旧港から来た娘
サハチ(琉球中山王世子)たちが家族水入らずの旅から帰って来ると、 サハチはウニタキ(三星大親)とファイチ(懐機)を連れて、イトの船に乗って博多に向かった。使者たちは『妙楽寺』に滞在していて、出入りも自由だったので、サハチたちは一文字屋孫次郎と一緒に妙楽寺に行き、使者たちと会った。 無事に役目を終えた使者たちはホッとした顔でサハチたちを迎えた。サハチは皆にお礼を言った。 「かみさんに言われたんです」とチョルは言った。 「このまま帰ってもいいのかと言われたんです。恩返しをしなくてはならないと思いまして、琉球に戻る事に決めたのです。カンスケたちに朝鮮の言葉を教えて、立派な通事に育てようと思いました」 サハチはチョルにお礼を言った。チョルの言う通り、来年も朝鮮に行くとなれば通事を育てなければならなかった。 博多に残していった 一徹平郎は瓦職人も見つけ出してくれた。 来年もお世話になるので、サハチは九州探題の渋川 道鎮は京都の様子を話してくれた。 「鎌倉の御所様(足利満兼)に不穏な動きがあって、敵が京都に攻めて来ると一時は大騒ぎになったんじゃが、何とか無事に治まったようじゃ。事を起こす前に、御所様は亡くなってしまったらしい。狂気したとの噂も流れていたので、重い病に罹っていたのかもしれんのう。興奮し過ぎて、頭に血が昇り過ぎたんじゃろう」 サハチは鎌倉に行った高橋殿を思い出した。 もしかしたら、高橋殿の仕業だろうか‥‥‥ 事が起こる前に殺したのだろうか‥‥‥ サハチは道鎮と別れたあとも高橋殿の事を考えていた。 「高橋殿がうまくやったようだな」とウニタキが言って笑った。 ウニタキは高橋殿が殺したと思っているようだが、サハチはそうは思いたくはなかった。 サハチたちはクグルーとマウシ、クルシ(黒瀬大親)、カンスケたちを連れて 久し振りに対馬に帰って来たクルシは孫たちに会いに カンスケの妻と子供は船越にいた。奥さんは船乗りの娘で、子供をサワに預けて、イトと一緒に船に乗っていた。子供は四人いて、十歳になる長女はしっかり者だった。カンスケと一緒に通事をやってくれた者たちは土寄浦に帰って行った。 クグルーと再会して泣いている娘がいた。去年、仲よくなった娘だった。仲よくなったといってもクグルーは手を出さなかったらしい。もう二度と会えないと思っていたクグルーが現れたので、娘は感激して泣いたようだった。 マウシはミナミとの再会に喜んでいた。ミナミも喜び、マウシの名を呼び捨てにして肩車をさせて走らせ、キャッキャッと嬉しそうに騒いでいた。 一仕事を終えたサハチたちは対馬でのんびりと過ごした。あとは十二月になって北風が吹くのを待つばかりだった。 ササ(馬天若ヌル)とシンシン(杏杏)とナナ、ンマムイ(兼グスク按司)とクサンルー(浦添若按司)は土寄浦で若い者たちを鍛えている。サハチとウニタキとファイチ、それとヂャンサンフォン(張三豊)は船越の若者たちを鍛え、三人の 好きになった娘のために強くなろうと思ったのか、イハチは真剣に武術修行に励んでいた。そんなイハチを見ながら、そろそろ嫁さんを探さなければならないなとサハチは思っていた。 ジクー(慈空)禅師は 十一月になって急に寒くなってきた。イトが昔を思い出して襟巻きを作ってくれた。サハチたちは襟巻きを首に巻いて寒さを凌いだ。 一文字屋の船が船越にやって来た。 旧港の船と言えば、去年、 去年の六月、旧港の支配者となったシージンチン(施進卿)が、日本国王に送った使者が若狭の国の 象、孔雀、鸚鵡は使者たちの宿舎となった寺院で、一般の者たちにも公開して、京都の人々を驚かせた。サハチたちが京都にいた頃は京都の郊外にある 旧港の船は大量の日本刀を仕入れて帰ろうとしていた去年の十一月、台風に遭って、船が壊れて帰れなくなってしまった。将軍様の援助で新しい船を造る事に決まり、船が完成して サハチはウニタキとファイチ、ヂャンサンフォンも連れて、博多に向かった。旧港を支配しているシージンチンは明国人だった。わたしの出番が来たようですとファイチは張り切っていた。もしかしたら、旧港の使者はメイユー(美玉)の事を知っているかもしれない。知っていれば話も弾むに違いない。いつの日か、旧港に使者を送るようになった時、役に立つだろうとファイチは言った。 旧港の使者たちの船は 旧港の使者たちがいるという『 「 「するとあの者たちは師匠の弟子なのですか」とウニタキが驚いた顔をして聞いた。 「弟子の弟子、あるいはそのまた弟子かもしれんのう。しかし、旧港にもわしの弟子がいるとは知らなかった」 サハチたちが本堂の方に向かおうとした時、娘たちの師匠らしい老人が近づいて来て、ヂャンサンフォンをじっと見つめた。ヂャンサンフォンもその老人を見つめて、「ミンジュンか」と言った。 老人は急にひざまづいて、何事かを言い出した。 ヂャンサンフォンは老人を立たせると、 「弟子の弟子ではなかったわ。わしの弟子のシュミンジュン(徐鳴軍)じゃった」と言って笑った。 「何年振りかのう。こんな所で出会うとは思ってもいなかったわ」 ヂャンサンフォンとシュミンジュンは再会を喜んで、しばらく話し込んでいた。二人が並んでいる姿はどう見てもヂャンサンフォンの方が若く見えた。ヂャンサンフォンをここに置いて使者に会おうとしたら、二人の娘のうちの一人がシージンチンの娘らしいとヂャンサンフォンは言った。 シュミンジュンが娘たちを呼ぶと、二人の娘がやって来た。二人とも二十歳前後の娘だった。 シュミンジュンが娘たちに何かを言った。娘たちは驚いた顔をしてヂャンサンフォンを見て、慌てて師匠に対する礼をした。そして、サハチたちを見ると一人の娘が、 「シージンチンの娘のシーハイイェン(施海燕)です」とヤマトゥ言葉で言った。 「日本の言葉がわかるのですか」とサハチが聞くと、 「小浜に一年以上いました。日本の言葉のお稽古をしました」とシーハイイェンは言った。 「そうでしたか」とサハチはうなづき、ファイチを見て、「ファイチよりもうまいようだ」と笑った。 サハチはファイチとウニタキを紹介した。 シーハイイェンはもう一人の娘を紹介した。ツァイシーヤオ(蔡希瑶)という名前だった。 シーハイイェンに連れられて、サハチたちは使者たちと会った。ヤマトゥ言葉をしゃべる通事もいて、『ワカサ』と呼ばれていた。どうやら日本人のようだった。 サハチは旧港の船を琉球に連れて行く事を約束して、さらに明国まで連れて行く事も約束した。琉球まで行くのはいいが、それから先はどうしようかと悩んでいた使者たちは、サハチの申し出に大喜びしてくれた。 使者たちとの話がまとまると、サハチはシュミンジュンとシーハイイェンとツァイシーヤオの三人を『一文字屋』に連れて帰り、酒と料理を御馳走して、旧港の話を聞いた。ヂャンサンフォンとシュミンジュンは別れてからのお互いの事を話し合っていた。 シーハイイェンとツァイシーヤオはメイユーの事を知っていた。メイユーからヂャンサンフォンが琉球にいる事を聞いて、琉球に行きたかったと言った。 「でも、父はあたしよりワカサの言う事を聞いて、琉球に行くより日本に行けと言ったのです」 「ワカサというのは通事の事ですね?」 シーハイイェンはうなづき、「ワカサは倭寇です」と言った。 「あたしたちが 「七重の塔だな」 「そうです。七重の塔。あんなに高い塔は明国にもありません。日本という国は凄いと思いました。京都から小浜に戻って、帰るつもりだったのですが、台風が来て船が壊れてしまいました。将軍様のお陰で新しい船を造りましたが、一年も掛かってしまいました。でも、その間にワカサの奥さんがいる 「ワカサは 「ワカサは琉球にも行った事があると言っていました」 ファイチが明国の言葉で、シーハイイェンに質問した。ファイチは旧港の事を詳しく聞いていた。 シーハイイェンは明国の広州で生まれた。七歳の時、海賊のリャンダオミン(梁道明)は旧港に移った。リャンダオミンの配下だった父親も移る事になり、シーハイイェンは海を渡って旧港に行った。 旧港はシュリーヴィジャヤ王国の王都として栄えていたが、マジャパヒト王国に滅ぼされて、国は乱れて海賊たちの拠点と化していた。リャンダオミンは配下を率いて旧港を攻め、海賊どもを追い払った。 旧港には シーハイイェンが十六歳の時、リャンダオミンは明国から来た役人に投降して、広州に帰って行った。リャンダオミンの後継者として選ばれたのは父だった。父は旧港の王となった。リャンダオミンの護衛役だったシュミンジュンは父のために残る事になった。 リャンダオミンが去ったあと、チャンズーイー(陳祖義)が大勢の配下を率いて旧港にやって来た。チャンズーイーも広州の海賊だったが、やる事が汚いので海賊仲間からも嫌われ、広州を追放されて、マラッカ海峡で暴れていたのだった。チャンズーイーは王宮から父を追い出して、自ら王を名乗り、好き放題の事をした。シーハイイェンも隠れて暮らさなければならず、必ず、チャンズーイーを倒してやると武芸の修行に励んだ。一年後、その苦しい立場は急転した。ジェンフォ(鄭和)が率いる大船団がやって来て、チャンズーイーを退治してくれた。チャンズーイーは進貢船も襲っていたので、 父はジェンフォから旧港の首領である事を認められた。翌年には姉婿が使者となり、明国に行って朝貢した。父は永楽帝から正式に、 「きっと、両親が心配しているに違いないわ」とシーハイイェンとツァイシーヤオは暗い表情になったが、「でも、日本刀をいっぱい持って帰れば喜んでくれるに違いないわ」と言って、うなづき合っていた。 シーハイイェンはシージンチンの次女だった。姉はお嫁に行ったので、あたしが父の跡を継がなければならないと言った。母親違いの弟がいるけど、まだ幼いので任せられない。あたしは父親の跡を継ぐために日本にやって来た。日本では船が壊れて苦労したけど、琉球の人に会えて、琉球に行けるのは嬉しい。琉球の事はメイユーから聞いていて、行ってみたいと思っていたという。 ツァイシーヤオは父親の腹心の部下の娘で、幼い頃から一緒に育ち、共に武芸の稽古に励み、お互いにお嫁には行かないで、旧港の発展のために生きようと誓い合った仲だった。 シーハイイェンとツァイシーヤオの話を聞きながら、ササのいい友達になれそうだとサハチは思った。きっと、意気投合して仲良しになるに違いない。 シーハイイェンたちと別れて対馬に帰ったサハチたちは富山浦に行って、早田五郎左衛門にお世話になったお礼と別れを告げた。ササと仲良くなったナナは五郎左衛門の許しを得て、一緒に琉球に行く事になった。 対馬に戻って、サハチがイトとユキとミナミに別れを告げている時、ウニタキはツタと別れを告げていた。ツタの夫は戦死したので仲よくなっても構わないのだが、二人が仲よくなっていたなんてサハチはまったく知らなかった。ファイチはヤマトゥ言葉を教わっていたアサと、ヂャンサンフォンは後家のキタと、シズはシノの息子の新太郎と別れを告げていた。 まったく意外だったのはンマムイだった。女子サムレーのクムに振られて土寄浦に行ったンマムイが、シンゴの妹のサキと仲よくなっていた。そろそろ帰るからと土寄浦にいるンマムイやササたちを呼び戻したら、サキも娘を連れてやって来た。サキだけでなく、娘のミヨもンマムイを慕っているようなのには驚いた。 別れの前夜、『琉球館』で送別の 「今度はいつ会えるかしらね」とイトが言った。 「来年、来られたら来るよ」とサハチは言った。 イトは笑いながら首を振った。 「来年はマチルギさんが来るんじゃないかしら」 サハチは笑ったが、あり得る事だった。今度はあなたが留守番よと言って、女子サムレーを引き連れて来るかもしれなかった。 「でも、以前よりも対馬と琉球は近くなったような気がするわ。これから毎年、博多に来るんでしょ。来年は来られなくても、二、三年後には会えるような気がするわ」 「そうだな」 「あたしもいつか必ず、琉球に行くわ。真っ白な砂浜を見てみたいわ」 「是非、見せたいよ。海に潜れば綺麗な魚がいっぱいいる」 「マチルギさんから聞いたわ。色鮮やかなお魚がいっぱいいるんですってね。見てみたいわ」 「あたしも見たい」とミナミが言った。 「ミナミもいつか琉球に来いよ」 「絶対に行く」とミナミは言って、「マウシ!」と叫んでマウシの所に行った。 可愛いミナミの笑顔を瞼に焼き付けようとサハチはミナミを見つめていた。 十二月五日、サハチたちは船越を去って博多に向かった。イハチとクサンルーは残した。二人は一月後、シンゴの船に乗って琉球に向かう。イハチが仲よくなったマユの娘のミツを琉球まで連れて来るかもしれないが、それはそれでいいだろうと思っていた。 それから三日後、サハチたちは交易船に乗って博多を発ち、琉球を目指した。サハチたちの船の後ろに旧港の船が従っていた。 |
旧港(パレンバン)
若狭の国、小浜