具志頭按司
九月十日、平田グスクで お祭り奉行の佐敷ヌルは、ヒューガ(日向大親)の娘のユリと一緒に張り切って準備に明け暮れた。メイユー(美玉)、リェンリー(怜麗)、ユンロン(芸蓉)の三人も手伝ってくれた。初めての大々的なお祭りなので、 お祭りの当日、太鼓や フカマヌルも娘のウニチルを連れて、母親のフカマヌルと一緒にやって来た。まぎらわしいが、母も娘もフカマヌルだった。母は平田のフカマヌルで、娘は 佐敷からクルー夫婦と佐敷大親(マサンルー)の妻のキクが子供たちを連れてやって来た。 慶良間之子の目当てはユンロンだった。慶良間之子は非番の度にユンロンと会っていた。妻も薄々気づいているようで、はっきりとは言わないが、最近はずっと機嫌が悪かった。そんな妻の顔を見ていると、余計にユンロンに会いたくなるのだった。 シタルーは昨日、馬に乗って宇座に行き、マジニを馬天浜に連れて来て、両親(サミガー大主夫婦)に紹介した。両親は突然の事に目を丸くして驚いたが、大喜びしてくれた。嫁をもらう事にまったく興味を示さなかったシタルーが、こんなにもいい娘さんを連れて来るなんて夢にも思っていなかった。しかも、宇座按司の娘だという。両親は良縁を授けてくれた神様に感謝をした。 平田グスクは十年前に、マサンルーが築いたグスクだった。 長男のサハチがマチルギを嫁にもらう時、佐敷グスクを拡張して それから四年後、四男のマタルーが それから三年後、サハチは島添大里グスクを奪い取って、島添大里グスクに移り、マサンルーは佐敷大親になって佐敷グスクに戻り、一の曲輪の屋敷に入った。東曲輪の本屋敷にいたヤグルーが平田大親になって平田グスクに移り、マタルーが東曲輪の本屋敷に入った。その翌年、末っ子のクルーが マサンルーが平田グスクにいた時、家臣は五十名だったが、ヤグルーが入った時、家臣は倍の百人になった。ヤグルーはグスクを拡張した。以前は一つの曲輪だけだったが、裏山を切り崩して新しい曲輪を造り、土塁で囲み、そこを一の曲輪にして、以前の曲輪を二の曲輪にした。一の曲輪に屋敷を新築して、以前の屋敷はサムレーたちの屋敷にした。お祭りで開放したのは二の曲輪だった。 二の曲輪内に舞台を作って、酒や食べ物を振る舞う屋台がいくつも並び、揃いの着物に着飾った女子サムレーたちが配っている。 舞台では娘たちが歌や踊りを競い合っていた。平田の娘たち、佐敷の娘たち、島添大里の娘たち、知念の娘たち、久高島の娘たちと 娘たちの競演が終わると、女子サムレーたちの剣術の模範試合が行なわれ、メイユー、リェンリー、ユンロンの三人も明国の剣術を披露した。シラーとウハは明国で身に付けた シラーとウハは共に伊是名親方の配下のサムレーで、下っ端なので 武器を持たずに素手で戦う少林拳は見物人たちの興味を引いて、皆、真剣な顔付きで、二人の素早い動きを追っていた。 武術の演武が終わると飛び入りの芸能大会が行なわれ、各自、自慢の芸を披露した。笑われる者がいたり、冷やかされる者がいたり、 舞台から少し離れた所にある縁台では、平田大親が弟のクルーと酒を飲みながら明国での思い出を語り合っていた。 「八重瀬按司(タブチ)があんなにも達者に明国の言葉をしゃべるなんて驚いたな」と平田大親が言うと、 「八重瀬按司は三度も明国に行っていますからね。去年はマサンルー兄貴とマタルー兄貴も八重瀬按司のお世話になっています」とクルーが言った。 「そうらしいな。あれだけしゃべれれば使者も務まりそうだ」 「ええ。それよりも 「米須按司は八重瀬按司と仲がよかったようだから、八重瀬按司から話を聞いて、明国に行きたくなったんだろう」 「順天府の『会同館』で再会を喜んでいましたね」 「順天府まで行って、知人と会う事など滅多にない。たとえ、知人でなくても同じ 「確かにそうですね。順天府まで行ったら、 平田大親はうなづいて、「明国というのはとてつもなく大きな国だ。あの大きさというのは実際に行ってみなくてはわからん。明国に行って来て、本当によかったと思っている」としみじみと言った。 舞台では『 佐敷ヌルが 佐敷ヌルが琉球を舞台にした話を作って、その話に合わせてユリが曲を作り、ウミチルが踊りを考えて、平田の女子サムレーによって演じられた。舞台の背景の絵はイーカチ(三星党副頭)が描いていた。 馬天浜で子供たちにいじめられている 乙姫様から、「決して開けてはなりません」と言われ、 玉手箱から煙が立ち上って、浦島之子は急に白髪のお爺さんになって亡くなってしまう。やがて、 女子サムレーのナカウシが浦島之子を演じて、ミニーが亀を演じて、チリが乙姫様を演じた。亀をいじめていた子供たちは、そのあと着替えて、龍宮の舞姫たちを演じた。物語は笛と太鼓の音に合わせて進み、ゆっくりとした会話と歌で物語を説明していた。 浦島之子が亀の背中に乗って移動する場面は、木で作った甲羅を背負ったミニーが四つん這いになって、ナカウシを乗せたが、ナカウシの足もミニーと一緒に歩いていたので、見ている者たちを笑わせた。 龍宮は首里グスクの 玉手箱を持って馬天浜に戻って来た浦島之子が、玉手箱を開けて変身する場面が最大の見せ場だった。岩の上に座って玉手箱を開けると紙吹雪が飛び出して、紙吹雪が舞っている間に、ナカウシは白髪頭の老人に変身した。そして、苦しみながら亡くなり、岩陰に隠れて鶴に変身して出て来た。大きな翼を羽ばたかせながら飛んで行き、龍宮で乙姫様と再会する。乙姫様は乙姫様の格好のまま甲羅を背負って、亀になった事を表現していた。舞姫たちが二人を祝福するように踊って、お芝居は終わった。 観客たちは拍手を送り、指笛が飛び交った。琉球で最初に演じられたお芝居は大成功に終わった。 その後、子供たちの笛の合奏、ミヨンの歌と 平田のお祭りから一月余り経った十月十四日、馬天浜でお祭りが行なわれた。七年前に先代のサミガー 馬天ヌル、佐敷ヌル、サスカサ(島添大里ヌル)がサミガー大主夫婦が眠っているガマ(洞窟)の前でお祈りを捧げて、馬天浜に移ってお祭りは始まった。ウミンチュたちが各地から集まって来て、馬天浜は 対馬館の庭に作った舞台では『サミガー大主』と題したお芝居が演じられた。演じたのは島添大里と佐敷の女子サムレーたちだった。平田のお祭りで演じた『浦島之子』の評判がよかったので、佐敷ヌルが祖父の話をお芝居にしたのだった。一月余りしかなかったので、お芝居の中で流れる曲や踊りは『浦島之子』とほとんど同じで、歌詞だけを変えた。 サミガー大主は夢のお告げを信じて、馬天浜に行く。馬天浜で鮫皮作りに励んでいるとヤマトゥの船がやって来る。サミガー大主は鮫皮と大量の鉄を交換して、浜の人たちに喜ばれる。その事は サミガー大主を演じるリンが、穴の空いた船から足を出して移動する場面では皆が大笑いした。岩陰で眠っているサミガー大主の枕元に、突然現れた鎧武者は見ている者たちを驚かせた。幕の後ろに隠れていた鎧武者を、幕を一瞬のうちに下ろして見せただけなのだが、見ている者たちは鎧武者が突然、出現したと思って驚いていた。 サミガー大主が水中で人喰いフカ(鮫)と戦って見事に勝つ場面もあった。フカを擬人化して、フカの顔を描いた ヤマトゥの船が来た時は、浜の娘たちが華麗に踊り、大グスクのお姫様が嫁いで来た時は、全員で祝福の踊りを踊って幕は下りた。お芝居を観ていたウミンチュたちは笑いながらも、サミガー大主を思い出して泣いている者も多かった。 馬天浜のお祭りの次の日、三姉妹の船は明国に帰って行った。メイユーはマチルギの許しを得て、サハチの側室になっていた。 それから三日後、与那原グスクが完成して、運玉森ヌル(先代サスカサ)によって儀式が行なわれ、マタルーは正式に与那原大親に就任した。 メイユーたちがいなくなって、何だか急に静かになったように感じられた。 マチルギはイーカチから各地の様子を知らされた。 山南王は完成した 「あたしたちの真似をしているのね」とマチルギが言うと、イーカチはうなづいた。 「今の兵力では 「その粟島ってどこにあるの?」 「キラマよりかなり 「そう」と言いながら、マチルギは久し振りに船に乗りたくなっていた。しかし、今は船には乗れなかった。お腹に赤ちゃんがいるのだった。この 「何となく、 「どういう事?」とマチルギは聞いた。 「タブチの留守中に具志頭の若按司に山南王の娘が嫁ぎました。具志頭グスクは八重瀬グスクの 八重瀬城下にはウニタキの配下の研ぎ師のハンルクがいた。十年以上、城下に住んでいるのでタブチにも信頼されている。奥間から側室が贈られたのは二年前で、その側室から得た情報はハンルクを通してイーカチに知らされた。タブチの動きは筒抜けになっていた。 「具志頭按司の姉が弟を滅ぼして、自分の息子を按司にしようとたくらんでいるの?」とマチルギは聞いた。 「そうです。本来ならヤフスが具志頭按司になって、その息子が若按司になるはずだったのです。ところが、ヤフスが島添大里で戦死してしまったため、ヤフスの倅は按司になれなくなってしまいました」 「それにしたって、実の弟を倒すなんて考えられないわ」 「女は怖いですよ」とイーカチは笑った。 一月が経って、イーカチの心配は現実のものとなった。 タブチは具志頭グスクを攻め、たったの一日で攻め落とした。具志頭按司と若按司を殺し、ヤフスの倅を具志頭按司にした。若按司の妻のマアサは助けた。シタルーの娘であり、タブチにとっては姪だった。まだ十四歳のマアサは、お嫁に来たけど、あの人は好きになれないと言って、タブチにお礼を言った。タブチはマアサに手紙を持たせて島尻大里に送り届けた。その手紙には、今は亡き弟の倅が具志頭按司になったのだから文句はあるまいと書いてあったという。 タブチは明国に行くようになってから、八重瀬の城下に明国の商品を売る店を出し、行商人を使って山南王の様子を探っていた。シタルーに隙があれば、シタルーを倒して山南王になるという夢をまだ捨ててはいなかった。その行商人を使って具志頭按司の姉と密かに連絡を取り、お互いに準備を進めて、奇襲を掛けたのだった。ヤフスの倅の手引きでグスク内に潜入した八重瀬の兵たちは、敵対する者を次々に倒して行った。突然の襲撃に、具志頭按司は守りを固める事もできずに討ち死にした。 イーカチはタブチの動きを知っていた。知っていたが、中山王に関わる事ではないので放っておいた。 新しい具志頭按司の妻は米須按司の娘だった。今回、米須按司は動いていないが、米須按司がタブチ側に寝返る可能性が出て来た。米須按司が中山王側に付けば、山南王の勢力は削減し、都合のいい事だった。 |
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