沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







無人島とアワビ




 家族水入らずで過ごした次の日、サハチはイトに連れられて、近くの無人島に行った。二つの島が並んでいて、一つの島に砂浜があった。サハチたちは砂浜に上陸した。すぐ目の前に島があるので、船越の方は見えなかった。

「ここは船越の若者たちが集まる島なのよ」とイトは言った。

「船越にも年頃の若者たちが多くなって、土寄浦(つちよりうら)を真似して、八の付く日に集まる事に決めたの」

「すると、六郎次郎殿もこの島に来ていたのか」

「あの頃はまだ、若者たちは多くなかったわ。ユキがお嫁に来て、船乗りの女たちが子供を連れて船越に移って来てから子供たちが多くなって来たの。でも、十二年前にお屋形様が大勢の男たちを連れて朝鮮に行ってしまってから、子供たちが少なくなってきているの。今、十二歳の子供たちは、お屋形様が朝鮮に行った翌年に生まれた子供で、結構多いんだけど、そのあと、急激に少なくなってしまうのよ」

「そうか。それは大変だな」と言ったあと、サハチはイトを見つめ、「もう一人、産むか」と聞いた。

「えっ」とイトはサハチを見て顔を赤らめ、「何を言っているのよ」と笑った。

 サハチはイトを抱き寄せた。

「会いたかったわ」とイトは小声でつぶやいた。

「俺もさ」と言って、サハチはイトの唇をふさいだ。

 砂浜で抱き合ったあと、二人は海に潜ってアワビ捕りに熱中した。

 新鮮なアワビを食べながら、サハチはイトから朝鮮(チョソン)の事を聞いた。

富山浦(プサンポ)(釜山)は随分と変わったわよ。対馬だけでなく、各地から集まって来た人たちが住んでいて、土寄浦よりもずっと賑やかだわ」

「五郎左衛門殿が仕切っているのか」

「そうよ。五郎左衛門殿は富山浦のお屋形様と言えるんじゃないかしら。九州探題の渋川殿も一目置いているわ」

「そうか。それで、琉球の船は今、富山浦にいるんだな」

「そうよ。富山浦にいる朝鮮の役人が今、漢城府(ハンソンブ)(ソウル)に向かっているわ。王様の許可が下りないと都に行けないのよ」

「やはり、時間が掛かりそうだな。イトは漢城府に行った事はあるのか」

「ないわ。五郎左衛門殿に頼んだんだけど、女は危険だって言われたわ。富山浦から漢城府まで十日近く掛かるらしいの。途中の山に山賊が出るらしいわ」

「朝鮮も物騒なんだな」

「貧しい人たちが多すぎるって、五郎左衛門殿は言っていたわ。朝鮮ができてからまだ十五、六年しか経っていないし、その間には何度も政変が起こっているわ。お屋形様のお兄さんの家族たちも政変で殺されてしまったのよ。今の王様になって、宮廷は落ち着いて来たようだけど、地方はちっとも変わっていないわ。新しい都造りのために搾り取られて、返って苦しくなっているんじゃないの」

「新しい都か‥‥‥どんな都だか見てみたいな」

「どうせ、明国の真似よ。初代の王様が高麗(こうらい)の都だった開京(ケギョン)(開城市)から漢城府に都を移して、二代目の王様はまた開京に移して、三代目の王様は漢城府に戻ったのよ。都が変わる度に大騒ぎして引っ越ししていたらしいわ。漢城府には初代の王様が造った立派な宮殿があるのに、三代目の王様は別の場所に新しい宮殿を建てているのよ。まったく考えられないわ」

 サハチはイトを見ながら笑っていた。

「朝鮮に怒っているのか」

「怒りたくなるわよ。庶民の事なんて何も考えていないんだから。それに、明国の皇帝から美女を差し出せって言われたらしくて、役人たちが村々を回って、村一番の綺麗な娘を集めているのよ。まったく信じられないわ」

「永楽帝がそんな事を朝鮮に命じたのか。信じられんな」

「命じる方もどうかしてるけど、それに応じる方もどうかしてるわ」

「今の王様っていうのはどんな男なんだ」

「頭がよくて、非情な男らしいわ。王様になるために兄弟を殺して、政権を守るために重臣たちを何人も殺しているわ」

 サハチは首を振った。サハチは中山王の武寧(ぶねい)を倒した時、その一族の者たちは殺した。しかし、自分の身内の者たちを殺すなんて考えられなかった。

「ひどい王様だな。五郎左衛門殿はその王様に会った事があるのか」

「あるわよ。お屋形様(早田左衛門太郎)が朝鮮に投降して、宣略(せんりゃく)将軍という地位を与えられた時、五郎左衛門殿も司直(しちょく)という地位を与えられたの。主立った人たちは皆、地位を与えられて、その時に初代の王様に会っているのよ。今の王様にも御褒美を頂いた時に会っているわ」

「宣略将軍というのはどんな地位なんだ」

「よく知らないけど、将軍が付くんだから偉いんじゃないの。王様に会えるんだから偉いのよ、きっと」

「そうだな。サイムンタルー殿はうまくやっているようだな」

「お屋形様は朝鮮では、林温(イムオン)ていう名前なのよ」

「ほう、朝鮮の名前まであるのか」

「その名前も王様から賜わったみたい」

「五郎左衛門殿もあるのか」

「五郎左衛門殿は朴生(パクセン)だったと思うわ」

「イムオンにパクセンか。朝鮮の名前も変わっているな。ところで、朝鮮の交易品が何だか知っているか」

「えっ、そんな事も知らないで、朝鮮と交易するつもりなの」

 イトは驚いた顔をしてサハチを見た。

「今の琉球には朝鮮に詳しい人がいないんだよ。前の王様が朝鮮と交易していたんで、やって来たんだけど、当時の記録がほとんど残っていないんだ。琉球が持って行った物は記録に残っていて、硫黄(いおう)蘇木(そぼく)胡椒(こしょう)、それに海亀の甲羅にヤコウガイとタカラガイの貝殻も持って来た。明国の場合は硫黄を降ろしたあとに陶器を積めばいいけど、朝鮮の場合は何を積んだらいいんだ。ある程度、重い物を積まないと琉球に帰れなくなる」

「そうねえ。朝鮮との交易品といえば、木綿(もめん)人参(にんじん)くらいかしら」

「モメンとは何だ」

「丈夫な布の事よ。日本にはまだないわ。京都に持って行けばかなり高く売れるらしいわ」

「布ばかり積むわけにもいかんな」

 人参というのはヂャンサンフォンから聞いていた。万病に効く漢方薬で、高値で取り引きされるが大量に手に入れるのは難しいと言っていた。

「経典を積んで行ったら?」とイトが言った。

「朝鮮は仏教を禁止して、高麗の頃にあちこちにあったお寺はみんな破壊されているらしいわ。そのお寺にあった経典やら仏像やらが安く手に入るって聞いた事があるわよ」

「経典に仏像か‥‥‥」と言って、サハチはニヤッと笑った。

「これから琉球にお寺を何軒も建てるつもりなんだ。経典と仏像が手に入るのなら都合がいい。その事を使者に告げなくてはならんな」

「経典の中に『大蔵経(だいぞうきょう)』っていうのがあるんだけど、それは将軍様も欲しがっているわ。将軍様に献上しようと九州探題や大内氏が、倭寇に連れ去られた朝鮮人を朝鮮に送り返して、大蔵経を手に入れようとしているのよ」

「大蔵経というのはそんなにも貴重なお経なのか」

「お経のすべてが揃っているらしいわ」

「お経のすべてがか。相当な量になるんじゃないのか」

「そうでしょうね。よくわからないけど」

「大蔵経か‥‥‥琉球にも欲しいな」

「倭寇に連れ去られた人たちで思い出したんだけど、朝鮮に李芸(イイエ)っていう人がいるの。八歳の時にお母さんが倭寇に連れ去られてしまって、お母さんを探しているのよ。その人、捕まって対馬に来たのよ。お屋形様が、骨のある奴だって気に入って、和田浦で預かっていたの。その頃、和田浦にはシンゴがいて、仲よくなったみたい。あたしたちより一つ年下なのよ。その人、その後、三度も対馬に来ているわ。来る度に倭寇に連れ去られた人たちを朝鮮に連れ帰っているんだけど、未だにお母さんは見つからないみたい。去年も来たんだけど暴風にあって、散々な目に遭ったって言っていたわ」

「お前もその李芸という奴に会ったのか」

「去年は会ってないけど、三年前かな、船越に来た時に会ったわ。何度も日本に来ているので、日本の言葉も話せるわ」

「そいつは漢城府にいるのか」

「役人だからそうじゃないかしら」

「ヤマトゥの言葉がわかるのなら会ってみたいな」

「五郎左衛門殿に聞けば、詳しい事がわかるわよ。ねえ、マチルギさんは船に乗っているの」

「いや。ここで毎日、船に乗っていたから気が済んだようだ。琉球の海はサンゴに囲まれているから船を操るのは難しいんだよ」

「サンゴって何?」

「サンゴっていうのは生き物なんだけど、死ぬと堅い岩のようになるんだ。琉球はそんなサンゴに囲まれているから、海をよく知らないと大きな船はサンゴに乗り上げて座礁してしまうんだよ」

「へえ、そうなんだ」

「でも、サンゴのお陰で琉球の砂浜は白くて綺麗なんだよ。琉球の砂浜はどこも白いので、初めてヤマトゥの砂浜を見た時は驚いたよ」

 イトは砂浜の砂を手でつかんで眺め、「白い砂浜なんて想像もできないわ」と言った。

「お屋形様が朝鮮から戻って来たら、ユキを連れて琉球に来いよ。マチルギも歓迎してくれるだろう」

「そうね。行きたいわ」

 アワビを食べた二人は砂浜の隣りにある山に登った。小さな山なので、すぐに山頂に出た。山の半分近くは木が切られてあり、山頂の近くに炭焼小屋があった。

「こんな小さな島でも炭焼きをしているのか」とサハチはイトに聞いた。

「夏の間は漁をやって、冬は炭焼きをしているのよ」

「こんな小さな島なら、すぐに木がなくなってしまうだろう」

「木がなくなったら畑にして、数年間、作物を育てるわ。そのあと、木を植えて成長するまで待つのよ」

「気の長い話だな」

「昔からそうやって暮らしてきたの。でも、それだけでは生きてはいけないのよ」

 イトは笑って、西の方を眺めた。

「そろそろ朝鮮に行った船が戻って来るはずなんだけど」

「お前が先に帰って来て、大丈夫なのか」

「大丈夫よ。あの頃、一緒に遊んだツタ、シノ、トミ、マユを覚えている?」

「覚えているよ。シンゴ、マツ、トラ、ヤスと仲がよかった四人だろう」

「そうよ。あのあと、一緒になったのはマツとシノだけだったわ。ヤスは戦死しちゃったし‥‥‥」

「シンゴから聞いたよ」

「あれはお屋形様のお兄さんが戦死して、その(とむら)い合戦だったの。でも、お屋形様の叔父さんの備前守(びぜんのかみ)殿が戦死して、ヤスも戦死しちゃったの。ツタの旦那さんも戦死したわ。他にも大勢、戦死してしまって、その衝撃で、先代のお屋形様は隠居なさったのよ。その時の戦じゃないけど、トミの旦那さんは片足を失ってしまったわ。今は二人で仲よく、土寄浦で漁師をしている。マツとトラはお屋形様と一緒に朝鮮にいるわ。マユの旦那さんも朝鮮よ。旦那さんが朝鮮にいるマユとシノ、旦那さんを亡くしたツタはあたしと一緒に船に乗っているのよ」

「マユとシノとツタは船越にいるのか」

「そうよ、子供を連れて移って来たのよ。それと、あたしの妹のヒサを覚えている?」

「覚えているよ」

「ヒサも旦那さんが朝鮮にいるので、一緒に船に乗っているわ」

「イトには三人の妹がいたんじゃないのか」

「すぐ下のタケは漁師に嫁いで、土寄浦にいるわ。その下がヒサで、一番下のマホはお屋形様の家臣に嫁いだの。旦那さんはシンゴと一緒に琉球に行っているはずよ、護衛兵として」

「カンスケと一緒にいるのを見た事がある。あれがマホちゃんの旦那だったのか」

「それとサワさんの娘のスズちゃんを覚えている?」

「勿論、覚えているよ。和田浦でもずっと一緒だったからな」

「スズちゃんも船に乗っているわ」

「船が帰って来ると懐かしい顔に会えるんだな」

「みんな、あなたに会うのを楽しみにしているわ。今晩はまた歓迎の宴だわね」

「本当に懐かしいよ」

 しばらく山の上から海を見ていたが、みんなを乗せた船は見えなかった。サハチとイトは船越に戻った。

 琉球館に行くと誰もいなかった。どこに行ったのだろうと思いながらイトの屋敷の方に向かうと、ウニタキと出会った。

「みんな、どこに行ったんだ」とウニタキに聞いた。

「朝の稽古が終わって、ササたちはイスケさんの船に乗って住吉神社に行った。師匠とジクー禅師とファイチは梅林寺の和尚に会いに行くと言っていた」

「住吉神社というのは近いのか」

半時(はんとき)(一時間)も掛からないと言っていた。ササが神様の事で調べたい事があるとか言っていたよ。また、スサノオの神様の事じゃないのか」

「そうか。与之助は何しているんだ」

「あいつは船を直しているよ。放っておいたら船が可哀想だと言ってな」

「イトの船をか」

「ああ。変わり者だが、腕はかなりいいようだ。あんな船大工が琉球にも欲しいな」

「そうだな」とサハチはうなづいた。

 イトと別れて、サハチはウニタキと一緒に梅林寺に向かった。集落の外れの山裾に梅林寺はあった。思っていたよりも小さなお寺だった。鉄潅(てっかん)和尚が言うには、日本で一番古いお寺だという。

 三人は和尚と一緒にお茶を飲みながら話し込んでいた。ヂャンサンフォンは琉球の着物を着ていて、ファイチは高橋殿にもらった直垂(ひたたれ)が気に入ったとみえて、ずっとそれを着ている。ジクー禅師は禅僧の格好だったが、鉄潅和尚は野良着姿だった。奇妙な連中の集まりに見えた。

 サハチたちも上がり込んで話に加わった。禅の話をしていて、サハチとウニタキにはよくわからなかった。ヂャンサンフォンは禅にも詳しいようで、明国にある禅寺や偉い禅僧の話をしていて、ジクー禅師と鉄潅和尚は真剣に話を聞いていた。ファイチはまだヤマトゥ言葉がよくわからないのに、わかったような顔をして聞いていた。

 急に集落の方が騒がしくなった。ユキがミナミと一緒にやって来て、船が帰って来たと知らせてくれた。サハチたちは和尚と別れて、西側の港へと向かった。

 大きな船は奥まで入って来られないので途中に船着き場があって、そこから女たちがぞろぞろと降りて来た。

「サハチさん、お久し振りです」と駆け寄ってきた女がいた。三十前後に見える美人だった。サハチには誰だかわからなかった。

「スズですよ。サワの娘のスズです」

「えっ、スズちゃんか。驚いたなあ」

 サハチの頭の中にいるスズは九歳のままだった。

「サハチさんも変わったわ。イトさんの着物を着ていなかったらわからなかった」

「そうか。着物でわかったのか」

 サハチは女たちに囲まれた。

「さあ、誰だか当ててみて」と一人の女が笑いながら言った。

 ツタ、シノ、トミ、マユの四人はかつての面影があったのでわかったが、あとの三人はわからなかった。四人よりは年下だった。サハチはイトの話を思い出して、「タケちゃんとヒサちゃんとマホちゃんか」と聞いた。

「当たりです。よくわかりましたね」と言って、イトの妹三人は笑った。

「昔の面影があると言いたいが、三人ともまったく当時の面影はない。みんな、いい女になっているよ」

「あの頃、あたしはまだ十歳でした。もうこんなにも大きくなりました」

 ヒサがおどけて言うと皆が笑った。

 サハチたちは荷物を運ぶのを手伝って、琉球館に帰った。

 その夜は琉球館で、歓迎の宴が行なわれた。サハチたち一行に朝鮮から帰って来た女たちが二十人余りも加わった。部屋に入りきれず、縁側や庭に溢れた者もいた。

 女たちは皆、夫が朝鮮にいるか、戦死した者たちで、女手一つで子供たちを育てていた。イトとユキのように、娘と一緒に船に乗っている女もいる。皆、勇ましい女たちで、サハチたちは圧倒されていた。

 土寄浦に住んでいるトミとイトの妹のタケとマホもわざわざサハチに会うために来てくれた。タケは当時十三歳、マホはまだ四歳だった。末っ子のマホはどことなく、イトに似ていた。

 去年も来ていたササ、シズ、シンシン、ヂャンサンフォン、ジクー禅師は女たちとの再会を喜び、楽しそうに話をしていた。

「去年、博多にいたシンゴから、あなたの奥さんが来るって聞いた時は驚いたわ」とシノが言って、イトを見た。

「あなたが来ないで、奥さんが来るってどういう事って思ったわ。マユなんて、殴り込みだわって騒いだのよ」

「マチルギが殴り込みか」とサハチは笑った。

「でも、いい人だったわ。ずっと一緒に船に乗っていたからわかるの。みんな、マチルギさんを好きになったわ。好きになったというより、みんな、尊敬しているわ。あなたは幸せ者よ」

「マツは元気なのか」とサハチはシノに聞いた。

「元気らしいわ。時々、五郎左衛門殿を通して手紙が届くんだけど、もう十二年も向こうにいるのよ。きっと、向こうに奥さんも子供もいるに違いないわ。それを思うと悔しくって」

「そんな事はないだろう」とサハチが言うと、女たちは皆、自分の夫が朝鮮の女と仲よくやっているに違いないと言っていた。

 サハチは話題を変えて、「船に乗ろうって言い出したのは、やはり、イトなのか」と誰にともなく聞いた。

「そうよ。あの時もびっくりしたわ」とツタが答えた。

「お屋形様が大勢の家臣と一緒に、大きな船も朝鮮に持って行っちゃったので、琉球に行くための船が残っただけで、あとはおんぼろの船しかなかったわ。あたしたちはおんぼろの船を何とか修理して、それに乗り込んで、操縦法を習ったのよ。男たちが帰って来るまで、あたしたちが頑張るしかないって必死だったわ」

「あの頃、みんな、幼い子供を抱えていて、旦那さんが朝鮮に行ってしまい、途方に暮れていたのよ」とマユが言った。

「イトが船に乗るって言い出した時、そんなの無理だわって誰もが思っていた。それでもイトはサワさんと一緒に女たちを説得して回ったわ。お屋形様の妹にサキ様っていう人がいるんだけど、その人の旦那さんも戦死してしまって、一人で子供を育てていたわ。その人がイトの考えに賛成して、一緒に船に乗ったのよ。」

「あれも驚いたわね」とイトが言った。

「でも、サキ様はお嫁に行く前、土寄浦が全滅した時、あたしたちと一緒に村の再建を手伝ってくれたわ。お嬢様だけど芯の強い人なのよ。お嫁に行ったあと、旦那さんが戦死して、男の子を産めなかったからって、娘さんを連れて土寄浦に戻って来たわ。それからはお屋敷に籠もったまま、外には出て来なかった。それが、突然、あたしにも船に乗らせてって出て来たんだもの、びっくりしたわ。サキ様のお陰で女たちの心も一つになって、みんな、頑張って来たのよ」

「サイムンタルー殿にそんな妹がいたのか」とサハチは驚いていた。

「シンゴのすぐ下の妹さんで、あたしたちより三つ年下なの。今は土寄浦で船頭(船長)として船に乗っているわ」

 二十二年前、サンルーザから子供たちを紹介された時、サキもいたと思うがサハチには思い出せなかった。

「十六歳になる娘さんも一緒に船に乗っているのよ。その娘さんが母親に似て、美人でね、狙っている男たちが大勢いるみたいだけど、ウメさんに鍛えられて、結構、強いらしいわ」

「ほう、ユキのような娘が土寄浦にもいるのか。女たちがみんな強くなって、男たちが帰って来ても、男の出番はなさそうだな」

「そうね。ただ威張っているだけだと追い出されるわね」

 イトがそう言うと女たちは一斉に笑った。





対馬島、船越浦




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