娘がいるんです」 サハチはマタルーを見て笑い、「例の無人島には行ったのか」と聞いた。 「えへへ」とマタルーは笑って、「向こうの女は裸で海に潜るんです。いい眺めでした」と嬉しそうに言った。 「なに、そいつは本当なのか」とヤグルーが興味深そうに聞いた。 「兄貴のお陰で、琉球から来たというだけで、娘たちに持てるんです。兄貴とイトさんの事は、もう伝説になっていますよ。俺が行った時は、もう、ユキちゃんのお嫁入りが決まっていたんで、騒いではいませんでしたけど、ユキちゃんは凄い人気で、男どもが騒いでいたようです。剣術もかなりの腕で、寄って来る男たちはみんなやられたそうです」 「ユキはそんなにも強いのか。でも、サイムンタルー(早田左衛門太郎)殿の息子には、ユキもかなわなかったんだな」 「その息子も最初は負けたみたいですよ。サイムンタルー殿の息子といっても、ずっと船越の方にいたので、 「ほう。面白そうな奴だな」 「みんな、びっくりしたそうですよ。どこかのウミンチュ(漁師)の倅だと思っていたら、お頭の倅だったんですからね」 「そうか。サイムンタルー殿はまだ 「ええ、向こうに行って会う事はできるんですけど、対馬には帰って来られないようです」 ヤグルーはマタルーからヤマトゥの話を色々と聞いて、自分も行ってみたくなったようだった。 六月には その頃、首里では山南王の冊封の儀式が行なわれ、シタルーは正式に山南王となった。シタルーの父親の 二つの冊封の儀式が無事に済んで、しばらくして首里の工事が再開された。 サハチはウニタキと一緒に首里に出掛けた。 噂に聞く『マジムン屋敷』は 「ここで独り暮らしをしているのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「独りの時もあるが、大抵は情報を持って来た配下の者が泊まって行く」 「今、配下の者は何人いるんだ?」 「百人ちょっとだな」 「百人か‥‥‥随分と大きくなったな」 「年に一度、全員が集まるんだが、ここは全員が泊まれるので便利だよ」 「そうか」と言って、サハチは屋根裏を見上げた。 屋根は高く、頑丈そうな太い梁が何本も交差していた。 『マジムン屋敷』からさらに先に行くと山頂があり、そこからの眺めは素晴らしかった。首里の高台がよく見えた。思っていたよりも、ここから首里は近いようだ。そこから山を下りて、首里に向かった。 「これを造ったのはシタルーの石屋なのか」とサハチは凄いと思いながらウニタキに聞いた。 「そうだ。大した技術を持っている」 「こんな立派なグスクを造って、シタルーは自分で入りたいとは思わないのかな」 「シタルーの事だから、どこかに抜け穴でも作って、あとで攻め取るつもりかもしれんぞ」 「そうだな。自分で作ったグスクなら、攻め取るのも容易だろう」 坂道を下りて大御門から離れると、「人足たちの出入りも厳しいんじゃないのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「厳しい。個人での出入りはできない。作業班ごとに出入りして、入った時と同じ人数がいないと外に出してはもらえない」 「朝に入ったら、日暮れまでは出られないという事か」 「そういう事だな。今、思い出したんだが、中山王の次男が、いつの間にか、南部の 「阿波根とはどこだ?」 「 「シタルーがよく、そんな所にグスクを築かせたな」 「俺も兼グスク按司とは何者なのか知らなかったので調べさせた。どうも、シタルーとお前の同盟を許す代わりに、中山王が次男をそこに置くように頼んだようだ。その次男というのが、ちょっと変わった奴だ。旅をするのが好きらしい。使者にくっついて明国や朝鮮にも行ったようだ。中山王は、そいつを 「シタルーは山北王と結ぶつもりなのか」 「材木の取り引きがしたいのだろう。中山王はこのグスクを築くために、ヤンバルから大木を運んでいる。山北王は中山王の娘婿だから、惜しまず協力しているが、山南王は山北王とのつながりはない。兼グスク按司を利用しようと思ったのだろう」 「そうか。宮殿を作るのに、ヤンバルの大木を使ったのか」 「これだけのグスクを築くには、やはり、中山王の力というものが必要なんだよ」とウニタキは言って、大御門の方を見上げながら目配せした。 サハチが大御門を見ると、ファイチ(懐機)がいた。ファイチが大御門から出て来る所だった。サハチは驚いて、ポカンとしてファイチを見ていた。ファイチは一人だった。ファイチは坂道を下りてきて、サハチたちに気づかずに浮島へと続く道の方に向かった。道の両側には人足たちの小屋がいくつも建ち並んでいた。 サハチとウニタキはしばらくファイチのあとを追った。人足小屋もなくなって、周りに人がいない事を確認してから声を掛けた。 ファイチは振り向いて、うなづくと道からそれて森の中に入った。サハチとウニタキも森の中に入った。 「どうして、こんな所にいるのですか」とファイチは聞いた。 「首里のグスクを見に来たんだ」とサハチは言った。 「ファイチはどうして、グスクの中にいたんだ?」 「シタルーに呼ばれて、 「風水?」と言って、サハチはウニタキを見た。 ウニタキは首を傾げた。 「風水というのは自然の中にある『気』の流れです。人の体の中には『気』が流れています。『気』の流れがうまく行かないと サハチにはファイチの言う事がよくわからなかった。 「ファイチはその風水を知っていて、シタルーに呼ばれたという事なんだな」 「そうです。冊封使も 「そうだったのか」 「あのグスクは最高のグスクです。王様が住むのにふさわしいグスクです。完成したら奪い取りましょう」 「なに、完成したら奪い取る?」 「中山王が移って来る前に奪い取るのです」 「成程。あのグスクを本拠地にして、浦添を攻めるのだな」 「あのグスクがあれば、浦添グスクはもういりません。焼き払ってしまえばいいのです」 「何だって! 浦添グスクを焼き払うだと」 「浦添グスクを焼いてしまえば、みんなが首里に集まって来ます」 「そうかもしれんが‥‥‥」 「わたしは用があるので そう言うとファイチは坂道を下りて行った。 サハチはウニタキを見て、「今のを聞いたか」と言った。 ウニタキはうなづいて、「ファイチの考えもいいかもしれない」と言った。 「浦添を焼き払う事がか。そんな事をしたら、一般の者たちが大勢、犠牲になって、恨みを買うことになる。中山王になっても誰も従わなくなるぞ」 「兵を使って火を付ければそうなるだろうが、子供の火遊びが大火になる事もある。何かうまい方法を考えてみよう。グスクが完成するまでは、まだ、たっぷりと時があるからな」 運玉森でウニタキと別れて、島添大里グスクに帰ると、ヤキチが待っていた。 ヤキチに誘われるまま 「ここは涼しくていいな」と言いながらサハチは首里の方を見た。 運玉森はよく見えるが、その先の首里は遠くてよく見えなかった。 「 「 ヤキチはうなづいた。 こうなる事はわかっていたが、サタルーの事も話していないのに、二人目の子供までできるとは、マチルギの怒った顔が頭をよぎった。 「奥間ヌルは大層、喜んでおります」 「サタルーは知っているのか」 「勿論、存じております」 「そうか‥‥‥サタルーは嫁とうまく行っているのか」 「はい。子供の頃から一緒に育っておりますから」 「兄妹として育てられたのか」 「いいえ。幼い頃から夫婦になると言われて育てられました」 「そうだったのか」 サハチは遠くの方を見ていた。勿論、奥間は見えないが、あの夢のような日々を思い出していた。 「 サハチは夢から覚めたかのようにヤキチを見て、「殺されたのではあるまいな」と聞いた。 「病死のようです。五十九でした」 「そうか‥‥‥」 「北谷の若按司ですが、最近、やたらと 「親父が亡くなったら、歯止めが利かなくなりそうだな」 「北谷の動きを御存じでしたか」 サハチはうなづき、「ヤキチは『望月党』というのを知っているか」と聞いた。 「勝連の望月党ですね。噂は聞いておりますが、詳しい事は存じません」 「そうか。実はウニタキの家族は、望月党に殺されたんだ」 「えっ?」とヤキチは驚いた。 「 「その山賊が望月党だったんだ。ウニタキの嫁さんは中山王の娘だったからな。怪しまれないように山賊を装って殺したんだよ」 「そうだったのですか。という事は、ウニタキ殿は望月党を追っているのですね」 「いや、いつかは倒すだろうが、ウニタキも危険な事は知っている。勝連には近づいていない」 「そうですか。もう十年近く前ですが、浦添グスクに侍女に入っている奥間の女が望月党の事を調べて、何人かが犠牲になっております。長老の命令で、望月党に近づくなとお触れが出て、それ以後は、奥間の者も望月党には近づいてはおりません」 「浦添グスクにいる奥間の女とは、八重瀬から嫁いだ中山王の奥方に付いて行った侍女ではないのか」 「御存じでしたか。奥間でも絶世の美女と言われた、ナーサという女です。わしが十二の時、村を出て行きましたが、それはもう天女のような美しい女でございました」 「ヤキチがナーサを知っていたとは意外だった」 「わしは 「亡くなった山南王(汪英紫)が、どうやって八重瀬グスクを落としたのかをクマヌが調べて、その絶世の美女の事を知ったんだ」 「そうでしたか‥‥‥恐れいりました。そんな昔の事まで調べていらしたとは存じませんでした」 「恐れいらなくてもいい。それをクマヌに調べさせたのは俺ではない。親父だ」 「それにしても、当時の事を知っている者はもう、ほとんどいないでしょう」 「それで、ナーサだが、どうして、望月党の事を調べていたんだ?」 「それはわかりません」 「そうか‥‥‥それで、望月党の事は何かわかったのか」 「それもわかりません。長老のお触れが出て以来、望月党の事は禁句となってしまい、誰も話さなくなりました」 「そうだったか。奥間村としても、望月党を敵に回したら危険だからな、長老の考えは正しかったのだろう。話を北谷按司に戻すが、北谷の若按司の嫁さんは、先代の江洲按司の娘なんだ。先代の江洲按司も望月党に殺された。表向きは 「今の江洲按司は勝連按司の弟のはずです。どうして、その弟に近づくのかわかりませんが」 「今、勝連按司と江洲按司の兄弟は仲が悪い。北谷按司は江洲按司をけしかけて、勝連按司を倒せと言っているのかもしれんな」 「北谷の若按司が、勝連を狙っているというのですか」 「北谷の若按司が、望月党の事を知っているかどうかは知らんが、江洲按司を殺したのは勝連按司と江洲按司の兄弟だと思っているのだろう。まずは、江洲按司に勝連按司を片付けさせて、その後、江洲按司を片付けるつもりなのかもしれない。それに、今、望月党も兄と弟で争いを始めている」 「そうなのですか‥‥‥」 「という事を頭に入れて、北谷、中グスク、越来の動きを探ってくれ」 「勝連はいいのですか」 「長老に禁じられているのだろう」 「先代の長老です。今の長老からは何も言われていません」 「危険だ。近づかない方がいい」 「犠牲者は出しません」 サハチはヤキチの顔を見た。いつになく、厳しい顔付きだった。 サハチはヤキチを信じて、うなづいた。 |
首里グスク