座ったままの王様
今年の『丸太引き』の 天気にも恵まれて、大勢の見物人たちが道の両側で応援する中、丸太は勢いよく首里への坂を登って行った。首里の大通りに入った時、首里、浦添、佐敷、若狭町が並ぶような格好で首里グスクを目指した。丸太の上ではササ、カナ、ナナ、シズが掛け声を掛けながら飛び跳ねていた。首里と若狭町の丸太がぶつかり、ササとシズがはね飛ばされた。二人は無事に着地したが、その隙に、浦添が飛び出して優勝した。二位が佐敷、三位が首里だった。 浦添を参加させるように頼んだのはカナだった。浦添ヌルとなって浦添に行ったカナは、寂れてしまった浦添を見てがっかりして、何とかして人々を城下に呼び戻さなくてはならないと思った。丸太引きで優勝して、人々を呼び戻そうと思い、サムレーたちと猛特訓したのだった。 丸太を引いていたのは首里と浦添がサムレーたちで、島添大里はサムレーと城下の若者が参加して、佐敷はサムレーと『対馬館』に滞在しているヤマトゥンチュ(日本人)、それにウミンチュ(漁師)も加わっている。若狭町は交易に来た 今回、思紹の身代わりはいなかった。ウニタキ(三星大親)が思紹に似ている男を捜してこようと言ったが思紹は断った。前回のように殺されたら哀れじゃ。わしの代わりはあれで充分じゃと言った。 あれというのはヒューガ(日向大親)が彫った木像だった。その木像は思紹の着物を着て、碁盤の前に座っていた。知らない者が見れば、本物と見間違うほどよく似ていた。 いつも同じ所に座っている思紹を眺めながら、簡単な気持ちで 『丸太引き』のお祭りの次の日、サハチは首里グスクの 朝鮮で手に入れたテピョンソ(チャルメラ)は 交易船に乗って行くのは二百人だが、船を守るサムレーと船乗りたちは兵庫港に置いていく。京都まで行列をするのは半数の百人ほどだった。 行列の先頭は馬に乗った 正使はジクー(慈空)禅師、副使はクルシ(黒瀬大親)、通事はカンスケだった。ヌルはササ、シンシン、ナナ、シズとユミーとクルーの二人が付いて行く事になった。女子サムレーは隊長が首里のトゥラで、首里から四人、島添大里から三人、佐敷、平田、浦添、 佐敷大親と一緒に行く美里之子は 全員が揃って本番さながらの行進が始まった。見ているのはサハチとマチルギ、馬天ヌルと佐敷ヌル、サスカサ(島添大里ヌル)と 「いいんじゃないの」と馬天ヌルも佐敷ヌルも言うが、何か物足りなさをサハチは感じていた。 「お前はどう思う?」とサハチはマチルギに聞いた。 「あたしは 「琉球らしさか‥‥‥お揃いの衣装を身に付ければ琉球らしくなるんじゃないのか」 衣装はマチルギが指示して、思紹の側室たちが作っていた。 「そうね。でも、旗は持たないの?」 「旗か」 「三つ巴の旗よ」 サハチはうなづいて、旗を用意させて先頭のサムレーに持たせた。 「一つだけじゃなくて、後ろのサムレーにも持たせたら」とマチルギが言うと、 「サムレーたちに棒を持たせたらどう?」と佐敷ヌルが言った。 サハチは言われた通りにやってみた。サムレーたちは刀を腰に差して、弓矢を背負っているが、両手は手ぶらだったので、棒を持たせた方が行列が引き締まり、旗も先頭だけでなく、中程にもあった方が見栄えがよかった。 「太鼓の音が弱いな」とサハチは言った。 「道の両側に見物人が溢れて騒ぐと、太鼓の音が聞こえなくなってしまう。太鼓の音が聞こえないと行進も乱れてしまう。あと二人増やそう」 太鼓は急に増やせないので、誰かを任命して稽古させなければならなかった。 「初回だからこんなものでいいだろう。あとは京都の人たちの反応を見て直すしかない。マサンルーによく言っておこう」 四月の初め、梅雨に入って雨降りの日が続いた。毎日が忙しく、サハチは島添大里になかなか帰れなかった。佐敷ヌルは佐敷のお祭りの準備のため佐敷に行き、島添大里の事はナツとマカトゥダル(サグルーの妻)とサスカサに任せっきりだった。サハチが島添大里に帰れば小言ばかり言うナツだが、 四月十五日に浮島(那覇)で、ヤマトゥと朝鮮に行く交易船の出帆の儀式が行なわれた。準備もほぼ整って、あとは梅雨が明けるのを待つだけとなった。 四月二十一日、雨が降る中、佐敷グスクのお祭りが行なわれた。集まって来た人たちも軒下で雨宿りをしながら、恨めしそうに雨を眺めていた。屋根のない舞台の上ではシラーとウハが雨に濡れながら シラーとウハは 「首里だけでも大変なのに、全体のサムレーの面倒を見なけりゃならんとはまったく大変な事じゃ」と言って苗代大親は笑った。 首里に九百人、島添大里に三百人、浦添に百五十人、佐敷、平田、与那原、上間に各百人、総勢一千七百五十人のサムレーたちの面倒を見るのは確かに大変な事だ。苗代大親だからできる事だった。その他に、ヒューガが率いている水軍の者たち二百人がいるが、その者たちまで明国に行きたいと言い出したら、さらに大変な事になりそうだった。 みんなの願いが天に届いたのか、 いつものように娘たちの踊り、女子サムレーの模範試合があって、お芝居が始まった。今回は『 佐敷ヌルはサハチからヤマトゥ土産にもらった『 お爺さんはウミンチュで、 主役の瓜太郎を演じたのはササだった。首里グスクのお祭りで『 鬼は四人いて、背の高い女子サムレー四人が太い棍棒を振り回してササたちと戦った。やたらと飛び跳ねているシンシンはまるで本物の鳥のようで、観ている者たちは皆、口をポカンと開けて見とれていた。 『瓜太郎』のお芝居は大成功で、お芝居が終わったあと拍手が鳴り止む事がなく、ササたちはもう一度、鬼との戦いを演じたという。そして、その噂は首里に届いて、 サハチも忙しくて佐敷には行けなかったので、御内原で観たが、ササ、シンシン、ナナの軽やかな身のこなしに、改めて凄いと感心していた。お芝居もうまいし、もしかしたら高橋殿からお芝居のコツでも教わったのかなと思った。 佐敷のお祭りの二日後、梅雨が明けた。そして、二日後、ヤマトゥと朝鮮に行く交易船が浮島から出帆した。その前日、馬天浜からシンゴ(早田新五郎)とマグサ(孫三郎)の船が 交易船の総指揮官は佐敷大親だった。ヤマトゥの正使はジクー禅師、朝鮮の正使は 交易船には倭寇によって琉球に連れて来られた朝鮮人が十四人乗っていた。通事のチョルが妻と一緒に探し回って、朝鮮に帰りたいと言う者たちを集めたのだった。皆、朝鮮が サハチは相変わらず忙しかったが、浮島にいたヤマトゥンチュたちもヤマトゥに引き上げ、それに、ササたちもいなくなって、何となく寂しくなったと感じられた。 五月に入って、久し振りに島添大里に帰って来たサハチはナツとお茶を飲んでいた。 「三隻のお船がみんな出て行きましたね」とナツは言った。 「そうだな。六百人の者たちが今、琉球から出ている。寂しくなるわけだな」 「 「もう 「あの二人が使者たちと一緒に行動するとは思えませんよ。ササから聞いたけど、王様は 「武当山か‥‥‥懐かしいな。もしかしたら、俺たちが修行した山の中で、親父も修行するかもしれないな」 「王様もヂャン師匠みたいに仙人になるのかしら?」 ナツが真面目な顔をして言ったのでサハチは笑った。 「親父が仙人になって百六十まで生きてくれたら俺としても助かるが、そう簡単には仙人にはなれまい」 ナツが去ったあと、サハチは『 旅芸人になるウニタキの配下の女たちは今、島添大里の佐敷ヌルの屋敷に泊まり込んで、女子サムレーたちと一緒に暮らし、稽古に励んでいた。女子サムレーたちも佐敷に負けないお芝居を演じようと歌や踊り、笛や太鼓の稽古に励んでいる。 「どうした、何かあったのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「ここのお祭りの時、お前、舞台を観たのか」とウニタキは聞いた。 「ああ、観たが、それがどうかしたのか」 「お芝居が終わったあと、ミヨンは誰と一緒に 「ファイテ(懐徳)だろう」 「どうして、その事を黙っていたんだ」 「別に黙っていたわけじゃない。ファイテが三弦を弾いているのを見て驚いたが、家族ぐるみの付き合いをしていると聞いていたんで、お前が教えたのだろうと思ったんだ」 「確かに俺が教えたが、舞台で一緒に歌えとは言ってない」 「何で今頃になって、そんな事を聞くんだ。もう二か月以上も前の事だぞ」 「誰も俺に教えてくれなかったんだよ。旅芸人たちの様子を見ようと今、佐敷ヌルの屋敷に顔を出したら、みんなが一休みしてお茶を飲んでいたんだが、ここでのお祭りの話になって、舞台の最後にミヨンがファイテと一緒に三弦を弾いていたって言ったんだ。ミヨンもチルーもそんな事は一言も言わなかった」 「お前がいなかったから、ファイテが代わりにやっただけだろう」 「俺もそう思いたいが、ミヨンも今年で十六になった。ファイテは隣りに住んでいるので頻繁に行き来しているが、お互いに気があるのかもしれんと疑いたくなってきたんだ」 「ミヨンがファイチの息子と仲よくなるのならいいじゃないか」 「まあ、相手に文句はないのだが‥‥‥」 「ミヨンをお嫁にやりたくはないんだな」 ウニタキは答えなかった。サハチは話題を変えて、 「今年も 「また 「いや、 「そうか。今年、奄美大島を平定したら、来年は宝島か」 「いや、奄美大島の 「鬼界島? そんな島があったのか」 「ヤマトゥに行く時、奄美大島の 「そうか。そっちに行ってくれると助かる。山北王が宝島を攻めたら、助けに行かなければならんからな」 「ササの出番だな」とウニタキは笑った。 「ササが犬と亀とサシバを連れて鬼退治に行くだろう」 次の日、サハチはマチルギと一緒に、佐敷ヌルとクルーの妻のウミトゥク、女子サムレー五人を連れて ンマムイ(兼グスク按司)も家族を連れて来ていた。ンマムイに会うのも三月半ばのヂャンサンフォン(張三豊)の送別の 「 ンマムイのお陰で、二年前よりは居心地は悪くなかった。 「タブチ(八重瀬按司)はまた明国に行っているらしいのう。向こうで会う約束をしたんじゃが、今年は無理のようじゃ。あの広い大陸を見ると、こんな小さな島で争っているのが馬鹿らしくなってくる。ンマムイの奴もすっかり手なづけたようじゃな。兄貴でさえ持てあましていたあいつを手なづけるとは、そなたは大した男じゃのう。まあ、タブチに比べたらンマムイなんぞ大した事ないか」 そう言って米須按司は笑った。 「ヂャンサンフォン殿のお陰ですよ。ヂャンサンフォン殿がいなければ、二年前、ンマムイに襲撃されていたでしょう」 「ンマムイに襲撃されたとしても、それなりの準備をして乗り込んで来たんじゃろう」 「本当は来たくはなかったのですが、山南王とは古い付き合いなので断れませんでした」 「古い付き合い? そう言えば、山南王は昔、 豊見グスク按司夫婦が挨拶に来たので、サハチは米須按司から離れて、マチルギのもとに戻った。 「今年はお兄さんが来たのね」と豊見グスク按司の妻のマチルーが言った。 「親父は留守番だよ」とサハチは言った。 マチルーは笑って、「お師匠、お久し振りです」とマチルギに挨拶をして、姉の佐敷ヌルとの再会を喜んだ。 ウミトゥクは兄の豊見グスク按司との再会を喜んでいた。 『ハーリー』は中山王が優勝して、 |
佐敷グスク