久高島参詣
ヤマトゥ(日本)旅が決まって以来、マチルギは忙しい身ながら、ジクー(慈空)禅師からヤマトゥ言葉を習っていた。クマヌ(中グスク按司)やヒューガ(日向大親)と付き合ってきたので、しゃべる事は何とかでき、ひらがなも読めるが、漢字はまったく駄目だった。 マチルギと一緒に行く事になったのは マチルギはファイチ(懐機)の妻のヂャンウェイ(張唯)も誘ったのだが、ヂャンウェイはヤマトゥに行くより、一度、 ヒューガは突然、ヤマトゥに行く事になって驚いたが、二十年振りのヤマトゥを見て来るのも今後のためになるかもしれないと引き受けてくれた。ヂャンサンフォンを誘ったのはヒューガで、旅の間、ヂャンサンフォンから武芸を習おうと張り切っていた。ヒューガはすでに五十歳を過ぎている。武芸の腕も一流なのに、さらに学ぼうとしている姿勢には、サハチも頭が下がる思いがした。 シンシンを誘ったのはササだった。一緒に琉球を旅して以来、二人はいつも一緒にいた。ササのお陰で、シンシンの島言葉は琉球に来てから半年余りとは思えないほどに上達していた。佐敷グスクの フカマヌルを誘ったのはマチルギだった。 フカマヌルのヤマトゥ行きを知って驚いたのはウニタキだった。フカマヌルが妻のチルーと一緒に旅をするなんて考えてもいない事だった。ウニタキは 「叔父上、あのグスクを片付けるのは容易の事ではありません。きっと、いやな夢を見ていると思うでしょうが、よろしくお願いします」 「なに、按司になれると思えば、そんな事は何でもない。部下の兵たちと力を合わせて、立派なグスクに再建してみせる」 浦添按司になった當山親方は、二番組のサムレーたちを引き連れて浦添に向かった。空席となった二番組は三番組の 二月の末、サハチは苗代大親とウニタキと一緒に、三月三日に予定されている久高島参詣の道筋の下見をした。中山王の命を狙う者が隠れそうな場所を見つけて、警戒しなければならなかった。サハチも警固をするつもりでいたのに、父の 首里から サハチ、ウニタキ、苗代大親の三人は十人の兵を連れて、馬に乗って出掛けた。 いい天気で、『うりじん』と呼ぶにふさわしい陽気だった。去年の今頃は明国にいたと思うと、一年が過ぎるのは速かった。 「もし、中山王を襲う者がいるとしたら、そいつは何者なんじゃ?」と苗代大親が誰にともなく聞いた。 「 「山南王と山北王が兄貴の命を狙うかのう」と苗代大親は首を傾げた。 「兄貴がいなくなってもサハチがいる。城下の者たちの噂を聞いたんじゃが、皆、兄貴がキラマで一千の兵を育てていた事は知らん。隠居して気ままに旅をしていたと思っている。中山王は飾りに過ぎん。実際の実力者はサハチだと言っていた。山南王も山北王も同じように考えているんじゃないかのう。飾り物を殺した所でどうにもならん。お前の命を狙っているかもしれんぞ」 苗代大親はサハチを見た。 「俺が狙われているのですか‥‥‥」 そう言われてみれば、その可能性は高かった。今まで気がつかなかったが、敵の立場に立ってみれば、親父よりも俺の命を狙うはずだった。そうなれば、今も危険が迫っていると言える。 サハチは辺りを見回した。 そんなサハチを見て、ウニタキが面白そうに笑った。 「お前が一番、自分の事をわかっていない。師範の言う通り、お前が一番、狙われているんだよ」 「そんな事を言われたら気楽に外に出られなくなる」 ウニタキはまた笑った。 「お前の周りには常に、三星党と 「すると今も付いて来ているのか」 「当たり前だ」 「すまんな。自由に動けるように、親父に中山王になってもらったんだが、俺が動くとみんなに迷惑がかかるのか」 「何を言っているんだ? 誰も迷惑などと思ってはおらん。返って、じっとしていたら、奴らは退屈してしまう」 笑いながら話を聞いていた苗代大親は話を戻すと、「結局、中山王を狙う奴らはおらんのじゃないのか」とウニタキに聞いた。 「武寧の残党どもが 「敵討ちか‥‥‥しかし、残党どももそれほどいるまい」 「武寧の三男がまだ生きています。どこに逃げたのかわかりませんが、奴が生きている限り、安心はできません」 「武寧の三男というのは、浦添グスクにいなかった奴だな」 「そうです。留守を弟たちに任せて、女に会いに行っていたそうです」 「くだらん男だな。敵討ちをする度胸なんてあるまい」 「本人になくても、残党どもに 「そうじゃな」 「三男で思い出したんだが、望月党の三男もまだ生きているはずだな」とサハチはウニタキに言った。 「ああ、望月ヌルの話だと当時、十四歳だったというから、今は十七だ。そろそろ、出て来るかもしれん。母親は 「望月党とは何の事だ?」と苗代大親が聞いた。 ウニタキが説明した。 「勝連にそんな組織があったのか。知らなかった。それで、ウニタキが三星党を作ったんじゃな」 「そういう事です」 首里の高台を下りると左側に 「まず、第一に危険なのは新川森だな」と苗代大親が言った。 「この山には首里の兵を百人、待機させましょう」とサハチは言った。 苗代大親はうなづいた。 新川森の山裾を左に見ながら進み、しばらく行くと左側に小高い丘があった。樹木か 「ここにも兵を置くか」と苗代大親が聞いた。 サハチは振り返って、新川森を見た。大して離れていなかった。 「新川森の兵に調べさせれば大丈夫でしょう」 「そうじゃな」と苗代大親も納得した。 点在している田畑を見ながら進むと川に出た。川には丸木橋が架かっていた。川を覗くと、水量はあまりなく、橋を渡らなくても通れそうだった。ただ、所々に草むらがあり、敵が隠れる場所はあった。 「ここを通る前に先発隊に調べさせた方がいいな」とウニタキが言った。 サハチと苗代大親はうなづいた。 橋を渡ると 「やはり、ここが一番、危険だろう」とウニタキが言った。 運玉森は重要な拠点として、マジムン屋敷のある山頂一帯は立ち入り禁止にしてあるが、山裾は広く、隠れる場所はいくらでもあった。 「ここには島添大里の兵百人を入れよう」とサハチは言った。 「それがいいのう。本隊の百と新川森の百、運玉森の百で、総勢三百いれば、何とかなるじゃろう」 ここまで来れば与那原泊はすぐそこだった。与那原泊にはヤマトゥの商品を入れる倉庫があって、その商品は山南王のシタルーとの取り引きに使われた。その倉庫を守るために、島添大里の兵が守っていた。 「久し振りに登ってみんか」と苗代大親が運玉森を見ながら言った。 サハチとウニタキはうなづいて、運玉森へと向かった。ウニタキはマジムン屋敷を拠点にしているので、何度も来ているだろうが、サハチと苗代大親は首里を攻めた時以来で、二年振りの事だった。 二年前に通った道も草が 「初めてこの屋敷を見た時、驚いたぞ」と苗代大親が言った。 「こんな山の中にこんな立派な屋敷があるとは思わなかった。あの時、この屋敷のいわれを聞きたかったんじゃが、そんな余裕はなかった。どんないわれがあるんじゃ?」 「ここを見つけたのはヒューガ殿です」とサハチが言って、説明した。 「ほう、 「そうです。何度も焼かれそうになりましたが、それに耐えて、こうして今も建っています」 「マジムン屋敷か‥‥‥マジムンが住んでいるのじゃなくて、この屋敷がマジムンなんじゃな」 「そうとも言えません。ここに住んでいるのはウニタキですから、マジムンかもしれません」 「おい、俺をマジムンにするな」とウニタキが言って笑った。 連れて来た兵たちを休ませ、サハチたちもマジムン屋敷に入って一休みした。 三月三日、思紹は女たちを連れて、首里グスクを出発した。その行列を見ようと朝早くから見物人たちが首里グスクの 武装した苗代大親とマチルギが馬に乗って先頭を行き、そのあとに五十人の兵が続く。兵の後ろに馬天ヌルが率いる首里のヌルたち十人が続く。ヌルたちも勇ましく武装していた。そして、思紹のお 久高島参詣の行列は城下の人たちに見送られて、ゆっくりと与那原泊へと向かって行った。 サハチは 「楼閣と言えば、博多の妙楽寺の『 博多の『呑碧楼』の事はヤマトゥに行った弟や息子たちから聞いていた。博多に行って、まず驚いたのが『呑碧楼』だと誰もが言った。サハチが行った頃には、妙楽寺はあったが『呑碧楼』はなかった。 「呑碧楼は戦で焼け落ちたのを九州 サハチは各地で見た明国の楼閣を思い出して、あんな大きな建物が博多にできたのかと驚いていた。 「京都のお寺にも五重の塔や七重の塔があると聞きましたが」とサハチが言うと、 「あれは仏様の遺骨を祀る 「外見は五階建てに見えますが、実際には上に登る事はできないのです」 「そうなのですか」 「 「北山という所に高さが三十 「そうか。やはり建てたのか」とジクー禅師は苦笑した。 「最近、 「金閣?」 「金色に輝く三層の楼閣のようです」 「金色の楼閣か‥‥‥」 サハチは首里グスクの 囲碁に熱中しているうちに、 「無事に船に乗ったか」とサハチが聞くと、イーカチはうなづいたが顔付きは暗かった。 「どうした? 何かあったのか」 「敵が現れました」 「なに? 襲われたのか」 「 「十五人が亡くなった‥‥‥」と言って、サハチはジクー禅師と顔を見合わせて驚いた。 「詳しく聞かせてくれ」 新川森の裾野を過ぎて、しばらく行った時、左側の森の中から敵が襲撃して来たという。 新川森で待機していた 攻めて来た敵の数はおよそ百人、馬に乗っている武将も十人ばかりいた。敵の襲撃を知るとお輿から下りたヂャンサンフォンの指示で、お輿を円形に並べ、その中に女たちは避難した。ヂャンサンフォンとマチルギ、女子サムレーはお輿の外に出て近づいて来る敵と戦った。イーカチも女たちを守るために戦った。 運玉森から 敵が逃げ散ったあと、その森に行ってみると偵察に入った兵は皆、殺されていた。 「そうか、十五人も戦死したか‥‥‥」 サハチはあの森にも百人の兵を入れるべきだったと後悔した。 「あとは皆、無事だったのだな」 「負傷した者たちも重傷といえる者はいません。女子サムレーも何人か負傷しましたが、かすり傷だと言って、久高島に行きました」 「マチルギも無事か」 「 サハチは苦笑して、「親父も無事だったんだな?」と聞いた。 「王様は苗代大親殿と一緒に大暴れでしたよ。敵の中に突入して、片っ端から倒していました」 サハチはまた苦笑して、「ジルムイとマウシは大丈夫だったか」と聞いた。 「無事です。見事に 「海賊退治をしたらしい」 「海賊ですか」と言って、イーカチは目を細めた 「敵は何者だったんだ?」とサハチは聞いた。 「武寧の残党のようです。捕まえた者が白状しました」 「そうか‥‥‥武寧の残党が百人もいたとは驚きだな」 「ええ、驚きました。山南王の兵が攻めて来たと思いましたよ」 「シタルーはそんな無茶はするまい」 イーカチはサハチにうなづいたあと、「ヂャンサンフォン殿ですが、凄い人ですね」と言った。 「あの人は武器を持ってはいませんでした。しかし、近づいて来る者たちは皆、倒れました。敵に斬られそうになった女子サムレーがいたのですが、ヂャンサンフォン殿が気合いを掛けると吹き飛ばされたように飛んで行って、あとは動かなくなりました。あんな凄い術を見たのは初めてです」 サハチは笑った。 「あの人は明国では武術の神様なんだ。皇帝でさえ会いたがっているんだけど、あの人は面倒くさがって、琉球に逃げて来たんだよ」 「武術の神様‥‥‥まさしく、神様ですね」 次の日、思紹たちは久高島参詣を終えて帰って来た。楽しい旅になるはずだったが、敵の襲撃に遭ったため、皆、暗い表情だった。それでも、マチルギの話によると、女たちは皆、久高島に行って喜んでいたという。馬天ヌルに連れられてフボーヌムイ(フボー御嶽)でお祈りをして、海に出て遊び、捕れ立ての魚貝を食べて、皆、充分に満足していると言った。 戦死した兵たちの葬儀が終わった頃、ウニタキが戻って来た。 「俺の失敗だ。敵に逃げられちまった」とウニタキは言った。 「捕まえた奴を白状させて、大将の名がようやくわかった。イシムイ(石思)という名で、やはり、武寧の三男だった」 「やはり、奴だったのか」 「奴の母親はタブチ(八重瀬按司)とシタルーの姉だ。浦添グスクが焼け落ちたあと 「シタルーか‥‥‥シタルーなら利用するだろうな。しかし、武寧の残党が百人もいたとは驚いた」 「浮島を守っていた奴らが合流したようだ」 「浮島の兵だったのか‥‥‥」 サハチたちが首里グスクを奪い、浦添グスクを焼き討ちにした時、武寧の兵は浮島にも百人いた。ファイチからその事は聞いていたが、浮島で戦をするわけにもいかず、ファイチに任せたのだった、ファイチは浮島を守っている大将を知っていた。アランポー(亜蘭匏)とつるんで、あくどい事をしている悪い奴だと言った。ファイチはアランポーが呼んでいるとその大将を呼び出して退治した。兵たちは浦添にいる家族のもとへ返したという。残党狩りの時、浮島にいた兵たちを何人か捕まえて、首里の人足に送ったが、半数以上の者たちが家族を連れて逃げて行ったのだった。 「浮島の奴らも今回の戦で半数以上は戦死した。イシムイと一緒に逃げたのは十数人に過ぎん。奴らはヤンバル(琉球北部)まで逃げて行った。もしかしたら、 「山北王か‥‥‥」 亡くなった兵たちの ヂャンサンフォンの活躍は噂になって広まった。久高島から帰って来ると、ヂャンサンフォンは首里のサムレーたちに武当拳を教える事になった。ヂャンサンフォンは喜んで引き受け、島添大里から毎日、首里まで通っていた。首里に屋敷を用意すると言ったら、運玉森ヌル(先代サスカサ)がいる島添大里がいいと言う。サハチはヂャンサンフォンのために馬を用意した。 |
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