三か月の側室
ンマムイ(兼グスク按司)たちが サハチ(中山王世子、島添大里按司)は十月に 「なに、メイファンが来たのか」とサハチは驚いた。 「チョンチ(誠機)って名前の可愛い男の子よ。ねえ、ヂャンウェイ(ファイチの妻)はチョンチの事を知っているの?」 「えっ!」とサハチはマチルギを見た。 「隠したって、ファイチの子供だってすぐにわかったわ」 「そうか‥‥‥ヂャンウェイは知らないだろう」 「まったく、もう。また、あたしが出て行かなくちゃならないのね」 サハチは何も言えなかった。 「歓迎の サハチはうなづいた。あまりにも物わかりのいいマチルギが不気味だったが、マチルギの気が変わらないうちに浮島に向かった。 メイファンの屋敷に行くと庭でメイユーが待っていて、サハチを見ると駆け寄ってきて抱き付いた。 「会いたかったわ」とメイユーは言ってサハチを見つめた。 「俺もさ」とサハチはメイユーを抱きしめた。 二人が揃って屋敷の二階に行くと、酒盛りが始まっていて、明国に行った 「親父は 「行ったそうです」とファイチ(懐機)が答えた。 「泉州まで行けずに 「突然、二人が現れたのでびっくりしました」とメイファンが言った。 「お久し振りです」とサハチはメイファンに挨拶をして、「二人が突然、お邪魔してすみませんでした」と謝った。 「いいえ。楽しかったわ」とメイファンは笑った。 子供を産んだせいか、メイファンは以前よりも落ち着いているように見えた。 「ヂャン師匠は名前を隠していたんですが、たまたま、師匠を知っている者が訪ねて来て、大騒ぎになったようです。王様は 「親父は道士になったのか」 「ヂャン師匠の弟子になったようです。大騒ぎになったあと、二人は西湖を離れて、拠点となっている島に行ったそうです。その島に半月くらい滞在して、海賊たちに武芸の指導をしてから、 「今頃は武当山で修行しているのかな」 「王様が暗闇の洞窟を歩いているかもしれませんね」とファイチは笑った。 「あたしたちがヂャン師匠の孫に違いないって噂になって、ヂャン師匠の弟子や孫弟子だと名乗る者たちが大勢、押し掛けて来たらしいわ」とメイユーが言って笑った。 「その噂が 「あまりにしつこくあれこれと尋ねるので、あたしたちがヂャン師匠の孫ですって言ってやったわ」とメイファンが言った。 「その役人に武当山に行った事を教えたのですか」とサハチがメイファンに聞いた。 「教えてやったわ。 「永楽帝はまだ、ヂャン師匠を探していたのですか。武当山で騒ぎにならなければいいが‥‥‥」とサハチは心配した。 「大丈夫ですよ」とファイチが言った。 「武当山の者たちは皆、師匠の味方ですから、そう簡単に見つかりません」 「そうだな。無事を祈ろう」 今回、琉球に来たのはメイファン、メイユー、メイリンの三姉妹とリェンリー(怜麗)で、ユンロン(芸蓉)は来なかった。 「クルーの奴がユンロンに惚れなければいいが」とサハチはまた心配した。 「俺も旧港に行ってみたいよ」とサハチが言うと、「一緒に行きましょ」とメイユーが嬉しそうな顔をして言った。 「ウニタキとファイチと、また三人で出掛けるか」 「ウニタキさんはどうしたの?」とメイリンが聞いた。 「ちょっとした仕事で サハチはファイチの息子のファイテ(懐徳)と 「えっ、ファイテが ファイチはサハチにお礼を言って、嬉しそうに乾杯した。 「凄いわね」とメイユーは感心して、「でも、ファイチは 「チョンチも科挙に合格するかしら?」とメイファンが言うと、 「何を言っているの。チョンチはお役人にはならないわ。あたしたちのお頭になるのよ」とメイユーが言った。 「そうだったわね。あたしたちの跡を継いでもらわなくちゃね」 その夜、サハチはメイユーと夜遅くまで語り合って、そして、一緒に眠った。翌日は、いつものように マチルギは自分の部屋の片付けをしていた。不思議に思って、「何をしているんだ?」とサハチが聞くと、「お引っ越しよ」とマチルギは言った。 「メイユーが来るわ。あたしのお部屋を空けて、メイユーを入れるの」 「メイユーがここに住むのか」 「側室になったんだから当然でしょ」 「お前の部屋がなくなったら、お前が帰って来た時、どうするんだ?」 「メイユーがいるのは三か月だけよ。その三か月間はここの事はナツとメイユーに任せるわ」 「何もお前の部屋を空けなくても、 「それじゃあお客さんみたいじゃない。三ヶ月間、側室気分を味わわせてやりたいのよ」 サハチはそれ以上は言わなかった。何を言っても無駄だ。マチルギの考え通りにやらせるしかなかった。マチルギは部屋の中を片付けて、メイユーのために必要と思われる物を用意して、首里に帰って行った。 ナツが子供たちを連れて帰って来て、マチルギの部屋を見て驚いた。 「 子供たちも心配そうに部屋の中を見て、「お母さんの物がなくなっている」と騒いだ。 「メイユーが来るそうだ」とサハチは言った。 「えっ、奥方様のお部屋にメイユーが入るの?」 「何を考えているんだか、俺にはさっぱりわからん」 八歳のマシューと六歳のマカトゥダルが泣いていた。 三日後、首里グスクにいたサハチをウニタキが訪ねて来た。ンマムイが今帰仁から帰って来たという。 「襲撃はあったのか」とサハチが聞くと、ウニタキはうなづいて、 「ンマムイが言うには、 「なに、アミーか。アミーは今、何をしているんだ?」 「わからん。 「それで、皆、無事だったんだな?」 「大丈夫だ。敵は皆、眠ってもらった。結果をシタルー(山南王)に知らせる者はいないはずだ」 「そうか。無事でよかった。ンマムイたちは 「いや、今、城下の 「なに、ンマムイだけ戻って来たのか」 「ヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)と二人だけだ。妻は恐ろしくて阿波根グスクには帰れないと言っていた」 「そうだろうな。無事に帰って来ても狙われる可能性は充分にある」 「ンマムイにはまだ言っていないんだが、奴を 「移すって、どこにだ?」 「 「確かに、 「考えておいてくれ」 サハチはうなづいて、「三姉妹が来たぞ」と言った。 「なに、来たのか。メイリンも来たんだな?」 「ああ、可愛い娘を連れて来た」 「なに、スーヨン(思永)を連れて来たのか。可愛くなっただろうな。どうして、娘を連れて来たんだ?」 「メイファンがチョンチを連れて来たので、遊び相手に連れて来たのだろう」 「なに、メイファンも来たのか」 サハチの返事も待たずに、ウニタキは飛び出して行った。 翌日の午後、ンマムイが首里グスクにサハチを訪ねて来た。グスク内にンマムイを入れる事なく、サハチが 「 「首里グスク内は 「成程」とンマムイはうなづいて、「 二人は 「湧川大主とはどんな男だ?」とサハチは歩きながらンマムイに聞いた。 「抜け目のない男です。交易を担当していて、明国の海賊たちともかなり親しいです」 「今年も海賊たちは来たんだな?」 「三隻の船でやって来ました。海賊たちが毎年来てくれるので、山北王は 「そうか。海賊はリンジェンフォン(林剣峰)という奴だろう」 「さすがですね。リンジェンフォンの倅のリンジョンシェン(林正賢)が来ています。ソンウェイ(松尾)という 「なに、ソンウェイも来ているのか」 「ソンウェイを知っているのですか」 「ああ、明国で会った事がある」 「そうでしたか」とンマムイはサハチを見ながら、明国の海賊の事まで詳しく知っているサハチがやけに大きく感じられた。 サハチはンマムイを旅芸人たちの小屋に囲まれた広場に連れて行って、旅の話を聞いた。 旅芸人たちは三か月間、島添大里グスクの佐敷ヌルの屋敷に泊まり込んで、歌や踊りの基本をしっかりと身に付け、ここに戻って来てからは思紹の側室たちの指導を受けていた。王様の側室として送り込まれただけあって、側室たちは皆、様々な芸を仕込まれていた。二人づつが交替で、ここまで通って教えていた。側室たちはいい気分転換になると言って喜んでいた。 サハチがンマムイから 「お前のあとを付けている奴は誰もいなかった」とウニタキはンマムイに言った。 「師兄、ありがとうございます。何となく、誰かに付けられているような気がしていたんです」 「大丈夫だ」とウニタキはうなづいた。 ンマムイは話の続きをサハチに話した。ここに来る前に山南王と会って来た事まで話すと、「俺はこれからどうしたらいいのでしょう?」と言って、サハチとウニタキを見た。 「お前の奥さんと子供はもう阿波根グスクには帰れないだろう。どうだ、この際、山南王から離れて東方に入らないか」とサハチはンマムイに言った。 「お前が東方に入れば、俺がお前を殺す理由はなくなる。逆に、お前たちが殺されれば、山南王が裏切り者を殺したと思われるだろう。山南王がお前の奥さんを殺した事が山北王にばれれば、同盟がつぶれるだけでなく、山北王は中山王と同盟して、山南王を倒す事になろう」 「阿波根グスクを捨てろと言うのですね」 「お前のために南風原にグスクを建てるつもりだ。まだ場所までは決まっていないが、グスクが完成したら、そこに移ればいい。それまで、奥さんと子供は今帰仁に預かってもらった方がいい」 「わかりました。俺はもう一度、今帰仁に行く事になります。そして、帰って来たら、東方に移る事にします。師兄たち、よろしくお願いします」 「よし、決まった」とウニタキはンマムイの肩をたたくと、どこかに消えて行った。 「ここの芸人たちは、ウニタキ師兄が作ると言っていた旅芸人たちですか」とンマムイが踊り子たちを眺めながらサハチに聞いた。 サハチはうなづいて、「ようやく、これほどの腕になったが、まだ旅には出られない。まだまだ稽古を積まなければならん」と言って笑った。 「踊りを教えている 「中山王の側室だよ」 「えっ、どうして、王様の側室がこんな所で踊りを教えているんです?」 「気晴らしさ」 ンマムイは軽く笑って、踊りを教えている側室を見ながら、「何となく、姉のウニョンに似ているような気がします」と言った。 「あれは 「朝鮮人でしたか‥‥‥ウニタキ師兄が義兄だった事を知って、今回、義兄に命を助けられて、俺も決心しました。中山王のために、いえ、サハチ師兄のために生きようと決心を固めました」 サハチはンマムイの顔を見つめて、「お前が味方になってくれると大いに助かる」と言った。 「師兄‥‥‥」と言って、ンマムイはサハチにうなづいた。 「 「それは逆も言えるぞ。俺がそれらの人たちに出会ったのは、お前に会うためだったのかもしれない。本来なら サハチはンマムイを連れて、旅芸人の小屋から離れた。 「今帰仁に出掛ける時は知らせてくれ。また、ウニタキとキンタを付ける」 「わかりました」と言って、馬に跨がるとンマムイは帰って行った。 翌日、サハチが島添大里グスクに帰ると、メイユーが来ていた。ナツと一緒にグスク内を歩き回って、側室としての仕事を教わっていた。メイユーが側室になったのは嬉しいが、ここで暮らすというのは、何となく違うような気がした。メイユーに侍女を付けて、城下の屋敷に入れた方がよかったのにとサハチは思っていた。 「按司様とメイユーさんの噂は聞いていたけど、側室になるなんて驚きました」とシジマは言った。 「俺とメイユーの噂というのは何だ?」 「 「その噂、マチルギも知っているのか」 「勿論、知っていますよ」 「そうか。去年、俺が留守の時、マチルギはメイユーとよく会っていたのか」 「メイユーさんは佐敷ヌルさんとよく出掛けていました。奥方様と会っていたかはわたしにはわかりません」 「そうか」とサハチは言って、 サハチが絵地図を広げて、ンマムイのグスクをどこに建てようか考えていると タブチは辺りを見回しながらやって来た。屋敷に上がると、「ここに来たのは何年振りじゃろうか」と言った。 「しっかりした造りのいいグスクです」とサハチは言った。 「今、思えば、親父(汪英紫)はグスク造りの名人じゃった。その血をシタルーが受け継いで、 サハチはタブチを二階の会所に案内した。 「何かあったのですか」とサハチは聞いた。 「おう、そうじゃ。昔に浸りすぎて、用件を忘れる所じゃった。実はのう、十月に出す進貢船に乗せて欲しいんじゃよ」 「えっ、十月に明国に行くのですか」 タブチはうなづいた。 「親父が使者として明国に行ったのは十月じゃった。冬山を歩くのはきつかったと言っていたが、都の新年は楽しかったと言っておったんじゃ。わしも明国の都の新年が見たいんじゃよ」 「応天府の新年ですか」 サハチも明国の新年を祝う行事は華やかだと聞いていた。そういう行事も見習わなければならないと思った。 「わかりました。まだ、従者たちを正式に決めてはいないので間に合うと思います」 「ありがたい。頼むぞ」 サハチはうなづき、突然、ひらめいた事を聞いてみた。 「八重瀬殿、『 「新グスク? 新グスクは八重瀬グスクの出城じゃが、今は何の役にも立っていない。ただ、シタルーに奪われたら大変なんで、次男が新グスク大親を名乗って守っている。新グスクがどうかしたのか」 「できれば、貸してもらいたいのですが」 「どういう事じゃ?」 「阿波根グスクにいる 「ああ、そなたと一緒に 「その兼グスク按司がシタルーに命を狙われています」 「何じゃと? 山北王と同盟を結ぶための使者として今帰仁に行ったのではないのか」 「そうなのですが、その事をいちいちわたしに報告するので、シタルーとしても我慢ができないのでしょう。使者の務めが終わったら殺されます。わたしは南風原に新しいグスクを建てて、そこに兼グスク按司を入れるつもりですが、グスクが完成するまで、新グスクを貸してほしいのです」 「兼グスク按司が新グスクに入るのか」 「多分、一年以内には完成するでしょう。それまでの間です。兼グスク按司の家臣たちは百人近くはいるでしょう。それだけの人数を収容できる場所がなくて困っていたのです」 「兼グスク按司が東方に寝返るという事じゃな」 サハチはうなづいた。 「シタルーの味方が減るというのは大歓迎じゃ。どうぞ新グスクを使って下され」 「助かります。ありがとうございます」 「兼グスク按司が寝返ったか‥‥‥敵である武寧の倅を寝返えらせるとは大したもんじゃのう」 タブチはサハチを見て豪快に笑った。急に真顔になってサハチを見ると、「もしかしたら、 「玻名グスク按司はわしの義兄で、米須の若按司の妻はわしの娘じゃ。米須按司と玻名グスク按司は正月に明国に行くつもりでいたんじゃが、シタルーは進貢船を出せなかった。二人を明国に連れて行くと言ったら寝返るかもしれんぞ」 「米須按司と玻名グスク按司ですか‥‥‥玻名グスクは八重瀬よりも 「なに、攻めて来たらその時考えればいい。米須按司は今までずっと、わしと一緒にシタルーと戦って来た。今更、シタルーを恐れはせんじゃろう」 「二人が東方に寝返るのだったら、明国に連れて行きましょう。お願いします」 タブチは力強くうなづいて、「面白くなってきたな」と笑った。 メイユーがお茶を持って入って来た。サハチとタブチにお茶を渡すと、にっこり笑って去って行った。 「侍女か」とタブチは聞いた。 「側室です」とサハチは答えた。 タブチは笑った。 「そなたも好きじゃのう。おっ、こいつはうまいお茶じゃ」 タブチは満足そうにお茶を飲むと機嫌よく帰って行った。 |
阿波根グスク
新グスク