首里グスク完成
正月二十五日、 玉グスクに使者を送ると、使者は戻って来て、すぐに、玉グスクに来るようにと伝えた。 サハチ(島添大里按司)は 「 サハチは今日のために、二日前から食事を絶っていた。 「いや、大丈夫だ」とサハチは無理に笑って見せた。 玉グスクには 「どうして、今、八重瀬按司は山南王を倒そうとするのじゃ。意味がわからん。そなた、何か聞いておらんのか」と 「この前の婚礼の時、話は聞きました」とサハチは力のない声で答えた。 「やはり、そうじゃったか。そなたが一番、山南王とのつながりが強いからのう。それで、どうして急に攻めるのか聞いたのか」 「八重瀬按司が言うには、前回の 「勝手じゃのう」と玉グスク按司が言った。 「山南王を決めるのは中山王じゃという言いぐさじゃな。かといって、中山王には逆らえんからのう。八重瀬按司の使者が来るのとほぼ同じ頃、中山王からの使者が来た。八重瀬按司を支持してくれとの事じゃ。長男が健在なのに、次男が山南王を継いでいるというのは戦乱の元となる。 「何と、前回と同じ規模の戦が始まるのか」と知念按司は驚いた顔をして、按司たちの顔を見回した。 「やれやれ、まいったのう」と言った顔をして、皆が首を振った。 「そなたはもっと詳しい事を知っているのではないのか」と 「首里グスクの事だけではないのです」と糸数按司は言った。 「 「わしらに縁のない所で、そんな事があったのか。そいつは中山王が怒るのも無理ないのう」 「いくら大軍で攻めたとしても、 「中山王が言うには、山南王はまったくといっていい程、今回の戦には気づいていないそうです。去年の台風で、 「一月で片が付くのか」と知念按司が聞いた。 「多分」と糸数按司はうなづいた。 「わしの所も兵糧に余裕はない。前回のように二か月もやってはおれん」と知念按司が怒った顔で言った。 「島添大里殿、顔色が悪いぞ」と垣花按司がサハチに言った。 「いえ、大丈夫です。ただ、 「そうか。そなたの妹は豊見グスク按司に嫁いだんじゃったな。まったく、突然に、こんな事になるとはのう」 各自、戦の準備をして、二月十一日の朝、糸数グスクに集合するという事に決まった。 サハチは島添大里グスクに戻ると、とにかく腹拵えをして、『まるずや』に向かった。 『まるずや』の裏の屋敷には、父(前佐敷按司)とクマヌ(熊野大親)とウニタキ(三星大親)とヤキチ(奥間大親)が待っていた。ウニタキの配下の者が作った首里グスクの見取り図を見ていたようだった。 「出撃は二月十一日です」とサハチは言いながら四人の中に加わった。 「十一日と言えば、首里グスクの完成の儀式の翌日か」と父が言った。 「中山王はシタルーをさっさと片付けたいようです。マサンルー(佐敷大親)に百人を率いさせて出陣させます」 「どこを攻めるのかはわからんのじゃな?」とクマヌが聞いた。 「ええ、まだ、わかりません」 「 「危険を察したら隙を見て逃げ出すしかないな。キラマ(慶良間)の連中から足の速い奴を選んで行かせればいい。暗い夜道を歩く訓練も積んでいるから、夜のうちに撤収する事もできるじゃろう」と父が言った。 「夜のうちに百人が消えるというのは面白いのう」とクマヌが笑った。 「中山王は中部の按司たちにも出陣命令を出したのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「出したようだ。使者が各地に散って行った」 「その使者は、中グスク、 「前回と同じじゃな。中山王は中部の按司たちを引き連れて、島尻大里を包囲するようじゃのう」と父は言ってから、ヤキチを見て、「 「中山王は 「そうか。その方が、こっちもやりやすい」 「中グスクは山南王と同盟したが、出陣の事を山南王に知らせたりしないかのう」とクマヌが心配した。 「中グスクから島尻大里へ向かった者はおりました」とヤキチが言った。 「なに、本当か」 「はい。しかし、それは山南王に知らせるためではなく、島尻大里グスクを落とすためではないかと思われます。中グスクと山南王の婚礼は、中山王の許可のもとに行なわれております。今回の戦を前提として、中グスク按司の娘を島尻大里グスクに入れたのかもしれません」 「その娘を利用して、グスクを落とすつもりなのか」 「娘と一緒に護衛の兵も入っておりますので」 「中山王も短期決戦するつもりじゃな」と父が言った。 「その前に、首里のグスクを奪い取ってしまえば、島尻大里も大丈夫でしょう」とサハチは言って、四人の顔を見た。 「十一日に中部の按司たちは浦添に集まって、島尻大里に向けて出陣します。そいつらが島尻大里に到着する頃を見計らって、首里グスクを奪い取ります。そして、その夜、浦添グスクを焼き討ちにします。浦添グスクから逃げた者たちによって、浦添の事が中山王に知らされ、十二日の正午頃には中山王の兵が首里に攻めて来ると思います。中部の按司たちの兵も一緒でしょうから、七、八百の兵が攻めて来るでしょう。それを首里の兵と、隠しておいた 「いくつも 「この辺りか」と首里グスクの南側を指さしたが、「実際に見てみない事にはわからんのう」と言った。 「まだ、戦には間がある。 「わしも一緒に行こう」とクマヌが言った。 「 「何だ?」とサハチは絵地図から顔を上げてヤキチを見た。 「 「サタルーをか」 「はい。わしが指揮を執るよりも、若様の方が サハチは父を見た。 「サタルーはいくつになったんじゃ?」と父はサハチに聞いた。 「二十歳になったはずです」 「そうか。ヤキチが補佐をしてくれれば大丈夫じゃろう」 サハチはうなづいて、ヤキチにサタルーを呼ぶように頼んだ。 次の日、父は東行法師になって、山伏姿のクマヌと一緒に首里周辺の偵察に出掛けた。 サタルーは四日後に奥間からやって来た。ヤキチの サタルーと会うのは二年振りだった。二年間、厳しい修行を積んだとみえて、二年前よりもがっしりとしていた。顔付きも引き締まっていて、奥間を背負っているという自負心が感じられた。そんなサタルーを見て、サハチは嬉しかった。サタルーが、サハチの長男だという事を改めて実感していた。 中グスク、越来グスク、勝連グスクを攻め落とすため、三人で綿密な打ち合わせをした。 「親父、任せてくれ」とサタルーは張り切って、ヤキチと一緒に中グスクへと向かって行った。 二月五日、島添大里グスクの 侍女のナツが来て、ウニタキが待っていると知らせてきた。屋敷の外で見るナツは、何となく、いつもと違って輝いているように見えた。サハチがナツの顔を見ていると、「どうかなさいましたか」とナツが聞いた。 「いや、今さら言うのもなんだが、そなたと前に会ったような気がしたんだ」 ナツは楽しそうに笑った。 ナツの笑顔を見たのも初めてのような気がした。 「 「マカマドゥとか」 「マカマドゥ様と御一緒に知念に行こうとも思いましたが、『 「そうだったのか。ありがとう」 ナツと一緒に屋敷に戻ると、サハチは着替えて、『まるずや』に向かった。 ウニタキは 「何かあったのか」と聞きながら、サハチは火鉢の側に座った。 「首里グスクは正月一杯で完成した。 「そうか。人足たちは何人くらいいるんだ?」 「仕上げの段階で、大分、減ってはいるんだが、まだ、二百人は残っているだろう」 「邪魔だな」 「人足を指図している役人もいるからな、片付けなくてはならない。そいつらは俺に任せてくれ」 「頼むぞ。グスクは完成しても、城下はまだ何もないんだな。城下の普請を引き継ぐとなると、莫大な費用が必要になるな」 「なに、中山王が溜め込んだ財宝がある。それを使えば何でもない」 「どこにあるのかわかっているのか」 「浦添グスク内にある蔵と浮島(那覇)にある蔵だ。すべて、いただく」 「浦添を焼き討ちにしたあと、運び出す事ができるのか」 「その時の状況次第だな。夜のうちにできなくても、夜が明けたら、浦添の家臣に扮して首里に運び込む」 「そうか、うまくやってくれ。人出が足らなければ首里の兵を使えばいい」 ウニタキはうなづいたあと、「中山王が引っ越しを始めたぞ」と言った。 「何だと? 中山王が首里に移ったのか」 「そうなんだ。まったく驚いたよ。二、三日前からグスクに荷物を少しづつ運び込んではいたんだが、移るとは思わなかった。昨日、中山王は側室一人と侍女六人を連れて、三十人の護衛兵と一緒に首里グスクに入ったんだ。グスク内を見学して帰るのだろうと思っていたんだが、帰る事はなかった。どうも、そのまま、そこで暮らし始めるようだ」 「中山王は出陣しないのか」 「若按司(カニムイ)に任せるようだな。完成の儀式が終わったら本格的に引っ越しを始めるようだ」 「 「いや、兵は三十人増えただけだ。武寧が首里グスクに入ったのなら、首を取る手間が省けたといえる。出陣してしまえば、厳重に守られているので、大将の首を取るのは難しいからな」 「そうだな。そうなると、首里グスクを奪い取った時点で、中山王はいなくなるという事だな」 「そうなんだ。中山王がいなくなると、南部の戦況にも影響が出るだろう」 「グスクを奪われたとしても、中山王が生きていれば、按司たちは従うだろうが、亡くなったとわかれば、若按司には従うまい」 「そうなると、どうなる?」 「中部の按司たちは本拠地に戻ろうとするんじゃないのか」 「何が起こったのかわからず、とりあえずは本拠地に戻って、グスクを守るか‥‥‥」 「それは具合が悪いな。中グスク、越来、勝連が落とし辛くなる」とサハチは言って、ウニタキを見た。 「しかし、首里に攻めて来る兵は減るぞ」とウニタキは言った。 「敵が中山王の死をいつ知るかが問題だな」 「浦添グスクが燃えて、グスクから逃げた者が浦添グスクが焼け落ちた事は知らせるが、中山王は首里にいると思っているだろう」 「首里にも知らせに行く奴がいるはずだ。そいつが、首里も落ちた事を知って、中山王の死を知るだろう」 「首里グスクが落城して、その夜に浦添グスクが炎上して、次の日の正午頃には、若按司も中山王の死を知るだろう。余程の馬鹿でない限り、若按司は中山王の死を隠して、中部の按司たちを率いて首里を攻めるはずだな」 「中部の按司たちは首里で倒した方がいいだろう。本拠地に戻ってしまえば、守りが強化されて落とせなくなってしまう」 「首里で決戦だな」とウニタキは言った。 「中グスクから勝連までは、さっさと片付けなければならない」とサハチは言った。 「中グスクで手間取ってしまうと、作戦は中止しなくてはならないだろう。時を置いてしまうと、北谷を中心に、中グスク、越来、勝連は強固に結びついて反抗するだろう。勝連が敵になってしまうと交易にも支障が出る」 「若按司が馬鹿でない事を祈るか」 サハチはうなづいて、火鉢の中の火を見つめた。顔を上げると、「首里に入った側室というのは 「いや、違う。最近入った側室だろう。若い娘だ」 「いい年をして、若い娘といちゃつくために移ったのか」 「そうかもしれんな。うるさい重臣どもは浦添だからな」 「儀式まであと五日だな。これ以上、首里の兵が増えなければいいがな」 「中山王の兵力は八百余りといった所だ。前回と同じように、若按司は三百を率いて出陣するだろう。首里に百三十、浦添に百、 「そうか、進貢船にも兵が乗っているのか」 「お宝を運んで来るんだから護衛の兵は必要だろう」 「そうだな。ところで、上間グスクはどうする?」 「放っておいてもいいんじゃないのか。グスクを守るのが精一杯で、グスクから出ては来ないだろう。糸数按司の弟だからな。そのまま上間按司になって、新しい中山王に仕えるだろう」 「わざわざ攻める事もないな」 「それと、シタルーなんだが、やはり、様子がおかしいぞ」 「どういう事だ?」 「最近、やたらと豊見グスクに行っているんだ」 「首里グスクが完成したんで、孫の顔を見に行っているんだろう」 「それだけならいいんだが、何となく気になる。それと、首里グスクの『抜け穴』の入口にあるウタキ(御嶽)だが、昨日、ヌルが拝みに来たそうだ。今まで誰も来た事がないのにおかしい」 「シタルーが確認するために、そのヌルを送ったのか」 「そうとしか考えられない」 「シタルーが首里グスクを奪い取る準備を始めたのかな」 「そうかもしれんぞ」 「シタルーよりも先に動かなくてはならんな」 シタルーの事を頼むとサハチは言って、ウニタキと別れた。 サハチが島添大里グスクに戻って、しばらくすると、父とクマヌが帰って来た。あれから毎日、首里の周辺を調べているらしい。 サハチは二人を二階に誘って、ウニタキから聞いた事を話した。 「中部の按司たちは首里で倒すべきじゃ」と父は言った。 「敵を待ち伏せする場所がいくつもある。そこで待ち伏せをして、少しづつ倒して行けばいい。首里に着く頃には半数に減っているじゃろう」 父は絵地図を広げて、待ち伏せする場所を指で示した。 「もし、中部の按司たちが本拠地に戻るような事になったら、やはり、この辺りで倒す。按司たちを本拠地に戻してはならん。あとが面倒じゃ」 次の日の夕方、八重瀬から クマヌから話を聞いて、サハチと父は顔を見合わせた。 九日と言えば、三日後で、しかも、首里グスクの完成の儀式の前日だった。一体、どうして、二日も早めたのか、理由がわからなかった。 「もしや、十一日の出陣がシタルーに知られたのか」と父が言った。 「それはありえるのう」とクマヌがうなづいた。 「シタルーが、タブチのたくらみを見抜いたのかもしれん」 「すると、シタルーは完成の儀式の日に、首里グスクを奪い取るつもりだったのですかね」とサハチは言った。 「完成の儀式をやっている最中に、首里グスクを攻めて、武寧を殺し、首里グスクを奪い取るつもりじゃったのか‥‥‥しかし、シタルーはそのあと、どうするつもりだったんじゃ?」と父が聞いた。 「首里のグスクを奪い取り、武寧が死んだ事を南部の按司たちに知らせて、浦添を攻めるつもりだったのでしょう」とサハチは言った。 「しかし、タブチは従うまい」 「首里のグスクを手に入れたシタルーは中山王になります。タブチに山南王になってもらうと言えば、タブチはシタルーに従うでしょう」 「確かにな」とクマヌがうなづいた。 「山南王を譲られれば、タブチもシタルーに同意して、浦添を攻めるに違いない」 「シタルーがそんな事を考えていたとは‥‥‥危ない所じゃったのう」と父が溜息をついた。 「シタルーに首里グスクを取られたら、奪い取るのに、あと五年は掛かったかもしれん」 「しかし、武寧はシタルーのたくらみによく気がつきましたね」とサハチが言うと、 「お互いに、相手のグスクに 次の日、東方の按司たちに使者を送って確認すると、全員のもとに八重瀬からの密使は来たようだった。。 二月八日の午後、島添大里グスクの サハチと父が二階に上がると侍女のナツが、ヒューガとファイチ(懐機)が『まるずや』で待っていると伝えた。サハチは父と一緒に『まるずや』に向かった。 ウニタキはいなかった。キラマの島からの移動は終わって、今、 ファイチはヒューガの船が浮島に来たのを知ると、ヒューガと会って一緒に来たようだ。 「 「首里攻撃と同じ日がいいだろう。明日だな」とサハチは言って、父を見た。 「五十人だけで大丈夫なのか」と父がファイチに聞いた。 「はい。大丈夫です、師匠」とファイチはうなづいた。 「そうか。よろしく頼む」 「運玉森に六百人もいて、大丈夫ですか。『マジムン屋敷』に入りきらんでしょう」とサハチはヒューガに聞いた。 「あんなに大勢の男どもが押し掛けて来て、マジムン(化け物)もたまげているようじゃ。なに、中央の土間も使えば、何とか入れる。ぎゅうぎゅう詰めじゃがのう」とヒューガは笑った。 |
玉グスク
島添大里グスク