勝連の呪い
正月の下旬、シンゴ(早田新五郎)とマグサ(孫三郎)の船が ナナが来ているので、イハチと仲よくなったミツが一緒に来るかと思ったが、来なかった。一時は母親と一緒に来ると言ったのだが、今の シンゴの話では、お屋形様たちが帰って来たら、妹のサキも娘と一緒に琉球に行くと言ったという。イトたちも行くと言ったし、大勢の女たちが琉球にやって来そうだ。来てくれるのは嬉しいが、あちこちで騒動が起きそうだった。 歓迎の 「 マチルギは今、首里グスクの サハチはナツに謝った。もともと気が強い女なのかもしれないが、だんだんとマチルギに似てきていた。二人が同時にサハチを責めて来たら、とても太刀打ちできない。そこに、メイユー(美玉)まで加わったら、もうお手上げだった。 さんざ小言を言ったナツが引き上げると、サハチはイーカチが描いた首里城下の絵地図を広げて、どこにお寺を建てようかと考えた。首里のお祭りが終わったら、首里グスクの あれこれ考えているうちに夕方になり、ササたちがヤンバル(琉球北部)の旅から帰って来た。 ササは目を輝かせて、「按司様、見つけたわよ」と言った。 一緒に行ったシンシン(杏杏)とナナも興奮しているような顔付きだった。 「スサノオの神様の足跡が見つかったのか」とサハチは驚いた顔をしてササに聞いた。 「 若い頃に辺戸岬に行った時、サハチも安須森を見上げて登って見たいと思った。しかし、安須森は山自体が神聖なウタキ(御嶽)になっているので登る事はできなかった。 「安須森に登ってスサノオ様は 「スサノオ様が来た時、すでに安須森は神聖なウタキになっていて、スサノオ様は登れなかったんじゃないのか」とサハチは言った。 「そうか」と言ってササは考えてから、「そうかもしれないわね」とうなづいた。 「宇佐浜に 「そうか。望月党の残党が戻って来れば、必ず、あそこに現れるだろうとウニタキ(三星大親)は言って、あそこを『 「行かなかったわ」とササは首を振った。 サハチはホッとした。 「行こうと思ったんだけどね、何かいやな予感がしたのでやめたわ」 「そうか、よかった。あと六年待て。六年経ったら好きなだけ歩き回ってもいい」 「そうね。勝連半島を迂回したスサノオ様は南下して馬天浜に上陸したのよ」 「確かにスサノオ様が琉球に来たとすれば、馬天浜に上陸しただろうが、そんなの信じられんな」 「あたしだって信じられなかったわ。でも、佐敷グスクの裏山にある古いウタキの神様が教えてくれたのよ」 「スサノオ様が来たってか」 「はっきり、スサノオ様とは言わなかったけど、遙か昔、ヤマトゥから若い王様がやって来たって言ったわ。その王様は上陸した浜を『果ての浜』って名付けたそうよ」 「果ての浜?」 「ハテノハマがハティヌハマになって、いつしかバティンハマになったんだと思うわ」 「果ての浜か‥‥‥確かにヤマトゥから来たら、細長い島の果てにある浜だな」 「それだけじゃないのよ。その王様は琉球に着いた喜びから踊ったんだけど、髪に挿していた 「サセキがサシキになったのか」 「そうらしいわ」 「その佐世の木というのはどんな木なんだ?」 「ツツジの仲間らしいわよ。スサノオ様はヤマタノオロチを退治した時も、佐世の木を髪に挿して踊ったらしいわ。琉球に来て、佐世の花が咲いているのに感激して、髪に挿して踊ったのよ」 「その王様の名前を神様は知らなかったのか」 「ウシフニって言っていたわ」 「ウシフニ‥‥‥スサノオっていうのは 「そうだといいんだけどわからないわ。明日、玉グスクに行って調べて来るわ。マシュー 「やはり、そうだったか」とサハチは満足そうにうなづいた。 言いたい事を言ってササが帰ろうとしたら、「オキナガシマ」とシンシンが言った。 「あっ、そうそう。スサノオ様が来た頃、琉球は沖の長島とか沖長島って呼ばれていたみたい」 「沖長島か‥‥‥」 遙か沖にある細長い島だからそう呼ばれていても不思議はなかった。タカラガイの交易が終わって、この島の事は忘れ去られて、いつしか明国が名付けた琉球という名が島の名前になってしまったのだろう。 ササたちが帰って行ったあと、お茶を持って来て、一緒に話を聞いていたナツが、 「ヤマトゥから来た娘さんを初めて見たけど、すっかり馴染んでいて、古くからのササのお友達みたいね」と言った。 そう言われてみれば、ヤマトゥから来た女は見た事がなかった。ヤマトゥの商人たちは女を連れては来ないし、浮島の 「どうしてササはスサノオの神様の事を調べているの?」とナツが聞いた。 「さあ?」とサハチは首を振った。 「 ナツは笑って、「馬天浜が『果ての浜』だったなんて驚いたわ」と言った。 「そうだな。意味もわからずに馬天浜って言っていたけど、地名というのはそれなりにちゃんとした意味があるんだな」 「首里は サハチは首を傾げた。 二日後、ササは玉グスクから帰って来て、何も見つからなかったと言った。 「本人から聞くのが一番早いんじゃないのか」とサハチはササに言った。 「それがわかれば苦労はないわ。 「対馬の『ワタツミ神社』のお墓にはいなかったのか」 ササは首を振った。 「対馬にはスサノオ様も豊玉姫様もいなかったわ。スサノオ様には京都で会えたけど、豊玉姫様はいないのよ。一体、どこにいるの?」 「京都には別の奥さんがいたと言ったな」 「 「琉球のお姫様じゃなかったんじゃないのか」 「いいえ、琉球のヌルよ。いつか必ず、探してみせるわ」 「神様から与えられたお前の仕事だ。頑張れ」 「神様から与えられたお仕事?‥‥‥そうかもしれないわね」 ササは納得したような顔をして笑った。 二月九日、首里グスクの 早いもので四回目のお祭りだった。一回目のお祭りの時、サハチはいなかったが、 朝早くから人々が集まって来て、 ササはシンシンとナナと一緒に例年のごとく、見回りをしていた。 舞台では綺麗なチマチョゴリ(朝鮮の着物)を着た佐敷ヌルとユリの進行で、娘たちの踊りの競演、女子サムレーの模範試合、シラーとウハの 察度の父、 天に帰れなくなった天女は奥間大親の妻となって暮らし、子供も二人生まれる。男の子がジャナ、女の子がチルー。ジャナが十歳になった時、妹のチルーが歌う歌を聴いて、天女は羽衣を見つけ出す。子供たちと別れるのは辛いが、天女は意を決して天に帰ってしまう。 ここまでは博多で見た『羽衣』と同じだったが、その先があった。ジャナは勝連グスクに行って、勝連按司の娘、マナビーを嫁にもらい、チルーはジャナの親友のタチに嫁ぐ。ジャナとタチは兵を集めて 天女を演じたのはチニンチルーだった。女子サムレーとしての最後の仕事がこのお芝居だった。チニンチルーは天女の舞を華麗に舞っていた。子供の頃のジャナを演じたのはウニタキの娘のミヨンで、チルーを演じたのはサハチの三女のマシューだった。マシューはミヨンの弾く 察度が浦添グスクを攻める お芝居のあと、笛の競演があって、シンシン、チタ、ウミチル、ササ、ユリ、佐敷ヌルが横笛を披露して、サハチも ウニタキが娘のミヨンと一緒に三弦を弾いて歌を歌い、最後はみんなで踊って、舞台は終わった。ウニタキは 舞台から降りたウニタキから、リリーが四日前に女の子を産んだ事を聞いた。 「おめでとう」とサハチが言うとウニタキは苦笑した。 お祭りは何事も起こらず、無事に終わった。 次の日、御内原で舞台が再現された。お芝居が終わって、女たちが拍手を送っている時、マチルギが男の子を産んだ。子供が産まれる前、マチルギは 「御隠居様の生まれ変わりかもしれんな」とサハチが言うと、マチルギは嬉しそうに笑った。 「ちょっと待て。今日は何日だ」とサハチは言った。 「二月十日でございます」と侍女が答えた。 「御隠居様の命日だ」とサハチは言って、マチルギを見た。 「まさしく、御隠居様の生まれ変わりに違いない。御隠居様のように、サグルーを助けてくれるに違いない。でかしたぞ、マチルギ」 サハチの八男、奥間のサタルーを入れると九男になるが、宇座の御隠居の名をもらってタチ(太刀)と名付けられた。 ウニタキは旅回りをする芸能一座を作ると張り切っていた。首里グスクとビンダキ(弁ヶ岳)の中程辺りに、朝鮮のサダン(旅芸人)たちが暮らしていたような小屋を立てて、そこで稽古を積み、一年後には旅に出られるようにするという。サハチにも暇な時に笛の指導に来てくれと言っていた。 二月十八日、以前、ファイチ(懐機)の家族が暮らしていた重臣屋敷で、イーカチとチニンチルーの婚礼が行なわれた。イーカチは 身内だけの婚礼だったが、ウニタキ夫婦を中心に、女子サムレーたちが代わる代わるやって来て賑やかな婚礼となった。ナツも子供たちの面倒を佐敷ヌルとユリに頼んでやって来た。『まるずや』の者たちも、店が閉まると女主人のトゥミが売り子たちを連れてやって来た。『まるずや』では扇子を売っていて、その扇子の絵を描いているのがイーカチだった。 イーカチの表向きの顔は地図を作っている イーカチとチニンチルーはみんなから祝福されて、幸せそうだった。チタがお祝いの笛を吹いて、クニがお祝いの舞を舞った。ウニタキがお祝いの三弦を弾いて、サハチも一節切を吹いた。その日はナツがいたので、サハチも遅くまで飲んでいる事はなく、ナツと一緒に早々と引き上げた。 イーカチの婚礼から五日が経って、勝連から若按司が病に倒れたとの知らせが届いた。勝連の若按司は十二歳で、勝連の血を引く唯一の跡継ぎだった。もし亡くなってしまったら大変な事になる、と勝連では大騒ぎになっているに違いない。サハチはウニタキと馬天ヌルに勝連に行ってもらい、薬草に詳しい中グスク按司(クマヌ)にも行くように頼んだ。さらに、ファイチに頼んで、 あらゆる看護の甲斐もなく、倒れてから三日後に若按司は亡くなってしまった。今後の対策を考えるため、サハチも勝連に向かった。ササ、シンシン、ナナの三人も付いて来た。 勝連按司後見役のサムと勝連の重臣たち、そこにサハチとウニタキが加わって今後の事を相談した。 ウニタキの妹で、 サハチたちに文句はないが、勝連の重臣たちの反応が問題だった。勝連とは関係のないサムが按司になる事を許すだろうか。 サハチは心配したが、反対する者はいなかった。後見役を務めていた四年間、様々な事があっただろうが、サムは重臣たちの心をつかんだようだった。勝連の血は流れていないが、サムはサハチの義兄であり、中グスク按司の娘婿だった。 重臣たちも勝連ヌルも平安名大親の案に賛成して、サムが勝連按司になる事に決まった。サムが勝連按司になってくれれば、交易の事も頼みやすくなる。今後、勝連にはもっと活躍してもらおうとサハチは思っていた。 次の日、若按司の葬儀が行なわれた。葬儀が終わった頃、ササが森の中で見つけたと言って、紙切れを見せた。 「シンシンが言うには、 確かに『 「お前たち、すぐに帰って、それをヂャン師匠に見せろ」とサハチは言った。 ササたちはうなづいて帰って行った。 呪いの霊符がどうして、こんな所にあるのだろう? 若按司は誰かに呪い殺されたのか‥‥‥ 一体、誰が勝連を呪おうとしているんだ? 望月党か‥‥‥望月党が復活したのか‥‥‥ 復活したとしたら大変な事になる。サハチはすぐにウニタキに知らせた。 |
安須森ウタキ
勝連グスク