娘からの贈り物
マチルギと話したい事がいっぱいあったのに、サハチ(島添大里按司)は飲み過ぎてしまい、朝起きたら、マチルギは ナツを呼んで、「 「楽しいお話を色々とお聞きしました」と明るく笑った。 ナツは毎朝、マチルギたちの無事を、グスク内にあるウタキ(御嶽)に祈っていた。みんなが無事に帰って来たので、嬉しくてたまらないのだろう。何の屈託もない笑顔だった。 「船を 「はい、驚きました。大きな 「そうか。お前は何を話したんだ」 「留守中の出来事をお話ししましたが、詳しい事はまだ話しておりません」 「メイユー(美玉)との試合は話したのか」 ナツは首を振った。 「台風のお話はしましたが、メイユーさんと仲よくなった事はまだ話していません。昨日はもっぱら旅のお話を聞いておりました」 サハチはうなづくと仕度をして首里に向かった。 マチルギは サハチが顔を出した時は、マチルギ、佐敷ヌル、チルー、 サハチは窓から 「 「どうしたんだ?」とサハチが聞くと、手がけている彫刻を完成させてから 三日後、伊是名親方はサムレー副大将として進貢船に乗り込む事になっていた。 「旅立ちの準備はできたのか」 伊是名親方は笑ってうなづいた。 「まるで夢のようですよ。明国に行くなんて考えてもいない事でした」 「リェンリー(怜麗)には言ってあるのか」 「はい。でも、今頃は 「そうだったな。向こうで会えなくても、帰って来てからこっちで会える。 「はい」と伊是名親方は真面目な顔をしてうなづいた。 「彫刻、頑張れよ」と言って、サハチは伊是名親方と別れて、首里グスクを出ると浮島(那覇)に向かった。 港にはヤマトゥの船がいくつも泊まっていて、大勢の 「サハチさん、どうしました?」とファイチの声が上から聞こえた。 サハチは見晴らし台に上がった。 「楼閣がよく見えます」とファイチは言った。 「あれが完成すれば首里が一目でわかります」 サハチも首里の方を見た。普請中の楼閣がよく見えた。 「朝鮮から帰って来る頃には完成しているだろう」 「マチルギさんたち、無事に帰国したそうですね」 「早いな。もう知っているのか」 「ウニタキ(三星大親)さんの配下の者が知らせてくれました。 「みんな、元気に帰って来たよ。今、首里の御内原で帰国祝いをやっている」 「そうでしたか。本当に無事でよかった」 サハチはうなづき、「朝鮮旅だが、進貢船で行こうと思っているんだ」とファイチに言った。 「わたしもその方がいいと思います。ヤマトゥ 「そこで聞きたいんだが、朝鮮に行った事がある 「わたしも調べました。火長や ファイチは今乗っている船を示した。 「この船は俺たちが明国に行く時に乗っていた船だな」 「そうです。一年間、休養して、今年、また明国に行きます。仁字号船と礼字号船はすでに廃船になっていて、火長たちは明国に帰っています。去年、明国に行ったのが忠字号船で、二度、朝鮮に行きましたが、二度目は嵐に遭ってヤマトゥの国の 「よかった。朝鮮に行った事がある火長たちがいれば、進貢船で行けるな」 ファイチはうなづいた。 「一年間、遊ばせておくのは勿体ない。有効に使いましょう。商品の方は大丈夫ですか。進貢船で行くとなるとかなり積めますよ」 「大丈夫だ。充分に確保してある。進貢船で朝鮮に行くという事で、久米村の方も話を進めてくれ。今回、ヤマトゥに行ったクグルーが朝鮮の都の 「わかりました。楽しい旅にしましょう」とファイチは嬉しそうに笑った。 久米村の料理屋で一緒に昼食を食べて、ファイチと別れた。 首里の大通りにある『まるずや』の前で、シラーとシンシンに出会った。 「今日は非番か」とサハチがシラーに声を掛けると、「三日後に明国に行くので準備をしています」とシラーは言った。 「なに、お前、明国に行くのか」 サハチは驚いて馬から下りた。 「今年から、四番組に入ったんです。明国に行けるのは半分の五十人だから新参者の俺は選ばれないだろうと思っていたんですが、なぜか、選ばれてしまいました」 「そうか、伊是名親方と一緒に行くのか。マウシとジルムイも行くのか」 「いえ、マウシは五番組、ジルムイは八番組です」 「ほう。みんな、バラバラになったのか」 「マウシが師範( 一番組の大将は総大将の苗代大親だった。総大将が半年間も留守にするわけにはいかないので、一番組は明国には行かなかった。二番組の大将は 「そうだったのか‥‥‥しっかりと明国を見て来いよ」 サハチはシラーにそう言ってから、シンシンを見て、「半年振りに会えたと思ったら、また半年会えなくなるな」と言った。 シンシンは笑って、「大丈夫」と言ってシラーを見た。 二人と別れて馬に揺られながら、サグルーも明国に行かせた方がいいなと思った。今年は無理だが、来年、使者の従者として行かせようと決めた。 雨がポツポツ降って来た。空を見上げると黒い雲が流れていた。首里グスクに行くのはやめて、屋敷に入った。留守にする事が多い屋敷だが、城女が掃除をしてくれるので綺麗になっていた。誰もいないと思っていたら、女が出て来て頭を下げた。 「誰だ?」とサハチは聞いた。 顔は見覚えがあるが誰だか思い出せなかった。 「御内原にいるユイと申します」 サハチは思い出した。思紹の側室の一人だった。 「どうして、ここにいるんだ?」 「留守番です」 「 「気晴らしに丁度いいのです。交替で留守番をしております」 「マチルギが留守の時は誰もいなかったじゃないか」 「 「そうか‥‥‥」 「 「帰るのか」 「留守番ですから、按司様か奥方様がお帰りになれば、御内原に戻ります」 「気晴らしなんだろう。ゆっくりしていってもいいぞ」 「本当でございますか」とユイは嬉しそうに笑った。 「お前はもしかして、 ユイはうなづいた。 「奥間から 「はい、知っております。わたしが側室になるための修行を始めて二年近く経った頃、浦添に嫁いで行かれました。浦添グスクが焼け落ちた時に助けられたと聞いておりますが、その後の事は知りません」 「今、佐敷にいる。お前も笛がうまいのか」 ユイは首を振った。 「ユリさんに教わりましたけど、とてもあのようには吹けません。わたしが得意なのは 「ほう、そいつは大したもんだ。それじゃあ、一局参ろうか」 「えっ、 「確か、もらい物があったはずだ」 サハチが見つけて持ってくると早速、勝負を始めた。 サハチが碁を始めたのは二年前の正月だった。父の思紹と同じように 碁に熱中しているとマチルギが帰って来た。ユイはマチルギの姿を見ると碁を打つ手を止めて、慌てて頭を下げた。 「申しわけございません。つい熱中してしまいました」 「いいのよ」とマチルギは笑った。 ユイはもう一度頭を下げると去って行った。 「側室に留守番なんかさせて大丈夫なのか」とサハチは聞いた。 「大丈夫って?」 「逃げたりしないのか」 マチルギは笑った。 「逃げても別に構わないわ。でも、逃げないでしょ。みんな、楽しくやってるもの」 「そうか‥‥‥」 「 「特に飲み過ぎたわけじゃないんだが、お前たちが無事に帰ってくれたんで、急に気が緩んだんだろう」 「心配だった?」 「ああ、心配したさ。お前にもしもの事があったら、この先、どうやって生きていったらいいのかわからなくなってしまう」 「あたしも色々な事を考えたわ。忙しい毎日が続いたから、何かをゆっくりと考える暇もなかった。対馬の海で、山や星を眺めて、あなたや子供たちの事を思ったの。そして、これから何をやるべきかをね」 御内原の侍女たちが料理を運んで来た。酒の用意もあった。侍女たちが引き下がると、マチルギはサハチに酒を注いで旅の話を始めた。 そう言って、マチルギは酒を飲み始めた。首里グスクを奪い取る前、時々、マチルギと一緒に酒を飲んでいたが、一緒に酒を飲むのは久し振りだった。 「山北王を討つのは七年後ね」とマチルギはサハチを見た。 サハチはうなづいたが、「相手の出方によっては早まるかもしれない」と言った。 「メイユーたちが 「そうだ。 「メイユーは元気だった?」 「去年、琉球を去ったあと明国に行って、休む間もなく 「そう」とマチルギはサハチの顔を見つめたが、それ以上、メイユーの事には触れずに、旅の話を続けた。 宝島での嵐、黒潮越え、 サハチはマチルギの手に触れた。 「何よ」とマチルギはサハチを見た。 「昔を思い出したんだ。こうして、お前と二人だけで話し合うなんて久し振りだ」 「そうね。いつも、子供たちが騒いでいたものね」 「今、ふと、 「まだ一緒になる前だったわね。あの時、今の状況になるなんて考えもしなかったわ。まして、ヤマトゥ旅に出るなんて‥‥‥本当にありがとう。ヤマトゥに行って、本当によかったわ」 マチルギはサハチに寄り添い、サハチの手を握り締めた。 「どこまで話したか忘れちゃったわ」 「ごめん、博多で 「そうそう。修理亮はね、ヒューガ(日向大親)さんのお師匠さんを捜していたのよ。ヒューガさんがその人のお弟子だと知って、対馬まで付いて来たの。対馬に着いてすぐだったわ。イトさんとユキちゃんが現れたの。もうびっくりしたわよ。しかも、あたしたちと同じサムレーの格好で現れるんだもの。あたしが想像していたイトさんとは全然違っていたわ」 「どんな想像をしていたんだ?」 「ユキちゃんはサイムンタルー(早田左衛門太郎)さんの跡継ぎに嫁いだんでしょ。立派なお屋敷で、綺麗なヤマトゥの着物を着ているお姫様よ。イトさんはお姫様のお母さんだから、やっぱり、綺麗な着物を着て、お屋敷で上品に暮らしていると思ったわ」 「イトはちょっと違うが、ユキはお前と同じように俺も考えていた」 「それが全然違っていたのよ。しかも、イトさんは大きな 「そうか。お前の事だから船越まで乗り込んで行くに違いないと思っていたが、イトに先手を取られた感じだな」 「会いたいでしょ」とマチルギはサハチを見た。 サハチはうなづいた。 「もうすぐ会えるさ」 「ヤマトゥに行くのね」 「ヤマトゥだけじゃない。朝鮮にも行く」 「あたしも朝鮮に行って来たわ。あたしたちだけで御船を操ってね」 「やはり、女の水軍を作るつもりなのか」 マチルギは首を振った。 「マグサ(孫三郎)さんから聞いたけど、琉球の海は珊瑚礁があるから船を操るのは難しいって言っていたわ。対馬にいた時、毎日のように御船に乗っていたから、もう充分に気が済んだの。時々、 「無人島に何しに行くんだ?」 「泳ぎに行くのよ。あたしたち対馬の海で裸になって泳いだのよ。気持ちよかったわ。それで、無人島に行って裸で泳ぐのよ」 「その時は俺も連れて行けよ」 「だめ」とマチルギは笑った。 「女だけで行くのよ」 「叔母さんも裸になったのか」 「叔母さんてどっちの? チルー叔母さんは裸になったわ。馬天ヌルの叔母さんは別行動だったの。ヂャン師匠やヒューガさんたちと一緒に、対馬一周の旅に出たのよ。旅の途中、山の中で一か月間、修行を積んだらしいわ。ちょっと変わった修行で、馬天ヌルの叔母さんとササはシジ(霊力)を強めたのよ。ヒューガさんと修理亮は体が軽くなって、生まれ変わったようだって言っていたわ」 「ササは修理亮と一緒だったのか」 「そうよ。博多で出会った時から、マレビト神かもしれないって言っていたわ。ササとシンシンとシズの三人で修理亮を狙っていたのよ。でも、修理亮は女よりも武術に熱中していたわ」 「未だに三人の勝負はついていないのか」 「そうね。でも、シンシンはシラーが明国に行くって聞いたら、慌てて会いに行ったから、修理亮から手を引くんじゃないの。朝鮮からの帰りに対馬の 「ヤマトゥの王妃様が水軍の大将になって朝鮮を攻めたのか」 「そうよ。対馬には勇ましい女の伝説が古くからあるのよ。イトさんが船頭になるのも当然の事なんだわ。それとね、八幡様というのはスサノオという神様で、『三つ巴』はスサノオの 「『三つ巴』は親子を現していたのか‥‥‥」 「そうみたい。スサノオっていう神様は凄い神様らしいわ。対馬にはスサノオを祀った神社があちこちにあったってササは言っていた。スサノオの声を聞きたかったけど、聞く事ができなかったって残念がっていたわ」 「スサノオか‥‥‥」 サハチにはヤマトゥの神様の事はよくわからないが、『三つ巴』の神様なら、ヤマトゥに行った時、お参りしなければならないなと思っていた。 マチルギはそばに置いてあった包みをほどくと、「お土産」と言って綺麗な袋に入っている細長い物をサハチに渡した。 「笛か」と言って、サハチは袋の中から中身を出した。やはり、笛だった。竹でできた笛だったが、横笛ではなく、縦笛だった。 「 「どうやって吹くんだ」 「こうやるの」とマチルギは竹の先を口に当てて吹いたが、スーという息の音がするだけだった。 「難しいのよ。ジクー(慈空)禅師が鳴らせるわ」 サハチも真似してやってみたが、やはり、音は出なかった。口の位置や息の吹き方を工夫して何度かやって、ようやく、かすれたような音が出た。 「横笛が吹けるんだから慣れれば吹けるわよ」 「そうだな。ありがとう」 「これはイトさんから」と言って、マチルギは渋い色の着物をサハチに渡した。 「イトさんの手作りよ」 「そうか、ありがとう。ヤマトゥに行く時、着ていこう」 「これはユキちゃんから」と言って、黒い袋に入った細長い物を渡した。 袋の中には長さ一尺ほどの短刀が入っていた。鮫皮の 「凄いな」とサハチは思わず言った。 「 「まさしく名刀だよ」とサハチはうなづき、鋭い刃を鞘に納めた。 「ユキがよくこんな物を持っていたな」 「お嫁に来た時に、お 「サンルーザ(早田三郎左衛門)殿からか」 マチルギはうなづいた。 「守り刀を手放したらうまくないだろう」 「ユキちゃんはあなたがイトさんにあげた刀を守り刀にしているわ」 「あの刀を大切に持っていてくれたんだな」 サハチは両手を合わせて、対馬にいる二人にお礼を言った。 その夜、サハチとマチルギは夫婦水入らずで、酒をちょびちょび飲みながら、夜遅くまで語り合っていた。 |
首里グスク