兄弟弟子
旅から帰って来たササが、シンシン(杏杏)と一緒に 「凄いでしょ」 「おっ、凄いな。どうしたんだ?」 サハチが驚くと、ササは嬉しそうな顔をして、ガーラダマの由来を説明した。 「昔々、ある所に平和に暮らしているヌルたちの国がありました。 そう言ってから、「 「かなり揺れたけど大丈夫だったよ。子供たちはとても驚いたようだった」 「あたしのも見て」とシンシンがガーラダマを見せた。 シンシンのガーラダマは神秘的な青さで、ササのより一回り小さかった。 「シンシンもヌルになったのか」と聞くと、シンシンは首を傾げて、「わからない」と言った。 「あの地震で大きな木が倒れて、ガーラダマが出て来たのよ」とササが言った。 「あと十個はどうしたんだ?」 「お母さんがヌルたちにあげるって言ってたわ。今、修行中のカナにもね」 「お前が前に持っていたガーラダマはどうしたんだ?」 「お母さんに返したわよ。あれは先代の 「そういえば、ミチもサスカサ(運玉森ヌル)から立派なガーラダマを譲られたな」 「あのガーラダマはかなり古くて凄いものなのよ。あたしもあんなのが欲しかったんだけど、ようやく手に入れたのよ」 嬉しそうなササを見ながら、「よかったな」とサハチは言った。赤いガーラダマはササによく似合っていた。 「佐敷ヌルのガーラダマは誰から譲られたんだ?」とサハチは聞いた。 佐敷ヌルも立派なガーラダマを身に付けていた。佐敷ヌルは初代なので、先代はいなかった。 「あれはお母さんが各地を旅した時に見つけたって言っていたわ。あれも古い物らしいわよ。それまではお母さんが若ヌルだった頃に付けていた小さなガーラダマだったの」 「そうだったのか。さっきの話だけど、捕まったチフィウフジンはどうなったんだ?」 「その頃、 「マジムン屋敷があった所にある古いウタキ(御嶽)はチフィウフジンのお墓なのか」 神妙な顔をしてササはうなづいたが、運玉森ヌルの話と違っていた。 「運玉森ヌルは、あそこはヌルたちの 「そうよ。あそこにもヌルたちの平和な国があったの。それを滅ぼしたのは 「 ササは驚いた顔をしてサハチを見た。 「どうして知っているの?」 「佐敷ヌルから聞いたんだよ。佐敷ヌルは 「そうだったの。やっぱり、マシュー 「確かに凄いんだが、その事に自分では気づいていないようだ」 ササは笑いながら、「確かにそうかもしれない」と言った。 「ヤマトゥの武将と島添大里按司の娘との間に生まれた舜天は、運玉森のヌルたちを滅ぼして、さらに真玉添のヌルたちを滅ぼして、 「ところで、チフィウフジンのガーラダマはどうなったんだ?」 「それなのよ」とササはよくぞ聞いてくれましたという顔をして手を打った。 「舜天には父親と一緒にヤマトゥから来た武将が何人か従っていて、 「そこから先は親父から聞いた。馬天ヌルのガーラダマが真玉添のチフィウフジンが持っていたガーラダマなんだな」 「あのガーラダマも長い旅の末に、真玉添に戻る事ができたのよ」 「二百年の旅か‥‥‥それで、『ティーダシルの石』はどうなったんだ?」 ササは首を振った。 「このガーラダマも『ティーダシルの石』の事は知らないのよ」 「お前、もしかして、今までの話はそのガーラダマから聞いたのか」 「そうよ」とササは当然の事のように言った。 以前、馬天ヌルはガーラダマがしゃべると言っていた。信じられなかったが、赤いガーラダマはササにしゃべるようだ。 「シンシンのガーラダマもしゃべるのか」とサハチはシンシンに聞いた。 「しゃべるんだけど、あたしには古い琉球の言葉はわからないわ。早く、聞き取れるようにならなくちゃだめね」 シンシンは恥ずかしそうに笑った。 ササは言いたい事を話し終わると、佐敷ヌルに自慢してくると行って、シンシンと一緒に去って行った。 お茶を持って入って来たナツが、「あら、もう帰ったの?」とサハチに聞いた。 「 「そう。 サハチはうなづいて、ナツからお茶を受け取って飲んだ。 島添大里グスクのお祭りの前日、ヂャンサンフォン(張三豊)が 「琉球は面白い所じゃのう」とヂャンサンフォンは機嫌よさそうに言った。 「 百歳を過ぎてもまだ修行を続けるなんて大した人だとサハチは感心していた。 「修理亮もンマムイ(馬思)も一か月で見違える程に強くなった」 「ンマムイ?」とサハチは言って、兼グスク按司を見た。 「俺の 兼グスク按司は苦笑した。 「俺はお前の祖父さんには会った事ないが、変わった男のようだな」 「お前は祖父さんに似ていると親父によく言われましたよ。ところで、島添大里殿、お手合わせをお願いしたいのですが、いかかですか」 「お手合わせというと木剣? それとも、棒か」 「 「武当拳なら俺もまだまだ修行中の身だ。あれからどれだけ上達したのか、師匠に見てもらおう」 サハチは サハチと兼グスク按司は庭に出て、ヂャンサンフォンの立ち会いのもと試合を始めた。 兼グスク按司の拳は凄い威力があった。一か月の修行でこれほど強くなるなんて予想外な事だった。まともに当たれば骨が砕けるだろうが、サハチには受け流す事ができた。次から次へと素早く繰り出す兼グスク按司の拳や蹴りをサハチは必死になって受け流した。受け流すばかりで、なかなか攻撃する事はできなかった。 兼グスク按司の鋭い右拳を左掌で受け流して、右掌で兼グスク按司の胸を打とうとした時、ヂャンサンフォンの「それまで!」という声が響き渡った。 サハチの右掌は兼グスク按司の胸に軽く触れただけで止まった。 「かなり上達したのう」とヂャンサンフォンは満足そうな顔でサハチに言った。 「今の一撃をまともに食らえば、お前の内蔵は破壊されていたじゃろう」とヂャンサンフォンは兼グスク按司に言った。 「えっ?」とサハチは驚いた。 「内蔵が破壊されるとはどういう事なのです?」 「お前の右掌から出る『気』の力によって、内蔵が破壊されてしまうんじゃよ。無闇に使ってはならんぞ」 突然、兼グスク按司が土下座をした。 「参りました。島添大里殿、これからは 「シージォン?」 「兄弟子の事じゃよ」とヂャンサンフォンが説明した。 「ンマムイは明国で その夜、サハチはヂャンサンフォンの屋敷で、兼グスク按司、修理亮と一緒に、兄弟弟子の 弟弟子の事は 兼グスク按司はサハチの事を師兄と呼び続け、サハチが兼グスク殿と呼ぶと、その呼び方はやめて、師弟かンマムイと呼んでくれと言った。サハチはンマムイと呼ぶ事にした。 ンマムイは二度、明国に渡っていた。初めて行った時に少林拳の師と出会い、その技に魅了されて熱中した。二度目の時は、ヂャンサンフォンの噂を聞いて ンマムイは師兄に自分の事を知ってもらいたいと言って、酒を飲みながら身の上話を始めた。 朝鮮の都の 「お前は朝鮮の言葉がわかるのか」と聞くと、「何とか通じましたよ」とンマムイは笑った。 十二歳になった正月、御内原を出て二の曲輪にある屋敷に移り、兄と暮らしながら読み書きや武術を習い始めた。その時は読み書きも武術も面白くなく、御内原で女たちと一緒にいた方が楽しく、御内原に行っては父親に怒られていた。 十三歳の時には大叔父( 「お前が宇座にいたのは、いつ頃の事だ?」とサハチは聞いた。 「あれは 「そうか。今帰仁合戦のあと、俺は宇座の牧場に行っている。お前が帰ったあとだったんだな」 「大叔父を知っているんですか」とンマムイは驚いた。 「何度かお世話になっているんだ。お前、 「ええ、あの時、五歳くらいでした。一緒に馬に乗って遊びましたよ」 「クグルーは今、ここにいる」 「えっ? 大叔父が亡くなったあと、母親と一緒に去って行ったと聞きました。ウミンチュ(漁師)になったものと思っていましたが、ここにいるのですか」 「ああ。ここのサムレーだ。ヂャンサンフォン殿と一緒にヤマトゥ旅に行って来たんだ」 「そうだったのですか。しかし、どうして、クグルーがここにいるのですか」 「御隠居様の気まぐれだろう。御隠居様はお前の親父と喧嘩していたからな」 「そうでしたね。親父と喧嘩して以来、大叔父は浦添には来なくなりました。俺が明国から帰って来たら、すでに亡くなっていました」 「もう一つ聞きたいんだが、高麗から送られた美女に会った事はあるのか」 「勿論、ありますよ。あれは俺が御内原を出た年の冬にやって来ました。祖母に用があると言っては御内原に行って、高麗の言葉で話をしましたよ」 「やはり、絶世の美女なのか」 「本当に綺麗な人でした。でも、いつも悲しそうな顔をしていました。俺もまだ子供でしたからね、あの人も気を許して、色々な話をしてくれたんだと思います。でも、俺があの人に会っている事が親父にばれて、宇座に行けって追い出されたわけです」 「親父の美女に言い寄って追い出されたのか」とサハチは笑った。 「言い寄ってはいませんよ」とンマムイは真面目な顔をして答えた。 「あの人は四つも年上でしたからね。とても、言い寄るなんてできません。あのあと、俺より一つ年上の高麗の娘が御内原に入って来たんですよ。その娘には言い寄りました」 ンマムイはニヤニヤと笑った。 「いい思いをしたわけだな。ところで、御内原にはナーサがいただろう」 ナーサの名を聞いた途端、ンマムイは驚いて、飲もうとしていた酒をこぼしそうになった。 「ナーサを知っているんですか」 「ああ、知っている。ナーサも絶世の美女だろう」 「ナーサはマジムン(化け物)ですよ。いつまで経っても若くて綺麗だった。そして、俺にとっては一番恐ろしい人でした」 「ナーサに怒られてばかりいたんだな」 「はい」とンマムイうなづき、「師兄がどうしてナーサを知っているのです」と聞いた。 「ナーサは 「奥間ですか‥‥‥行った事はあります。ヤンバル(琉球北部)の静かな村でした」 「今、ナーサは首里で 「ナーサが遊女屋?」 「その名も『 信じられんと言った顔をしてンマムイは首を振っていた。サハチは話を続けてくれと促した。 十五歳の夏、祖父の察度が 十七歳の時に 三年前の戦の時は、父の 去年、弟のイシムイ(石思)が叔父の山南王(シタルー)の力を借りて、久高島参詣に向かう中山王を襲撃したが失敗に終わった。ンマムイも襲撃に加わりたかったが、山南王に止められた。ンマムイが加わっていた事がわかると中山王に攻撃の口実を与えてしまう事になる。裏で力を貸しても、表では知らん顔をしていなければならないと言われた。 『ハーリー』の時、サハチの帰り道を襲撃する計画も立てたが、突然のヂャンサンフォンの出現によって中止となった。ヂャンサンフォンとの出会いは、敵討ちよりもずっと重要な事だった。運命を変える出来事といってもよかった。 正式に弟子入りしようと思ったら、ヤマトゥに行ってしまった。帰って来るのを首を長くして待って、ようやく弟子になることができた。ガマの中で一か月の修行を積み、腕に自信を持ったンマムイはサハチに試合を挑んだ。試合なので殺す事はできないが、腕の骨を折って、二度と刀を持てない体にしてやろうとたくらんでいた。しかし、サハチは思っていた以上に強かった。もう敵討ちはきっぱりとやめましたとンマムイは言った。 「兄弟弟子となった今、師兄に逆らう事はできません。何事も師兄に従います。もし、師兄を裏切る事になった場合、俺は師匠を初め、兄弟弟子すべてを敵に回す事になります。そうなったら、俺は生きてはいけません。信じて下さい。それに今日、色々と話を聞いて、俺は師兄を誤解していた事がわかりました。師兄は大叔父とナーサと親しかったようです。その二人は俺にとって特別な人でした。周りの者たちが俺の事を変わり者呼ばわりして変な目で見る中で、その二人だけは俺の事を理解してくれました。その二人が親しくしていた師兄は決して、敵ではありません」 ンマムイは真剣な顔をして、涙目でそう言うが、サハチには簡単に信じる事はできなかった。 「ンマムイの剣術の師匠の阿蘇弥太郎殿は 「ヒューガ(日向大親)殿が琉球に来てから弟子になったようです。ヒューガ殿と同じように九州で共に旅をしながら修行を積んだようです。わたしがヒューガ殿の事を教えると、異国の地で兄弟子に出会うとは奇遇だと言って会いに行ったようです」 「ほう。慈恩禅師殿の弟子が二人も琉球にいるのか‥‥‥確かに奇遇だな」 「ヤマトゥに帰ったら、必ず、慈恩禅師殿を見つけ出して、その事を告げようと思っています」 「できれば、慈恩禅師殿を琉球に連れて来てくれ」とサハチは修理亮に頼んだ。 「そうですね。見つけ出して連れて来ます」 「俺も是非会いたい」とンマムイも言った。 ンマムイはその晩、ヂャンサンフォンの屋敷に泊まった。 島添大里グスクのお祭りは首里に負けないほどの賑わいだった。佐敷から首里に行くには日帰りするには遠いので、首里のお祭りに行けなかった人たちが皆、島添大里グスクに集まって来た。馬天浜の『 玉グスクの若按司夫婦、 玉グスクの若按司の妻と知念の若按司の妻はサハチの妹で、久し振りの兄弟の再会を喜んだ。タブチの長男の若按司に会うのは初めてだった。タブチによく似ていて、年の頃は三十前後の体格のいい男だった。父がお世話になっておりますと礼儀正しく頭を下げた。 「マレビト神は見つかりましたか」と聞いたら、大グスクヌルは笑って、「子供の頃、馬天浜から遊びに来ていた男の子がいました。今思えば、あの子がマレビト神だったのかもしれませんねえ」と言った。 その男の子とはサハチの事だった。サハチと大グスクヌルは、はとこ同士だった。マレビト神であるはずがない。大グスクヌルはサハチを見ながらクスクス笑っていた。からかわれたのはサハチの方だった。 驚いた事に マチルーは佐敷ヌル、玉グスク若按司の妻のマナミー、知念若按司の妻、マカマドゥに大歓迎された。四姉妹が揃うのは何年振りの事だろう。今、明国に行っているクルーの妻のウミトゥクは突然、兄の豊見グスク按司が現れたので、涙を流しながら再会を喜んでいた。マカマドゥはサハチの側室になったナツとの再会も喜び、夢がかなってよかったねと言っていた。 庶民たちに開放された東曲輪の舞台では、娘たちの踊りや笛の演奏が披露された。サハチとウニタキの子供たちに、佐敷ヌルとユリの娘も混ざって笛の合奏が行なわれ、首里のお祭りと同じように、ユリ、ササ、ウミチル、チタの笛の競演もあり、サハチも笛を吹いた。娘と一緒に舞台に立って気をよくしたウニタキも、ミヨンと一緒に ンマムイはヂャンサンフォンと修理亮と一緒に舞台の前に座り込んで、お祭りを楽しんでいた。サハチが一の曲輪の屋敷の一階の大広間で身内たちと一緒に祝い酒を飲んでいると、ンマムイはわざわざ挨拶に来て、「師兄、充分に楽しませていただきました。俺も笛を始めようと思っております」と言って、深く頭を下げて帰って行った。 サハチと話をしていた豊見グスク按司が、「今のは兼グスク按司では?」と聞いた。 サハチはうなづいて、「なぜか、俺はあいつの兄弟子になってしまったようだ」と言った。 「前から変わっている奴だとは思っていましたが、 「俺にもわからんよ」とサハチは笑った。 豊見グスク按司から兼グスク按司の事は山南王の耳に入るだろう。山南王がどう出るかが |
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