ササの強敵
正月の二十八日、 副使の中グスク大親の祖父は中グスク按司の家臣だった。 父親も棒術の名人で武術の腕を見込まれて、 伊是名親方と一緒に行く事になったシラーはマウシとジルムイから、運のいい奴だと羨ましがられていた。去年の暮れ、三人は 各按司たちが送った従者は家臣の者が多かったが、 サハチ(島添大里按司)が送った従者は弟の平田大親とクルー、 大勢の人が見送りに行くので、浮島(那覇)は人で溢れる。 サハチは ジクー(慈空)禅師から 馬天ヌルは旅から帰って来てからずっと、『ティーダシル(日代)の石』の事を考えていた。必ず、見つけ出して首里グスクに持って来なければならない。もし、敵に奪われたら、敵は『ティーダシルの石』と共に首里に攻め込み、首里は奪われてしまう。 馬天ヌルは首里に戻って来たその日に、 馬天ヌルはまずツキシルの石があった佐敷の 娘のササを連れて行って、何か見えないかと聞いてみた。ササはツキシルの石があったガジュマルの木の下に座り込んで目を閉じた。馬天ヌルはササの隣りに座って、お祈りを捧げた。 「見えたわ」とササが目を開けると言った。 「何が見えたの?」と馬天ヌルは期待を込めてササを見つめた。 「傷だらけのヌルたちが、ツキシルの石を運んでいる所が見えたわ」 「ティーダシルの石は?」 「ティーダシルの石はないわ。ツキシルの石だけよ」 「他に何か見えないの?」 「 「 ササは首を振った。 「それだけよ」 「そう‥‥‥ティーダシルの石は別の場所に運んだのね」 「 「それはサハチによって、首里に戻してもらうためでしょ」と馬天ヌルは当然の事のように答えた。 「真玉添のヌルは遠い未来に起こる事が見えたの?」 「そうなんでしょうね、きっと」 「凄いわ。二百年以上も先の事がわかるなんて」 「ここにないとすると 「行くつもりなの?」 「行かなければならないわ。 「もしかして、あたしも行くの?」 「勿論よ」と馬天ヌルは決めつけた。 「まあ、いいか。そうだ、 「修理亮はマレビト神だったの?」 「それがよくわからないのよ」 「マレビト神だったら、胸がときめくはずよ」 「初めて会った時はときめいたんだけど‥‥‥」 「シラーの時もそうだったじゃない。焦る事はないわ」 「別に焦ってはいないけど、強敵が現れたのよ」 「強敵って何よ」 「カナよ」 「カナって、浦添ヌルになるために修行しているカナの事?」 「そうよ。あの娘、シジ(霊力)があるのよ。強敵だわ」 「確かにカナは何かを持っているわね。運玉森ヌルに気に入られたわ」 「運玉森ヌルのもとで修行を積んだら、きっと凄いヌルになるわ。あたしも負けられないわ」 「カナが修理亮に会ったの?」 「そうなのよ。運玉森ヌルがカナを連れて、ヂャン師匠(張三豊)のおうちに来たのよ」 「そう言えば、ヂャン師匠の帰国祝いをしなくちゃって言っていたわ」 「強敵だわ」とササはもう一度言った。 馬天ヌルはそんな娘を見て笑っていた。物覚えがよく、何でもすぐに身に付けてしまい、人とは違う特別な能力を持っているササが、強敵だと恐れる相手がいるなんて不思議だった。幼なじみのカナがササの強敵になってくれれば、ササの能力はさらに伸びるだろう。お互いにいい競争相手になってくれればいいと馬天ヌルは思っていた。 二人は立ち上がるとその場から離れた。 佐敷ヌルはユリと一緒にお祭りの準備に追われていた。 佐敷ヌルは 話を聞いた時は悔しくて、シンゴを問い詰めてやろうと思った。しかし、シンゴの顔を見たら何も言えなかった。今の状況を考えたら、夫婦喧嘩をして実家に帰る場合ではなかった。お屋形様が帰って来るまで、 琉球から来た一行の中に佐敷ヌルもいると知ったウメは一目見ようと船越まで行った。マチルギと会い、土寄浦の娘たちに剣術を教えてくれと頼んだ。選ばれたのが、佐敷ヌルとフカマヌルだった。ヌルというのは 土寄浦に来た佐敷ヌルは娘たちを鍛え、さらに、若者たちも鍛えた。娘のフミはすっかり、佐敷ヌルを尊敬してしまった。フミだけではない。娘たち皆が、佐敷ヌルに心酔して、あんな人になりたいと憧れたのだった。許せないと思いながらも、ウメも佐敷ヌルの人柄には惹かれていき、心の中で許そうと思っていた。そんな時、佐敷ヌルに土下座されたのだった。 ウメは佐敷ヌルを立たせると、「琉球にいる時、あの人をお願いね」と言った。 佐敷ヌルは涙を流して、お礼を言った。 「でも、この事は二人だけの内緒にしておきましょう」とウメは言った。 「切り札として取っておくの。シンゴが何かへまをしたら、あなたの事を持ち出して責めてやるのよ。あなたもわたしを利用していいのよ。わたしに本当の事を言ってやるってね」 「成程」と佐敷ヌルはうなづいて、二人は笑い合った。 佐敷ヌルは胸のつかえも取れ、ウメとも仲よくなれた。ウメに気を遣って、対馬に滞在中はシンゴにも会わなかったという。 ウニタキ(三星大親)は帰国祝いの宴の翌日、平田に行き、フカマヌルからチルーとの事を聞いていた。 「何も言ってないわよ」とフカマヌルは言った。 ヤマトゥに向かう船の中で、娘の事を聞かれたけど、父親はマレビト神よと言っただけで、それ以上は聞かれなかった。対馬に着いてからは、チルーは船越にいて、フカマヌルは土寄浦にいたので、会う事もなかったという。 「ただ、佐敷ヌルに嘘をつくのは辛かったわ」 「マレビト神はヤマトゥンチュだと言ったのか」 「そうじゃないわ。 「ウニチル‥‥‥あっ」とウニタキは叫んだ。 「名前を言ったらばれちゃうでしょ。それで、ウミチルにしたのよ」 「ウミチルはお前の名前じゃないか」 「そうなのよ。とっさの事でそう言っちゃったけど、あとであたしの名前を聞かれて困ったわ」 「何と言ったんだ?」 「ウミカーミー」 「 「名前を教えてから、佐敷ヌルはずっと、あたしの事をカーミー姉さんて呼んでいたのよ」 ウニタキは笑った。 「チルー姉さんより、カーミー姉さんでよかったんじゃないのか。チルー姉さんだったら、チルーと同じになってしまう」 「カーミーでもいいんだけどね」 「ウニチルか‥‥‥チルーが久高島に行く事はないと思うが、娘の名を知ったら怪しむな」 「久高島に来るかもね。対馬でずっと 「参ったなあ」 「もし、久高島に来たら、もう本当の事を言うわよ。もう嘘はつきたくないもの」 「おいおい‥‥‥ところで、お前の母さんは知っているのか」 「知っているわ。お母さんには隠せないわよ」 ウニタキは久し振りに娘と過ごして、フカマヌル母子を久高島に送ると首里のビンダキ(弁ヶ岳)に向かった。 島添大里グスクでの帰国祝いの宴のあと、ヂャンサンフォン(張三豊)は修理亮を連れて、城下の屋敷に帰った。次の日に運玉森ヌルがカナを連れてやって来て、帰国祝いのささやかな宴を開いた。そこにふらっと顔を出したのはササだった。 「あら、カナじゃない。どうして、ここにいるの?」とササはカナに聞いた。 「お師匠に付いて来ただけよ」とカナは言った。 カナは佐敷の 十五歳の正月、カナは島添大里グスクに通って剣術の稽古を始めた。師範は奥方様(マチルギ)と佐敷ヌルで、カナは佐敷ヌルに憧れて、ササみたいにヌルになりたいと思った。両親に相談すると、古くからある名家の娘か、按司の娘でなければヌルにはなれないと言われてがっかりした。 十六歳になった二月、伯父の カナは不安になった。神様の声なんて、今まで聞いた事もなかった。馬天ヌルも佐敷ヌルもササも神様の声が聞こえるのだろうか。不安な気持ちのまま、運玉森ヌルに従って、キーヌウチ(首里グスク内のウタキ)の神様にお祈りを捧げる毎日が続いた。ある日、運玉森ヌルと一緒に運玉森に行き、カナは不思議な体験をした。山の上にある古い屋敷の中でお祈りをしていたら大きな雷が落ちてきた。一瞬、気を失ったカナが目を開けると屋敷がなくなり、草原の中にいて、目の前に古いウタキ(御嶽)があった。 カナは雷に打たれて死んでしまったのかと思った。呆然としていると運玉森ヌルが神様の声を聞きなさいと言った。耳の奥のほうで誰かが何かを言っていたのは気づいていた。雷の音で耳がおかしくなってしまったものと思っていた。カナは耳の奥の声に耳を傾けた。 マジムン(悪霊)は消えた。あとの事はあなたたちに託しますと言っていた。何を託すというのだろうか。運玉森ヌルに聞くと、それはあなたが見つけなければならないと言った。 その時以後、カナは時々、神様の声を聞くようになった。神様はあらゆる所にいて、いつも何かを告げていると運玉森ヌルは言った。その言葉を見逃さずに聞き取らなければならないという。厳しい修行を積んで、神様のお告げをすべて聞き取れるようになりたいとカナは真剣に思った。 久し振りに見たササはヌルとしての貫禄が充分備わって、神々しく見えた。ヌルの修行をする前、カナはササを見ても、ちょっと変わっている娘としか思わなかったが、今はヌルとしてのササの凄さが充分にわかるようになっていた。ようやく、ヌルとしての道を歩き始めた自分と、遙か先を歩いているササを比べ、早く追いつきたいと願った。 そんなカナにとって男なんて興味はなく、修理亮の存在もまったく気にならなかったが、修理亮はカナを一目見た途端に心を奪われそうになっていた。 その晩、カナはヂャンサンフォンとササからヤマトゥ旅の話を聞いて、次の日には、運玉森ヌルと一緒に久高島に渡った。 カナと運玉森ヌルが久高島を目指して舟に乗っている頃、ヂャンサンフォンの帰りを首を長くして待っていた |
佐敷、苗代
阿波根グスク