山南王と山北王の同盟
十月二十日、 迎えに来ていたサムレーたちに守られて、花嫁の一行は ンマムイは妻子を迎えると、ヤタルー師匠(阿蘇弥太郎)に護衛させて 花嫁の護衛役として今帰仁から来たのは 「奥方と子供たちを無事にお連れしましたよ」とテーラーはンマムイを見て笑った。 ンマムイはお礼を言ったあと、「謹慎は解けたようですね」と聞いた。 「マハニのお陰ですよ。マハニが頼んでくれたのです。南部に来たのは、先々代の 「浦添は寂れましたよ」とンマムイは首を振った。 「中山王の都は浦添から 「そうですか。是非、首里に行ってみたいものですな」 「あとで御案内しますよ」 「頼むぞ。夏になるまで帰れんからな。あちこちに連れて行ってくれ」 「えっ、テーラー殿は夏までいるのですか」とンマムイは驚いた。 「陸路では帰れんだろう」とテーラーは苦笑した。 確かにテーラーの言う通りだった。陸路で帰るには中山王の領内を通らなくてはならない。兵を引き連れて、長い道のりを無事に抜けられるはずはなかった。 島尻大里グスクに着くと、花嫁の一行と護衛のテーラーたちは客殿に入って一休みした。婚礼の儀式が始まるのは 花嫁と花婿は明国風の豪華な衣装を身にまとって、島尻大里ヌル、豊見グスクヌル、 儀式が終わると大広間に移動して、祝宴が開かれ、明国の料理と酒が振る舞われた。皆、御機嫌な顔をして、山南王と山北王が同盟したら、勢いに乗っている中山王の時代も、まもなく終わりになるだろうと豪語していた。城下の 山南王のシタルーはテーラーと一緒に酒を飲み、山北王の事などを聞いていた。 テーラーは山南王とは初対面だと思っていたのに、山南王から、久し振りですなと言われて戸惑った。先々代の中山王の葬儀の時、山北王と一緒にお会いしたと言われ、当時、豊見グスク按司だった山南王の事を思い出した。 あの時、豊見グスク按司は明国の留学から帰って来たばかりで、明国の話を色々と聞いたのだった。豊見グスク按司の話を聞いてテーラーも明国に行きたくなって、その翌年、山北王に頼んで、使者の護衛として明国に行き、その後も何度も明国に行った。明国の話で盛り上がって、二人は機嫌よく語り合っていた。 途中から李仲按司も話に加わって来て、李仲按司は昔、今帰仁にいた事があると言ったが、テーラーは知らなかった。李仲按司が山北王の使者として明国に行ったのはテーラーが十五歳の時で、その頃のテーラーは今帰仁とは縁がなく、本部で暮らしていた。中山王の 他の按司たちと一緒にグスク内の客殿に泊まったテーラーは、翌日、城下にある屋敷に案内された。重臣が住むような立派な屋敷で、配下の十人のサムレーたちはすでに来ていて、お世話をするための侍女たちもいた。 「立派な屋敷を与えられましたが、俺たちはここで暮らして、来年の夏まで何をしていればいいのです?」と 「俺たちの仕事は山南の様子と、できれば中山の様子を調べる事だ。あちこち歩き回って色々と調べる事だよ」 「勝手に出歩いてもいいのですか」 「まあ、とにかく好きにやってみよう。何か文句を言われたら、その時、考えればいい」 「よその土地に行ったら、まず、遊女屋へ行けでしたね」とサンルーは笑った。 「そうじゃ。遊女屋に行けば様々な噂が耳に入る。今晩、行ってみるがいい」 「大将は行かないので?」 「わしは兼グスク按司に会って来るよ。 サンルーは笑うと仲間たちの所へ行った。 テーラーが荷物の整理をしていると島尻大里グスクから使いの者が来た。山南王がすぐに会いたいという。何事かと思いながら、テーラーは島尻大里グスクに向かった。 山南王のシタルーはグスクの奥にある立派な屋敷の二階で待っていた。グスク内は思っていた以上に広くて迷子になりそうだった。このグスクを攻める事はないとは思うが、滞在中にグスク内の様子も頭に入れておこうとテーラーは思った。 シタルーは顔を曇らせて、テーラーを迎えた。何かよくない事が起こったようだと思ったが、自分が呼ばれた理由はわからなかった。シタルーは人払いをしたあと、「兼グスク按司に会ったか」と聞いた。 テーラーは首を振った。 「今晩、会いに行こうと思っております」 「兼グスク按司の居場所は知っているのか」 「奴のかみさんから聞いています。島尻大里の 「そうだ。阿波根グスクが兼グスク按司のグスクだ。今朝、侍女に命じて、奴の忘れ物を届けさせた。そしたら、阿波根グスクには誰もいなかったと言ったんだ。信じられなかったので、サムレーたちを送って調べさせたが、やはり、もぬけの殻になっていた」 「何ですって!」とテーラーは驚いた顔をしてシタルーの顔を見つめてから、「兼グスク按司はどこに行ったのです?」と聞いた。 「わからん」とシタルーは苦虫を噛み潰したような顔をして首を振った。 「誰もいないという事は家臣たちもいないという事ですか」 「そうだ。一夜にして、家臣もろとも消えたんだ」 「信じられない。一体、何が起こったのです?」 「多分、寝返ったのだろう」 「寝返る? ンマムイが中山王に寝返ったというのですか」 「多分な」 「そんな事は信じられません。奴のかみさんは山北王の妹なんですよ。どうして、敵である中山王に寝返るのです。ンマムイの奴め、マハニを無理やり連れて行ったに違いない。一体、奴は何を考えているんだ。こんな事になるのなら、マハニを連れて帰るんじゃなかった」 テーラーが帰ったあと、シタルーは 「サハチ(中山王世子、島添大里按司)の仕業に違いない」とシタルーは一人つぶやいた。 ヤンバルでの襲撃に失敗したのは、ンマムイとヤタルー師匠の腕を甘く見たためだと思っていた。しかし、昨夜の襲撃の失敗はンマムイだけの力ではない。サハチが絡んでいるのに違いなかった。 昨夜、シタルーは ところが、刺客たちは待ち伏せに遭って、七人が殺され、三人がかろうじて逃げて来た。三人の報告によるとすでに、もぬけの殻になっていたという。百人余りもの家臣やその家族を一晩で移動させるなんて芸当は、ンマムイ一人でできる事ではなかった。必ず、サハチが絡んでいるに違いない。 しかし、なぜ、昨夜の襲撃がばれたのか、シタルーには理解できなかった。もしや、テーラーもこの事に絡んでいるのかもしれないと疑って、呼んでみたがテーラーは何も知らないようだった。 今回の作戦がうまくいけば、 タブチ、 山北王が陸路で南下すれば、山田按司、 また、山北王が海路で来た場合は、浮島は山北王に占領される。明国から帰って来た シタルーの計算では、首里グスクを包囲してから、一か月以内にはガマに侵入できると考えていた。中山王になれるのもまもなくだと夢を描いていたのに、すべてが台無しになってしまったのだった。 「くそったれ!」とシタルーは悪態をついて、卓上にあった書物を投げ付けた。 その頃、 「まさか、婚礼の夜に襲って来るとは思わなかった」とンマムイは言って、ウニタキに酒を注いだ。 「あの夜が一番効果があるんだ」とウニタキは言った。 「お祝いの夜に、そんな馬鹿な真似はしないだろうと皆が安心している。現にシタルーは祝い酒を大量に贈って来た。いい気になって、あれを飲んでいたら、みんな、殺されていただろう。それに、婚礼が済んで何日か経ってしまうと、同盟が決まったのに、なんで今更、裏切り者を殺すんだと疑問を持つ者も現れてくる。婚礼の夜に殺せば、見せしめとして殺されたんだと誰もが思うだろう」 花嫁行列を送り届けて、阿波根グスクに戻って来たンマムイは、「すぐに引っ越しだ」とウニタキから言われたのだった。婚礼のあとに引っ越しする事になっていたので、すでに準備は万全だったが、あまりにも急すぎた。怪しまれないように最低の人数だけを残して、他の者たちは皆、グスクの近くにあるガマを利用して東側に抜け、そこから新グスクへと向かって行った。 島尻大里で婚礼が始まると、残っていた者たちも少しづつガマの中に入って行き、ンマムイが宴席を抜け出して戻って来た時には、数人のサムレーが残っているだけだった。ンマムイは八年間暮らした阿波根グスクに別れを告げて新天地を目指した。誰もいなくなった阿波根グスクで、刺客を待ち伏せしていたのはウニタキと配下の者たちだった。刺客全員を殺す事はできなかったが、ウニタキは深追いはさせずに引き上げてきた。 村人たちは高貴なお方がやって来ると大騒ぎだった。村人たちから見れば、先代の中山王(武寧)の息子は雲の上の人だった。しかも、その奥方は山北王の妹だという。村人たちはそんな高貴なお方とどう接したらいいのか悩み、恐れと喜びが混ざった複雑な気持ちで、ンマムイたちを迎えていた。 新グスクが築かれたのは三十年余りも前だった。築いたのはシタルーの父親の 汪英紫が造ったグスクだけあって、しっかりした造りのグスクだった。若き日のシタルー夫婦が暮らしていた屋敷も、大きくはないが阿波根グスクの屋敷と似たようなものだった。グスクからの眺めもいいし、このまま、ここで暮らすのも悪くはないとンマムイは思っていた。マハニもこれで安心して眠れるわと喜んでいた。 「でも、あたしの立場はどうなるの?」とマハニはンマムイとウニタキを見た。 刺客から逃れるために中山王の庇護下に入ってしまったのだった。この先、兄の山北王が中山王を攻めたら、兄たちと敵味方に別れてしまう。敵になってしまったら、もう今帰仁へは帰れない。それが一番悲しかった。 「もともと、お前は中山王の倅だった俺に嫁いで来たんだから、もとに戻ったと思えばいいよ」とンマムイはわけのわからない事を言った。 「そうか、そうよね。山南王と同盟したとはいえ、兄は今のところ、中山王は攻めないわ。子供たちと平和に暮らせればそれでいいわ」 わけのわからない事を言ったンマムイと、それで納得したマハニを見て、面白い夫婦だとウニタキは思っていた。この先、どうなるかわからないが、この二人なら何とか乗り越えて行けそうだった。 荷物の片付けも終わった二日後、ンマムイは家族を連れて八重瀬グスクを訪ねた。新グスクから八重瀬グスクは半里(約二キロ)ほどの距離で、散歩に丁度よかった。孫たちを見て、ンマムイの母親は喜んで、一緒に新グスクまで来た。 剣術を習うために阿波根グスクに通っていたタブチの末っ子のチヌムイは、婚礼の翌日、阿波根グスクに行ったら知らないサムレーがいっぱいいて、恐ろしくなって帰って来た。兼グスク按司がどこかに消えたという噂も耳にして心配していたという。チヌムイも一緒に付いてきた。 ウニタキからもらったお茶を飲みながら、 「どうして、阿波根からここに移って来たんだい?」と母はンマムイに聞いた。 シタルーに襲われたとは言えなかった。シタルーは母の弟だった。 「シタルーのために今帰仁まで行って来たというのに、どうして、阿波根から逃げなくてはならなくなったんだい?」 「俺がフラフラしているせいで、身に危険が迫ってきたのです」 「シタルーがお前を殺そうとしたのかい?」 ンマムイは笑ってごまかした。 母親も軽く笑って、お茶を飲んだ。 昔話をしているとナーサの事が話題になって、首里にいると言ったら、母は驚いた顔をした。 「あの時、亡くなってしまったと思っていたよ。生きているなら、どうしても会いたい」 「ウニョンの事、ナーサから聞きました」とンマムイが言うと母は遠くを見るような目をして、「ウニョン」とつぶやいた。 「そう、知ってしまったのね。誰にも知られずに、あの世まで持って行こうと思っていたのよ」 「ナーサを恨んでいるのですか」 「若かった頃は恨んでいたよ。ウニョンは可愛い娘だった。あの子はずっと、あたしが母親だと思っていたのよ‥‥‥娘のそばにいて、母親だと名乗れないナーサの方がずっと苦しいんだって気づいたのは、あの子が亡くなったあとだった。ナーサはいつも、あたしのそばにいた。十五の時に浦添に嫁いで、浦添グスクが焼け落ちるまで、三十年以上も一緒にいたのよ。もう身内みたいなものだわ。ナーサはあたしのお姉さんなのよ」 ンマムイは母を首里に連れて行く事にした。母を馬に乗せて、ンマムイが手綱を引いて首里へと向かった。 「どうして、山南王ではなく、八重瀬按司を頼ったのですか」とンマムイは母に聞いた。 「八重瀬に母親がいたからよ。息子たちが争いを始めたので、随分と苦労したようだったわ。三年前に亡くなったけど、安らかな死に顔だったわよ」 「そうだったのですか」 首里に着いて、グスクの高い石垣を左に見ながら進んだ。ンマムイは六年前、 「今の中山王を恨んでいますか」とンマムイは母に聞いた。 母は笑って首を振った。 「浦添グスクが焼け落ちて、家臣たちに連れられて八重瀬グスクに行った頃は恨みましたよ。どうして、こんな目に遭わなければならないんだって、今の中山王を恨んだわ。でもね、時が経ってくると夢を見ていたような気になったのよ。あなたのお 首里の大通りに出た。人々が賑やかに行き交っていた。 「これが新しい都なのね」と母が言った。 「 「首里天閣に来た事があったのですか」 「ナーサにつれて来てもらったのよ」 「そうでしたか」 遊女屋『 「一流の遊女屋です」とンマムイは言った。 昼間なので店は開いていない。入り口で声を掛けると仲居が出て来て、ンマムイが女将に会いたいと言うとすぐに引っ込んだ。 ナーサはすぐに現れて、ンマムイを見ながら、「昼間っから遊びに‥‥‥」と言って口をつぐんで、ンマムイの隣りにいる母をじっと見つめた。 「 母も、「ナーサ‥‥‥」と言ったままナーサをじっと見つめ、目からは涙がこぼれ落ちていた。 「無事だったのね」と二人とも涙を拭って笑い合った。 ンマムイはナーサに母親を預けて、その場から去った。 |
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