島影に隠れた海賊船
襲撃されたのは隠れ家だけではなかった。城内にある店も何者かに襲撃され、チェンイージュン(陳依俊)の家族たちも全員、殺された。高価な絹織物は勿論の事、隠してあったと思われる財産すべても奪われた。ソンウェイ(松尾)と名乗ったヤマトゥンチュ(日本人)の仕業に違いない。あの可愛い娘も殺されたのだろうか。何も知らずに突然、殺されるなんて哀れすぎた。 城内は大騒ぎとなり、すべての門は閉ざされ、厳重に警戒された。ヂャンルーチェン(張汝謙、三姉妹の父)の残党による仕返しに違いないと人々は噂した。ただ、主人のチェンイージュンの死体が発見されず、連れ去られたのか、逃げたのかわからなかった。城内の者たちはチェンイージュンに同情するよりも、陰ながら、よくやったと喜んでいるようだという。 メイファン(美帆)たちは中洲の山の中にある隠れ家から撤収した。リンジェンフォン(林剣峰)が城内にあるチェンイージュンの屋敷の襲撃をメイファンたちの仕業にしたため、この中洲も危険だった。官軍の兵が調べに来るかもしれなかった。屋敷内の荷物は敵討ちのために集まっていた配下の者たちと共に、川船に乗せて海賊船まで運ばせた。 サハチたちと三姉妹は馬に乗って、海賊船が隠してある島の近くまで陸路で行った。山道を通ったり海辺を通ったりして、半日がかりで目的地に着いた。 そこは小さな漁師の村だった。海の方を見ると大小様々な島がいくつも見えた。あの島のどこかに海賊船を隠しているのだろう。小さな家々が立ち並ぶ中にひときわ大きな屋敷があった。 「ここが海賊としての父の隠れ家よ」とメイファンは言った。 「ここは南の隠れ家。福州の北にも隠れ家があったんだけど、官軍に襲撃されて船も奪われたわ。ここの隠れ家の事はチェンイージュンは知らなかったみたい。チェンイージュンが来てからはもっぱら北の隠れ家を使っていたから助かったわ」 屋敷は石垣で囲まれていて、福州にあった隠れ家と造りが似ていた。門をくぐって庭に入り、馬から下りると屋敷から二人の男が現れた。見るからに海賊の大将といった貫禄があった。二人の海賊は三姉妹に頭を下げて何事かを言って、メイユー(美玉)がそれに答えた。 メイファンが二人にサハチたちを紹介して、サハチたちに二人を紹介した。 「父の配下だったリュウジャジン(劉嘉景)とジォンダオウェン(鄭道文)よ。リュウジャジンは 二人とも四十代の半ばくらいの年齢で、左手に頑丈そうな剣を持っていた。 「琉球に行っていたという事は、メイファンはジォンダオウェンの船で帰って来たのか」とファイチ(懐機)が聞いた。 「そうなのよ。 サハチたちは屋敷に入って、くつろいだ。この屋敷には下働きの女たちがいて、何かと世話を焼いてくれた。 お茶を飲みながら、「あたしがここに来たのは六歳の時だったわ」とメイファンが言った。 「その頃、ここには何もなかったの。初めは粗末な小屋を建てて暮らしていたわ。この村は父が作った村なのよ。住んでいるのは皆、父の配下の者たちの家族なの。チェンイージュンの裏切りで、親を亡くした子供も大勢いるわ。彼らには しばらく、誰も何も言わなかった。 「この隠れ家の事はリンジェンフォンは知っているのか」とファイチがメイファンに聞いた。 「知っているわ」 「危険じゃないのか」 「あたしたちもリンジェンフォンの隠れ家は知っているわ。今回の父の件にリンジェンフォンは関係ないといった立場を取るはずよ。ここを襲撃すれば、自ら黒幕だったと言うようなものよ。海賊仲間では父は尊敬されていたわ。リンジェンフォンが父を殺した黒幕だとわかったら海賊仲間が黙っていない。リンジェンフォンは破滅するわね」 「そうか‥‥‥」 「父が生きていた頃のように立て直さなくてはならないわ。幸いに琉球と旧港で手に入れた商品が船に山積みされている。それを元手に何とか頑張るわ」 「その商品はどこで売るんだ?」とサハチは聞いた。 「以前は福州でさばいたんだけど、福州の商人たちは皆、リンジェンフォンと手を結んだに違いないわ。それで、 「杭州っていうのはどこにあるんだ?」とウニタキが聞いた。 「北の方よ。順風なら五日もあれば行けるわ」 「五日‥‥‥そんなに遠いのか」 「 「 「南風が吹くまでは、ここでのんびりするわ。ずっと気が張っていたから、何だか急に疲れてきちゃった」 そう言ってメイファンが笑うと、意味がわかるのか、メイリンとメイユーも笑った。 「旧港の商品はどうするんだ?」とファイチが聞いた。 「琉球に持って行くわ」 「 メイファンは首を振った。 「旧港から来た船を装って、浮島(那覇)に行くわ。その時はよろしく頼むわね」 「いつ行く予定なんだ?」 「あなたたちが帰ったあとを追って行くつもりよ。そして、浮島にあるあたしの屋敷だけど、ラオファン(老黄)を置いて拠点にするつもりなの。あたしが琉球の話をしたら、行ってみたいと言ったので、しばらく向こうに住んでもらうわ」 「わかった。ヤマトゥの商品を用意しておく」 「 「ヤマトゥの刀なら任せておけ」とサハチは言って、「旧港っていうのはどこにあるんだ?」と聞いた。 「旧港は南の方にある国です」とファイチが言うと、メイファンが、「ちょっと待ってて」と言って地図を持って来た。 地図を卓の上に広げて、「ここよ」とメイファンは指で示した。明国の南の方には島がいっぱいあって、その中の細長い島の下の方に、旧港はあった。 「旧港は正式には国じゃないのよ。昔は 「海賊が王様になったのか」とウニタキが驚いた顔をしてメイファンを見た。 「広州の海賊についてはメイユーが詳しいわ。メイユーは広州の海賊のもとに嫁いだのよ」 メイファンはメイユーに何事かを言って、その後はメイユーが言った事を訳して、サハチたちに聞かせた。 メイユーは十七歳の時に広州に嫁いだ。その頃、広州には三人の勢力を持った海賊がいた。メイユーが嫁いだ夫の父親のヤンシャオウェイ(楊暁威)とリャンダオミン(梁道明)とチェンズーイー(陳祖義)の三人だった。 メイユーが嫁いで三年目の年、チェンズーイーはメイユーの義父のヤンシャオウェイによって広州から追放された。倭寇と組んで、なり振り構わずに地元を荒らし回ったからだった。追放されたチェンズーイーは配下の者たちを率いて南蛮に行った。旧港から無事に逃げ延びたシュリーヴィジャヤ王国の王子と仲良くなったチェンズーイーは、マラッカ王国を建国するのに活躍して、マラッカ海峡を通過する商船を襲撃した。相変わらず、誰彼見境なく襲撃し、明国に進貢する船も襲撃していた。 チェンズーイーが南蛮に行った翌年、リャンダオミンも広州を去って旧港に行った。旧港には 三年前、メイユーの義父、ヤンシャオウェイは亡くなった。翌年、リャンダオミンは明国が旧港に送った役人に投降して故郷に帰って来た。リャンダオミンは六十を過ぎて、引退を考えていたのだった。 旧港に残ったのは、リャンダオミンの配下のシージンチン(施進卿)だった。リャンダオミンが旧港からいなくなるとチェンズーイーが旧港にやって来た。チェンズーイーは百隻もの軍艦を率いて、一万人もの配下を引き連れ、旧港を占領して自ら王を名乗ったという。 「その後の事はリュウジャジンが詳しいわ」とメイファンは言って、リュウジャジンが話す事を訳した。 リュウジャジンが旧港に着いたのは去年の正月だった。シージンチンと取り引きをしている時、明国の大船団が攻めて来るとの知らせが入った。とうとう、 明国の大船団は思っていた以上に物凄い船団だった。その船団によってチェンズーイーは捕まって、明国に送られ処刑された。あとで聞いた話によると、その船団を率いていたのは ジェンフォはチェンズーイーの配下の者たち五千人余りを殺し、五十隻余りの船を焼き討ちにして、残った船は押収したという。そして、シージンチンを旧港の首領と認めて、西の方に去って行った。噂では遙か遠くの 「暴れ者のチェンズーイーがいなくなって、旧港も平和になったわ。琉球での取り引きを終えたら、また旧港に行くつもりなのよ」とメイファンは言った。 「昔の事なんだけど、琉球に南蛮の船が来ていたんだ。その船は旧港から来た船だったのかな」とサハチは誰にともなく聞いた。 メイファンがサハチの質問を明国の言葉に直すと、リュウジャジンが答えてくれた。メイファンがそれを訳してサハチに説明した。 交易が盛んだった元の時代に、広州から旧港に移り住んだ商人がかなりいた。彼らは旧港を拠点にして、南蛮の商品を広州に送って儲けていた。元の国が滅んで、明の国ができ、洪武帝の海禁政策によって、彼らは明国と直接に取り引きができなくなった。そこで、琉球に行って明国やヤマトゥの商品を手に入れるようになったという。 「旧港の商人たちは未だに、明国と取り引きができないのか」とサハチは聞いた。 「旧港の首領に認められたシージンチンが サハチは地図を見ながら、他の国々の事も色々と聞いた。 その夜は久し振りに酒を飲んだ。サハチたち三人と三姉妹にリュウジャジンとジォンダオウェン、それにラオファンも加わった。自分たちが手を下したわけではないが、 九人で食卓を囲んでいても言葉が通じないので、もっぱらメイファンが話をしていた。父親が生きていた頃、主立った配下の者は十人いたが、皆、父と一緒に処刑されて、今はリュウジャジンとジォンダオウェンの二人しかいない。ラオファンの二人の息子も有能な配下だったが二人とも殺された。若い者たちを鍛えて、早く一人前にしなければならないとメイファンは言っていた。 食事が済むとリュウジャジンとジォンダオウェンとラオファンは帰って行った。皆、ここに家があり、家族もいるという。 久し振りの酒に酔ったわけではないが、サハチはメイユーと共に夜を過ごしていた。自然の成り行きだった。メイユーに誘われるままに、メイユーの部屋に行って、言葉も交わさずにメイユーを抱いていた。気の強い女だと思っていたメイユーは柔順だった。そして、なぜか、サハチの胸の中で泣いていた。悪い事をしてしまったのかとサハチは戸惑ったが、メイユーは泣きながら笑って、琉球言葉でありがとうと言った。 翌朝、庭に出て空を見上げていると、「メイユーとうまく行った?」とメイファンに聞かれた。 サハチは照れながらうなづいた。 「メイユーは男運がないのよ」とメイファンはメイユーが泣いたわけを話してくれた。 メイユーは十七の時に広州の海賊の息子に嫁いだが、それは父のためだった。父の海賊としての勢力を広げるための婚姻だった。その事はメイファンもメイリンも同じなのだが、メイユーの相手はどうしようもない男だったらしい。父の威を笠に着て威張っているが、実際は臆病者で、剣もろくに扱えない男だった。そんな事は何も知らずに嫁いだメイユーは、一月もしないうちに相手が嫌いになった。顔を見るのも嫌だったが、父の手前、戻る事もできずにじっと我慢をしていたという。 子供ができなかったのは、肌を許したのは初めの頃の数回だけで、その後はきっぱりと断っていたらしい。メイユーが相手をしなくても、何でも言う事を聞く 夫との関係はうまくいかなかったが、義父とはうまくいっていたらしい。海賊として船に乗って、倭寇相手に密貿易もやって、義父には頼りにされていた。三年前に義父が亡くなり、メイユーの夫が跡を継いだ。その時、実家に戻ろうと考えたが、義母に泣きつかれて残る事にした。それから二年、嫌いな夫を一人前の海賊にするために支えてきた。そして、父が殺されて、夫と別れて戻って来たのだという。 「戻って来た時は、肩の荷を降ろしたようにホッとしていたわ。もう男なんて懲り懲り、女は捨てて、海賊として生きるのと言っていたんだけど、あなたに会ったら、そんな事、一瞬にして忘れたみたい。あなたの事は琉球の王様に仕える偉い人と言っただけで、王様の サハチとメイファンが笑っていると、ラオファンが海賊の格好をした女を連れてやって来た。 メイファンが驚いた顔をして、女に話しかけた。女の方も驚いたような顔をしてメイファンに返答した。 ラオファンがメイファンに何かを言って、メイファンはうなづき、女に何かを言っていた。 「紹介するわ。ラオファンの娘さんのリェンリー(怜麗)よ。リェンリーはメイユーと同い年なの。メイユーと同じくらいに強いわ。夫はあたしたちの父と一緒に殺されて、夫と二人の兄の敵を討つために、仲間に加わってくれるそうよ」 メイユーが出て来て、リェンリーとの再会を喜んだ。サハチが見ている事に気づくと、照れ臭そうな顔をして笑った。 その日、サハチたちは海賊船を見に行った。 いい天気で波も穏やかだった。漁船に乗って沖に出て、いくつもある島を眺めながら進み、島と島の間に入って行くと岩陰に一隻の海賊船が見えた。 縄ばしごで船に上がって、まず、目についたのは甲板にある 「これが噂の鉄炮か」とウニタキが言った。 「ここから火薬と鉄の玉を詰めて発射させます」と誰かが言った。 振り返るとジォンダオウェンだった。 「琉球の言葉が話せるのか」とサハチが聞いた。 「琉球へは何度も言っています。琉球の 「昨日はしゃべらなかったじゃないか」とウニタキが言った。 「昨日はお嬢様たちがいましたし、お客様と話をするのは失礼かと思って黙っていました」 「お嬢様たちは恐ろしいんだな」とウニタキが言うと、ジォンダオウェンは笑ってうなづいた。 ジォンダオウェンから鉄炮の扱い方を教わって、火薬という物も見せてもらった。鉄炮の他にも火薬を使う火器があった。 実際に使用する所を見てみたかったが、ここでは無理だった。大きな爆発音がするので、役人に見つかってしまうという。 「鉄炮と火薬を琉球のために手に入れてほしい」とサハチはジォンダオウェンに頼んだ。 ジォンダオウェンは少し考えたあと、「難しいが何とかなるでしょう」と言った。 「鉄炮と火薬を手に入れるには 「我々の敵は先々代(メイファンの祖父)の頃から明の国です。官軍を相手に戦をしなければならないのです」 「そうね」とメイファンはジォンダオウェンにうなづいて、サハチを見ると、「必ず、手に入れるわ」と言った。 「久し振りに沖に出ますか」とジォンダオウェンはメイファンに聞いた。 「そうね。今日はいい天気だし、海の風に吹かれたいわ」 急遽、出帆となった。帆をうまく操りながら、岩陰から出ると、中央の本帆を上げて、船は気持ちよく沖へと出て行った。 「倭寇対策のために皇帝は海岸のあらゆる所に衛所を作りました」とジォンダオウェンは言った。 「明国では海船を造る事は禁じられています。海船に乗って沖にいる所を見つかれば捕まってしまいます。どこに行くにせよ海岸線に沿って移動する事はできません。海岸から見えない沖まで出て移動するしかないのです」 「見つかると官軍の船がやって来て、囲まれてしまうのだな」とサハチは言った。 「そうです。それでも、明国の海岸線は長いですから、盲点はいくらでもあります」 かなり沖まで出て、明国の大陸も見えなくなった。 ジォンダオウェンは鉄炮を撃ってみせた。雷が落ちたような物凄い音がして、鉄の玉が遠くに飛んで行って海の中に落ちた。 サハチとウニタキは初めて見る鉄炮に腰を抜かしてしまうかと思うほどに驚いた。 「玉を飛ばすのは誰にでもできます。でも、敵の船に当てるには訓練が必要です。鉄炮の角度を変えて、飛ぶ距離を調整するのです。それに火薬は危険です。下手をすると怪我をするし、死ぬ事もあります。慎重に扱わなければなりません」 サハチとウニタキはジォンダオウェンの話を真剣な顔をして聞いていた。 「凄えなあ」とウニタキがうなった。 |
漁村の隠れ家