ウニョンの母
ウニタキは 昨日、ムトゥは浦添グスクの侍女、ナーサに呼ばれた。浮島にいる ナーサは三十三年前、 「 「わかりません」とムトゥは首を振ったが、『よろずや』に帰るとすぐにウニタキを呼んで、ナーサの話を伝えた。 ウニタキは腰を抜かしてしまうかと思うほど驚いた。ウニョンの実の母親が、ナーサだったなんて思ってもいない事だった。ナーサからもっと詳しい話が聞きたかった。ムトゥに頼んで、ナーサをグスクから外に出してもらうように頼んだ。 「お頭が、ウニョンの夫だった ウニタキの配下の者でも、ウニタキが浜川大親だと知っている者は少ない。ウニタキが『 「それはまずい。中山王に話されたら困る。俺が生きている事を知れば、必ず、会いたがるだろう。あの時、山賊に襲撃された時の生き残りの者が会いたいと行っていると告げてくれ」 「それで、出て来ますかね」 「出て来る事を願うしかない」 「何か証明する物があればいいのですが」 「証明する物といっても、みんな燃えちまったからな。娘の名はミヨンで、可愛い娘だったと言ってくれ。そして、ウニョンのお腹の中には子供がいたとな」 「わかりました」とムトゥは浦添グスクに行って、ナーサと会い、明日の午後、『よろずや』を訪ねると約束してくれたのだった。 そして、今日、ムトゥはグスクまで迎えに行って、ナーサを『よろずや』に連れて来た。ウニタキは奥の部屋で待っていた。 ムトゥと一緒に現れたナーサは、未だに美貌を保っていた。五十を過ぎていると聞いていたが、とてもそんな年齢には見えない。三十の半ばといってもおかしくはなかった。そして、その顔には、確かにウニョンの面影があった。ウニタキはナーサがウニョンの母親に違いないと確信した。 ナーサは姿勢を正して、ウニタキの正面に座って頭を下げた。 「わざわざ、いらしていただき、申し訳ございません」とウニタキも頭を下げた。 ムトゥはウニタキにうなづくと下がって行った。 ナーサはウニタキの顔をじっと見つめていた。そして、急に驚いたような顔になって、「もしや、あなた様は浜川大親様ではございませんか」と聞いた。 「えっ!」とウニタキの方が驚いた。 「一度、お会いした事がございましたね」 そう言われても、ウニタキには会った覚えはなかった。 「 ウニタキは思い出していた。あの時、高麗の美女を連れて来た侍女が、目の前にいるナーサだった。高麗の美女はウニタキなど見ようともしなかったが、隣りにいた侍女がチラチラとウニタキを見ていたのを覚えていた。 「あの時、ウニョンの夫になられた浜川大親様を一目でも見たくて、一緒に行ったのです。髪を剃られても、目はあの時と同じ目です」 正体を明かすつもりはなかったが、こうなったら仕方がなかった。 「見破られたのなら仕方がありませんね」とウニタキは笑って、「わたしがウニョンの夫だった浜川大親です」と名乗った。 「生きていらしたなんて‥‥‥」 ナーサは目を見開いたままウニタキを見つめ、信じられないというように首を振っていた。 「いいえ。あの時、浜川大親は死にました。わたしは別人として生きて来たのです」 「そうでしたか‥‥‥わたしがウニョンの実の母親のナーサです。夢に出て来たウニョンは、あなたと会わせるために、ムトゥに本当の事を話すように言ったのですね‥‥‥それにしても、あなたが生きていて、こうして目の前にいらっしゃるなんて‥‥‥」 「もう十二年になりますからね。十二年経っても、あの日の事は忘れられません」 「どうか、ウニョンの最期をお話し下さい」 ウニタキは山賊に襲われて、妻も娘も助けられず、自分だけが何とか生き残った経緯を話した。ただ、佐敷に逃げた事は話さなかった。自分と 「ウニョンが亡くなって、半年ほど経った頃、勝連から来た侍女たちが、こそこそと話をしているのを偶然に聞いて、ウニョンが『 「敵を討つつもりなのですか」とウニタキは聞いた。 「討ちます」とナーサは、はっきりと言った。 ナーサの目は娘を殺された母親の怒りが溢れていた。 「どうして、中山王に望月党の事を話さなかったのですか。話せば中山王も黙ってはいなかったでしょう」 「わたしは亡くなった山南王(汪英紫)に仕えておりました。望月党の事を告げると、中山王には黙っていろ。お前もその事は忘れろと言われたのです」 「どうして、山南王はそんな事を言ったのです?」 「当時の山南王は島添大里按司で、明国との交易を始めたばかりでした。浦添と勝連が戦を始めたら、同盟をした手前、黙って見ているわけには行きません。出陣しなければならなくなります。勝連グスクを落とすのは容易な事ではなく、長期戦になれば、交易どころではなくなってしまいます。それで、黙っていろと言ったのです。しかし、わたしは黙ってはいませんでした。 「あなたも奥間の者なのですか」 「わたしの母親は奥間の 「山南王はいつの日か、浦添グスクを落とすつもりで、あなたを浦添に送ったのですか」 「わかりません。浦添の情報は山南王に流しておりましたが、八重瀬グスクにいた時のような、難しい命令は何もありませんでした。自分でも言うのは何ですが、山南王はわたしの美貌を恐れたのでしょう。近くに置いておくと、男たちがわたしに惑わされると思って浦添に送ったのです」 「そして、中山王があなたの美貌に惑わされた」 ナーサは微かに笑って、うなづいた。 「わたしは城下にいた奥間の者を使って、望月党の事を調べました。何人かが犠牲になってしまい、奥間の長老は、『望月党』に近づくなと命じます。でも、わたしは諦めませんでした。浦添の近くの山の中に奥間という集落があります。先代の中山王が奥間から連れて来た者たちを住まわせた村です。中山王のために情報を集めている者たちですが、わたしはその中の一人に目を付けて、望月党の事を調べさせました」 「色仕掛けで近づいたのですか」 「わたしにはそれしかありませんから」とナーサは笑った。 男を惑わす美しい笑顔だった。 「でも、近づいた後は、それなりの報酬は渡してあります」 「それで、何かわかったのですか」 「あなたを殺そうとした事件がきっかけで、望月党が二つに分裂した事がわかりました。望月党のお頭は望月サンルー(三郎)といって、グルー(五郎)という弟がいます。あなたを殺す事に反対したグルーが、数人の者たちを連れて望月党を抜けたのです。その後、グルーの行方はわかりませんでした。殺されてしまったものと誰もが思っていたのですが、二年前に舞い戻って来ました。どこかで、十年掛けて新しい望月党を作っていたようです。そして、二つの望月党の争いが始まります。グルーによって各地にあった望月党の拠点は潰されています。そして、今、グルーは 望月ヌルを探していた爺さんの話とほとんど同じだった。よくそれだけの事を調べ上げたものだとウニタキは感心していた。 「望月党を倒すために、わたしに近づいて来たのですか」とウニタキはナーサに聞いた。 「『よろずや』が、ただの商人でない事はわかりました。調べてみると、 ウニタキは曖昧に笑っただけで、答えなかった。 「山南王は亡くなりました。今は誰のために動いているのですか」 「誰のためでもありませんよ。家族の敵を討つためです」とウニタキは答えた。 ナーサは満足そうな顔をしてうなづいた。 「わたしもようやく自由の身となりました。先月、叔父の 「わたしが知っている事も大体、そのようなものです。わたしはもう少し様子を見ていようと思っています。兄と弟を戦わせておき、勝った方を倒すつもりです」 「わたしもそれがいいと思います。望月党の隠れ家も突き止めましたが、今はそこにはいません。新しい隠れ家に移ったようです」 「隠れ家を突き止めたのですか」 「突き止めるのに五人の者が殺されましたが、何とか見つける事ができました。でも、弟のグルーが戻って来た時に襲撃されたようです。去年の六月、城下にある『 「望月ヌルも調べていたのですか」 「望月党を調べる糸口が、望月ヌルだったのです。望月党を調べるといっても陰の存在なので、誰に聞いてもはっきりした事はわかりませんでした。何か月も望月ヌルを見張っていて、望月党の者と接触する事ができ、何年も掛かって隠れ家を探す事もできたのです。望月党に何が起こったのかを知るため、浦添グスクにいる勝連から来た侍女に聞いてみる事にしました。以前、望月ヌルがその侍女を訪ねた事があるので、望月ヌルが消えたと言えば、何らかの反応を示すと思ったのです。勿論、わたしが直接に聞いたわけではありません。その頃には、わたしの配下と呼べる者たちもいたのです。わたしは配下の者に、中山王に頼まれて、密かに望月党を探っていたという事にして、うまく話を聞き出せと命じました。その侍女は望月ヌルの叔母でした。望月ヌルは兄のサンルーに殺されたに違いない。自分も殺されると恐れていました。望月ヌルも、その侍女も弟のグルーを支持しています。自分たちを助けてくれるなら話すと言って、すべてを話してくれたのです。見張ってはいたのですが、望月ヌルの叔母は、今年の三月、殺されてしまいました」 ナーサはウニタキに横顔を見せて、庭の方をぼんやりと眺めていた。 「叔母は殺されました。でも、望月ヌルは生きています」とウニタキは言った。 「えっ、本当ですか」とナーサは少し驚いた顔をしてウニタキを見た。 ウニタキはうなづいた。 「去年の二月に何者かに斬られ、この店の主人に助けられました。ずっと、ここに隠れていましたが、傷も癒えて、一年後の今年の二月、どこかに行ってしまいました」 「そうでしたか。ここにいたとは驚きです。多分、望月ヌルは江洲に行ったのだと思います」 「そう思って探したのですが、見つかりませんでした」 「お互いに、敵を殺そうと必死になっています。簡単には隠れ家は見つからないでしょうね」 「中山王には望月党の事は言っていないのですね?」 「はい、言ってはおりません。もう、十二年も前の事ですし、浦添と勝連は深く結びついています。今さら言っても、どうにもならないでしょう」 「わたしが生きている事も、中山王には内緒にしておいて下さい。わたしが生きている事がわかると、わたしはまた望月党に狙われます。二度と家族を失いたくはありませんので」 「わかりました。ウニョンの敵は討っていただけますね?」 「必ず、討ちます。一つ、聞きたいのですがよろしいですか」 「何でございましょう」 「高麗の美女が、先々代の山南王にさらわれた事件に関わっていたのですか」 ナーサは軽く笑った。 「あれはわたしが特に何かをしたわけではありません。自然の成り行きでああなったのでしょう。先々代の山南王に、自慢するように高麗の美女を見せたのは中山王でした。一目見て、山南王は高麗の美女の 「そうでしたか‥‥‥」 ウニタキはフカマヌルとの出会いを思い出していた。まさしく一目見ただけで、ウニタキはフカマヌルの虜になっていた。一度、虜になったらもう逃げられない。山南王も高麗の美女に頼まれて、浦添グスクから連れ出し、高麗まで連れて行ったのだろう。 それから数日後、ウニタキはナーサの配下の者と一緒に、望月党の以前の隠れ家に行った。 勝連グスクよりも、さらに先へと進んだ山の中に隠れ家はあった。山歩きが好きだったウニタキは、かつて、その山に登った事があったが、隠れ家には気づかなかった。綱を伝わって崖を下り、険しい山道を通り抜けると崖に囲まれた中に、大きな屋敷が建っていた。よくこんな場所に、こんな物が建てられたものだと不思議に思えた。 屋敷の中は荒れ果てたままで、異臭を放つ半ば白骨化した死体があちこちに転がっていた。ナーサの配下の者の話によると、去年に来た時から、誰かがここに来た気配はないという。新しい隠れ家に移って、ここは完全に見捨てられたに違いないと言った。 それから一月が経って、ウニタキの配下の者が江洲の城下の外れで、望月ヌルの隠れ家を捜し出した。隠れ家はクンチャー( その配下の者はウニタキに知らせる前に、望月ヌルの事を心配していたイブキに知らせてしまった。イブキはすぐに江洲に向かった。ウニタキはあとを追おうと思ったが、イブキに任せる事にして帰って来るのを待った。イブキは望月ヌルを連れて、日暮れ過ぎに戻って来た。 望月グルーから望月ヌルを預かってくれと頼まれたという。 「どういう事なんだ?」とウニタキはイブキに聞いた。 「江洲にいるとガマの中にずっと隠れていなければならん。望月サンルーは望月ヌルが生きている事を知らないので、浦添にいたほうが安全だと言って、わしに預けたんじゃ」 「そうか」 「あんなガマの中にいたら、せっかく治った傷がまた悪くなってしまう」 「わかった。望月ヌルの事はイブキに任せる」 そう言ってウニタキはイブキを見てニヤッと笑い、心の中で、「うまくやれよ」と言っていた。 |
江洲グスク