イハチの縁談
九月の半ば、 「十月の 「お二人が 「そういう事じゃ」とタブチは言って、米須按司と玻名グスク按司を見た。二人とも神妙な顔付きでうなづいた。 「乗せるのは構いませんが、 「怒ったとしても攻めて来る事はあるまい」とタブチは言った。 「そなたも知っているとは思うが、シタルーは サハチは笑った。タブチが山南王と山北王の同盟の事を詳しく知っているとは思ってもいなかった。やはり、タブチもやるべき事はちゃんとやっているようだ。 「 「今までと違って、冬山を通って 「噂に聞く雪山じゃな」と米須按司が言った。 「真っ白な雪山というのを一度、見てみたいと思っていたんじゃ、のう」と言って豪快に笑った。 「頼みがあるんじゃが」とタブチがサハチを見て言った。 「婚礼のあと、シタルーの奴がわしらのグスクを攻めた場合なんじゃが、守ってもらえるじゃろうか」 「東方に寝返ったのなら当然です。何としてでも守りますよ」 「それを聞いて安心した。倅たちにはシタルーが攻めて来たら、戦わずに サハチは三人の顔を一人づつ見つめてうなづいた。 「それともう一つ頼みがあるんじゃ」とタブチは言った。 「去年亡くなった 「イハチの嫁に?」 「今の具志頭按司の叔母に当たる娘なんじゃ。母親は後妻なんじゃが、そなたの 「えっ、マチルギの弟子?」 タブチはうなづいた。 「具志頭按司に仕えていたサムレーに嫁いだようだ」 「佐敷の娘が具志頭のサムレーに嫁いだのですか」 「娘の父親は具志頭の生まれなんじゃよ。 「その後妻の娘をイハチの嫁に迎えろというのですか」 「なかなか綺麗な娘じゃよ。母親に似て武芸が好きなようじゃ。亡くなった具志頭按司に教わって、弓矢の腕は相当なものらしい。勿論、母親から剣術も習っている」 「面白そうな娘ですね」 「婚礼はわしが 「マチルギの弟子の娘というのも何かの縁でしょう。イハチの嫁に迎えましょう」 タブチは満足そうにうなづいて、「ありがとう」と言った。 三人が帰って行ったあと、サハチはウニタキ(三星大親)を呼んだ。ウニタキは 「早いな」とサハチが言うと、「旅芸人の小屋にいたんだ」と答えた。 「メイリン(美玲)と一緒じゃなかったのか」 「メイリンもそろそろ帰る準備で忙しいそうだ」 「もう帰る準備をしているのか」 「あと一月だからな。積み荷の事やら色々とあるのだろう。娘のスーヨン(思永)は佐敷ヌルに憧れて、ヌルになると言って、ずっと佐敷ヌルと一緒にいるんだ」 「スーヨンがヌルになるのか」と言って、サハチは笑った。 「ヌルが何だか知らないんだよ。 サハチは腹を抱えて笑った。 「確かにな。佐敷ヌルを見ていたらそう思うだろう。いつも、女子サムレーの格好でいるしな。すると、佐敷グスクにいるのか」 「そうだよ。ササがいなくてよかった。ササがいたらササと一緒になって何をするかわかりゃしない」 サハチはさらに笑っていたが、真顔に戻ると、「メイユー(美玉)も佐敷グスクにいるんだ」と言った。 「聞いたよ。馬天浜の 「ずっと、お祭りの準備さ。側室になった次の日に佐敷ヌルに連れられて 今度はウニタキが腹を抱えて笑った。 「お祭りを決めたのはお前だろう」 「そうなんだが、まさか、メイユーを取られるとは思ってもいなかった」 「来年は誰かを正式に佐敷ヌルの助手にした方がいいぞ」 「そうだな」とサハチは真剣な顔をしてうなづいた。 「ところで、何かあったのか。笑わせるために呼んだのではあるまい」 サハチは米須按司と玻名グスク按司が東方に寝返った事を伝え、イハチと具志頭按司の娘の婚約の事を話した。 「タブチ、米須按司、玻名グスク按司の三人がいなくなれば、シタルーは必ず動くぞ」 「やはり、そう思うか」 「山北王との同盟の条件だからな。本気でタブチを倒そうとするだろう。まずは米須按司だな。米須按司には二人の息子がいて、長男の若按司の妻はタブチの娘だ。次男の妻は 「小禄按司の妹か‥‥‥小禄按司は寝返らんかな」 「寝返るかもしれんな。先代が亡くなった時、クグルーが葬儀に出たが、特にいやな思いはしなかったと言っていた。小禄按司はクグルーを叔父として認めてくれたようだ。クグルーの姉は山田按司の妻になっているし、小禄按司の妹は 「なに、 安謝大親は首里の 「小禄按司は様子を窺っているのだろう。山南王と山北王が同盟したあと、どうなるのかを見て、先の事を決めるのだろう。それに、 「息子たちが山南王の使者になっているから、そう簡単には引き上げる事もできまい」 「宇座按司には三人の息子がいて、長男のタキは山南王の正使を務めているが、妻は首里の重臣、 「そうか。二人の息子が山南に残るか‥‥‥ところで、シタルーは兵を動かすかな」 「前回、タブチの留守に米須按司、玻名グスク按司、具志頭按司、 サハチはうなづいて、「李仲按司か‥‥‥」と呟いた。 「李仲按司の倅はまだ 「一度、帰って来たようだが、また戻ったようだ」 「そうか。向こうでファイテ(懐徳)たちと会うな」 「そうだな」とウニタキはうなづいた。 「李仲按司は敵に回したくない」とサハチは言った。 「敵に回したくはないが、シタルーの軍師のような立場だからな、寝返る事はあるまい。シタルーなんだが、またグスクを築いているようだぞ」 「今度はどこにだ?」 「 「いや、そのグスクはシタルーの三男と山北王の娘の新居かもしれんぞ。ンマムイの奥さんは嫁いで来る娘の叔母だからな。近くに新居を築いているのかもしれん」 「すると、シタルーはンマムイの奥さんを殺すのは諦めたのか」とウニタキはサハチに聞いた。 「諦めてはいないだろう。ンマムイの奥さんが中山王の刺客に殺されれば、山北王は怒って攻めて来るだろう。山北王を動かす、一番手っ取り早い方法だ」 「嫁いで来る娘を殺すという手もあるぞ。そうなると、その娘も守らなくてはならなくなる」 「中山王が山北王の娘を殺す理由はない。ンマムイの奥さんは、同盟に奔走したンマムイを殺し、その巻き添えで殺されたという事にするつもりなんだ」 「そうだったな。しかし、同盟が決まってしまえば、ンマムイを殺す理由もなくなるんじゃないのか」 「そうとは限らん。同盟を結んだ山南王と山北王と戦う前に、中山王が裏切り者を始末するという事も考えられる。裏切り者を放っておいたら、中山王としても従っている按司たちに示しがつかんからな」 「そうだな。やはり、ンマムイにははっきりと寝返ってもらった方がいいな」 「ただ、ンマムイの奥さんは微妙な立場になってしまう。 「それはンマムイの奥さんだけじゃないだろう。豊見グスクに嫁いだお前の妹も敵になってしまうし、クルーの嫁さんも、親兄弟と敵になってしまう」 「そうか、シタルーが敵になったら、また、『ハーリー』には中山王の 「代わりに山北王の龍舟が出るだろう」 サハチは苦笑した。山南王と山北王の同盟が決まれば、島尻大里グスクに山北王の家臣たちが出入りするようになり、龍舟も出すに違いなかった。 「イハチの婚礼の件だが、相手の娘の母親がマチルギの弟子だったそうだが、知っているか」 「亡くなった具志頭按司の奥さんは米須按司の叔母だったんだが、かなり前に亡くなっている。若い娘を後妻に迎えたというのは聞いていたが、それがマチルギの弟子だったとは知らなかった」 「名前はナカーというらしい。マチルギに聞いたらわかるかもしれんな」 「ナカーか‥‥‥知らんな。それで、その娘をイハチの嫁に迎えるのか」 「そのつもりだ。 「イハチの奴、まだ、 「来なかったんだから仕方がない。何とか納得させるよ」 首里グスクに行ってマチルギに聞いたら、具志頭に嫁いで行ったナカーの事を覚えていた。『 そのナカーの娘をイハチの嫁にもらうつもりだと言ったら、それはいい縁だわとマチルギは喜んでくれた。 馬天ヌルにも聞いたら、ナカーの事をよく覚えていた。ウタキ(御嶽)巡りの旅をした時、具志頭に行って、ナカーが具志頭按司の後妻になっていたのに驚いたという。 「その時、三歳の可愛い女の子がいたけど、きっと、その子がお嫁さんになるのね。ナカーは美人だったから、その子もきっと美人よ。イハチも気に入るに違いないわ」 馬天ヌルは喜んだあと空を見上げて、「台風が来るわよ」と言った。 サハチも空を見た。確かに台風が来る気配が感じられた。サハチは重臣たちに台風に備えるように命じると、島添大里グスクに帰った。 佐敷ヌルとメイユーも帰っていて、サスカサ(島添大里ヌル)と一緒に台風対策をしていた。 「佐敷は大丈夫か」とサハチは佐敷ヌルに聞いた。 「大丈夫よ。サムレーたちを馬天浜に行かせて、対策をさせているわ」 「そうか」とサハチはうなづいて、メイユーと一緒にいるメイリンの娘のスーヨンを見た。女子サムレーの格好をしていて、メイユーの弟子になったシビーと仲よく何かを話していた。 夕方から雨風が強くなった。大きな被害が出なければいいがと心配したが、夜更けには静かになり、朝になると嘘のようにいい天気になった。 サムレーたちを各地に飛ばして調べさせたが、幸いに被害はなくて済んだ。ウニタキも調べたが、大きな被害を受けた所はなかったようだった。 サハチたちは知らなかったが、キラマ(慶良間)の島が被害を受けていた。死傷者は出なかったものの、修行者たちの小屋は皆、吹き飛ばされていた。そして、シタルーが密かに兵を育てている マウシ(山田之子)の妻のマカマドゥのお腹が大きくなってきて、首里グスクの ヤマトゥ旅から帰って来て、イハチは島添大里のサムレーになっていた。 「サグルー兄さんは山田按司の娘をお嫁にもらって、ジルムイ兄さんは 「俺も色々と探していたんだが、なかなか見つからなかったんだよ。今回の話は八重瀬按司が持って来たんだ。なかなかいい娘らしいぞ。婚礼は多分、来年の夏頃になるだろう」 イハチはうなづいて、持ち場に帰って行った。あまり嬉しそうな顔はしていなかった。対馬のミツの事が忘れられないようだ。 台風の二日後、山南王から婚礼の招待状が届いたと島添大里から知らせが入った。調べてみると招待状が来たのは島添大里、八重瀬、米須、具志頭、玻名グスク、阿波根、糸数で、他の東方の按司たちには来ていなかった。島添大里按司と山南王は同盟している。八重瀬按司は山南王の兄、米須按司は山南王の義兄、具志頭按司と阿波根グスクの兼グスク按司は山南王の甥、糸数按司は山南王の義弟だった。玻名グスク按司とは姻戚関係はないが味方だと思っているのだろう。 サハチが強要したわけではないのに、兼グスク按司以外は皆、出席を断った。同盟を取り持った兼グスク按司のンマムイは婚礼を見届けてから寝返る事になっていた。 山南王と山北王が同盟して、中山王を攻めるとの噂が流れてきて、首里の城下に住んでいる人たちが騒ぎ始めた。サハチは城下の人たちを ウニタキが調べた所によると、島尻大里では婚礼の準備で大忙しだという。ンマムイも中心になって手伝っているらしい。 「殺されそうになったというのに、そんな事はなかったような顔をしてシタルーを手伝っている。まったく、面白い男だよ、あいつは」とウニタキは言った。 「シタルーは 「あれから二か月が過ぎている。刺客たちから何の連絡がなければおかしいと思うだろう」 「ンマムイにやられたと思っているのかな」 「ンマムイとヤタルー師匠にやられたと思っているのだろう。敵を甘く見たと後悔しているんじゃないのか。ンマムイが襲撃があった事を一言も言わないので、シタルーとしても、それは中山王の仕業だとは言えないようだ」 「ところで、具志頭按司の娘を見てきたか」 ウニタキは楽しそうに笑った。 「イハチを鍛えた方がいいぞ。イハチよりも強いかもしれない」 「なに、そんなに強いのか」 ウニタキはうなづいた。 「まず母親だが、サムレー大将のような立場だ。男どもを 「そうか。マチルギから聞いたが、お嫁に行かなければ女子サムレーの総隊長になっていただろうと言っていた」 「チルーもナカーを知っていたよ。強かったと言っていた。具志頭の城下の者たちに聞いたら、戦の時は必ず、奥方様が鎧を着てグスクを守っていたと言っていた。弓矢の腕は奥方様にかなう者はいない。飛んでいる鳥でさえ落としてしまう神業だと自慢していた。娘はそんな母親から弓矢を教わった。勿論、剣術も教わっている。イハチの嫁になったら、マチルギのように娘たちを鍛えるに違いない」 「そうか。そいつは頼もしい。さて、イハチ夫婦の新居はどうするかな。ジルムイは首里のサムレーになったが、イハチは島添大里に置いて、嫁さんに娘たちを鍛えてもらうか」 「それがいいかもしれんな。島添大里には佐敷ヌルもいるし、佐敷ヌルとは気が合うだろう」 「よし、島添大里の 十月十日、進貢船の出帆の儀式が浮島(那覇)で行なわれた。その船は正月に明国に行った船で、今年二度目の船出だった。正使はサングルミー(与座大親)、副使はタブチ(八重瀬按司)、サムレー大将は 四日後、馬天浜のお祭りがあって、お芝居は『サミガー サハチが誕生した場面では『ツキシルの石』が光り、合戦の場面では美里之子とサグルーが大活躍していた。メイユーも弟子のシビーと姪のスーヨンと一緒に八重瀬の兵を演じたという。 馬天浜のお祭りの次の日、三姉妹の船は明国に帰って行った。側室になったメイユーは、楽しかったわと満足そうな顔をしていたが、サハチは少し不満だった。思紹が留守なので忙しくもあったが、もう少し二人だけの時間が欲しかった。 メイユーの弟子になったシビーは、師匠と一緒に明国に行くと言って両親を困らせた。サハチが何とか説得して思いとどまらせたが、来年こそは必ず行くと密かに決心を固めているようだった。シビーは仲よくなったメイリンの娘のスーヨンと別れを惜しんでいた。 「来年、また帰って来るわね」とメイユーは笑って、サハチに手を振り、船に乗り込んだ。 サハチ、ウニタキ、ファイチの三人は三姉妹の船を見送りながら、あの船に乗り込んで、一緒に明国に行けたらどんなに楽しいだろうと思っていた。 三姉妹たちが帰った、その翌日には、進貢船があとを追うように出帆して行った。 ファイチ夫婦と浦添按司夫婦は、官生となって三年間、明国で暮らす息子たちを心配しながらも、立派になって帰って来いよと励ましていた。 ファイテの妻になったミヨンは、「こっちの事は心配しないで、色々な事を身に付けて来て下さい」と妻らしい事を言っていたが、目には涙がいっぱい溜まっていた。 |
島添大里グスク
首里グスク