勝連無残
年が明けて サムもクルーも目の色が違っていた。自分がやるべき事をはっきりと見つけて来たような感じだった。末っ子で、何となく頼りなかったクルーは、体格が一回りも大きくなって 「ただ今、無事に戻りました」 クルーはサハチに挨拶をすると嬉しそうに笑った。 「驚く事ばかりでしたが、本当にいい旅でした。博多にも行きました。人が大勢いて凄い所でした。一文字屋の船に乗って、 「備前の国か‥‥‥一文字屋の本拠地だな。話には聞いた事がある。そうか、備前の国まで行ってきたのか」 サハチは笑いながらうなづくと、「今晩、旅の話をじっくりと聞かせてくれ」とクルーの肩をたたいた。 「無事に帰って来たぜ」とサムはニヤッと笑った。 「何かを見つけたようだな」とサハチは聞いた。 「わかるか」と言って、サムは照れくさそうに笑うと、「本当に行ってきてよかった。改めて、お礼を言う」とサハチに頭を下げた。 「なに、お礼を言うのはこっちの方さ。クルーを守ってくれたんだからな」 「そんな事はない。クルーはしっかりしているよ。俺は末っ子だから、兄貴たちみたいにグスクは守れない。 「クルーがそんな事を言ったのか‥‥‥」 サハチもクルーには船頭になってもらいたいと思っていた。自分からそう決心してくれれば、本当にありがたかった。 「俺は子供の頃、親父からヤマトゥの話をよく聞いていたんだ」とサムは言った。 「親父はヤマトゥに行くはずだったけど、戦が起こって サハチは笑うと、「今晩、帰国祝いの宴をやるからな。かみさんと親父さん(クマヌ)を連れて来いよ」と言った。 鉄を 「それでいい」とサハチはうなづいて、お礼を言った。 あとで考えたら、奥間まで鉄を持って行ったら、鉄を下ろしたあと、そこに積むべき荷物がなかった。キラマで下ろせば、浮島で取り引きをして、空いた所を埋める事ができた。 二月に母方の祖母が亡くなった。先代の 祖母は倒れてから三日後に静かに息を引き取った。六十七歳だった。ウニタキが隠れて泣いているのを、サハチは声を掛けずに見守っていた。 それからしばらくして、 サハチの娘がシタルーの長男に嫁いでいるので、断るわけにはいかないが、一応、 玉グスクに集まった東方の按司たち全員に招待状は届いていた。 「次男の婚礼なのに、随分と大げさにやるもんじゃのう」と皮肉っぽく 「もしかしたら、山南王は南部の按司、全員を招待したのかもしれん。不安定な今の状況を一つにまとめようと思っているのかもしれんな」と玉グスク按司が 玉グスク按司の顎髭は、知らないうちに、ほとんど白くなっていた。まだ六十前のはずなのに、何だか急に年を取ったように思えた。 「そうかもしれんが、どうして中グスクから嫁をもらうんじゃ。南部をまとめるなら、南部の按司から嫁をもらえばいい」と 確かに、垣花按司の言う通りだった。中グスク按司の妻は 「それは多分、中グスクの方から言って来たんじゃろう」と玉グスク按司が言った。 「中グスクは以前、山南王に娘を嫁がせている。しかし、その山南王は 「山南王は中山王も呼んでいるのか」と知念按司が 「中山王にも婚礼の事は伝えたようですが、招待はしておりません。中山王は中グスクの招待を受けるようです」 「成程。中部の按司は中グスクに集まるという事か」 シタルーが何を考えているにせよ、断る事はできなかった。全員、出席するという事に決まった。 サハチは 三月の半ば、 東方の按司たちが、島尻大里グスクに入ったのは初めてだった。山南王のいるグスクにふさわしく、高い石垣に囲まれた中は広くて、立派な建物がいくつも建っていた。シタルーの父、 シタルーの持て成しに満足したのか、早く帰ろうと言い出す者もなく、夜遅くまで祝いの宴は続いた。宴がお開きになると、各自、用意されていた部屋に案内されて、泊めてもらう事となった。 お客を宿泊させる施設まで、グスク内にあるなんて大したものだった。王様ともなるとお客も常にやって来て、中には滞在するお客もいるのだろう。もしかしたら、島添大里グスクの 翌日の正午頃、島添大里に帰って、マチルギに華やかな婚礼の様子と、お嫁に行ったマチルーの事を話していると、侍女のナツが、ウニタキが待っていると知らせに来た。 婚礼の前にウニタキと会って、シタルーの動きを探ってくれと頼んだばかりだった。何かあったのだろうかと城下の『まるずや』に向かった。 ウニタキは久し振りに 「その歌は何の歌だ?」 「 「何があったんだ?」 「中グスク按司が殺された」 「何だと!」 「昨日、花嫁を送り出して祝いの宴が開かれた。夜遅くまで騒いでいたようだ。その夜、中グスク按司は何者かに殺された。一緒にいた側室も殺されたらしい。朝になって殺されている事に気づいて大騒ぎになったんだ。その宴に参加していたのは 「中部の按司たちが勢揃いしたわけだな」 「表向きは中部の団結のために集まったようだが、勝連按司と江洲按司は未だに口を利かんようだ。勝連按司は場の雰囲気を察して、早々と引き上げて行った。勝連按司がいなくなると緊張感も解けて、場も和んだようだ」 「伊波按司は具合でも悪いのか」とサハチは聞いた。 「そんな事はないはずだ。山田按司と安慶名按司が出席するので、若按司に行かせたのだろう」 「兄弟三人が按司とは凄いな」 伊波の若按司は長男、山田按司は次男、安慶名按司は三男だった。そして、四男のサムは島添大里に客将としている。三男のマイチが安慶名にグスクを築いて、伊波から移ったのは十年近く前の事だった。勝連按司の妹を妻に迎えたマイチは、勝連按司の勧めもあって、伊波と勝連のほぼ中間地点にグスクを築いて安慶名按司を名乗っていた。 「それで、 「多分、そうだろうが、どっちの望月党かはわからん」 「仲間はずれにされた腹いせに、勝連按司が命じたんじゃないのか」 「俺もそう思ったんだが、勝連按司の妻は中グスク按司の妹なんだ。義理の兄貴を腹いせのために殺すだろうか」 「それじゃあ、江洲按司の仕業か」 「江洲按司は北谷按司とつながっている。北谷按司は中グスクの若按司とつながっている。中グスク按司を殺す理由が見当たらない」 「勝連按司の義兄だから殺したんじゃないのか。それとも、中グスク按司が若按司の動きに反対したか」 「そうとも考えられるが、先代の勝連按司と中グスク按司は仲が良かったんだ。共に察度の娘を妻に迎えた義兄弟で、中グスク按司はよく、親父を訪ねて勝連に来ていた。親父が亡くなったあとも勝連に来て、何かと兄貴を助けていたようだが、それがうっとうしくなって殺したのかもしれんな」 「中グスク按司に何かを注意されて、それが面白くなくて殺したのか」 「どっちがやったにしろ、このままでは終わらないような気がする。やられた方がやり返すような気がするんだ」 「そうだな‥‥‥ところで、今回の縁談はどっちからの話だったんだ?」 「シタルーから中グスクに話が来たらしい。シタルーはやはり、首里のグスクを狙っているようだな。ただ、今すぐというわけではない。首里のグスクは中山王に渡して、周りの状況を整えてからだろう。多分、三年後くらいを目安にしているんじゃないのか」 「三年の計か‥‥‥首里のグスクを簡単に引き渡すとなると、シタルーは間違いなく抜け穴を作っているな」 「石屋に命じて、石垣に何か仕掛けでも作っているかもしれんぞ」 「石垣に仕掛けか‥‥‥首里のグスクを奪い取ったら、すぐにそれを調べなければならんな」 「グスクが広いから探すのも大変だぞ」 「大変だが探さなければ、安心して眠る事もできんよ」 「ファイチ(懐機)が探してくれるだろう」 「そうだな」とサハチは笑った。 「ファイチはどうしている?」 「あの女とうまくやっているようだな。去年の末にシャムから船がやって来ただろう。あの女はシャムの商人たちを屋敷に呼んで、うまく取り引きの話をまとめたらしい。多分、ファイチの指示だろう。ファイチは 「あの女が南蛮の商品を手に入れたのか」 「そのうち、ファイチから取り引きの話が来るだろう」 「それは助かる。南蛮の商品はヤマトゥでも欲しがっているからな」 「ファイチに付けた三人もかなり明国の言葉がしゃべれるようになった。 「そうか」とサハチはうなづいた。 ウニタキはまた三弦を弾き始めた。 四月の初め、サハチの長男のサグルーが、 マサンルーはヤマトゥに行くのを 「大きくなって帰って来いよ」とサハチはサグルーを送り出した。 その頃、越来按司が亡くなった。病死と公表されたが、何となく怪しかった。越来按司は中山王の 先代の北谷按司が去年の夏に病死し、先代の中グスク按司が三月に殺され、四月に越来按司が病死した。すべて、望月党の仕業のような気がするが、真相は不明だった。 梅雨の最中の五月の初め、サハチはウニタキに呼ばれた。雨が小降りになるのを待って、『まるずや』に向かった。 ウニタキは三弦を弾いていなかった。縁側に座り込んで雨を睨んでいた。 サハチが隣りに座っても何も言わずに雨を睨んでいたが、急にサハチを見ると、「わからん」とウニタキは言った。 「何がわからんのだ?」とサハチは聞いた。 「弟の望月グルーが殺された」 「何だと!」 サハチはウニタキの顔を見つめた。まったく予想外な事だった。 「江洲のガマ(洞穴)が襲撃されて、グルーの一味は皆殺しにされた。お頭のグルーも殺されたんだ」 「望月サンルーがグルーの本拠地を突き止めたのか」 「そのようだな」 「いつの事だ?」 「昨日の大雨の時らしい。大雨が上がったあと、ガマの前でクンチャー( 「望月党の争いも、とうとう、けりが付いたか‥‥‥」 「結局、兄貴のお頭が勝ったようだ」 「すると、グルーと組んでいた江洲按司も殺されるな」 「多分な。しかし、おかしい。あのガマはずっと見張っていたんだが、サンルーの一味が近づいた様子はないという」 「裏切り者が出たのかな」 「わからん」とウニタキはまた雨を睨んだ。 六月になって、勝連按司が亡くなった。病死と公表された。ヤマトゥ渡りの奇病に罹って、妻も若按司夫婦も亡くなったという。信じられるわけがなかった。望月党の仕業に違いない。若按司の妻は武寧の娘だった。武寧の娘がまた、望月党に殺された。しかし、江洲按司ではなく、勝連按司が殺されるというのはどういう事なのだろう。江洲按司と組んでいたグルーが殺され、サンルーと組んでいた勝連按司が殺された。一体、何が起こって、こうなったのか、さっぱりわからなかった。 亡くなった勝連按司に代わって、弟の江洲按司が勝連按司に納まり、末っ子の四男のシワカー(四若)が江洲按司となった。 それから半月後、マチルギが四女を産んだ。マチルギの祖母の名前をもらってマカトゥダル(真加戸樽)と名付けられた。マチルギの祖母は今帰仁按司の妻で、按司と一緒に 娘の誕生を喜んでいた時、ウニタキから連絡が入った。 『まるずや』で三弦を弾いていたウニタキの顔は、久し振りに明るかった。 「久高島に行って来たのか」とサハチが聞くと、ウニタキは嬉しそうな顔をして、「ようやく、すべてが終わったよ」と言った。 サハチには何が終わったのかわからなかった。 「『望月党』は壊滅した。殺された妻と娘の 「何だって! 望月サンルーを 「一味は皆殺しにしてやった」 サハチはウニタキの顔をじっと見つめた。 「何人か怪我をした者を出してしまったが、幸いに戦死した者はいない。ようやく、一つの仕事が終わった」とウニタキは言って、三弦を鳴らした。 「そうか‥‥‥とうとう、敵を討ったか」 「グルーがいなくなったから、以前の隠れ家に戻って来るに違いないと、ずっと見張らせていたんだ。思った通りに奴らは戻って来た。宿敵を倒したので、すっかり安心して祝杯を上げていたよ。俺は『 「そうか‥‥‥おめでとう。それにしても、無事でよかった。浦添の侍女のナーサには話したのか」 「ああ、喜んでくれたよ」 「そうか。中山王の娘が勝連で病死した事になっているが、中山王は不審に思わなかったのか」 「ナーサは中山王には望月党の事は話さないと言っていた。娘の敵も討ったし、そろそろ、侍女を引退するかとも言っていた」 「ナーサを仲間に加える事はできないのか。ナーサなら浦添グスクの隅から隅まで知っているだろう」 「ナーサに正体をばらすのか」 サハチは首を振った。 「危険すぎるな。やめておこう」 「いや。そうとも言えない。ナーサは中山王を恨んでいる所もあるんだ。ムトゥから聞いたんだが、ナーサを抱いたのは中山王だけではないんだ。さすがに、親父の察度は惑わされなかったようだが、三人の弟、越来按司、 「四人の兄弟と若按司に抱かれたとは凄いな」 「若按司の時はもう四十になっていただろう。母親よりも年上だ。年齢なんか関係なく、魅力的だったのだろう。 「そうか。うまくやってくれ‥‥‥望月ヌルには言ったのか」 「言った。グルーの敵を討ったんだが、兄が二人ともいなくなって叔母も殺され、独りぼっちになってしまった。寂しそうだが、イブキが付いているから大丈夫だろう」 「一仕事を終えたんだ。久高島に行って、のんびりして来いよ」 ウニタキは笑って、うなづいた。 勝連の騒動は、それで終わりではなかった。 七月の初め、勝連按司と側室、若按司の三人が先代の按司と同じように、ヤマトゥ渡りの奇妙な病で亡くなった。『望月党』はすでにいないので、北谷按司の仕業かもしれなかった。若按司の妻は北谷按司の娘で、生き残っていた。そして、新たに勝連按司になったのは、江洲按司だった四男のシワカーで、シワカーの妻は北谷按司の妹だった。北谷按司は義父の江洲按司の敵を討って、妹婿を勝連按司にしたようだ。 勝連按司が奇病によって倒れ、次々に代わるので、世間では勝連グスクはマジムン(魔物)に呪われていると噂されていた。 |
島尻大里グスク
勝連グスク