思紹の旅立ち
サム(マチルギの兄)の 次の日は島添大里グスクの 前回、 舞台の最後はウニタキとミヨンの親子の ウニタキは翌日の夕方に帰って来た。今帰仁の『よろずや』にいるイブキの妻のヤエから『望月党』の生き残りの事を聞いてきた。 ヤエは望月ヌルとして『望月党』を支えてきたが、兄たちの争いに巻き込まれて殺されそうになった。イブキに命を助けられて、望月党が壊滅したあとは、『よろずや』の 勝連の若按司が亡くなって、勝連グスクの森の中から 「お頭だったサンルー(三郎)の家族で生き残っているのは、サンルーの三男のマグサンルー(孫三郎)とその姉の若ヌル、そして、二人の母親の三人だけです」とヤエは言った。 「五年前に望月党が滅んだ時、マグサンルーは十四歳、若ヌルは十七歳でした。若ヌルはヌルとして一人前になっています。望月ヌルは『 ヤエの話によると、望月党の配下の者たちは二百人はいて、普段は農民やウミンチュ(漁師)として普通に暮らしていたという。サンルーとグルー(五郎)の身内同士の争いによって半数余りの者が亡くなり、ウニタキによる本拠地の襲撃によって全滅した。しかし、妻や子供は生き残っている。 十五歳以下の男の子は一人前として認められなかったので生きている。あれから五年が経って、二十歳になった若者たちがマグサンルーを中心に再結成をした可能性はある。 望月党が動き出せば、あちこちのグスクに入っている侍女たちが動き出すだろうとヤエは言った。そして、望月党の話をしているうちに思い出したらしく、ヤエには会った事がない叔父がいるという。ヤエが生まれる前に、 サハチはウニタキの話を聞いて驚いた。望月党の生き残りはサンルーの妻と子供の三人だけだと思っていた。二百人の配下の者たちの家族が生きている事を数に入れてはいなかった。配下の者たちの妻や子は夫や父を殺された恨みを勝連にぶつけてくるに違いない。成長した子供たちは『望月党』を再結成するに違いなかった。 「奴らはどこにいるんだ?」とサハチはウニタキに聞いた。 「ヤンバルの山の中か、あるいはどこかの島だろう」 「二百人もいると思うか」 「いや、女や子供を入れればいるかもしれんが、役に立つ者たちはまだ五十人もいるまい。当時、十五歳だった者がようやく二十歳だ。まだ幼い子供たちの方が多いんじゃないのか」 「そうだろうな」とサハチはうなづいた。 「よそのグスクに侍女たちが残っていると言ったが、 「いや、今は 「そうか、マイチの奥さんだったな」 「その下の妹は 「そうか。ところで、望月サンルーの妻はお前の姉なのか」 「そうだ。一番上の姉だ。俺が十歳の時に嫁いで行った。それ以後、会ってはいない」 「サンルーの家族たちはどこに住んでいたんだ?」 「城下のはずれに立派な屋敷があった。俺も知らなかったんだが、望月ヌルに連れて行ってもらったんだ。勿論、もぬけの殻になっていた。近所の者たちに聞いたら、偉いお師匠様が住んでいたんだが、急にいなくなってしまった。勝連グスクが呪われたので、愛想を尽かしてどこかに行ったのだろうと言った。望月サンルーの表の顔は読み書きを教えるお師匠だったんだよ。 「その屋敷は空き家のままなのか」 「いや、新しい読み書きのお師匠が入っている」 「若按司に教えていたのか」 「若按司とサムの子供たちに教えている。俺の配下なんだ」 「何だって! お前、勝連を見張っているのか」 「望月党を警戒して入れたんだよ」 「成程な。しかし、お前の配下に、読み書きを教えるような者がいるとは思えんが」 「お前の親父の紹介さ。お前の親父はキラマ(慶良間)で武芸だけを教えていたんじゃないんだ。それぞれの特技を伸ばそうとしていた。奴の親父は今帰仁合戦で戦死したサムレーで、奴は子供の頃から親父に読み書きを習っていたらしい。ただ、側室の倅だったため、親父が戦死したら母親と一緒に追い出されてウミンチュとなった。やがて、母親が病死して、海辺でしょんぼりしている時にサミガー大主と出会ったんだ。当時、十六歳だったが、 「親父が読み書きの師匠を育てたのか」 「読み書きの師匠だけじゃない。あの島では何でも自分たちで作らなければならなかったので、陶器を焼く職人も育てたし、紙を 「そうだったのか。今更ながら、親父には頭が下がるよ」 「その親父さんだが、明国に行くそうだな」 「困ったもんだよ」 「親父さんの事だから、使者たちとは別行動を取るだろうな」 「確実だよ。『 ウニタキは笑ったが、「ヂャン師匠(張三豊)と一緒だから大丈夫だと思うが、あの二人だけだとどこに行くかわからんぞ。船に乗り遅れるかもしれん」と警告した。 「乗り遅れたら三姉妹の船で帰ってくればいい」とサハチは簡単に考えていた。 「それはそうだが、使者たちの立場に立ってみろ。 「確かにそうだな。本人は 「誰か、しっかりと 「親父の手綱を取れる奴か」とサハチは考えて、「クルーに頼むか」と言った。 「クルーで大丈夫か」 「親父が東行法師だった頃、マサンルー(佐敷大親)は親父と一緒に旅をした。ヤグルー(平田大親)とマタルー(与那原大親)はお爺のサミガー大主と旅をしたんだが、クルーだけは旅をしていないんだ。クルーも兄貴たちのように旅に出るのを楽しみにしていたんだが、お爺は旅をやめてしまった。親父と旅ができれば喜ぶだろう」 「喜ぶどころか、あの二人と一緒だと辛い旅になりそうだぞ」 「その辛さを乗り越えたら、クルーも成長するだろう」 三月三日、恒例の『 ササたちは久高島のフボーヌムイ(フボー御嶽)に入って神様の声を聞いた。古い神様はいっぱいいたが、スサノオあるいはウシフニを知っている神様はいなかったし、豊玉姫もいなかったという。豊玉姫は久高島にいるに違いないと勇んで行ったササは、がっかりした顔で佐敷に帰って行った。 留守番をしていたサハチも首里から島添大里に帰った。 笛や太鼓の音が聞こえて来たが、耳をふさぎたくなるようなひどいものだった。いくつも立てられた小屋に囲まれた広場に行くと、五人の娘が踊っていて、二人の男が笛を吹き、二人の男が太鼓を叩き、一人の男が 「見事な一座だな」とサハチは言って、ウニタキの隣りに腰を下ろした。 「おう、いい所に来たな。奴らに笛を教えてくれ」 「みんな、お前の配下なのか」 「ああ。武芸の腕はそれなりにあるんだが、芸の腕はまるで駄目だ」 「お前が選んだのか」 「やってみたいと思う奴は集まれと言って集めたんだ。三十人近く集まって来て、その中から才能のありそうな者を十人選んだんだが、この有様だ」 「まず基本から身に付けないとどうしようもないな」 「ああ。簡単に考えすぎていた。参ったよ」 「ユリが今、島添大里で女子サムレーたちに笛を教えている。一緒に教えてもらえばいい」 「男二人が女子サムレーたちと一緒に稽古をするのか」 「お客を集めるなら女に吹かせた方がいいんじゃないのか」 「旅をするんだ。女だけじゃ危険だろう」 「男は 「座頭は何をするんだ?」 「お芝居の話を作ったり、お芝居に合わせた曲を作ったり、お芝居に合わせた踊りを考えたりするんだ。佐敷ヌルがやっている事だよ」 「そんな難しい事ができる奴などいない。お芝居はやらなくても踊りだけでいいんじゃないのか」 「考えが甘いぞ。踊りだけなら、どこの 「難しいな」 「一流の芸を見せなければ、すぐに怪しまれるぞ」 「確かにそれは言えるが、難し過ぎる。笛はユリに習うとして、踊りはどうする? 誰に教わればいい」 「踊りか‥‥‥踊りと言えば平田のウミチルだが、付きっきりで教える事はできんだろうし、ユリも踊りの基本は知っているはずだ。ユリに聞いてみるか」 「ユリは 「そうだ。読み書きも武芸も覚えたと言っていた」 「側室になるのも大変だな」 「ただ綺麗なだけではすぐに飽きられるからな。奥間を守るためだと必死に稽古をしたんだろう」 「奥間と言えばナーサだ。ナーサの 「遊女たちは昼間、踊りや笛の稽古をしているとマユミが言っていた。そこに混ざって稽古をしたらどうだ」 「ナーサに頼むか」 「ちょっと待て。 「何を言っているんだ。王様の側室に頼めるわけないじゃないか」 「王様はしばらく留守になる。側室たちは外に出たくてしょうがないんだ。頼んだら教えてくれるかもしれんぞ。親父が出掛けたらマチルギに頼んでみよう。ここならグスクからも近いしな。出て来られるかもしれん」 「うまくいけばいいが」とウニタキは笛を吹いている二人の男と太鼓を叩いている二人の男、三弦を弾いている男を眺めて、「お前の言う通り、楽器をやるのも女にしよう」と言った。 「その方が見栄えがいい」とサハチは言って、踊っている女たちを見た。踊りは下手だが顔付きは可愛かった。 「フクラシャカリユシマイだ」とウニタキが言った。 何を言っているのかわからず、サハチはウニタキの顔を見た。 「五人の名前だよ。フクとラシャとカリーとユシとマイだ。五人揃って『 「本当の名前なのか」 「まさか?」とウニタキは笑った。 「ところで、わざわざ旅芸人を見に来たわけでもあるまい。何かあったのか」 「忘れていた。山南王の事だ。まだ 「どうも修理をしているようだ。去年の台風で座礁したらしい」 「 「明国から帰って来たばかりで荷物を降ろしていたようだ。まだ大丈夫だろうと作業を続けていたら大きな波が来て 「そうか。明国に行けないとなると按司たちがまた騒ぎそうだな」 「 「向こうでタブチ(八重瀬按司)と会う約束でもしたかもしれん」 「三月の船に乗せてやってもいいが、シタルーが怒りそうだな」 「向こうから言ってきたのならともかく、こっちから声を掛ける事もあるまい。シタルーは焦っている。今はあまり刺激しない方がいいだろう。ところで、三月の船にも按司たちを連れて行くのか」 「いや、按司たちは一年に一回でいいだろう。今回は首里の役人たちを連れて行く。毎年、三回も明国に行くとなると使者たちも育てなければならない。従者として明国に行ってもらい、使者になりたいと言う奴には何度も行ってもらって副使となり、やがては正使となってもらう」 「身内からもクグルーと馬天浜のシタルーが使者になりそうだな」 「ああ、ありがたいよ。弟のクルーも使者になるって言っているしな」 ウニタキと別れて島添大里グスクに帰ると、サハチは 奉行は決まったが、今年は誰を行かそうかと考えた。王様の代理となるとやたらな者は送れない。王様の息子か孫でなくてはならないが、誰がいいものだろうか悩んだ。 ナツがお茶を持って来た。 「 「多分、帰って来ないだろう。もうすぐ、親父がいなくなるからな。留守を守らなければならない」 「どうして、お許しになったのです。 「許すも許さないも、親父はもう決めていた。一度、決めたらもう何を言っても無駄だよ。隠居すると言った時と同じ目をしていたんだ」 そう言ってサハチは首を振った。 「王様がいなくなったら 「お前と佐敷ヌルがいるから大丈夫だろう。俺が留守の時、マチルギは時々、ここに来ていたのか」 「月に三度は必ず来ていました。なるべく子供たちと一緒に過ごすようにしていました」 「そうか。佐敷ヌルは『丸太引き』の準備で首里にいるのか」 ナツはうなづいて、「今年は佐敷からナナさんが出るんですよ」と言った。 「ナナが出るのか」とサハチは驚いた。 「ナナさん、佐敷の娘たちに剣術を教えていて、読み書きも教えているんです。娘たちに人気があって、娘たちがナナさんに出てって言ったようです。ササもシンシンも出る事を知ったら、ナナさんも出たいと言って決まったのよ」 「そうだったのか。もうすっかり 「そうね」とナツはうなづき、「ナナさんはシンゴ(早田新五郎)さんの姪なんでしょ。という事は佐敷ヌルさんの姪でもあるのよね」と言った。 「そうか。そういう事になるな。するとナナは俺たちとも親戚になるのか」 「そうなのよ。親戚なのよ。何となく他人に思えなかったけど、親戚だったのよ。それにね、今年は 「カナも出るのか。そいつは面白そうだな」 四月五日に行なわれていた『丸太引き』のお祭りは、今年から三月二十日に変更された。梅雨時だと危険だからだった。 三月十日、浮島(那覇)で進貢船の出帆の儀式が馬天ヌル、佐敷ヌル、サスカサ(島添大里ヌル)、 マチは 馬天ヌルは平田のフカマヌルとも相談して、二人を運玉森ヌルのもとで修行させる事に決めたのだった。 ヂャンサンフォンも運玉森ヌルと一緒に来ていた。弟子のシュミンジュン(徐鳴軍)が 十五日には、サミガー大主(ウミンター)の次男のシタルーと 宇座按司夫婦と娘のマジニは前日に首里に来て、思紹に歓迎された。翌日、首里のサムレーに守られた花嫁行列は馬天浜に向かった。華やかな花嫁行列を見ようと沿道は人で溢れ、マジニは中山王の甥に嫁ぐ事を改めて実感していた。 馬天浜にも大勢の人が待っていた。『対馬館』に滞在しているヤマトゥンチュ(日本人)たちからも祝福されて、馬天ヌルと若ヌルのササによって婚礼の儀式が厳粛に行なわれた。シンシンとナナもヌルの格好をして手伝っていた。 夫婦となった二人は首里に屋敷が与えられ、シタルーは シタルーの婚礼から三日後、進貢船が出帆した。 思紹は東行法師の格好、ヂャンサンフォンは道士の格好、クルーは二人の荷物持ちという格好だったので、誰も気づく事もなく、無事に船に乗り込んだ。 正使は 副使の越来大親は越来生まれだった。 天気にも恵まれ、進貢船は サハチはタチを抱いたマチルギと一緒に |
島添大里グスク
久高島のフボーヌムイ
馬天浜