廃墟と化した二百年の都
年が明けて、 去年と同じように、正月の儀式は無事に終わった。去年と変わった事と言えば、 ミチはまだ早すぎるし修行も足らないと断ったが、サスカサは、あなたなら大丈夫よと言って、 ミチは十二歳の時に佐敷ヌルのもとでヌルになるための修行を始めた。島添大里グスクの 二年前、サスカサがキラマ(慶良間)の島から島添大里に戻って来ると、ミチはサスカサの指導を受ける事になり、佐敷ヌルの屋敷から城下にあるサスカサの屋敷に移った。サスカサと一緒に 『サスカサ』という名は今のミチにとって重すぎるだろうが、素晴らしい手本となる馬天ヌルと佐敷ヌル、そして、ちょっと変わっているが鋭いシジを持っているササが近くにいれば、きっと立派なヌルになるだろう。 ミチが島添大里ヌルを継いだので、佐敷ヌルは佐敷に戻ろうかしらとサハチに相談した。佐敷ヌルはサハチのウナイ 引退したサスカサは、今は絶えてしまっている 次男のジルムイ(次郎思)は 正月九日、浮島で進貢船の出帆の儀式が行なわれた。サスカサになったミチも馬天ヌルと佐敷ヌルと一緒に儀式を執り行なった。 今年、 大グスク大親は今の大グスク按司の遠い親戚で、祖父は大グスク按司の弟だったという。その弟は 前回と同じように領内の按司たちを従者として連れて行くが、島添大里按司の従者には弟のマサンルー(佐敷大親)とマタルー(真太郎)を選んだ。実際に明国を見て、たっぷりと驚いて来てもらおうと思っていた。 各按司たちも前回のように若按司を送る事はなく、家臣を送る者が多かったが、 正月の十二日、 アランポーが久米村を仕切っていた頃は、使者を決めるのも従者を決めるのもアランポーだった。従者のほとんどはアランポーの配下の者たちが占め、時々、察度から頼まれると察度の身内の者を連れて行ったらしい。それが慣例となり、 サハチはそんな事は知らず、ファイチが言った事を鵜呑みにして按司たちを連れて行ったのだった。ファイチがそれを望んでいたのだろうとウニタキは笑った。ファイチに騙されたにしろ、結果的にはそれでよかったと思っている。按司たちを連れて行ったお陰で、領内の結束は固くなったと言えるし、領内が豊かになってくれれば、それでいいと思っていた。 山南王に遅れて三日後、中山王の進貢船が船出して行った。今回、船を守るサムレー大将は 進貢船を見送ってから八日後、シンゴ(早田新五郎)の船が馬天浜に着いた。苗代大親の次男のサンダー(三郎)とサハチの弟のクルー(九郎)が無事に帰って来た。クルーは二度目のヤマトゥ旅で、いつか必ず サハチはシンゴと会い、二人が無事だった事へのお礼を言い、ヤマトゥに帰る時、マチルギたちをヤマトゥに連れて行ってくれと頼んだ。 シンゴは驚いた顔をして、「女を乗せて行くのか」と聞いた。 「マチルギだけじゃない。馬天ヌルに佐敷ヌル、 「えっ、佐敷ヌルも行くのか。マユ(繭)はどうするんだ?」 「俺が預かる。俺の娘のマチルー(真鶴)とマシュー(真塩)もいるし、侍女や女子サムレーも面倒を見てくれるだろう」 「そうか」とシンゴはうなづいて、「それで、何人行くんだ?」と聞いた。 「まだ決まってはいないが、二十人くらいになると思う」 「二十人となると、その分、降ろさなくてはならんな」 「そういう事になる。マチルギたちはお前の船でなく、マグサ(孫三郎)の船に乗せるつもりだ。 「どうして、マチルギたちがヤマトゥに行くんだ?」 「去年、俺が明国に行っただろう。留守番をしていたマチルギは今度はあたしの番だと言って、ヤマトゥに行くと言い出したんだ。一度、言い出したら聞かないからな。どうしようもないんだよ」 「そうか‥‥‥ 「それは大丈夫だ。ヌルが乗っているからな。それに、マチルギも 「マチルギが神人?」 「ヌルではないが、サスカサ様から神名を授かっているんだ」 「ほう、あの凄いヌルからか。佐敷ヌルの神名は『ツキシル(月代)』だって聞いたけど、マチルギは何て言うんだ?」 「マチルギは『ムムトゥフミアガイ(百度踏揚)』って言うんだ。久高島のフボーヌムイで裸踊りをしたらしい」 「なに、裸踊り?」 「マチルギはただ踊ったって言っていたけど、あとで、フカマヌルに聞いたら、急に着物を脱ぎ捨てて、裸になって踊ったそうだ」 「神様の前で裸踊りか‥‥‥そう言えば、佐敷ヌルもフボーヌムイに籠もった時、踊りを踊ったような気がするって言っていた。佐敷ヌルも裸踊りをしたのだろうか」 「マシュー(佐敷ヌルの童名)もか‥‥‥」 二人は顔を見合わせて、ニヤニヤと笑った。 「マグサの船なら大丈夫だろう」とシンゴは言った。 「水夫は皆、 サハチはうなづいて、「よろしく頼む」と頭を下げた。 「ところで、ヤマトゥの様子はどうなんだ? 無事に博多までは行けるんだろうな」 「ああ、大丈夫だ」 「京都までは大丈夫か」 「大丈夫とは言えんな。海賊が出るよ」 「やはりな。マチルギに京都には行くなと言ってあるが、博多まで行ったら、京都に行きたくなるかもしれん。絶対に京都に行かせないで、対馬に連れて行ってくれ」 「わかった」 「あとで詳しい事は説明する。それと、ヤマトゥも明国との交易を始めたと、この前に聞いたが、毎年、明国と交易をしているのか」 「ヤマトゥからは五回、明国に使者を送った。明国の船に便乗して行く事もあるし、ヤマトゥから 「そうか。 「倭寇対策のためらしい。遣明船は捕まえた倭寇を明国に送っている」 「 「いや、対馬は大丈夫だ。日本国王となった 「明国に送っているのは、やはり、 「硫黄と馬と日本刀、それに銅も送っているようだ。明からは銅銭に陶器、絹織物や書物も入って来る」 「取り引きの内容は琉球と変わらんな‥‥‥今夜はいつもの通り、歓迎の サハチはシンゴとマグサを連れて、島添大里に帰った。サンダーとクルーは家族が迎えに来ていて、一緒に帰っていた。 二月九日、去年と同じく、首里グスクで 去年と同じように お祭りの次の日、サハチはウニタキと一緒に 「グスク内の屋敷は焼け落ちているが石垣は残っている。 浦添の事はすっかり忘れていた。ほとんどの者たちが首里に移って、すっかり寂れたと聞いて安心していたが、ウニタキが言う通り、グスクの石垣は残ったままだった。あれを壊すとなると大変だが、放っておくわけにはいかない。一度、様子を見に行こうと思った。 浦添に来るのは二年振りだった。グスクが焼け落ちた時に様子を見に来てから、一度も来ていなかった。二年振りに見る浦添は、かつての都とは思えないほど荒れ果てていた。大通りに面して、所狭しと建ち並んでいた家々はなくなり、所々に朽ち果てた家が何軒か残り、あとは一面に草が 「哀れなもんだな」とサハチは荒涼とした眺めを見ながら言った。 「二百年余り栄えていた都が、たったの二年でこの有様だ」 そう言って、ウニタキは首を振った。 サハチは浦添にはそれほど来てはいないが、ウニタキは『よろずや』を拠点として、浦添を探っていた。様々な思い出もあるのだろう。感慨深そうに周りの景色を眺めていた。 草茫々の中に残っている石垣は不思議な光景だった。それは山賊どもの 「こいつは凄いな」とサハチは思わず言った。 これを片付けるのは容易な事ではなかった。 「ここで戦死した奴らの死体もそのままだ。すでに白骨になっているだろう」 「恨みを持ってマジムン(悪霊)になった者もいそうだな」 「馬天ヌルの出番だな。それで、どうするつもりなんだ?」 それには答えず、「石垣に登ってみよう」とサハチは言った。 浦添グスクの いい眺めだった。首里グスクも見えた。やはり、遠くからもわかるように高楼が欲しいと思った。サハチは視線を下に降ろしてグスク内を見た。石垣は三重になっていた。これを壊すのは大変な労力がいるし、壊すのは勿体ないような気がした。 サハチは反対側に目を移した。大通りがずっと続いている。牧港へと続く道だった。寂れたとはいえ、かつての都だったので、浦添には各地に通じる道が通っている。交通の要衝と言えた。たとえ、グスクを壊したとしても、この地を敵に奪われるとまずい事になる。このままグスクとして使用した方がいいだろう。 「ここは重要な拠点だ」とサハチは言った。 「グスク内の屋敷を再建して、誰かを浦添按司に任命じて、ここを守らせよう」 ウニタキは満足そうな顔をしてうなづいた。 「俺もそれがいいと思う。誰に任せるんだ?」 「そうだな。順番から言えば、苗代大親だろうな」 「首里から苗代大親がいなくなったら大変だろう」 「大変だが、本人が按司になりたいと言えば、それに従うしかあるまい」 「そうだな。苗代大親がここにいれば首里は安泰といえる。クマヌが中グスク按司、 「按司でなくて後見役だからな。十年経ったら出なくてはならん。それで、サムに頼んだんだよ。勝連の北にある 「成程な、俺の妹が安慶名按司に嫁いでいる。よそ者が勝連に入って来たら、安慶名按司が後見役をやると言って来たかもしれんな。弟のサムなら文句あるまい」 石垣から下りると馬に乗って、石垣の周りを回ってみた。石垣の下にあった堀はほとんどが埋まっていた。グスクの左側にある池の側に来て、サハチは立ち止まった。 「首里にも池が必要だな」とサハチは言った。 「そう言えば、明国の都にも池があったな」 「高楼を建てて、寺院を建てて、池も掘らなくてはならん。まだまだ、やる事がいっぱいあるな」 「 「ところで、例の ウニタキは首を振った。 「浦添がこんな有様だからな、どこに行ったのか見当もつかん。もしかしたら、首里グスクの 「ヤマトゥの大工か‥‥‥ 「『天使館』を作っている大工に聞いてみたがわからなかった。奴らも首里グスクの普請に関わっていて、 「あの御殿を建てたのは唐人だったのか」 「シタルーが明国から連れて来たのだろう」 「そうか。そうなると『 「大グスク大親では難しいだろう。サングルミーなら 「そうだな。サングルミーならヂュヤンジン(朱洋敬)に頼む事もできるしな」 「明国の大工に頼む事もあるまい。琉球の大工に頼んで、琉球らしい楼閣を建てればいい」 「琉球らしい楼閣か‥‥‥」 グスクの北側の石垣を見ていた時、サハチは正面に見える丘を眺めながら、ふと思い付いた事があった。 「あそこが 「そうだ」とウニタキは言った。 「今、あそこの奥間の連中は何をしているんだ?」 「田畑を耕して普通に暮らしているよ」 「浦添の奥間大親の配下の者たちは全滅したのか」 「残党はいるかもしれんが、あそこにはいない。どこかに潜んでいるのだろう。今はもう、普通の村と一緒だよ」 浦添の奥間村は察度が 「心配ない」とウニタキが言った。 「浦添から逃げて来た医者に扮して、配下の者を入れてある。不審な動きがあればすぐにわかる」 「医者だと?」 「名もない草花が好きな奴でな、クマヌから薬草の事を習っている。自分で様々な工夫をして、色んな薬を作っているよ。時々、腹を壊す薬もあるが、面白い奴だ」 「ほう、そんな奴がいたのか」 「父親と兄は戦死して、首里の兵に追われて逃げて来た事になっている。もう二年も住んでいるので、村の人たちにも信頼されて、医者として重宝されているようだ」 サハチはウニタキにお礼を言って、首里に戻った。 苗代大親と会って、浦添グスクを再建する事を言うとそれはいい考えだと賛成したが、按司になる事は断った。 「兄貴を見ていてつくづく思ったよ。わしにはとてもあんな真似はできないとな。中山王と按司は違うかもしれんが、わしには向いておらん。若い者を鍛えていた方が性に合っている」 「しかし、叔父上が浦添按司になれば、マガーチ(苗代之子)に継ぐ事ができますよ」 苗代大親は笑って首を振った。 「マガーチは若い頃、親父と一緒に三年間も旅をしていた。未だにあの時は楽しかったと言っている。旅が好きなようじゃ。サムレー大将として、早く明国に行きたいと言っている。按司にはなるまい」 「サンダーはどうです?」 「サンダーもヤマトゥ旅から帰って来て、行って来てよかったと言っている。あれも旅が好きなようじゃ。二人とも母親がウミンチュ(漁師)の娘だからな。陸よりも海の方が好きなんじゃろう」 苗代大親の妻はキラマの娘だった。カマンタ(エイ)捕りの名人だったキラマの血が二人を海に誘うのかもしれない。サハチは無理に勧めるのを諦めて、「誰を浦添按司にしたらいいでしょうか」と聞いた。 「そうじゃのう」と少し考えてから、「 當山親方は越来按司の弟だった。サハチの母の弟なので、サハチから見れば叔父だった。 「當山親方はわりと細かい所にも目が届く。兵たちにも信頼されているので、二番組の者たち全員を浦添に移せばいい」 「成程。百人いれば何とかなりそうですね。わかりました。父と相談して、そのように決めましょう」 「ところで、来月、兄貴は久高島に行くそうじゃのう」 サハチは苦笑して、うなづいた。 「去年、女たちをキラマの島に行かせたのが失敗でした。あれから半年が過ぎて、女たちがどこかに行きたいと騒ぎ始めたのです。どうせ、女たちを扇動したのは親父です。自分が行きたいので、女たちを利用して騒ぎを起こしたのです」 「それで、三月三日のハマウリ(浜下り)の日に久高島に行く事になったのか」 「そういう事です。去年と同じように八月頃に行けばいいと言ったんですが、キラマと違って久高島に行くには陸路を通って 「毎年の行事にするつもりなのか」 「そのようですね」 「兄貴も大変じゃな」と苗代大親は笑ったあと、「危険はないのか」と聞いた。 「中山王の命を狙う者にとっては絶好の機会ですからね、危険は伴うでしょう。しかし、それに対する警固も万全にするつもりです」 「わしらの出番じゃな。暴れたくてうずうずしている奴らが多いからのう」 「よろしくお願いします」と言って、サハチは苗代大親と別れ、武術道場をあとにして首里グスクに向かった。 空を見上げると黒い雲が流れていた。一雨来そうな空模様だった。サハチは急いで馬を走らせた。 |
首里グスク
浦添グスク