初孫誕生
台風で潰れた 「わたしは次男です。父の跡を継ぐ、兄の長男がサハチを名乗るべきなのです」とジルムイは主張し、「ジルムイ(次郎思)の長男なので、ジタルー(次太郎)でいいのです」と言った。 成程、ジルムイの言う通りだと皆も納得して、ジタルーに決まった。 サハチ(島添大里按司)は三十七歳の若さで、お爺ちゃんになってしまった。マチルギが帰って来たら、さぞや驚くだろうと思いながら、可愛い顔をして笑うジタルーをあやしていた。 初孫誕生の五日後、三姉妹の船が帰って行った。前日は 島添大里での宴には サハチとメイユー(美玉)の事は噂になっていた。馬天浜の復興作業で二人が一緒にいる事が多く、三人目の 三姉妹の船にはファイチ(懐機)の妻、ヂャンウェイ(張唯)と息子のファイテ(懐徳)、娘のファイリン(懐玲)が一緒に乗って行った。三人は八年前にファイチと一緒に琉球に来た。ファイテは六歳で、ファイリンは四歳だった。両親から明国の言葉は習っていても、二人とも自信がなかった。不安な面持ちで 「わたしたちが龍虎山までちゃんと送り届けるから心配しないで」とメイリン(美玲)が言った。 ファイチは笑って、明国の言葉でメイリンに何かを言った。メイリンも笑ってうなづき、ウニタキ(三星大親)に手を振ると小舟に乗り込んだ。 「来年は会えないわね」とメイユーがサハチに言った。 「再来年は会えるさ。無理をするなよ」 「大丈夫よ。琉球で充分に休養したわ」 「また、 メイユーは笑って、「綺麗な 「マチルギが喜ぶだろう」 メイユーはうなづいて、サハチを見つめていたが、手を振ると小舟に乗り込んだ。 三姉妹の二隻の船を見送って島添大里グスクに帰ると、ユリとナツの妹のアキが子供たちを連れて遊びに来ていた。 アキはサミガー アキが十七歳になった春、姉のナツは『 嫁いで三年目の春、佐敷按司は島添大里グスクを攻め落として島添大里按司になった。ナツが島添大里グスクの侍女になったと聞いたアキは、ナツに会いに行った。三年振りに見た姉は変わっていなくて安心した。アキは子供を連れて、時々、姉を訪ねた。 ナツが侍女をやめて、『まるずや』に移った時も、時折会っていた。それが去年の九月、『まるずや』から消えてしまい、また危険な仕事に戻ったのかと心配した。そして、十一月の末、ナツが島添大里按司の側室に迎えられたと聞いて、信じられないほどに驚いた。アキは島添大里グスクに行った。お腹の大きくなっている姉を見て、さらに驚いた。ナツは無事に男の子を産んだ。アキは子供を連れて、度々遊びに来ていて、今回はユリを誘ったのだった。 ユリはサハチとの約束を守って、子供たちに笛を聞かせた。子供たちは喜んで、ウニタキの娘のミヨンが教えてくれとせがんだ。ミヨンはウニタキから
その頃、 ヒューガと 修理亮はわけがわからないまま、言われた通りの修行を続けていた。断食やら、呼吸法やら、真っ暗な洞窟の中を歩いたりと、こんな事をやっていて強くなれるのかと疑問だらけだったが、一月が経ってみると、体が軽くなり、刀が以前よりも自由に操れるようになっていた。そして、 ヂャンサンフォンは対馬島が気に入っていた。対馬の山や海には神気が漂い、偉大なる自然の力が強く感じられた。その『気』を体内に取り込めば、眠っている能力を呼び覚ます事ができる。南部の山中での一か月の修行で、それを見事に体得したのはササだった。 人は誕生した時、様々な能力を持って生まれるが成長の過程で、それらの能力を忘れてしまう。その能力を呼び覚ますために修行を積むのが道教だった。ササは生まれた時の能力をほとんど失わずに成長した そんな能力よりもササが気になっているのは修理亮の事だった。修理亮がマレビト神に違いないと修行中も修理亮の気を引こうと頑張っていた。修理亮は修行に熱中していて、ササだけでなく、シンシンやシズにも目をくれなかった。鈍感な男の目を覚ませてあげましょうと毎朝、水汲みに行く川で、修理亮を待ち伏せして、裸になって水浴びをして見せたが、「三人の天女の行水か。いい眺めだ」と言ったきり、その後の展開もなかった。三人は諦めて、修行中は休戦状態にして修行に熱中した。 一か月の修行が終わって、再び旅が始まった。ササとシンシンとシズは修理亮の心を奪い取ろうと火花を散らして戦った。対馬の南側を巡る旅が終わって、 「御先祖様が琉球からここにいらしたのね」と馬天ヌルがお祈りのあとに言った。 佐敷ヌルはうなづいて、「こっちからも琉球に行っているわ」と言った。 「古くから対馬と琉球は交易していたのね」とフカマヌルは言った。 「この人、ヌルよ」とササがウタキをじっと見つめながら言った。 「山の神様がここから船出して、 「アマテラス? アマテルじゃないの?」と馬天ヌルが聞いた。 「船越にあるアマテル神社は、アマテラスのお父さんのアマテルを祀っているのよ。アマテルの名前はスサノオで、神名がアマテルなの」 「という事は、ここの山の神様もスサノオなのね。スサノオの神様はあちこちの神社に祀ってあったわ。山の神様でもあるし、海の神様でもあるし、太陽の神様でもあるのね」 ササはうなづいた。 「スサノオは凄い神様だわ」」 「南の島って琉球なの?」と佐敷ヌルがササに聞いた。 ササは首を振った。 「どこだかわからないわ」 ササはそう言って、「あっ!」と叫んだ。 「どうしたの?」と馬天ヌルが聞いた。 ササは笑って、「何でもないわ」と答えたが、突然、ある事に気づいたのだった。 修理亮はマレビト神ではなかった。修理亮が琉球に来ればマレビト神になるが、今、ヤマトゥ(日本)にいるササの方がマレビトであって、修理亮はヤマトゥ国内にいるヤマトゥンチュ(日本人)に過ぎなかった。 ササは修理亮を眺めながら、いい男なんだけど諦めるしかないわねときっぱりと修理亮を諦めた。 ササの母親、馬天ヌルは神様との対話を続けてきただけあって、特殊な能力を持ち、その能力にさらに磨きを掛けていた。 馬天ヌルは一か月の修行中、ある重大な事に気づいていた。 かつて首里が でも、どうして、あの三人に光ったのだろうか‥‥‥ あの三人が『ティーダシルの石』のありかを知っているのだろうか‥‥‥ マカトゥダルは山田で生まれて、十六歳まで山田で育った。ユミは佐敷で生まれて、十五歳の時に 『ティーダシルの石』は山田にあるのだろうか。それとも、勝連にあるのだろうか。それとも、『ツキシルの石』があった苗代の近くに埋もれたままあるのだろうか。 琉球に帰ったら、三人から話を聞いて、『ティーダシルの石』を捜す旅に出ようと馬天ヌルは決心した。 ヤマトゥ旅に出ないで首里にいたなら、毎日が何かと忙しく、その事に気づかなかったかもしれない。馬天ヌルは対馬一周の旅で出会った様々な神様に感謝し、船越に戻ってからは、『アマテル神社』に祈りを捧げながら、村の娘たちに剣術を教える日々を送っていた。 マチルギたちより先に朝鮮に行ったシタルーとクグルーの二人は、 漢城府では五郎左衛門の長男、 シタルーとクグルーが朝鮮から対馬に帰ったのが九月の半ばで、その一月後、マチルギたちが行ったのだった。マチルギたちは漢城府までは行かず、富山浦に何日か滞在して対馬に戻った。 帰って来たら、浅海湾の山々は見事に紅葉していて美しかった。赤や黄色に染まる山々を眺め、歓声を挙げながらマチルギたちはその光景を目に焼き付けていた。 ジクー(慈空)禅師が対馬に来たのは十一月の半ばだった。京都まで行って来たと聞いて、マチルギたちは驚いた。 「京都まで無事に行けるのですね?」とマチルギが聞くと、ジクー禅師は首を振った。 「博多の商人たちは危険だと船を出してくれなかった。仕方なく、 「そうでしたか‥‥‥それで、知り合いの方には会えたのですか」 ジクー禅師は笑ってうなづいた。 「わたしの師匠なのですが、会う事ができました」 ジクー禅師は自分の身を守る イーカチはジクー禅師から京都の様子を聞いた。できる事ならジクー禅師と一緒に京都まで行きたかった。京都の様子を絵に描いて、 十一月も末になると急に寒くなり、十二月の初めには雪が降って来た。初めて見る雪にマチルギたちは感激してキャーキャー騒いだ。 マチルギたちが雪に感激していた頃、琉球の馬天浜では、対馬から来る船乗りたちが利用する『対馬館』が完成していた。二階建ての立派な宿泊施設だった。急いで建てたので、首里の『会同館』と比べたら見栄えはあまりよくないが、頑丈に作ったので、大きな台風にも耐えられるだろう。サハチは大工たちをねぎらい、手伝ってくれた馬天浜の人たちと一緒に完成祝いのささやかな宴を開いた。 ほろ酔い気分で島添大里グスクに帰ると、笛の音が響き渡っていた。ウニタキが各地の『よろずや』を回って集めた笛を子供たちに与えてから、島添大里グスクは毎日がお祭りのように、笛の音がピーヒャラ、ピーヒャラ鳴っていた。 |
島添大里グスク
朝鮮、富山浦
朝鮮、漢城府