表舞台に出たサグルー
前回と同じように中山王のお 久高島参詣のあと、 今年は三月が 久し振りに島添大里グスクの 「いい眺めだろう」とサハチは言った。 「 「お前は年中、怒られていたようだな」 ンマムイは黙った。サハチが見ると何かを考えているようだった。 「そう言われてみればそうですね。怒られても、すぐに忘れてしまうので、気がつきませんでした」 サハチはンマムイを見ながら笑った。確かに変わっている男だった。 「ナーサと会って来ました」とンマムイは言った。 「喜んでいただろう」 「どうしてわかるのです?」 「世話の焼ける奴ほど可愛いというからな」 ンマムイは苦笑して、「五年振りでした」と言った。 「 「あんな綺麗なかみさんがいるのに、遊女屋に泊まったのか」 「俺の妻を知っているのですか」 ンマムイは驚いた顔をしてサハチを見た。 「知っているわけではない。去年のハーリーの時、見かけただけだ。 「初めて会った時、俺も驚きました。妹が山北王に嫁いで、俺が山北王の妹を嫁に迎えると言われた時、俺はいやだと断ったんですよ。好きな娘がいたわけじゃないけど、同盟のための道具にされたくはなかった。 ンマムイは軽く笑うと、海を眺めた。 ンマムイの妹二人が 「お前は何のために生まれて来たんだ、ってナーサに言われました」とンマムイは急にしゃべり始めた。 「子供の頃、兄貴(カニムイ)は中山王を継いで、弟の俺たちは兄貴を助けて、王国を守るんだと言われました。兄貴が羨ましかった。兄貴を助けるのも悪くはないけど、子供ながらも、違った生き方もあるんじゃないかと探していました。 ンマムイは話し終わると照れ臭そうに笑った。 「不思議ですね。俺は今まで誰にも本心を語った事はありません。 ンマムイは物見櫓の上から飛び降りた。体を丸めて回転すると見事に着地して、手を振ると去って行った。 サスカサの屋敷から刀を手にしたままサスカサ(島添大里ヌル)が現れ、サグルーの屋敷から刀を持ったマカトゥダルが現れ、佐敷ヌルの屋敷から佐敷ヌルと弓矢を持った 「大丈夫ですか」と佐敷ヌルが言った。 サハチは手を振ると物見櫓から降りた。ンマムイの真似をして飛び降りるのもできない事はないが、怪我でもしたら馬鹿げだった。 「皆、俺の心配をしてくれたのか」とサハチが聞くと、皆はサハチを見つめてうなづいた。 「すまんな。余計な心配をさせて」 「あの人、変わったわ」とサスカサが言った。 「前に見た時は微かだけど殺気があったの。今日、帰る時の姿には殺気が消えていたわ」 「あいつは信じられるのか」とサハチは聞いた。 サスカサは首を傾げて、「もう少し様子を見た方がいいみたい」と言った。 サハチはサスカサにうなづいた。 三月の半ば過ぎ、山南王から婚礼の招待状が届いた。山南王の娘が サハチは 「危険だな」と二人とも言った。 「断りますか」とサハチが言うと、 「断る理由もないからな、代理を出したらどうだ」と思紹が言った。 「代理ですか‥‥‥誰を出しても危険ですよ」 「婚礼には按司たちも招待されているはずじゃ。シタルーとしても 「しかし、周り中が全員、敵ですからね。余程、度胸のある者でないと務まらないでしょう」 「サグルーはどうじゃ?」と思紹は言った。 「そろそろ、表舞台に出してもいい頃じゃないのか」 サグルーは二十歳になっていた。確かに表に出してもいい年頃だった。危険だが、この先、中山王を継ぐ者として、乗り越えなければならない試練かもしれなかった。 サハチはうなづいて、「サグルーに行ってもらいましょう」と言った。 その後、絵地図を広げて、サグルーを守るためにウニタキと綿密な計画を立てた。 「ところで、具志頭の若按司とは誰だ?」とサハチはウニタキに聞いた。 確か、シタルーの弟のヤフス(屋富祖)が具志頭の若按司だったはずだ。ヤフスが島添大里按司になったあと、誰が具志頭の若按司になったのか、サハチは知らなかった。 「具志頭按司の息子が若按司だよ」とウニタキは言った。 「息子がいなくて、ヤフスを娘婿に迎えたんじゃなかったのか」 「先代の山南王( 「去年のハーリーの時、爺さんの具志頭按司がいたが、あの爺さんは亡くなったのか」 「いや、まだ生きている。去年、若按司が明国に行ったんだが、帰って来たら隠居して、若按司に按司の座を譲ったんだ」 「確か、あの爺さんは弓矢の名人だったな。倅も名人なのか」 「親父ほどではないが、まあ、できる方だろう」 「それで、ヤフスの奥さんはどうなったんだ?」 「ヤフスが亡くなったあともヤフスが住んでいた屋敷で暮らして二人の子供を育てた。娘は 「本当なら、その息子が若按司になるはずだったんだろう」 「ヤフスが具志頭按司になっていたら若按司になれたが、ヤフスは島添大里按司として亡くなった。仕方あるまい」 「シタルーとしては具志頭按司を味方に引き入れて、タブチを孤立させるつもりだな」 「タブチは孤立せんだろう。タブチは 「そうだったな。タブチは山南王になる夢は諦めたのかな」 「 「タブチは今、いくつになったんじゃ?」と思紹が聞いた。 「五十くらいじゃないですか」とウニタキが答えた。 「五十で明国に行ったか‥‥‥わしも行きたくなって来たのう」 サハチは横目で思紹を見た。マチルギがヤマトゥまで行って来たので、今度は俺の番だと思っているのだろうか。サハチは聞かなかった事にしようと思った。 ウニタキが去ったあと、思紹は彫刻を彫りながら、「来年、明国に行けんかのう」と言った。 「無理ですよ」とサハチはそっけなく答えた。 「中山王が半年も留守にできるわけがないでしょう」 「ヤマトゥの船が帰ったあとは少し暇になるぞ。五月、いや、四月頃行って、九月頃帰って来れば問題はなかろう」 「その頃に行ったら泉州まで行けませんよ。 「杭州に行った方が 「それはそうですが、明国が許しませんよ」 「お前、明国の皇帝に会ったんだろう。そのくらいの事は許してくれるに違いない」 「そんなの無理です」 「ヂャンサンフォン殿と一緒に行けば何とかなるじゃろう。どうじゃ、考えてみてくれんか。一度でいいんじゃ。一度、明の国というのを見てみたい」 朝鮮旅の前に、父親と言い争いをしたくなかったので、サハチはファイチ(懐機)と相談してみますと言って思紹と別れ、島添大里に帰った。 サハチから山南王の婚礼に代理として行って来いと言われたサグルーは目を丸くして驚いた。 「俺が親父の代理として、 「そうだ。お前も二十歳になった。そろそろ、表に出た方がいいと思ってな。山南王とは同盟を結んでいるとはいえ、危険がないとは言い切れない。はっきり言えば、敵地に乗り込むようなものだ。一つの試練だと思って、やってみてくれ」 サグルーは父親の顔をじっとみつめて、「かしこまりました」とうなづいた。 サグルーは一度だけ、山南王を見た事があった。あれは佐敷グスクから島添大里グスクに移ったばかりの頃だった。弟のジルムイと一緒に剣術の稽古をしていた時、山南王が父を訪ねて来たのだった。山南王は東曲輪の物見櫓に登って、父と話をして帰って行った。 サグルーは帰ったあとに山南王だと知らされ、驚いたのを覚えていた。当時、父は山南王を敵として戦をしていて、山南王の弟が守っていた島添大里グスクを奪い取ったのだった。敵である島添大里グスクに、数人の供を連れただけでやって来た山南王は、堂々とグスク内に入って来たのだった。 「敵なのになぜ捕まえなかったの?」とその時、サグルーは父に聞いた。 「山南王とは古い付き合いだからな」と言って、父は笑っただけだった。 サグルーはあの時の山南王の真似ができるかと自分に問うてみた。今の自分にはとても真似はできなかった。敵地に行くのは恐ろしく、捕まって殺される事も考えられた。 「どうして、親父が行かないのです?」とサグルーは聞いた。 「親父に止められたんだよ。危険だとな」 「その危険な所に俺を行かせるのですか」 「そういう事だ。親父は中山王になって首里グスクから自由に出られなくなった。俺も親父ほどではないが、以前のように自由に動けなくなってしまったんだ。今のお前はまだ自由に動ける。自由に動けるうちに様々な経験をしておく事だ。やがて、俺が中山王になって、お前が 「山南王から、どうして親父が来ないで代理なんだと聞かれたら、どう答えればいいのです」 「 「わかりました」 サグルーは頭を下げると一階にある重臣たちの詰め所に戻った。今のサグルーは按司になるために重臣たちから様々な事を教わっている最中だった。夕方、仕事を切り上げたサグルーは侍女のマーミにヤールーを呼んでくれと頼んだ。 ヤールーはウニタキの配下だった。サグルーが若按司になった時、ウニタキから命じられて、サグルーの護衛を務めていた。 サグルーはその時、初めて『 サグルーが十三歳の時、父は島添大里グスクを攻め落として島添大里按司になった。十七歳の時、中山王を倒して首里グスクを奪い取った。子供だったサグルーは凄いなと思っていたが、裏で三星党の活躍があったからこその成功に違いなかった。 東曲輪に入ったサグルーは屋敷には帰らず、物見櫓に登った。空は一面、どんよりとした雲に覆われて、海の色も暗かった。一雨来そうな空模様だった。 「お祝いの場で騒ぎは起こすまい」とサグルーは一人つぶやいた。 ヤールーはなかなか現れなかった。今、首里に新しい拠点を作っているので、そこに行っているのかもしれなかった。ヤールーとはヤモリの事である。石垣に登るのが得意なので、そう呼ばれているかと思ったら、親に付けられた名前だと聞いて驚いた。ヤンバルの小さな漁村で生まれ、十三歳の時、先代のサミガー サグルーが物見櫓から降りようとした時、ヤールーは現れた。 「 サグルーは上がって来るように手招きした。 ヤールーは素早く登って来た。まるで、ヤモリのようだとサグルーは笑った。 「どうかしましたか」とヤールーは聞いた。 サグルーも背が高い方だが、ヤールーはサグルーよりも高く、体格もよかった。そんな大きな体のくせに驚くほど身が軽かった。 「来月、山南王の娘の婚礼があるのを聞いているか」とサグルーは聞いた。 「聞いております。具志頭の若按司に嫁ぐとか」 「その婚礼に親父の代理として行けと言われたんだ」 「若按司様が行かれるのですか」 サグルーはうなづいた。 「うーん」とヤールーは唸った。 「危険か」とサグルーは聞いた。 「何とも言えませんなあ。もし、山南王が若按司様のお命を奪った場合、 「それは当然、山南王を攻めるだろう」 ヤールーはうなづいた。 「今の兵力では山南王は中山王にはかないません。中山王が総攻撃を掛ければ、山南王は滅びるでしょう。山南王は頭がいい。そんな馬鹿な真似はしないでしょう」 「という事は行っても危険はないのだな?」 ヤールーは首を振った。 「以前、山南王は兄の 「俺を人質にとって、首里グスクを奪い取ると言うのか」 「その可能性がないとは言えません。グスク内では手は出しませんが、帰りが危険です」 「人質か‥‥‥もし、俺が人質になったら、親父は首里グスクを山南王に明け渡すだろうか」 ヤールーは何も言わなかった。 「多分、明け渡さないだろう」とサグルーは言った。 「多分、その時は先手を取って山南王を攻め、若按司様を救い出す事になるでしょう。三星党の出番です」 サグルーはうなづいて、婚礼に出席するであろう山南の按司たちの事を詳しく聞いた。 ヤールーと別れ、屋敷に帰って妻のマカトゥダルにも相談した。マカトゥダルは驚き、そんな危険な場所に行かないでくれと言った。どうしても行くというのなら、わたしも一緒に行くと言い出して、サグルーを困らせた。妻に言わなければよかったとサグルーは後悔した。 閏三月十日、サグルーは婚礼に出席するために島尻大里グスクへ向かった。妻のマカトゥダルと妹のサスカサを連れ、供はヤールーと八人の女子サムレーだけだった。 島添大里グスクには二十四人の女子サムレーがいて、八人づつ三組に分かれて、交替でグスク内の警護に当たっていた。その日は二番組が非番だったので、隊長のリナーに頼んで、付いて来てもらったのだった。グスクから出る事の少ない女子サムレーたちは喜んで付いて来てくれた。 サグルーとヤールーはヤマトゥのサムレーが着る 死を覚悟したサグルーが考えに考え抜いた奇抜な策だった。女たちを引き連れて、目立つ格好をして行けば、民衆たちの間に噂が広まり、見物人が大勢現れて、山南王としても手出しができないだろうと考えたのだった。 マカトゥダルから相談されたサスカサは、一緒に行くと言い出してサグルーを困らせた。女を二人も連れて行けるかと思ったが、いっその事、女だけを引き連れて行こうと思い付いたのだった。 集まって来た見物人の中には三星党の者がいて、知ったかぶって、島添大里の若按司様が奥方様を連れて、山南王の御婚礼にお出かけになるのだ。従うのは若按司様の妹、サスカサヌルと島添大里名物の女子サムレーたちだと教える。それは噂となって、あっという間に各地に広まっていった。 首里の女子サムレーは久高島参詣に従っているので、庶民たちも知っているが、島添大里の女子サムレーを知っている者は少ない。サスカサは去年、丸太引きのお祭りに島添大里の守護神を務めたが、まだそれほど有名になってはいなかった。一目見ようと興味をそそり、さらに、美人揃いだという尾ひれまで付いて、人々の話題にのぼった。 サグルーたちが島尻大里グスクに着く頃には、島尻大里の城下の人たちまでが、中山王の孫である若按司夫婦とサスカサヌル、女子サムレーたちを一目見ようと集まって来て、山南王が慌てて警護の兵を増やす有様となっていた。 サグルー夫婦は山南王に歓迎された。 「そなたたち親子はまったく変わっておるのう。女子のサムレーを引き連れて来るとは恐れいったわ」 山南王は苦笑しながらそう言った。 島尻大里グスク内では何事も起こる事なく、花嫁を送り出し、その後の祝宴も無事に終わった。帰る時には、グスクから出て来るサグルーたちを待っていた見物人たちに見送られ、途中の道中も見物人で溢れていた。大勢の見物人に囲まれて、女子サムレーたちは王様になったような気分を味わい、サグルーとマカトゥダルの夫婦とサスカサは一躍、有名人となって島添大里グスクに無事に帰って来た。 挨拶に来たサグルー夫婦とサスカサを迎えたサハチは、「上出来だ。よくやったぞ」と満足そうに笑った。 「あんたたちの噂は首里にまで届いたのよ」とマチルギは言った。 「あたしは驚いて、すぐに帰って来たわ。まったく、代理にあんたを送り出すなんて、あたしに一言も相談しないんだから。散々、お父さんに文句を言ってやったわ」 「お母さんに言ったら心配すると思って内緒にしていたんだ」 「それにしたって、ミチ(サスカサ)まで一緒に行くなんて、あたしはもう心配で仕方なかったわよ」 「お前たち三人の名は南部に知れ渡った。よくやった。本当に見事だったぞ」とサハチが褒めると、マチルギは目に涙を溜めて三人を見ながら、何度もうなづいていた。 サハチはサグルーに島尻大里までの道順を指示して、供の兵は二十人以下にしろと命じただけだった。まさか、妻と妹を同伴して、女子サムレー八人だけを連れて行くとは思ってもいなかった。ウニタキから道中の様子を聞いて、「民衆を味方に付けるなんて大したもんだ」と感心していたのだった。 なお、サグルーたちが腰に差していた白柄白鞘の刀は、マチルギが女子サムレーたちに贈ったヤマトゥのお土産だった。マチルギは博多の一文字屋に百五十振りの白柄白鞘の刀を注文して、帰る時にそれを受け取って琉球まで持って来たのだった。女子サムレー全員がその刀を持っていて、サグルー夫婦とサスカサは女子サムレーから借りていったのだった。 |
島添大里グスク
島尻大里グスク