中山王の龍舟
サグルー(島添大里若按司)たちの噂も落ち着いてきた 「ヂャン師匠と修理亮を連れて行くのか」とサハチ(島添大里按司)が聞くと、 「新築祝いの 「そうか。山の上に作ったのか」 「山の上には見張り小屋があるだけです。新しい拠点は山裾にございます」 サハチは馬に乗ってヂャンサンフォンの屋敷を訪ねた。修理亮が庭で木剣を振っていた。ヂャンサンフォンは屋敷の中で彫刻を彫っていた。ヤマトゥ(日本)旅でヒューガ(日向大親)から教わって、道教の神様を彫っているという。 サハチはヂャンサンフォンと修理亮を連れてビンダキに向かった。山裾で馬を下りて細い山道を登るとすぐに山頂に出た。山頂に小さな小屋が建っていた。小屋の中から若い 山頂からの眺めは最高だった。 サハチたちは若い猟師と一緒に山を下り、馬に乗って猟師のあとに従った。新しい拠点はビンダキの西側の森の中にあった。浮島(那覇)にある商品を保管しておく蔵のような大きな建物だった。 建物の中は薄暗く、酒の匂いが充満していた。 「 広々とした土間に、酒の入った サハチが甕の中を覗いていると、「どうだ、凄いだろう」とウニタキの声が聞こえた。 振り返るとウニタキがファイチと一緒に立っていた。 「お前、酒屋でも始めるつもりなのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「そのつもりだ」とウニタキは笑った。 「これはメイリン(美玲)が持って来た酒なんだ。メイリンは売れると思って持って来たんだが、ヤマトゥの商人たちは 「お前が商売をするのか」 「以前と違って、盗賊働きもできなくなっているからな。酒でも売って稼がないと、みんなを食わせていけんのだよ」 ヒューガが海賊だった頃は、敵である 壁に 「最初はビンダキの上に小さなグスクのようなものを建てるつもりだった。でも、運玉森のマジムン屋敷の代わりとなると、それではうまくない事に気づいたんだ。マジムン屋敷には配下の者たち全員が集まる事ができた。ここにもそういう建物を建てなくてはならんと思ったんだよ。しかし、こんな所にそんな大きな建物を建てたら目立ち過ぎる。目立たなくて大きな建物は何だと考えた末にできたのがこれだ」 「成程。酒蔵は隠れ 「そういう事だ。これだけ広ければ、全員が集まれる。近くに湧き水が出ているので水にも困らない。最高の隠れ家だ」 大広間の奥に小部屋があって、料理の載ったお膳が並び、宴の用意がしてあった。 「酒はたっぷりあるからな。遠慮せずに飲んでくれ」 サハチたちはお膳を前に座り込んで祝杯を挙げた。 「こいつは上等な酒じゃな」とヂャンサンフォンが嬉しそうに笑った。 サハチもウニタキも明国の旅で、明国の酒に慣れているので、うまい酒だとわかるが、修理亮は口をへの字に曲げて、「カー」と言って首を振った。 ウニタキは笑いながら、「琉球には慣れたか」と修理亮に聞いた。 「はい、いい所です。ヒューガ殿が住み着いてしまったのもうなづけます」 「お前も住み着いたらどうだ」とサハチが言った。 「はい。それもいいのですが、 「そうだったな。ヒューガ殿の師匠をぜひとも連れて来てくれ」 「ヒューガさんの師匠は禅僧なのですか」とファイチが聞いた。 「各地を旅をしている禅僧で、剣術の名人でもあり、彫刻の名人でもあるそうだ」 「ヒューガさんの師匠のために 「そうだな。首里に大きなお寺を建てよう」 「そろそろ、いいかしら?」と女の声がした。 隣りの部屋の板戸が開いて、着飾った女たちが現れた。 「 「『宇久真』の マユミは当然のようにサハチの前に座り込み、ウニタキと馴染みのユシヌはウニタキの前に、ヂャンサンフォンと馴染みのアキはヂャンサンフォンの前に座った。 「初めまして」と言いながら、ファイチの前にはウトゥワ、修理亮の前にはシジカが座った。女たちが加わって、宴も華やかになった。日が暮れると 四月の初めに梅雨に入り、雨降りの日が続いた。雨の降る中、丸太引きのお祭りが行なわれた。 去年、 去年の暮れにヤンバル(琉球北部)から運ばれた丸太は浮島にあり、丸太を運ぶ台車も新しく作らせた。 今年のササは最初から丸太の上に乗って掛け声を掛けていた。他の者たちもササを真似して、皆が丸太の上に乗った。雨に濡れて滑る丸太の上は危険で、サスカサとカナが滑り落ちた。二人とも見事に着地して怪我はなかったが、丸太の上に乗るのは諦めた。ササとシンシンとシズの三人はヂャンサンフォンのもとで修行を積んだお陰か、身が軽く、丸太から落ちる事もなく首里までやって来た。丸太から落ちたサスカサだったが、地上を飛び跳ねながら丸太をうまく先導して、ササの丸太と首位争いを繰り広げた。結局はササが勝って、去年の雪辱を果たした。 雨の降る中、大勢の人たちが応援に現れ、浮島から首里へと続く街道は見物人たちで溢れた。太鼓や法螺貝、指笛が鳴り響き、丸太引きのお祭りは大盛況のうちに終わった。 カナはお祭りの三日前に久高島から帰って来た。ササからお祭りの事を聞いて、佐敷ヌルに頼んで参加したのだった。カナはまもなく カナは運玉森ヌル(先代サスカサ)と一緒に三か月間もフボーヌムイ(フボー御嶽)に籠もっていた。三か月間、神様から様々な事を教わった。そして、 丸太引きのお祭りの二日後、浮島で 積み荷はすでに完了していて、梅雨が明ければ船出となる。正使は 新川大親は三年前に正使としてシャム(タイ)に行っていた。 本部大親は去年、副使として明国に行っている。その時の正使は 外間親方は五番組のサムレー大将で、五番組にはマウシがいた。マウシは明国に行くつもりでいたのに、急遽、朝鮮に行く事に決まって、少しがっかりした。ヤマトゥには行った事があるし、明国を見てみたかった。それでも、 カンスケはイトの弟で、マグサ(孫三郎)と一緒にサハチの家臣になっていた。博多で交易をするとなるとヤマトゥ言葉と琉球言葉がわかる者も必要だった。一人では大変なので、カンスケの仲間三人が、カンスケの助手として手伝ってくれる事になっていた。 サハチと一緒に行くのはウニタキとファイチの他に、クルシ(黒瀬大親)、ジクー(慈空)禅師、ヂャンサンフォン、修理亮、クグルー、そして、ササ、シンシン、シズ、女子サムレー三人も行く事に決まった。 クルシは琉球から朝鮮までの海の事なら何でも知っているので船長の補佐役を務めてもらい、ジクー禅師はヤマトゥでの使者役、ヂャンサンフォンはいてくれるだけで心強い、修理亮は一旦ヤマトゥに帰って慈恩禅師を探し、クグルーは朝鮮での道案内役だった。 ササは船乗りたちから それと今回の朝鮮旅の主役となる それとは別にシンゴ(早田新五郎)の船で、サハチの三男のイハチ(伊八)と浦添の若按司となるクサンルー(小三郎)もヤマトゥ旅に出る事になっていた。 出帆の儀式の翌日、兼グスク按司(ンマムイ)がサハチを訪ねて来た。 「 サハチはポカンとした顔でンマムイを見ていた。 「どうして、急に朝鮮に行きたくなったんだ?」とサハチは聞いた。 「師匠も行くのでしょう。師匠と師兄が行くのなら、俺も行かなくてはなりません」 そう言われてもサハチは返答に困った。 「それだけではありません。俺は二度、朝鮮に行って、博多にも寄っています。九州探題の渋川殿も知っておりますし、対馬の守護の 「ウィジョンブの役人とは何だ?」 「外国との交易を担当する役人です」 「成程、色々と詳しいようだな。富山浦の早田殿というのは『津島屋』の主人の五郎左衛門殿の事か」 「その通りです。師兄もご存じですか」 「ああ、かなり前だが、朝鮮に行った時、お世話になっている」 「お願いします。朝鮮の言葉もわかりますし、必ず、役に立つと思います」 「それは助かるんだが、今回、朝鮮の使者を出すのは中山王だぞ。お前、中山王の船に乗っても大丈夫なのか」 ンマムイは黙って考えていた。 「阿波根グスクは 「半年間も留守にする事になるぞ」 「師匠の 「そうか。俺の一存では決められんので、しばらく時間をくれ」 「師兄、よろしくお願いします」 サハチの部屋を出たあと、ンマムイは子供たちと遊んでから帰って行った。サハチは侍女のマーミにウニタキを呼んでくれと頼んだ。近くにいたのかウニタキはすぐに来た。 「ビンダキの隠れ家も完成したし、朝鮮旅の前に子供たちと一緒に過ごそうと思って屋敷に帰っていたんだ」とウニタキは言った。 「かみさんの機嫌を取っていたのか」とサハチは笑った。 ウニタキは苦笑した。 「ところで、何かあったのか」 サハチはンマムイの事を説明した。 「面白そうな奴だな」とウニタキは言って、ニヤッと笑った。 「何となく、俺と境遇が似ているようだ。奴の母親は側室ではないが、浦添グスクに馴染めなかったんだろう。俺も勝連グスクには馴染めなかった。いつも、俺の居場所じゃないと思っていたんだ。 「連れて行くのはいいが、山南王(シタルー)がどう出るかだな」 「シタルーはンマムイを攻めたりはしない。ンマムイは山南王にとって、山北王とのつなぎをする唯一の男だ。今は地盤固めをしているが、やがて、山北王と手を結ぶだろう。その時、なくてはならない存在がンマムイだ。奴がフラフラしているのは今に始まったわけではない。どうしようもない奴だと思うに留まるだろう」 「そうだといいんだが、ンマムイが原因で、留守中に戦が始まったら大変な事になる」 「シタルーは馬鹿ではない。今、戦をしたら負ける事がわかっている。それよりも、シタルーは 「どういう事だ?」 「今、玉グスクで石垣の修理をしているんだが、修理をしている石屋は山南王とつながっている。東方の情報を集めているようだ」 「玉グスク按司が山南王の石屋を使っているのか」 「そうではない。代々玉グスクの石垣を直している石屋だ。しかし、その石屋の親方は山南王とつながっている」 「そうか。もし、このグスクや首里グスクの石垣を直す事になったら、山南王とつながっている石屋に頼む事になるのか」 「そう言う事だな。各地にいる石屋の親方のその親方が山南王とつながっているからな」 「何とかして、その親方を味方に引き入れなくてはならんな」 「そうだな。難しいがやらなくてはなるまい」 「それと、油屋も山北王から切り離したい」 「油屋か。こいつも難しいがやらなくてはならんな。朝鮮から帰って来たら調べてみる。さっきの話の続きだが、シタルーは 「糸数按司か‥‥‥周りの按司たちを敵に回すとは思えんが‥‥‥」 「糸数按司の長女なんだが、糸数按司が サハチはうなづいて、「糸数按司の動きを探ってくれ」とウニタキに頼んだ。 「去年、玉グスクに『まるずや』を開いたんだ。まるずやの者に酒を持たせて糸数グスクに出入りさせるよ」 「玉グスクに『まるずや』を出したのか」 「明国との交易のお陰で、玉グスクの城下も栄えてきて、 「そうか。東方の按司たちを疑いたくはないが、これからは味方の動きも知っておかなくてはならんな」 「そうさ。ちょっとした不満から裏切りは起こる。それを未然に防ぐには、味方の按司たちが何を考えているのかを知らなければならない。それと、 「山北王の娘に釣り合いの取れるのがいるのか」 「山北王の長女が十五歳だ。可愛い長女を嫁に出すなら周りにいる按司たちよりも山南王の息子の方がいいと思うのが親心だろう」 「十五か‥‥‥シタルーは来年辺りに山北王と同盟を結ぶつもりか」 「多分、そうなるだろう」 「来年から忙しくなりそうだな」 「もう旅にも出られなくなるだろう」 サハチはうなづき、「ンマムイの事は一応、親父に相談するが、連れて行く事にするよ」と言った。 四月十日、浦添グスクが完成して、小雨の降る中、浦添ヌル(カナ)によって、浦添按司の就任の儀式が厳かに執り行われた。サハチもマチルギと一緒に儀式に参加して、その後の祝宴にも顔を出して引き上げてきた。 「グスクの中は驚くほど広いのね」とマチルギが馬に揺られながら言った。 幸いに雨はやんでいた。 「中山王のグスクだったからな。俺も一度だけ入った事があるが、立派な建物がいくつも建っていて、迷子にならないように必死になって、みんなのあとを付いて行ったんだ」 マチルギはサハチの顔を見て笑い、「覚えているわ」と言った。 「東方の按司たちと一緒に行ったんだけど、誰も相手にしてくれなかったんでしょ」 「そうだったなあ」とサハチも当時を思い出して笑った。 「誰も相手にしてくれないので、独り言ばかり言っていた」 「あれだけ広ければ、 サハチはマチルギを見た。 マチルギは笑った。 「それはいい考えだ」とサハチはうなづいた。 翌日、浮島の造船所で中山王の 空はどんよりと曇っているが雨はやみ、海は穏やかだった。生まれたての龍舟は気持ちよさそうに海の上を走って行った。 |
首里弁ヶ岳
浦添グスク