沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







泉州の来遠駅




 何とか無事に泉州(せんしゅう)に着いたものの、すぐに上陸はできなかった。

 半島に囲まれた泉州湾に入ると、役人らしい男たちが小舟でやって来た。サングルミー(与座大親)は丁重に役人を迎えて必要書類を見せた。役人たちは尊大な態度で丹念に書類を調べて、何やら手続きのような事務をして帰って行った。役人たちが軍船のサムレー(武士)に合図を送ると、護衛の軍船も引き上げて行った。

 しばらくして、何艘もの小舟がやって来て、太い綱を進貢船(しんくんしん)につなげた。進貢船は小舟に引っ張られて広い河口へと入って行った。

「凄えなあ」とウニタキ(三星大親)がうなった。

「凄い眺めだ」と言ってサハチ(島添大里按司)はうなづいた。

 何十艘もの小舟に引かれて進貢船は川(普江(しんこう))をさかのぼって行った。川とは思えないほど川幅は広く、泥水のように濁っていた。

「どこに行くんだ?」とサハチはファイチ(懐機)に聞いた。

「泉州の港はこの先にあります。昔は泉州の街の近くまで船で行けたようですけど、だんだんと川が浅くなってしまって、この先にある港に船を泊めて、街までは川船に乗って行かなければならなくなりました」

「ファイチ、あの小舟を漕いでいる者たちも明国(みんこく)の役人なのか」とウニタキが聞いた。

「まさか」とファイチは笑った。

「あれは奴隷(ヌーリー)です」

「奴隷とは何だ?」

「琉球には奴隷はいませんが、明や朝鮮(チョソン)にはいます。奴隷は一番身分の低い者たちで、売り買いされます。あの者たちは一生、ああやって舟を漕いでいなければなりません」

「一生、舟を漕いでいるだって‥‥‥逃げられないのか」

「逃げる事は死を意味します。ただ、飛び抜けた才能があれば抜け出す事はできます。美人に生まれれば遊女屋(じゅりぬやー)に売られて遊女(じゅり)になります。一流の遊女ともなれば、偉い人の(めかけ)になって豪勢な暮らしができます」

「どこに行っても美人は大切にされるんだな」

「どこに行っても男はすけべなんですよ」

 ウニタキは笑ってから、「男は抜け出せないのか」と聞いた。

「強い男なら偉い人の私兵になって人並みな生活を送る事ができます」

「私兵とは何だ?」

「皇帝に仕える兵が官軍で、その他の者が自分の財産を守るために集める兵が私兵です」

「琉球で言えば首里(すい)の兵が官軍で、按司たちの兵が私兵という事だな」

「そういう事ですね」

「ところで、誰が奴隷なんて考えたんだ?」

「この国は何千年という歴史があります。奴隷も何千年も前からいて、奴隷の子は奴隷として生きなければなりません」

「ひどい話だな」と話を聞いていたサハチが言って、首を振った。

 奴隷たちのお陰で、進貢船は泉州の港に入った。港には大小様々な船が泊まっていた。しかし、この進貢船のような大きな船はなく、異国から来た船はいないようだった。港の向こうには広々とした草原が広がっていて、遠くの方に山々が連なって見える。港の周りにも家々はあまりなく、街のはずれといった感じだった。

 見晴らし台から船室に戻って、船を降りる準備をしていると、「まだ、降りられません」とサングルミーに言われた。

 明日、荷物の検査があって、そのあと荷物をすべて運び出し、運び終わったら、ようやく上陸できるという。

「すべて、こっちでやるのか」とサハチは聞いた。

「いや」とサングルミーは首を振った。

「船倉から荷物を出して、川船に降ろすまでが、こっちの仕事です。あとは向こうで『来遠駅(らいえんえき)』にある蔵まで運んでくれます」

「来遠駅とは何だ?」

「宿泊施設や取引所がある所です。二年前にできたばかりなので、快適に過ごせます」

「来遠駅か。浮島にある『天使館』のようなものだな」

「まあ、似たようなものです。来遠駅ができる前は決められた宿泊所もなくて、船が着いてから宿泊所を決めるので、なかなか船から降りられませんでしたよ」

「二百人が半年も滞在するんだから、宿泊所を探すのも大変だな」

「大抵は大きなお寺(うてぃら)が宿泊所になりました」

「そうだったのか」とサハチは宇座の御隠居(うーじゃぬぐいんちゅ)泰期(たち))の話を思い出した。御隠居も大きなお寺に泊まったと言っていた。

「明日、仕事のあとに歓迎の(うたげ)が開かれます。それを楽しみに頑張りましょう」とサングルミーは笑った。

 翌日、荷物の検査も、荷物の移動も無事に終わった。進貢船を守るために数人の船乗りと兵を残し、他の者たちは皆、川船に乗って泉州の街へと向かった。この川船を漕いでいるのも奴隷だという。川の流れは以外に速く、それに逆らって上流へと向かうのだから重労働だった。

 四半時(しはんとき)(三十分)ほど進むと家々が立ち並ぶ街が見えてきた。街の真ん中には高い石垣に囲まれたグスクがあった。

「明国の都はみんな、ああいう風にグスクのように高い石垣で囲まれているんです」とファイチが説明した。

「あの中に街があるのか」とサハチは聞いた。

久米村(くみむら)を大きくしたようなものですよ」

「成程。久米村は明国の都を真似して作ったのか」

 グスクはかなり大きいようだった。

「俺たちもあの中に入れるのか」

「普段は誰でも入れます。でも、何か事件が起こると門はふさがれてしまいます。身分を明かす物がないと外に出る事はできません」

「そんな物は持っていないぞ」

「これから行く『来遠駅』で発行してくれます。明国に滞在中はそれを見せれば、琉球から来た使節団の一員だとわかるので大丈夫です」

「そうか。早く、明国の都が見たいものだな」

「何だ、あれは!」とウニタキが正面を指さして叫んだ。

 ウニタキが指さす方を見ると広い川を横切っている橋が見えた。サハチは自分の目を疑った。川幅がどれだけあるのかわからないが、渡し舟がある浮島と安里の間よりは確実に広い。そんな離れた所に橋を架ける事ができるなんて、とても信じられなかった。

「あれは石で造った橋です」とファイチが説明した。

「凄えなあ」とウニタキはうなった。

 サハチはただ呆然と見つめるだけで言葉が出て来なかった。

 長い石橋の手前、右側が港のようになっていて、様々な形をした船がいくつも泊まっていた。荷物を満載にした船もいくつもあり、船で生活している人たちもいるようだった。

「ここが昔の港です」とファイチが言った。

「明国の前の大元(ダーユェン)の時は、大食(タージー)(アラビア)から来た船が何隻もいて、凄い賑わいだったそうです。洪武帝(こうぶてい)が海禁政策を取ったために、大食の商人たちは交易ができなくなって泉州から去って行きました」

「大食の商人というのはどこから来たんだ?」とサハチは聞いた。

天竺(ティェンジュ)(インド)よりももっと西の方からやって来ます」

 そう説明されてもサハチにはわからなかった。ただ、明国よりも西の方に、知らない国がいくつもあるという事はわかった。

 サハチたちが泉州に来た百年余り前、『東方見聞録(とうほうけんぶんろく)』を書いたマルコ・ポーロが泉州から故国のポルトガルに向かって船出している。六十年余り前には、モロッコの探検家イブン・バットゥータが泉州に来て、「泉州港は世界最大の港だろう。百隻近くの大型ジャンク船が泊まり、小舟に至っては数えきれるものではなかった」と言っている。六十年前に世界最大と言われた港も、土砂の流出で川底が浅くなり、さらに、洪武帝の海禁政策が追い打ちをかけて、当時の面影もすっかり消えてしまっていた。

 『来遠駅』は城壁に囲まれた街の外にあった。普江からさほど離れていない所にあり、普江から小さい川(運河)でつながっていて、そのまま船で行く事ができた。ここも石垣で囲まれていた。中は思っていたよりもかなり広く、建物がいくつも建っていた。宿泊施設も大きな二階建ての建物で、広い廊下の両側に部屋がいくつも並んでいた。

 サハチとウニタキとファイチは三人で一部屋に入って、くつろいだ。部屋は広くて綺麗で、四つの寝台と円卓と椅子があり、快適に過ごせそうだった。

 どこに行っていたのか、ウニタキが部屋に戻ってきて、「先客がいるぞ」と言った。

山南(さんなん)の者たちでしょう」とファイチが荷物を片付けながら言った。

 中山王(ちゅうざんおう)より早く、山南王が一月に進貢船を出していたのをサハチは思い出した。

「ここにいるのか」とサハチはウニタキに聞いた。

「いや、別の建物だ。使者は宇座按司の息子らしい。すでに応天府(おうてんふ)(南京)に向かったそうだ」

「そうか、宇座按司の息子が来ているのか」

「宇座の御隠居の孫だ。御隠居も孫が跡を継いで喜んでいるだろう」

「確かにな」とうなづいたあと、「港には山南の船はなかったぞ」とサハチは首を傾げた。

「きっと、どこかで修理をしているのでしょう」とファイチが言った。

「琉球に帰るまで半年近くの時がありますからね。その間に修理をして、船を長持ちさせるのです」

「修理もしてくれるのか。そいつはありがたいな」

 皇帝に貢ぎ物を献上するために応天府まで行く使者の一行二十数名を除いて、残りの者たちは帰るまでの半年間、『来遠駅』で過ごす事になる。皇帝のお客様として、滞在費は食費も含めて、すべて明国が持ってくれる。来遠駅は大勢の警備兵たちによって守られているが、外出するのは自由だった。ただし、帰国する時に欠員があってはならない。滞在中に病死した者は塩漬けにして、連れ帰らなければならなかった。

 洪武帝によって廃止された市舶司(しはくし)が、永楽帝(えいらくてい)によって四年前に復活した。市舶司というのは海上貿易を管理する役所で、寧波(にんぼー)、泉州、広州(グゥァンジョウ)の三カ所に置かれた。寧波は日本、泉州は琉球、広州は南蛮(なんばん)(東南アジア)の国々が利用するように決められ、『来遠駅』を利用するのは琉球だけなので、のちに『琉球館』と呼ばれるようになる。なお、朝鮮(チョソン)は海路ではなく陸路を使って応天府に向かった。

 憧れの明国に来たサハチとウニタキはのんびりと休む間もなく、ファイチを連れて部屋から出た。もう夕方なので遠くまでは行けないが、異国の地をもっと見たかった。とにかく、門から外に出た。門番がファイチに何事かを言い、ファイチがそれに答えた。

「日暮れ前には帰るようにと言われました」

 サハチとウニタキはうなづいた。

 門に面している通りはやけに広く、大きな石が一面に敷き詰められてあった。

「石垣の上を歩いているようだな」とウニタキが言った。

「この石畳の大通りはグスクへと続いています」とファイチが言った。

「よし、グスクに行こう」とウニタキが嬉しそうな顔をして言った。

 大通りの両側には大きな屋敷が建ち並んでいた。通りを歩いている人たちの顔付きはどことなく、明国の人たちとは違うような気がした。

「この辺りは蕃坊(ファンファン)といって、大食(タージー)の商人の子孫たちが住んでいる街です。琉球の若狭町(わかさまち)のような所です」

「言葉も違うのか」とウニタキが聞いた。

「違います。でも、ここに住んでいる人たちは何代も前から住んでいるので、明国の言葉はしゃべれます。大食の商人たちは一年近くも掛けて、明国にやって来ます。明国では手に入らない珍しい品々を持って来て、商売をして帰るのです」

「海禁になったあと、大食の商人たちはどこに行ったんだ?」とサハチは聞いた。

「多分、南蛮の国でしょう。シャム(タイ)やジャワ(インドネシア)の国は明国に朝貢(ちょうこう)しているので、明国の商品を手に入れる事ができます。直接、明国と取り引きはできませんが、明国の陶磁器や絹織物を手に入れて、本国に帰るのでしょう」

「明国の商品というのはどこの国でも欲しがるんだな」

「そうです。だから皆、命懸けで遠くからやって来るのです。明国の素晴らしさは商品だけではありません。ウニタキさんが驚いた石橋を造る技術や船を造る技術、大きな建物を造る技術、それに、絵や音楽、医術なども優れています。二人が興味がある武術も学ぶべきものがあると思います。琉球のために、明国のいい所を学んで役立てて下さい」

 サハチとウニタキは真面目な顔をして、ファイチにうなづいた。せっかく来たのだから、色々な物を見て、色々な経験をして琉球に帰ろうと思った。

 大通りを歩いて行くとグスクの石垣が見えてきた。それは途方もなく大きなグスクだった。高い石垣がずっと続いている。門も大きくて立派だった。門の上には二階建ての大きな屋敷が建っていた。

「泉州のグスクは七百年前の(タン)と呼ばれた国の時に造られたようです」とファイチが言った。

「その後、街が大きくなるにつれて拡張されて、今では石垣は三重になっています」

「石垣が三重?」とサハチは聞いた。三重の石垣というのが理解できなかった。

「最初にできたグスクの周りに新しい街ができて、その街を守るために、その街を囲む石垣ができて、さらにその周りに街ができると、それを囲むように石垣ができたのです」

「街を誰から守るんだ?」とウニタキが聞いた。

「あらゆる者からです。この国は自らを中華(ジョンファ)と呼んでいますが、何度も政権が変わっています。その度に大戦(うふいくさ)になって、大勢の犠牲者がでます。自分の街は自分で守らなくてはならないのです。それに、倭寇(わこう)もいます。海辺の街は倭寇や海賊たちからも襲われます。グスクを築いて、街の人たちを守らなくてはなりません」

「街を守るか。考える事が大きいな」とサハチは感慨深げに言った。

 琉球でいえば、首里の都全体を石垣で囲ってしまうという事だった。とても、そんな考えは思い浮かばない。グスクの中がどうなっているのか、是非、見てみたいと思った。

「もう日が暮れます。そろそろ戻りましょう」とファイチは言った。

 サハチとウニタキは門を見上げてからうなづいた。

 その夜、歓迎の宴が開かれた。案内された広い部屋に入って、まず驚いたのはあちこちに灯りがともっていて、昼間のような明るさだった事だった。見た事もない棒のような物の上で小さな火が燃えていた。

蝋燭(ラージュ)(ろうそく)です」とファイチが言った。

 そう言われても何がなんだかわからなかったが、素晴らしい物に違いなかった。

 琉球の宴席と違って細長い卓に山盛りの料理の載った大皿が並んでいて、蝋燭という物も所々にあって料理を照らしている。料理は豪華だった。長い船旅でろくな物を食べていなかったので、皆、よだれが垂れそうな顔をして料理を見つめていた。

 全員が椅子に座ると、来遠駅の館長らしい男が演説をして、通事(つうじ)が琉球言葉に訳した。琉球から来た通事ではなく、来遠駅にいる通事のようだった。つまらない演説が終わると、別の男が館内の施設の説明や注意事項を述べた。

 その男の話によると滞在中に色々な事を学べるようだった。明国の言葉は勿論の事、天文学や地理、絵画や音楽、医術や武術も学べるという。面白そうだが、サハチたちにはやるべき事があった。それを早く片付けてから、色々な事を学ぼうと思った。

 また別の男が出て来て料理の説明をして、ようやく、乾杯となった。

 乾杯のあとは、皆、料理に食らいついた。うまい料理ばかりだった。皆、満足そうな顔をしていた。料理を食べたら歓迎の宴も終わるのだろうと思っていたら、着飾った女たちが何人も現れて、歌や踊りを披露した。

妓女(ジーニュ)だ」とファイチが言った。

「ジーニュとは遊女(じゅり)の事か」とウニタキが聞いた。

 ファイチはうなづいた。

「半年も滞在するから遊びに来てくれと顔見せに来たのでしょう」

「明国の女子(いなぐ)か」とウニタキがサハチを見てニヤニヤ笑った。

「お互いに、かみさんには内緒だぞ」とサハチは言った。

「勿論さ」

「わたしも仲間に入れて下さい」とファイチが言った。

 踊りが終わると妓女たちはお酌をしに来てくれた。妓女たちの中には片言の琉球言葉がしゃべれる者もいた。琉球の女たちと比べると肌が白くて、華奢(きゃしゃ)な体つきの女が多かった。色鮮やかな透けるような薄い着物をまとって、長い髪にはキラキラ光る飾りを付けている。そして、やけに小さい足でちょこちょこ歩いている可愛い娘もいた。

 夜が更けるまで楽しい宴は続き、妓女たちは、「遊びに来てね」と琉球言葉で言って帰って行った。

 翌朝、ゆっくりと休んでいるとファイチを訪ねて来た者があった。ファイチには心当たりはないようで、一体、誰だろうと首を傾げながら部屋から出て行った。

昨夜(ゆうべ)のジーニュじゃないのか」とウニタキが寝ぼけた声で言った。

「足の小さい可愛い娘と楽しげに話をしていたからな」とサハチは言った。

「それにしても言葉が通じないというのは不便だな」

「それは言える。女も口説けないからな。確かにあの娘は初々しくて可愛かった。半年もいるんだ。ファイチから明国の言葉を習って、あの娘を口説こうぜ」

「それがいいな。あの娘の足だけど纏足(チャンズー)といって古くからの習慣らしい。幼い頃に足を縛って成長しないようにするようだ。この辺りの女たちは働き者だから、そんな事はしないけど、北部の方に行くと、女たちはみんな、足が小さくてヨチヨチ歩いているそうだ」

「へえ、そんな事をよく知ってるな」

「ファイチに聞いたに決まってるだろう。お前は部屋に戻るとすぐに鼾をかいて寝ちまったが、俺は興奮してなかなか眠れなかったんだ。ファイチも何かを考えていたらしくて起きていたんで聞いてみたんだよ」

「久し振りに女を見たんで興奮したのか」とウニタキは笑った。

「馬鹿野郎。ようやく、明国に来られたと思って興奮していたんだ」

 ファイチはなかなか戻って来なかった。

遊女屋(じゅりぬやー)まで付いて行ったのだろう」とウニタキは言って、あくびをした。

 サハチとウニタキは昨夜、宴会が行なわれた一階の広い部屋に行って朝食を食べた。食事時間は決められていて、その時間内に来れば食べる事ができた。

 昨夜は気づかなかったが、その部屋に絵地図のような物が飾ってあった。明国の言葉は漢字を使っているので、ヤマトゥ言葉の漢字を知っているサハチにもある程度は読む事はできた。

「ここが琉球だ」とサハチは指さした。

 ウニタキはうなづいて、「ここがヤマトゥだな」と日本を指さした。

「このでかいのが明国だな」

「シャムはどこだ?」とウニタキが聞いた。

 シャムを漢字で書くとどういう字になるのかサハチにもわからなかった。

 何て読むのかわからないが、色々な国がいっぱいあるようだ。地図を眺めながら、知らない国に行ってみたいとサハチもウニタキも思っていた。

 食事を済ませて部屋に戻るとファイチは帰って来ていた。

「予定変更です」とファイチは言った。

「何かあったのか」とサハチは聞いた。

「わたしに会いに来たのはメイファン(美帆)の手下でした。メイファンに大変な事が起こったようです。メイファンが帰ってみたら、屋敷は焼かれて、家族はみんな、殺されていたのです」

「海賊の大将が殺されたのか」とウニタキが驚いた顔をして聞いた。

 ファイチはうなづいた。

「父親だけでなく、母親も兄弟もみんな捕まって処刑されたようです」

「捕まったというのはどういう事だ?」とサハチは聞いた。

「裏切り者が出て、海賊を取り締まっている役人に売られたようです」

「ひどいな。それで、メイファンはどうしているんだ?」

「家族の(かたき)を討つようです」

「そうか。助けなくてはならんな」とウニタキが言ってサハチを見た。

 サハチはうなづいた。

 サングルミーに別行動を取る事を告げて、サハチはウニタキとファイチと一緒に来遠駅を出た。三人とも腰に刀を差していた。

 サハチは三尺の備前物(びぜんもの)か二尺五寸の相州物(そうしゅうもの)か迷っていたが、ファイチに相談すると、長い刀を持って行っても都に入る前に没収されてしまうかもしれないと言われた。名刀を没収されたらかなわないので、刃渡り二尺の短い刀を持って行く事にした。ウニタキは普段から短い刀を使っていた。敵地に潜入したりするのに長い刀は邪魔になるという。ファイチは普段、刀は差していないが、長旅だから必要だろうと同じような刀を持って来ていた。

 三人はメイファンの手下が待つ街中へと向かった。

 空は曇っていて肌寒かった。





泉州




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