沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







マチルギの御褒美




 三つの御婚礼(ぐくんりー)は大成功だった。

 華麗な花嫁行列と荘厳(そうごん)な儀式は噂になって各地に広がり、さすが、中山王(ちゅうざんおう)の御婚礼だと賞賛された。

 サグルー(佐五郎)夫婦は島添大里(しましいうふざとぅ)グスクの東曲輪(あがりくるわ)に新築された若按司屋敷に入り、ジルムイ(次郎思)夫婦とマウシ(真牛)夫婦は首里(すい)の中堅サムレーの屋敷に入った。ジルムイは首里にある島添大里按司の屋敷でもよかったのだが、独立して、二人で暮らしたいと言うので、マウシの屋敷の隣りにした。その隣りにはシラー(四郎)父子(おやこ)が暮らしていた。

 婚礼の翌日、三人の花嫁は馬天(ばてぃん)ヌルに連れられて、首里グスク内の『キーヌウチ』のウタキ(御嶽)を巡って、神様たちに挨拶をした。『ツキシル(月代)の石』の前に来た時、突然、『ツキシルの石』が光った。それはほんの一瞬だったが、目の錯覚ではなく、四人が同時に目にしていた。

 花嫁の三人は『ツキシルの石』が光る事を知っていた。マカマドゥ(真竈)とユミ(弓)は佐敷生まれなので、馬天ヌルや佐敷ヌルから話は聞いている。マカトゥダル(真加戸樽)はサグルーから聞いていた。それでも、自分たちに対して光るなんて思ってもいなかったので、三人とも驚いた。三人よりも驚いたのは馬天ヌルだった。どうして、今、光ったのか、わけがわからなかった。サハチ(島添大里按司)たちと一緒に勝連(かちりん)グスクから見て以来の事だった。

 馬天ヌルは三人と一緒に『ツキシルの石』にお祈りを捧げた。馬天ヌルは神様の声を聞こうとしたが、何も答えてくれなかった。他の神様に聞いてもわからなかった。

 すべての神様にお祈りを捧げ、三人を返したあと馬天ヌルは再び、『ツキシルの石』の前に行ってお祈りを捧げた。やはり、神様の答えはなかった。

 今まで『ツキシルの石』は以前に祀られていた、この場所に帰りたくて光っていた。もう願いはかなったはずだった。まだ、何かがあるのだろうか‥‥‥馬天ヌルは毎日、『ツキシルの石』にお祈りを捧げているが、ここに移って来てから光った事はない。すると、あの三人に関係があるのだろうか。それとも、三人を歓迎してくれただけなのだろうか。いや、何かがあるはずだ。馬天ヌルは色々と考えてみたがわからなかった。

 御婚礼の六日後、三姉妹たちは明国(みんこく)に帰って行った。ラオファン(老黄)は残り、メイファン(美帆)の屋敷の留守番と来年の取り引きの準備をするという。手の空いた時には、久米村(くみむら)の若い者たちに武術も教えているようだった。ヂャンサンフォン(張三豊)とシンシン(杏杏)も残った。ヂャンサンフォンは首里よりも島添大里の方が落ち着くと言って、島添大里城下の屋敷で暮らしていた。家臣たちの多くが首里に移ったため、空き家が多く、侍女を付けて重臣の屋敷を使ってもらっている。シンシンは仲良しになったササと一緒にいる事が多く、佐敷グスクの東曲輪内のササの屋敷(前佐敷ヌル屋敷)で暮らしていた。

 今回、サハチはメイユー(美玉)とゆっくりと会う事ができなかった。常にマチルギの目が光っていて、用もないのに浮島(那覇)まで行く事はできない。また、メイユーの方もマチルギに遠慮しているのか、何となくよそよそしかった。別れの時もマチルギが一緒にいて、二人だけで話をする事もできず、「来年、また会おう」と言っただけだった。メイユーは笑ってうなづいたが、寂しそうな笑顔だった。メイユーのために時間を作るべきだったとサハチは後悔していた。

 メイファンのお腹は大きくなっていた。杭州(ハンジョウ)で留守番している彼の子供よと言っているが、ファイチ(懐機)の子供に違いなかった。ファイチは妻子のいる首里よりも久米村にいる事が多く、メイファンとは頻繁に会っていた。今後の取り引きの相談もあるが、楽しい時間も過ごしたのだろう。ウニタキ(三星大親)も仕事がら年中、出歩いているので、妻に怪しまれる事もなく、メイリン(美玲)と会っていたようだ。二人が羨ましかった。

 三姉妹たちが帰った次の日、マチルギの雷が落ちてきた。覚悟はしていたものの、恐ろしい顔をして、「話があるの」と言ってきた。

 三姉妹を見送ったあと、サハチはヂャンサンフォンと一緒に島添大里グスクに帰り、マチルギは首里に帰った。わざわざ、首里から馬を飛ばしてやって来たのだった。

 サハチはクルシ(黒瀬大親)からもらったヤマトゥ(日本)の地図を広げて眺めていた。来年はウニタキとファイチと一緒にヤマトゥ旅に出ようと思っている。サハチは地図をたたむとマチルギを迎えた。

 マチルギはサハチの前に座り込むと、じっとサハチを見つめた。

「何の話だかわかっているわね?」とマチルギはわざと優しい声で聞いた。

 サハチはマチルギを見つめてうなづいた。

「どうするつもりなの?」

「どうすると言われても‥‥‥」

「もうすぐ生まれるのよ」とマチルギは言った。

「えっ?」とサハチは思わず声が出た。

 その時、初めて、メイユーの事ではないと気づいた。もしかして、ナツの事か‥‥‥

「隠し通せるとでも思ったの?」

「いや」とサハチは口ごもった。

 マチルギがナツの妊娠を知っているはずはなかった。ナツのお腹が大きくなっているのに気づいたのは九月の事だった。こいつは大変だと思い、ウニタキに頼んでナツを隠してもらった。今は実家に帰っていると聞いている。

「ナツがあなたの事を好きだっていうのは前から知っていたわ」とマチルギは言った。

 マチルギはやはり、ナツの事を知っていた。明国に行っている留守中に何かあったのだろうか。

「侍女としてナツがここに入って来た時、いやな予感がしたんだけど、あなたはナツに興味を示さなかった。(いくさ)が終わって、あたしは首里にいる事が多くなって、あなたとナツの事を心配したけど何も起こらなかったわ。それなのに、どうして、こんな事になったの?」

 サハチは何も言えなかった。

「すまん」とマチルギに頭を下げた。

「去年の秋、ナツは侍女をやめて『まるずや』を任される事になった。あたしが『まるずや』の前を通る度に、ナツはいつも明るく挨拶をしていたわ。それが、あなたが唐旅(とーたび)に出てからは、いつも心配そうな顔をしていた。ナツもあなたの事を心配しているのだと思って、時々、話をしたのよ。七月にあなたは無事に帰って来たけど、以前のような笑顔に戻る事はなく、何となく、少し太ったような気がしたの。あたしは気のせいだと思っていたんだけど、チルーさん(ウニタキの妻)からナツがいなくなったって聞いて、どうも妊娠しているみたいよって言われたのよ。あたしはすぐにピンと来たわ。ウニタキを問い詰めて、ナツの居場所を聞いて会って来たの」

「ナツに会ったのか‥‥‥」

「あなたもこっそり会いに行ってたんでしょ」

 サハチは首を振った。

「ナツの実家の事は何も知らない」

「嘘ばっかし」

「ほんとだよ。ナツも教えてくれなかった。『三星党(みちぶしとう)』に入った時、親子の縁は切ったと言っていた」

「そうなの‥‥‥」

「両親はウミンチュ(漁師)だったけど、親父が佐敷按司になった時に、サムレーになったと言っていた。もしかして、今は首里にいるのか」

 マチルギは首を振った。

「ナツのお父さんは佐敷の重臣の津堅大親(ちきんうふや)だったのよ」

「なに、津堅大親がナツの父親だったのか‥‥‥」

 サハチは驚いていた。津堅大親は津堅島(ちきんじま)の出身で、若い頃、兄のチキンジラーと一緒に馬天浜(ばてぃんはま)に来て、祖父のサミガー大主(うふぬし)のもとでカマンタ(エイ)捕りをしていた。サハチは幼い頃、祖父と一緒にチキンジラーに連れられて津堅島に行った事があった。チキンジラーは今もカマンタ捕りをしているはずだった。弟はサムレーになって、(うふ)グスクの戦では父の佐敷按司と一緒に出陣して無事に戻って来た。今帰仁(なきじん)合戦にも出陣し、サハチが佐敷按司になってからも、大グスク攻め、島添大里グスク攻めと出陣している。今では佐敷大親(さしきうふや)(マサンルー)を支える重臣になっていた。

「するとナツは佐敷にいるのか」

 マチルギはまた首を振った。

「あたしは佐敷に行って、ナツから話を聞いたわ。ナツは泣きながら、あたしに謝っていた。按司様(あじぬめー)は悪くない、すべて、自分のせいだと言っていたわ。もう『三星党』には戻れない。祖父母のいる津堅島に行って、ひっそりと子供を育てるから許して下さいって言ったのよ」

「それで許してやったんだな?」とサハチはマチルギの顔色を窺いながら聞いた。

「許すわけないでしょ」とマチルギは言った。

 鬼のような顔をしてサハチを睨んでいた。

「さっさと佐敷から出て行ってって追い出したわ」

「大きなお腹をしたナツを追い出したのか」

「そうよ」

「何て事を‥‥‥」

「みんな、あなたが悪いのよ」

 サハチはマチルギから視線をはずして、窓から見える空を見た。今頃、ナツは寂しく津堅島にいるのだろう。尊敬していたマチルギに恨まれ、あまりにも可哀想過ぎた。

「少しは身に染みたかしら」

 そう言ってマチルギは笑うと、「嘘よ」と言った。

 サハチはマチルギを見た。

「ナツを許したわ」

「本当に許したのか」とサハチは恐る恐る聞いた。

 マチルギはうなづいた。

 サハチはホッと一安心した。もうナツに会えないのは寂しいが、津堅島で平和に暮らしてほしいと思っていた。

「ナツの事は許したわ。でも、津堅島に行く事は許さなかったのよ」

「何だって‥‥‥それじゃあ、ナツはどこに行ったんだ」

「あたしが知ってしまった以上、津堅島に行く事は許せないの。あなたの子供はここで産んでもらいます」

「えっ?」とサハチは言って、そのあとの言葉が出てこなかった。

「ナツはあなたの側室にします」とマチルギは信じられない事を言った。

「ナツが側室‥‥‥」

 思ってもいない事だった。マチルギが側室を許すなんて考えられなかった。

「やがて、あなたは中山王になるでしょう。そうなれば、あちこちから側室が贈られて来るわ。今、中山王には八人の側室がいるのよ。皆、綺麗で可愛い娘たちよ。あたしは王妃(うふぃー)に聞いてみたわ。側室が八人もいて、大丈夫なんですかって。そしたら、王妃は笑って、あの人への御褒美だと思っているのって言ったわ。王妃が王様(うしゅがなしめー)のお嫁さんになった時、王様は鮫皮(さみがー)職人の息子に過ぎなかった。それでも幸せだったのに、佐敷按司になって、隠居してお坊様になって、ずっと旅をしていると思っていたら、キラマ(慶良間)の島で兵たちを鍛えていて、ついに王様になってしまった。まるで、夢でも見ている気分よ。今まで苦労してきた御褒美なのよと言ったの。それで、あたしも振り返ってみたの。初めて佐敷に来た時、小さなグスクだって思ったわ。普通なら島添大里按司(汪英紫)に潰されてもおかしくなかったのに生き延びて、島添大里グスクを奪い取って、さらに首里グスクも奪い取った。上出来過ぎるわ。あたしもあなたに御褒美をあげようって決めたのよ。ナツが御褒美よ」

 素直にありがとうとは言えなかった。裏に何かがあるような気がした。

「ナツは今、東曲輪のお屋敷にいるわ」

「えっ」

「佐敷ヌルと女子(いなぐ)サムレーたちが面倒を見ているわ。ナツをこのグスクに置いて、ここの事は任せるつもりよ」

「本当にそれでいいのか」とサハチはマチルギに聞いた。

 マチルギは少し悲しそうな顔をしてうなづいた。

「ありがとう」とサハチはお礼を言った。

 マチルギは笑うと、「今度はあたしの番よ」と言った。

 何があたしの番なのかサハチにはわからなかった。

「あたしにも御褒美をちょうだい。あたしだって、ずっと頑張ってきたんだから」

「それはわかっているが、御褒美って、まさか?」

「まさか、何よ?」

「好きな男でもできたのか」

「何を言っているのよ。あなたとは違うわ。あたしの御褒美はヤマトゥ旅よ」

「何だって?」

「女たちを連れてヤマトゥ見物に行くのよ。いいでしょ」

「そんなの無理だ。危険すぎる」

「女子サムレーたちも連れて行くわ」

「それでも危険だ」

「どうして? 息子たちは皆、無事に帰って来ているわ」

「男と女は違う。女は悪い(やから)に襲われる」

「そんな輩は倒してやるわ」

「それでも危険すぎる」

「ナツを許したのに、あたしには御褒美をくれないの?」

 サハチは黙った。マチルギが一度言い出したら聞かない事をサハチは思い出した。サハチが反対しても勝手に話を進めて、出掛けるに違いなかった。

「わかった」とサハチをじっと見つめているマチルギに言った。

「行ってもいいのね」とマチルギは子供みたいに喜んだ。

「行ってもいい。でも、危険な場所には行かないでくれ。博多まではいいが、京都には行かないでくれ。博多から京都に向かう海には海賊がいるという。俺たちにはまだやる事が残っている。それをやり遂げるにはお前が必要なんだ。必ず、無事に帰って来てくれ」

「わかったわ」とマチルギは真剣な顔をしてうなづいた。

 マチルギはナツを東曲輪から連れて来ると、

「今日から、ここがあなたの居場所よ。あたしは留守にする事が多いから、ここの事はあなたに任せるわ。お願いするわね」とナツに言った。

 ナツは泣きながらマチルギに頭を下げた。

 マチルギはサハチを見ると、

「約束は守ってね」と言って、サハチがうなづくと颯爽と帰って行った。

 まるで、嵐が過ぎ去って行ったような一時だった。

 サハチはナツを見た。

 大きなお腹をして、マチルギが消えて行った所を見つめていた。目には涙が溜まっていた。サハチの視線に気づいて、ナツは涙を拭ってサハチを見ると、

「夢みたい」と言った。

「ナツが東曲輪にいたなんて驚いたよ。いつからいたんだ」

「今月の初めです」

「二十日もいたのに何も気づかなかった。佐敷ヌルも芝居がうまいな。マチルギがお前の実家に行ったのはいつなんだ?」

「先月の半ば頃です。突然、奥方様(うなじゃら)が現れて、ほんとにびっくりしました。あたし、両親にも赤ん坊の父親が按司様だとは言っていなかったので、両親も驚いていました。奥方様は怒る事もなく、あたしの話を聞いてくれました。申し訳なくて、あたしは死んでしまいたいような気持ちでした。あたしは何度も謝りました。奥方様は悪いようにしないから、もう少し待っていてと言って帰りました。奥方様が帰ったあと、あたしは両親に怒られました。何という大それた事をしたんだ。もう按司様にお仕えする事はできない。みんなで島に帰ろうと言いました。父はやりかけの仕事が片付いたら佐敷大親にわけを話して島に帰ると言いました。あたしは島に帰る前に、もう一度、按司様に会いたかった。按司様の言葉を信じて、迎えに来るのを待っていたんです」

 サハチはウニタキにナツを隠してくれと頼む前に、明国から来ているお客様が帰ったら、必ず、ナツを迎えに行くと言っていた。迎えに行ったあと、どうするかまで考えていなかったが、自分の子供を宿しているナツを放っておくわけにはいかない。土下座してでもマチルギに許してもらうしかないと覚悟を決めていた。

「でも、按司様が来る前に奥方様が迎えに来ました」

「今月の初めと言えば、婚礼の準備で忙しい頃だった。俺もずっと首里にいた」

「奥方様はあたしを側室に迎えると言いました。あたしには信じられませんでした。生まれた子供を取られて、一生、会う事はできないものと思っていました。それなのに‥‥‥按司様と一緒に暮らせるなんて、夢を見ているようです」

 ナツは見えないマチルギに頭を下げた。

 サハチは侍女たちを呼んで、ナツを側室として紹介して、よろしく頼むと言った。侍女たちは驚いた。去年の秋まで一緒に働いていたナツが、大きなお腹をして現れ、按司の側室になったという。しばし呆然としてナツを見ていたが、仲のよかった侍女が、「おめでとう」と言うと、皆がナツを祝福した。

 ナツは皆にお礼を言ったあと、「よろしくお願いいたします」と頭を下げた。

 サハチはナツの後釜として侍女になったマーミに、ウニタキに会いたいと頼んだ。

 ナツは侍女と一緒に子供たちの部屋に行った。今、島添大里グスクには三男を筆頭に七人の子供たちが暮らしていた。三男のイハチ(伊八)は十四歳、四男のチューマチ(千代松)は十二歳、五男のマグルー(真五郎)は十歳で、この三人は今の時間、ソウゲン(宗玄)寺に通って読み書きを習っている。その下に九歳になる次女のマチルー(真鶴)、七歳になる六男のウリー(潤い)、五歳になる三女のマシュー(真塩)、三歳になる四女のマカトゥダル(真加戸樽)がいた。

 ナツは子供たちに、自分の事を何と説明するのだろうと思いながら、サハチはヤマトゥの地図を広げた。来年、マチルギがヤマトゥに行くとなると、俺は留守番だなと思った。

 半時(はんとき)(一時間)後、マーミが戻って来て、ウニタキが『まるずや』で待っていると伝えた。サハチはすぐに『まるずや』に向かった。

 ナツに代わって『まるずや』を任されたのは首里の『まるずや』にいたカマドゥだった。城下造りの頃、首里の『まるずや』は忙しかったが、今は落ち着いて、カマドゥが抜けても大丈夫だという。

 ウニタキは裏の屋敷の縁側でのんきに三弦(サンシェン)を弾いていた。サハチの顔を見ると笑って、「帰っちまったな」と言った。

「来年も三人揃って来るかな」とサハチは言って隣りに腰を下ろした。

「メイファンは無理だろう。赤ん坊がいるからな」

「そうだな。メイファンだけでよかったよ。メイユーが妊娠したら、俺は殺されたかもしれん」

 ウニタキが笑うだろうと思ったが笑わなかった。

「メイユーなんだが、お前が中山王の世子(せいし)だと聞いて驚いたのは勿論だが、なかなか会う事もできないだろうと思ったそうだ。それでも、お前の奥方がつまらない女だったら奪い取ってやろうとも考えたそうだ。ところがマチルギと会ったら、とてもかなわないと思ったらしい。武術でもかなわないし、人間的な大きさでもかなわないと素直に負けを認めたようだ。メイユーだけでなく、三姉妹みんながマチルギを尊敬して、姉と慕っているようだ。あの三人から姉と慕われるなんて、今更ながら、マチルギは凄いと感心したよ」

「マチルギがあの三人の姉御か‥‥‥」

 サハチはマチルギが三姉妹とリェンリーを連れて島添大里グスクにやって来た時の事を思い出した。確かに、マチルギは姉御という貫禄があった。

「どうして、マチルギに話したんだ?」とサハチはウニタキに聞いた。

 ウニタキはサハチを見たが、何の事だかわからないようだった。

「ナツの事だよ」とサハチは言った。

 ウニタキは苦笑して、「脅されたんだよ」と言った。

「話さなければ、メイリンの事をチルーに話すって言われたんだ」

「やはり、気づいていたんだな」

「お前には悪かったが、ナツはマチルギの教え子だから悪いようにはしないだろうと思ったんだ。マチルギならナツを許すような気がした」

「確かにマチルギはナツを許した」

「本当か」

 サハチはうなづいた。

「ナツが側室になる事を許してくれた」

「ナツが側室か‥‥‥そこまでは俺も考えなかった。子供を引き取って、ナツは三星党に戻すだろうと思っていたんだ。そうか、側室になったのか‥‥‥ナツの願いがかなったわけだな。よかった」

「喜んでばかりもいられない。マチルギはナツを許す代わりに、ヤマトゥ旅に行くと言い出した」

「そう言えば、行ってみたいって言っていたな。許したのか」

「許さないわけにはいくまい」

「そうか、マチルギがヤマトゥ旅か。誰を連れて行くんだ?」

「まだ、そこまでは決まっていないが、多分、馬天ヌルや佐敷ヌルを連れて行くに違いない。もしかしたら、チルーにも声を掛けるかもしれんな」

「チルーはヤマトゥには行かんだろう」とウニタキは笑ったが、急に真顔になって、「そう言えば、この前、キラマの島から帰って来て、女同士で旅をするのも楽しい。また行きたいわって言っていた。まずいな」

 サハチは笑った。

「チルーも行くに違いない。京都は危険だから行くなと言って、マチルギもうなづいたが、成り行きから京都まで行くかもしれん。誰かしっかりした者を付けて、マチルギを止めなければならん」

「マチルギを止められる者などいないだろう。まして、馬天ヌルまで一緒に行ったら、誰も止められない」

「そうだよな。危険な場所に行かなければいいのだが」

 サハチは参ったという顔で溜め息をついた。

「一人いるぞ」とウニタキは言った。

 サハチはウニタキを見た。

「ヒューガ(日向大親)殿だ」

「ヒューガ殿か‥‥‥うん、ヒューガ殿の言う事ならマチルギも馬天ヌルも聞くかもしれない。しかし、水軍の大将が半年も留守にして大丈夫か」

「来年あたりならまだ大丈夫だろう。山北王(さんほくおう)も攻めては来るまい。クルシに頼めば何とかなるんじゃないのか」

 ヤマトゥ旅から引退したクルシは黒瀬大親(くるしうふや)を名乗って、水軍の指南役を務めていた。数え切れないほど、琉球とヤマトゥを往復して来たクルシは琉球近海の事に詳しく、船乗りたちの指導に当たっていた。倭寇(わこう)として海戦の経験もあり、充分に大将を務められた。

「それがいい」とサハチは嬉しそうにうなづいた。

「ヒューガ殿が一緒なら安心してヤマトゥに送れる」

 一安心したサハチは、「話は変わるが、お前に頼みがある」とウニタキを見た。

「何だ? 三星党の女も送れというのか」

「それもいい考えだな。情報集めも必要だからな。しかし、ヤマトゥ言葉がわかる女はおるまい」

「いや、一人いる」

「なに、そんな女がいるのか」

「ヒューガ殿が海賊だった頃に連れて来た娘なんだ。あれは密貿易船が来ていた頃で、大きな台風があっただろう。浮島もひどい被害で、家がいくつも潰れて、海に流された者も多かった。家族が海に流されて、その娘だけが助かった。父親は松浦党(まつらとう)の者で宿屋をやっていたらしい。母親は島人(しまんちゅ)だ。当時、十三歳でヤマトゥ言葉も島言葉も話せる。今は浮島の『よろずや』にいるんだが、ヤマトゥンチュ(日本人)の客も多いので重宝している。佐敷に住んでいたんで佐敷グスクに通って、馬天ヌルから剣術を習っている」

「ほう、そんな娘が一緒なら、マチルギも喜ぶだろう。その事はお前に任せる。頼みというのはまったく別の話なんだ。来年、マチルギがヤマトゥ旅に出るとなると俺は留守番していなくてはならん」

「そうか。俺たちの旅は中止になるのか」

「中止ではない。延期だ。再来年は必ず行く。そこで、留守の間に、首里グスクの西曲輪(いりくるわ)に楼閣を建てようと思っている」

「明国の都を真似るのだな?」

「そうだ。楼閣がなくては都とは呼べんからな。それで、『首里天閣(すいてぃんかく)』を建てた大工(でーく)を探し出してほしいんだ」

「首里天閣? 成程、あんな楼閣を建てるのか。しかし、あれを建てたのはかなり前だろう」

「ああ、十五年前だ」

「難しいぞ」

「難しいからお前に頼むんだ」

「わかった。見つかるかどうかわからんがやってみるよ。あそこからの眺めは最高だったからな」

「お前、首里天閣に登ったのか」

「ああ、あれは妻と娘が殺された年だった。ヤマトゥ船が帰って行ったあと、明国との交易に使うヤマトゥの商品を運んで浦添(うらしい)に行ったんだ。交易担当の安謝大親(あじゃうふや)に声を掛けられて、首里天閣に一緒に行こうと誘われた。三階からの眺めは最高だった。妻や娘にも見せてやりたいと思ったよ。それから一月後、妻と娘は殺されたんだ」

「そうだったのか‥‥‥」

 ウニタキは笑って、「首里天閣よりも立派な楼閣を建てようぜ」と言った。

 サハチはウニタキを見ながらうなづいた。

 一月後、ナツは島添大里グスクで男の子を産んだ。名前を何と付けようか迷ったが、マチルギが七男だからナナルーでいいんじゃないと言ったので、ナナルーと決まった。マチルギがナツの子を七男と認めてくれたのは、サハチもナツも嬉しかった。

 マチルギも嬉しそうにナナルーを抱いていた。そんなマチルギを見ながら、確かに、三姉妹の言う通り、器の大きい姉御と呼ばれるにふさわしい女だとサハチは思っていた。





島添大里グスク




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