沖縄の酔雲庵


尚巴志伝

井野酔雲







伊波按司




 北谷按司(ちゃたんあじ)の義父、江洲按司(いーしあじ)(かたき)だった長男の勝連按司(かちりんあじ)と次男の江洲按司がいなくなって、北谷按司の妹婿である四男のシワカー(四若)が勝連按司に納まった。すべて、北谷按司の思惑通りになっていた。

 江洲按司と組んでいた北谷按司は、『望月党(もちづきとう)』が分裂して、望月グルー(五郎)と江洲按司がつながっている事を知っていた。そして、江洲按司がグルーを裏切って、グルーの隠れ家を望月サンルー(三郎)に教え、その見返りに勝連按司の暗殺を頼んだ事も知っていた。長男が亡くなって、次男の江洲按司が勝連按司に納まり、妹婿のシワカーは江洲按司になった。

 北谷按司の次の標的は勝連按司になった次男だったが、望月党がいる限り迂闊な行動に出るわけにはいかなかった。ところが、次男が勝連按司になってから半月後、望月サンルーからの連絡が絶えた。勝連按司もサンルーの隠れ家を聞いていなかったので、調べる事もできなかった。何が起こったのかわからないが、望月党は消えてしまったようだった。不気味な望月党が消えた事を北谷按司は神に感謝した。そして、勝連按司の若按司の妻になっている長女の手引きで、刺客(しかく)を勝連グスクに潜入させて、勝連按司と若按司を殺し、妹婿のシワカーを勝連按司にしたのだった。

 北谷按司は得意になって、中グスク按司と越来按司(ぐいくあじ)を連れて、勝連グスクに出入りしていた。中グスク按司と越来按司の妻も北谷按司の妹だった。四人の按司は、北谷按司を中心に強い絆で結ばれた。勝連が呪われているという噂に対しては、勝連ヌルだけでなく、北谷ヌル、中グスクヌル、越来ヌルもやって来て、四人のヌルによって、マジムン(魔物)退治の祈祷が盛大に行なわれた。

 勝連の事が様々な噂になって飛び交っていた七月の下旬、久し振りに大きな台風がやって来た。その二日前、佐敷ヌルと馬天ヌルによって、台風の事を知らされたサハチ(島添大里按司)は、領内に警戒態勢を取らせた。

 強風は夜明け前から吹き始め、豪雨を伴って、一日中荒れ狂った。一歩も外に出られない状況が続き、雨戸を閉め切って、真っ暗になった屋敷の中に閉じ込められた。

 山の上にある島添大里(しましいうふざとぅ)グスクは強風をまともに受けたが、頑丈に作られた屋敷はびくともしなかった。雨戸の隙間から吹き込む雨で、廊下はびっしょりになっても、屋根が吹き飛んだり、石垣が崩れたりする事もなかった。

 夕方には風も雨も弱まって来た。しかし、まだ、外に出るのは危険だった。夜が明ける頃には風も雨もやんでいた。サハチは家臣たちに命じて、領内の被害状況を調べさせた。

 女子(いなぐ)サムレーたちと一緒に、サハチはグスク内を見回った。大した被害はなかった。東曲輪(あがりくるわ)に立っている物見櫓(ものみやぐら)も無事だった。今さらながら、汪英紫(おーえーじ)(先々代島添大里按司)の手抜かりのなさに感心した。

 台風一過のいい天気になったその日、全員総出で復旧作業に従事した。島添大里の城下は大丈夫だった。佐敷グスクも、平田グスクも、それ程の被害はなかった。与那原(ゆなばる)の港と馬天浜(ばてぃんはま)の海辺の近くの家が、何軒か被害を受けていたが、思っていたほどの被害ではなかった。それでも、農作物は全滅に近かった。佐敷グスクにいた頃と違って、領内も広くなり、領民を飢饉(ききん)から救うのは大変だが、按司として、やらなければならなかった。

 その夜、ウニタキ(三星大親)が島添大里グスクにやって来た。サムレーの格好で来たウニタキは、一階の会所(かいしょ)で待っていた。ウニタキがサムレーの格好で現れるのは正月だけだった。今頃、何で、そんな格好で現れたのか、サハチにはわからなかった。

久高島(くだかじま)から帰って来たのか」とサハチは言いながら、ウニタキの前に座った。

「台風が来るから、その前に帰れと言われてな。台風の時は城下の屋敷にいたんだ」

「何だ、そうだったのか」

「各地の状況を調べて来た。ここが大した事なかったんで、大丈夫だろうと思ったんだが、大違いだった。あちこちで物凄い被害が出ている」

「そんなにひどいのか」

「まず、首里(すい)グスクの石垣がかなり崩れている」

「なに、首里の石垣が崩れたのか‥‥‥」

「多分、冊封(さっぷー)の儀式に間に合わせるために、手抜き工事をやったんだろう」

「そうか‥‥‥奪い取る前にわかってよかったな」

「まあ、そうとも言えるな。あれを直すのは容易な事ではないからな」

「すると、完成するのもずれ込むな」

「ああ、かなりひどいからな。今年中に完成させる予定だったようだが、間違いなく来年にずれ込むだろう」

「シタルー(山南王)は手抜きに気づかなかったのか」

「あれだけ大きなグスクだ。すべてに目が届くわけにはいくまい」

「そうか‥‥‥これで、中山王(ちゅうざんおう)(武寧)とシタルーの仲は益々、溝が深くなりそうだな」

「中山王は怒り狂うだろう。溝が深まるどころではなく、真っ二つに割れるかもしれんぞ。それと、シタルーの所もかなりの被害が出ている。糸満(いちまん)の海辺の家は全滅状態だ。船もかなり流されたようだ」

「そんなにもひどいのか。進貢船(しんくんしん)は大丈夫だったのか」

「それは国場川(くくばがー)に入っていて無事だった」

「そいつはよかった」

「勝連もひどい状況だ。船は流され、海辺の家もやられている。『勝連の呪い』はまだ解けていなかったようだな」

「北谷はどうなんだ?」

「北谷はそれ程でもないが、中グスクもかなりやられている」

「そうか‥‥‥どこかで飢饉(ききん)になりそうだな」

「それでも豊作が続いていたから、按司たちの米倉には米はたっぷりあるはずだ。それを使えば飢饉など起こらんが、出し惜しみする奴もいるからな。どこかで飢える人たちが出るだろう。ヒューガ(三好日向)殿の出番だな」

「飢えた人たちから子供を買い取るのか」

「飢え死にするより増しだろう」

「まあな。とにかく、親父に知らせてくれ。来年になりそうだとな」

「わかっている」

「久高島の娘はどうだった?」

 ウニタキは顔を崩して、「可愛かったよ」と嬉しそうに言った。

「今年は俺たちも行けなかった。随分と大きくなっていただろう」

「ああ、驚いたよ。俺の顔を見るなり『お(とう)』と言って飛びついて来た」

 ウニタキの幸せそうな顔を見ながら、サハチは奥間(うくま)ヌルが産んだ娘の事を思っていた。奥間ヌルにも娘にも会いたかった。

 首里グスクの石垣の崩壊は、中山王の武寧(ぶねい)を激怒させた。山南王(さんなんおう)のシタルーを直接に怒る事はなかったが、普請奉行(ふしんぶぎょう)は交替させられた。崩れた石垣を担当していた石屋は牢獄(ろうごく)に入れられ、石屋の指示に従っただけの人足(にんそく)までが牢獄に入れられた。幸いに、ウニタキの配下で人足になっていた者は関係していなかった。

 今年中に完成させて、来年の正月は、首里グスクで盛大に新年を祝おうと武寧は楽しみにしていた。その計画は、手抜き工事のお陰でぶちこわしとなった。余程、腹に据えかねたとみえて、手抜き工事に関係していた者たちは、去勢(きょせい)して明国(みんこく)(中国)に送ると言ったという。

 明国では、去勢された男たちが『宦官(かんがん)』と呼ばれて宮廷に仕えていた。武寧は明国の皇帝のために、宦官を贈れば喜ばれるだろうと思った。冊封使(さっぷーし)たちは、武寧よりもシタルーと親しくしていた。きっと、永楽帝(えいらくてい)にシタルーの事ばかり言うに違いない。武寧の存在を示すためにも、宦官を贈るのはいい考えだと自分の思いつきに満足していた。実際は裏目に出て、永楽帝の怒りを買う事になるのだが、武寧がそれを知る事はなかった。

 シタルーは台風の被害対策に大わらわだった。糸満の港は壊れた船の破片で埋まり、海辺の家々は皆、潰れていた。被災者たちのために炊き出しを行ない、家臣たち総出で、港の復旧と倒壊した家屋の片付けに従事した。

 島添大里では九月の半ばには復旧作業も終了して、以前の生活に戻っていた。ようやく、一安心していた頃、伊波(いーふぁ)から使者がやって来た。

 伊波按司が危篤(きとく)だという。

 マチルギは突然の事に驚き、言葉も出ないようだった。正月に挨拶に行った時は元気にお酒を飲んでいたのに、急に危篤だなんて、サハチにも信じられなかった。

 サハチ夫婦、サム夫婦、そして、クマヌ(熊野大親)も一緒に馬に乗って伊波へと急いだ。

 間に合わなかった。着いた時には伊波按司は亡くなっていた。

 マチルギは父の亡骸(なきがら)にすがりついて泣いていた。

 突然の事だったという。朝、いつものように、弓矢の稽古をしていて倒れたらしい。若按司(チューマチ)の次男が倒れているのを見つけて、慌てて屋敷に運び入れた。意識はあったが、話をする事はできなかった。何か言いたそうに口を動かすのだが言葉にならず、何を言っているのかわからなかった。そして、半時(はんとき)(一時間)程前に息を引き取ってしまったという。

「あまりにも突然すぎたのう」と離れに行って休んでいる時、クマヌが言った。

「まさか、こんなにも早く亡くなってしまうなんて思ってもいなかった」とサハチは顔を上げてクマヌを見た。

「伊波按司と出会ったのはもう三十年近くも前じゃった」

 クマヌは目を細めて、外を眺めながら昔を思い出しているようだった。

「あの頃はお互いに若かった。わしが浜辺で海を眺めていたら、馬に乗ったサムレーがやって来たんじゃ。わしの近くで止まると馬から降りて、声を掛けて来た。ヤマトゥ(日本)から来られたのかとな。それが縁じゃった。ここに呼ばれて一緒に酒を飲み、意気投合して、しばらく、お世話になった。伊波按司は十八の時に、今帰仁(なきじん)グスクを羽地按司(はにじあじ)(帕尼芝)に攻められて、十五歳の弟と一緒に伊波まで逃げて来たんじゃ。山の中に隠れていたらしい。伊波大主(いーふぁうふぬし)に助けられて、伊波大主の娘を嫁に迎えて伊波按司となったんじゃ。弟は山田按司となって、今帰仁合戦の時に見事に(かたき)を討った。今帰仁で戦死した山田按司のためにも、今帰仁グスクを取り戻したかったじゃろうのう」

「必ず、取り戻します」とサハチは、亡くなった伊波按司に誓うように言った。

 クマヌはサハチを見つめながら、うなづいた。

「考えてみたら、わしと伊波按司が会わなければ、按司様(あじぬめー)奥方様(うなじゃら)の出会いもなかったわけじゃのう」

「そうですね。マチルギと出会わなければ、どうなっていたのだろう‥‥‥でも、それ以前に、クマヌが琉球に来なかったら、俺の生き方も変わっていたと思いますよ。旅にも出なかっただろうし、今頃はどうなっていたのかわかりませんよ」

「そうか‥‥‥わしも按司様に会わなければ、こんなにも長く、琉球にいなかったかもしれんのう」

「いつの日か、ヤマトゥに帰るつもりなのですか」とサハチは聞いてみた。

 クマヌがヤマトゥに帰ってしまうなんて考えてもいなかったが、クマヌもすでに六十歳になっていた。亡くなる前にヤマトゥに帰りたいと思っているのだろうか。

「いや」とクマヌは否定した。

「孫もいるしな。なによりも、按司様が夢をかなえる時を、この目で見たいからのう」

「約束ですよ。俺の夢がかなうまで、そばにいて下さいよ」

 マチルギが目を真っ赤に腫らしてやって来た。

「大丈夫か」とサハチはマチルギに言った。

 マチルギは無理に笑ってうなづいた。そして、縁側に座ると庭を眺めた。

 サハチはマチルギの隣りに行って、何も言わずに庭を眺めた。名前は知らないが、綺麗な白い花が咲いていた。

「正月に来た時、お父さんが言ったの」とマチルギが言った。

「滅多に会えないから、今のうちに言っておくってね。わしは息子たちに『必ず(かたき)を討て』と言って、武芸を仕込んだ。まさか、娘のお前が武芸に熱中するとは思わなかった。お前が武芸に熱中して、強くなっていくのを見て、嬉しくもあり、心配でもあった。お嫁にも行かずに、敵討ちだけの事を思って、一生を棒に振ってしまうのではないかと心配だった。でも、お前はサハチと出会って、サハチと一緒になった。お前の幸せそうな顔を見ると、本当によかったと思っている。もう、敵討ちの事はいい。兄貴たちに任せて、お前はサハチのために生きるんじゃ。そう言ったのよ。まさか、その言葉が最期になるなんて‥‥‥」

 気を利かせたのか、クマヌの姿はなかった。サハチはマチルギを抱き寄せた。マチルギはサハチの胸の中で、声を殺して泣いていた。

 盛大な葬儀が行なわれた。城下の人たちは皆、伊波按司の死を悲しんでいた。越来按司、勝連按司、北谷按司、宇座按司(うーじゃあじ)が家臣の者を代理として送って来た。越来按司はマチルギの弟のムタ(武太)の義兄で、勝連按司は三男の安慶名按司(あぎなーあじ)の義弟、北谷按司はお嫁に行ったマチルギの妹のウトゥ(乙)の義兄で、宇座按司は次男の山田按司の義兄だった。

 葬儀が終わって帰る時、マチルギは姉の伊波ヌルと仲直りしたと嬉しそうに言った。

「馬天ヌルの叔母さんのお陰なのよ」

「叔母さんは伊波ヌルにも会っていたんだな」

「叔母さんがあたしの事を褒めてくれたみたい。お姉さんとはずっと話をしていなくて、久し振りに話をしたわ。女のくせに武芸に励むなんて馬鹿みたいって、ずっと、あたしを馬鹿にしていたの。佐敷にお嫁に行った時も、南部の小さな按司の所に、お嫁に行くなんて、どうかしているって思っていたのよ。でも、叔母さんからあたしの事を聞いて、少し見直してくれたみたい。そして、あたしが島添大里按司の妻になってから、あたしの生き方は正しかったってわかったみたい。お父さんが佐敷に嫁ぐ事を許した意味も、よくわかったって言っていたわ」

「そうか。仲直りできてよかったな」

「お姉さん、張り切って、跡継ぎの若ヌルと安慶名ヌルの教育をしているのよ」

「葬儀の時、伊波ヌルを手伝っていた二人の娘だな。若ヌルというのはお姉さんの娘なのか」

「いいえ。お姉さんには『マレビト神様』は現れなかったみたい。チューマチ兄さんの娘よ。小さい頃からシジ(霊力)が強い娘なんだって。今、十三だけど、立派なヌルに育てるって言っていたわ」

「そうか」

「それと、トゥク兄さん(山田按司)から聞いたんだけど、次男のマウシ(真牛)は本当に先代の生まれ変わりのようだって言っていたわ。毎日、山の中を走り回って、剣術のお稽古に励んでいるそうよ」

「うちの次男と同い年だったな。ジルムイも負けてはおれんな」

 サムは兄たちと相談して、正式にサハチの家臣になる事に決めていた。いつまでも、中途半端な客将(かくしょう)という立場ではいられない。伊波に戻るか、佐敷に残るか、ヤマトゥ旅の間、ずっと考えていた。佐敷に残ると自分では答えを出していたが、言い出すきっかけがつかめなかった。父親が亡くなった、この機に、兄たちにはっきりと言った。兄たちは、南部で頑張れと励ましてくれた。サムは『伊波大親(いーふぁうふや)』を名乗って、サハチの重臣の一人になった。

 葬儀から帰った次の日、ウニタキから呼ばれた。城下の『まるずや』の裏の屋敷に行くと、ウニタキの姿はなかった。

「おい、ここだ」と上から声がした。

 屋根の上を見上げると、ウニタキがいた。

「そんな所で何をやっているんだ?」

「雨漏りがするらしい。台風の時は大丈夫だったのに、おかしいと思って調べているんだ」

「そんなの屋根屋にやらせればいいだろう」

「そう思ったんだが、腕のいい職人はみんな、首里に行っているらしい」

「なに、ここの職人も首里に行っているのか」

「銭払いがいいらしいぞ」

「余程、急いでいるようだな。今年中に仕上げるつもりなのか」

「それは無理だろう」と言って、ウニタキの姿は消えた。

 しばらくして、裏から現れた。

「直ったのか」とサハチが聞くと、ウニタキは首を振った。

「駄目だ。わからん。伊波はどうだった?」

 サハチは首を振った。

「間に合わなかった」

「そうだったのか‥‥‥亡くなるには、まだ早すぎたな」

「六十二だった」

 ウニタキは何も言わなかった。

「何かあったのか」とサハチは聞いた。

八重瀬按司(えーじあじ)(タブチ)が動き始めた。中山王との婚約が決まったようだ。八重瀬按司の娘が中山王の四男に嫁ぐそうだ」

糸数(いちかじ)上間按司(うぃーまあじ)の仲立ちか」

「そうた。タブチとしては、もっと早くしたかったんだろうが、娘の年齢(とし)が若過ぎた。ようやく十四になり、来年、十五になったら婚礼だ」

「婚礼はいつなんだ?」

「正月の半ばだ」

「首里のグスクが完成するのもその辺りか」

「多分な」

「上間グスクなんだが、今、誰がいるんだ?」

「上間按司の弟だよ。大工だった弟が、糸数攻めの活躍で中山王の家臣となって、そこを守っている。まだ、按司にはなっていないようだ。糸数之子(いちかじぬしぃ)と名乗って、武将としてグスクを守っている」

「兵力は?」

「五十といった所だろう」

「そうか。首里を攻めるのに邪魔だな。できれば、首里を攻める前に潰しておきたい」

「誰かが攻めて来るなんて思っていないだろうから、それほど厳重な守りではない。すぐに落とせるだろう」

「ただ、敵を逃がすと中山王に知られるからな。殺すか、捕まえるかしなくてはならない。いや、上間按司の弟を殺すのは、あとの事を考えるとうまくないな」

「大丈夫だろう。何とかなる」

「それで、タブチだが、婚礼が終わった後、山南王を攻めるつもりなのか」

「多分、そうだろう。中山王としても、石垣の失態があったからな、グスクが完成すれば、シタルーには用はない。早いうちに片付けるはずだ」

「すると、引っ越しはどうなる? (いくさ)が終わった後になるのか」

「簡単にけりが付くと思っているのかもしれんな」

「タブチは島尻大里(しまじりうふざとぅ)グスク内に内通者を作ったのかな」

「シタルーは首里のグスクを作るために留守にする事が多い。山南王ともあろう者が、中山王のために、あれ程までやる必要はないと思っている重臣がかなりいる。密かに、タブチと手を組んだ奴がいたとしても不思議はないな。それと、ヌルも怪しいぞ」

「島尻大里のヌルが怪しいのか」

「今の島尻大里ヌルは、ここにいたシタルーの妹のウミカナだ」

「馬天ヌルが許したヌルだな」

「そうだ。先代の島尻大里ヌルはシタルーの従妹(いとこ)で、シタルーが山南王になった時にウミカナに譲って『慶留(ぎる)ヌル』になっている。慶留ヌルはタブチの従妹でもあるわけだから、タブチがうまい事を言って味方に付ける可能性はある」

「内通者がいれば、島尻大里グスクはすぐに落ちるな」

「シタルーも馬鹿じゃないからな。タブチの思い通りにはならないだろう。ただ、兵糧が問題だな。台風の炊き出しで、かなり消費しているはずだ。一月分あるかどうかといった所だろう」

「一月か‥‥‥一月、足止めできれば充分だろう。ところで、勝連はどうする?」

「どうするとは?」とウニタキは怪訝な顔をしてサハチを見た。

「お前の兄貴がいたから、勝連グスクを攻め落とすつもりだったが、兄貴は二人とも死んだ。按司になったのはお前の弟だろう」

「弟と言っても、俺はほとんど知らんのだ。奴は長兄と次兄と同じように正妻の倅だから一の曲輪の屋敷で育った。親父が亡くなった時は九歳だった。俺が殺された時は十四で、まだ、一の曲輪で暮らしていた。その後、何をしていたのかは知らんが、奴はどうしようもない長兄を見ながら育ったのだろう。そんな奴が按司になったら、いつかは滅ぼされる。早いうちに滅ぼした方がいい」

「そうか。お前が勝連按司になるか」

「いや、俺にはまだやる事があるからな。按司にはならんよ」

「家族の敵は討ったのに、まだやる事があるのか」

 ウニタキはニヤニヤして、「お前の夢を見届けなくてはなるまい。腰を落ち着けるには、まだ早すぎる」と言った。

「最後まで、付き合ってくれるのか」

「そのために『三星党(みちぶしとう)』を作ったんだよ」

「ありがとう。そうしてもらえると助かる」

「お礼を言うのは、成し遂げてからでいい」

 サハチはウニタキの顔を見ながら笑った。

 坊主頭の髪が伸びていた。『望月党』が消えたので、ようやく、髪を伸ばす事にしたようだった。





島添大里グスク



伊波グスク




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