酔雲庵

陰の流れ

井野酔雲







河原にて







 赤とんぼが飛び回っていた。

 毎日、暑い日が続いているが、少しづつ秋の気配が漂って来ている。

 置塩城下の夢前(ゆめさき)川の河原に建てられた舞台の上で、助六と太一と藤若の三人娘が華麗な男装姿で踊っていた。舞台の回りは見物人たちで一杯だった。

 金勝座がこの城下に来てから六日が経っていた。

 初日は、舞台を作っただけで興行はしなかった。次の日、片目の銀左が佐介という男を連れて来た。興行に関しては、この佐介に任せろとの事だった。

 佐介は頭を丸めてはいるが僧侶ではなさそうで、普通の格好をした小柄の男だった。年の頃はよくわからない。二十代から四十代まで何歳にも見えた。足が悪いのか片足を引きずるようにして歩いていた。

 座頭の助五郎は佐介と相談して、一日おきに午後に二回、公演するという事に決めた。さらに、京の都から来た一座という事にして都振りの芸を演じるようにと決められた。そして、売上の三分の一は場所代として支払う事になった。

 約束事が決まると、さっそく、佐介は手下の者を使って金勝座の宣伝を開始し、河原者を連れて来ると、あっと言う間に舞台の回りに竹矢来(たけやらい)を組んで(むしろ)を張り巡らし、入り口には木戸まで設けた。

 次の日から興行は始まった。佐介の宣伝のせいか人気は上々だった。

 今日で六回目の公演だった。

 佐介が一日おきの興行と言ったのは、この城下にもう一つの芸能座があって、その一座と交替で興行をするという事だった。もう一つの芸能座は関東の地から来たという触れ込みの一座で、『武蔵座』という軽業(かるわざ)や奇術を中心とした猿楽座(さるがくざ)だった。

 金勝座の出し物は、まず、三人娘の曲舞(くせまい)で始まり、左近、右近のこっけい芝居、そして、助五郎が作った狂言を三人娘と左近、右近、見習いの千代も加わって全員で演じた。今回は都振りの物をやれというので、京都を題材にした物を選んで上演した。狂言の後に、また、左近、右近のこっけい芝居。そして、三人娘が一人づつ舞い、最後に全員で(かね)を叩きながら風流踊り(念仏踊り)を賑やかにやって終わりとなった。一回の公演は一時(二時間)位で、短い狂言の場合は二つ上演する事もあった。

 今まで六回の公演をやったが、助五郎はすべて違う狂言を演じさせた。京の公家たちを題材にしたものや、京で戦をしている田舎の武士たちを風刺したもの、京に集まる乞食たちを題材にしたもの、徳政一揆を題材にしたもの、叡山(えいざん)の法師を風刺したものなど、今現在の事を面白おかしく演じたり、義経と弁慶の話や西行法師の話、ものぐさ太郎の話なども助五郎は彼流に話を直して演じさせた。

 助五郎は唄も狂言に合わせて作っていた。京辺りで流行っている唄を処々にはさみながら自分で作った唄を歌わせた。また、唄作りには囃子方(はやしかた)の弥助と新八や謡方(うたいかた)の小助も一緒になって作っていた。

 日を追う毎に、金勝座の人気は高まって行った。三人娘の人気もあったが、狂言の面白さが人々に受けていた。

 一日の公演を終え、金勝座の連中は後片付けをしていた。

 薬売りの伊助が来ていて、後片付けを手伝っていた。

「太郎坊殿は一体、どこに行ってしまったのでしょうな」と伊助が助五郎に声を掛けた。

「さあ、わかりませんな」と助五郎は首を振った。

「今日で、もう六日になりますよ。やはり、助五郎殿の言う通り瑠璃寺まで行ったんですかね」

「わたしはそう思いますけどね」

「一体、何だったんでしょうね、あの刀から出て来た紙というのは」

「わかりませんね、赤松家に関係のある物だとは思いますけどね」

「そう言えば、阿修羅坊の姿も消えましたね。新しい手下どもの姿は城下に増えて来ましたけど、親玉の姿は見えませんね。みんな、一体、どこに消えたんでしょうな」

「わかりませんな。ところで、楓殿のご様子はいかがです」

「相変わらず、大丈夫です。ただ、かなり退屈しているようです。楓殿は働き者だったと聞いてますからね、あんな所にいたら退屈でたまらんでしょう。最近になって、ようやく、藤吉の奴が楓殿と直接会う事ができるようになりましたから、大分、中の様子がわかるようになりましたよ」

「白粉売りの人ですか」

「ええ、そうです。奴は足が物凄く達者なんですよ。速いし、疲れ知らず。便利な奴です」

「ほう、あの人がね」と助五郎は驚いた顔をした。「そうは見えませんね」

「ええ、奴には悪いが、一見しただけだと、のろまに見えますからね」

 助五郎は集めたゴミをまとめて持って行った。

「伊助さん、また、太郎坊様の事ですか」と助五郎がいなくなると助六が横から口を出した。

 助六は男装姿から普通の小袖(こそで)姿に戻っていた。派手な男装姿も色っぽくていいが、清楚な小袖姿も、また、よく似合っていた。

「ええ、あの人の事だから、もしもの事なんて、ありえないとは思いますがね。どこにいるのかわからないというのは、やはり心配ですよ」

「そうですね」と助六は舞台の上に腰掛けた。

 ようやく、いくらか、涼しくなって来た。

 公演中の舞台の上は物凄く暑かった。ただでさえ暑いのに、大勢の見物人に囲まれ、しかも、筵を掛けた竹矢来で囲まれている。まるで、蒸風呂の中のようだった。今はもう竹矢来の筵は撥ね上げてあるので、川の方から涼しい風がいくらか入って来た。

「ねえ、どしたの」と今度は太一が寄って来て口をはさんだ。

 太一は太一で、助六とはまた違った美しさを持っていた。助六はさっぱりとか、すっきりとか言う言葉がぴったりな美人だが、太一の方はきらびやかとか、華やかとか言う言葉がぴったりだった。

「何でもないのよ」と助六は言った。

「伊助さん、今日は次郎吉さんと一緒じゃないんですね」と太一は聞いた。

「ああ、あいつは仕事をしてるよ」

「へえ、珍しいのね。あの人が仕事してるの?」

「太一、失礼な事を言わないのよ」と助六がたしなめた。

「だって、あの人、見るからに遊び人て感じじゃない。真剣な顔して刀を研いでる姿なんて想像もつかないわ」

「ああ見えても、次郎吉の腕は大したもんだよ。ただ、太一殿の言う通り、滅多に仕事はせんがな。どうせ、昨夜、遊び過ぎて銭がなくなったんじゃろう」

「遊びって、遊女屋にでも行ったの」

「さあな、わしは知らんよ」

「そんな所、行かないで、あたしと遊んでくれればいいのに」

「ほう、太一殿は次郎吉が好きなんか」伊助はニヤニヤしながら太一を見た。

「そうよ」と太一は平気な顔をして言った。「ああいう苦味走った男を見ると体が震えてくるのよ」

「なに言ってんのよ、あんたの体は年中、震えてるじゃない」と助六が笑う。

「何ですって、姉さんこそ、何よ。せっかく、太郎坊様に会えたと思ったら、すぐにどこかに消えちゃったものだから、毎日、いらいらしてる癖に」

「いい加減な事、言わないでよ」助六は怒って、太一に飛び掛かろうとした。

「まあ、落ち着いて」と伊助は二人の間に入る。「いい女子(おなご)が二人してみっともないぞ」

「ふん」と言うと太一は団扇(うちわ)をあおぎながら、どこかに行った。

「ああやって、よく喧嘩するんですか」と伊助は助六に聞いた。

「年中ですよ」と助六は照れくさそうに笑った。「でも、すぐ仲直りしますけどね」

「しかし、助六殿が太郎坊殿を思っていたとはね」

 助六は慌てて首を振った。「あれは太一が勝手に言ってるだけですよ」

「そうですか。でも、太郎坊殿はどこか引かれる所のある人です。わしも初めの頃は、ただ、松恵尼殿に頼まれたので、この仕事を引き受けましたが、今では太郎坊殿のために何かをしたいという気持ちになっています。わしよりも十歳も年下なのに、男が男に惚れるって言うのか、武士だったら、あの人のために命を預けてもいいと言うのか、何か不思議な心境ですよ」

「伊助さん、太郎坊様って、どんなお方なのですか」助六は目を輝かせて聞いた。

「どんなと言われても困りますな。わしも大して知らんのですよ。ただ、滅法、強い事だけは確かです。あの次郎吉でさえ、太郎坊殿の強さには呆れてましたからな」

「そんなに強いのですか」

「一見しただけだと、そう強そうには見えませんけどね、どう表現したらいいのかわからん程強いですよ。でも、あの人に引かれるというのは、ただ、強いだけじゃなくて何かがあるんですよね。何だかわからんけど、その何かが人を引き付けるんだと思いますよ」

「何かがある‥‥‥」助六は伊助を見つめながら呟いた。

「ええ、何かがね」と伊助は頷いた。「もっとも、松恵尼殿があれだけ可愛いがっていた娘同然の楓殿を簡単に嫁に出した位ですからな、やはり、何かを持っている男なんでしょうな」

「楓殿っていう人は、どんな人なんですか」

「楓殿ですか、松恵尼殿に似てますな。血のつながりはないんですけどね、やはり、似てますよ。美人だし、薙刀の名人だし、頭も賢そうだし、まあ、太郎坊殿とは似合いの夫婦じゃろうのう」

「お子さんもいるって聞きましたけど」

「ええ、三歳の可愛いい男の子がいる。百太郎といって元気のいい子じゃ」

「桃太郎さんですか」と助六は笑った。

「いや、あの桃太郎とは字が違うらしい。何でも、ひゃく太郎と書いて、ももたろうと読むんだそうじゃ」

「ひゃく太郎‥‥‥面白いのね」

「まあ、あの太郎坊殿らしいと言えるがな」

「じゃあ、次の子は千太郎かしらね」

「かもしれんな」と伊助も笑った。

「お姉さん、お姉さん、大変よ」と太一が叫びながら飛んで来た。

「一体、どうしたの。何が大変なのよ」

「来たの、帰って来たのよ、太郎坊様が」

「えっ、ほんと?」と言うのと同時に助六は走り出していた。

「やはり、助六殿は太郎坊殿にいかれとるのう」と伊助は笑った。

「でしょう」と太一は言った。

「ところで、太郎坊殿が帰って来たと言うのは本当かね」

「本当よ、太郎坊様と八郎さん、そして、知らない行者さんが三人一緒にいるわよ」

「飯道山の山伏じゃろう」と伊助は言うと助六の後を追って行った。

 太郎たちは船着き場の方から、こちらに向かって歩いていた。

 皆、日に焼けて真っ黒な顔をしている。ひょうきんな八郎を先頭にして、若い山伏二人、そして、太郎と貫禄のある山伏が並んで歩いていた。

 出迎える方は助六と太一を先頭に、助五郎、伊助を初めとして、金勝座の面々が太郎たちが来るのを待っていた。







 夕暮れ時、二羽の白鷺(しらさぎ)が夢前川の中洲に立って水面を見つめていた。

 三人の武士を乗せた渡し舟が対岸へと渡っていた。

 対岸には鞍掛城主、中村弾正少弼の屋敷があり、その回りに家臣たちの家が並んでいる。その下流には、川漁や川による運送業で生計を立てている川の民たちの小屋が並んでいる。さらに下流には清水谷城主の赤松備前守の屋敷があった。

 太郎たち一行五人は置塩城下に帰って来ると、伊助と金勝座の者たちに迎えられ、今まで、どこにいて、何をしていたのかを説明した。これからも色々と協力して貰うため、赤松家の軍資金の事もすべて話した。

 すでに、左近と右近、謡方の三郎とお文、見習いの千代の五人は木賃宿『浦浪』に帰っていて、いなかった。残っていた座頭の助五郎、助六、太一、藤若の舞姫三人、囃子方の弥助、新八、おすみ、謡方の小助、舞台作りの甚助、そして、伊助を含めて十人の者たちが舞台の上に座り込んで、太郎たちの話を聞いていた。

 四日前の早朝、笠形山から瑠璃寺に向かった太郎たち五人は、一日掛かりで、ようやく、瑠璃寺までたどり着く事ができた。以外に瑠璃寺は遠かった。彼らが山伏でなかったら、到底、一日では行けない距離だった。前の日の暗闇の登山で、足を痛めた八郎は足を引きずりながらも、馬鹿な事を言い続けて何とか歩き通し、瑠璃寺の宿坊に着いた途端に倒れ込んだ。

 次の日は手分けして、『不二』『岩戸』『合掌』に関する物はないかと、瑠璃寺から船越山一帯を捜し回った。

 瑠璃寺にある飯道山の宿坊、普賢院には二人の山伏がいた。太郎も金比羅坊も知らない山伏だったが、彼らから阿修羅坊の動きを知る事ができた。

 阿修羅坊は今、浦上美作守の仕事のために山伏を集めているとの事だった。すでに、二十人近くの者が置塩城下に向かったと言う。阿修羅坊は三十人送れと命じて来たらしいが、今、瑠璃寺に残っているのは年寄りばかりで、若い者たちは皆、赤松政則と共に美作の国に行っていていなかった。あとの十人は美作から呼び戻さなくてはならなかった。そして、美作で活躍している宝輪坊、永輪坊という二人も呼ぶらしかった。

 宝輪坊と永輪坊の二人は、瑠璃寺でもっとも強いと言われている二人で、今は亡き有名な兵法家(ひょうほうか)、瑞輪坊の弟子だった。すでに死んでしまった日輪坊、月輪坊の二人も瑞輪坊の弟子であり、阿修羅坊もかつて瑞輪坊に武術を習っていた事があったと言う。

 阿修羅坊は、その宝輪坊、永輪坊の二人と三十人の山伏を使って太郎坊を倒そうとしているに違いなかった。こちらもそれなりの作戦を立てて阿修羅坊一味を倒さなくてはならない。できれば宝輪坊と永輪坊の二人が美作から来る前に、雑魚どもを倒しておきたいと太郎は思った。

 阿修羅坊の動きがわかったのは幸いだったが、肝心の宝捜しの方は少しも進展しなかった。絶対に笠形山のどこかに隠されていると思っていたものが、四つめの言葉『瑠璃』によって、あっけなくも、くつがえされてしまった。瑠璃が、全然、方角の違う瑠璃寺を意味するものとなっては、まったくわからなくなってしまっていた。

 二日間、瑠璃寺の近辺を捜してみたが、不二と呼ばれる山は見つからないし、地名もない。岩戸と呼ばれる岩もないし、地名もない。合掌と呼ばれる物もない。宿坊の普賢院に、象に乗って合掌をしている普賢菩薩(ふげんぼさつ)像があるくらいだった。

 これはもう一度、初めからやり直さなくては駄目だと思い、次の日の早朝、嘉吉の変の時、赤松氏が最期に戦って、性具入道を初め一族の者たちが自害して果てたという城山城(きのやまじょう)に向かった。

 その日は、一日中、変な天気だった。晴れているのに雨が降ったりやんだりしていた。

 城山城は越部(こしべ)庄(龍野市)の亀山(きのやま)の山頂にあった。まさしく、あったと言うべきで、嘉吉の変で落城して以来、誰も入る事もなく、荒れ果てたまま放置されていた。

 里の者に城への登り口を聞き、以前は城主の立派な屋形があったという広い草地に向かった。夏草が伸び放題に伸びている草地には、赤とんぼが飛び回っていた。屋形は完全に燃えてしまったのか、跡形も残っていなかった。処々に礎石だけが草の中に埋まっていた。

 かつての大手道も草が生い茂り、かろうじて道がわかる程度だった。太郎の三人の弟子たちが交替で、道を作りながら登って行った。

 途中で雨に降られ、雨と汗と埃と蜘蛛の巣にまみれて、びっしょりになり、真っ黒になり、やっとの事で城跡らしい山頂に着いたが、処々に土塁が残るだけで、城らしい建物は何も残っていなかった。それでも、かつて井戸だったらしい所には、今でも水が涌き出て流れていた。

 その井戸の近くに、誰かが建てた供養塔が立てられてあった。その供養塔も半ば朽ち果てていた。多分、嘉吉の変のすぐ後に、赤松家の誰かが山名氏に隠れて立てたものだろう。その後、誰かがここまで登って来たような様子はまったくなかった。もしかしたら、この城跡に人が立つのは三十年振りなのかもしれなかった。

 五人が城跡に着いて、しばらくして、ようやく夕立のような大雨は止んだ。五人はまず井戸の水を飲み、顔を洗い、濡れた着物を絞って体の汗を拭くと城跡を歩き回った。

 本丸や二の丸があったらしい平地は草に覆われていて、どんな建物が建っていたのかもわからなかった。しかし、陶器のかけらや武器や鎧のかけら、人の骨や馬の骨などが、あちこちに落ちていた。

 五人で手分けして、泥だらけになり、城跡中、くま無く捜してみたが、『不二』『岩戸』『合掌』『瑠璃』に関する物は見つからなかった。強いて言えば、なぜか、合掌をしている石仏があった位だった。石仏はそれだけではなく、あちこちに転がっていた。なぜ、こんな所に石仏があるのか不思議だったが、昔、この山に寺院があったのかもしれなかった。

 この当時、要所要所の山の上には必ずと言っていい程、密教系の寺院があり、その寺を移動して、城郭を築くという事がよく行なわれた。この亀山にも寺院があり、城山城の落城と共に燃えてしまったのかもしれなかった。

 その日は、城跡で夜を明かす事にした。

 赤松性具入道の最期の地に来たわけだが、性具入道が一体、どこに宝を隠したのか、まったく見当もつかなかった。

「太郎坊、おぬしなら、どこに宝を隠す」と金比羅坊が食事が済むと聞いた。

 五人は獣避けの焚火を囲んでいた。

「そうですね‥‥‥」と太郎は考えた。

「ちょっと待って下さい」と探真坊が言って荷物の中から一枚の紙切れを出して見た。「ええとですね、坂本城の落城が九月三日です。そして、ここの落城が九月十日です。という事は‥‥‥八日間ですか、八日間の間に入道殿は宝をどこかに隠した事になります」

「八日もあれば瑠璃寺に隠す事もできるし、笠形山に隠す事もできるな」と太郎は火を見つめながら言った。

「充分にできるな」と風光坊も言った。

「どちらにしても、あらかじめ知っている所じゃないと無理だろう」

「そうじゃろうな」と金比羅坊は頷いた。「向こうに行ってから隠し場所を捜してる暇はあるまい」

「ちょっと待って下さいよ」と探真坊が紙切れを見た。「坂本城が落城して、赤松氏はここに移って来ますけど、敵の山名軍もこちらに向かって来ます。あっという間に、この城は敵の大軍に囲まれてますよ」

「おお、そうじゃ。大谿寺の大先達も二万の大軍に囲まれたと言っておったのう」

「という事は、瑠璃寺にしろ、笠形山にしろ、宝を持って行くのは難しいな」

「という事は、お宝はこの近くにあるんやろか」

「うむ、その可能性は充分にあるな」

「しかし、この辺りに、あの四つに関連するものなど何もなかったぞ」と風光坊は言った。

「今はないが、当時はあったんじゃないのか」と探真坊は紙切れを大事そうに折り畳んだ。

「ところで、あの四つの刀を持っていた四人は、宝のありかを知っていたのかな」と太郎が言った。

「そりゃあ、知っていたじゃろう」

「もし、知っていたのなら、左馬助や彦五郎が挙兵した時に、すでに掘り起こして、使ってしまったという事も考えられませんか」

「そりゃ、ないわ」と八郎が嘆く。

「そうじゃ、すでにない宝を捜してるなんて、アホみたいなもんじゃ」

「もし、宝をすでに掘り起こしたとすれば、左馬助にしろ、彦五郎にしろ、その脇差を大事に最期まで、持ってはいなかったんじゃないですかね」と探真坊は言った。

「そうや、最期まで、大事に持ってたなんて、おかしいわ」

「という事は、四人は知らなかったと言う事になるな」

「入道だけが、知っていたというわけか‥‥‥」と金比羅坊は顎を撫でた。

「性具入道は初めから負けるという事がわかっていたのではないでしょうか」と太郎は言った。

「そんな馬鹿な‥‥‥」と金比羅坊は太郎を見た。

「大谿寺の遍照坊殿が言ってましたけど、当時、入道殿は病気でした。嘉吉の変の原因となった将軍暗殺も入道殿が決めたと言うより、嫡男の彦次郎と弟の左馬助が決めたらしいとも言っていました。播磨に引き上げ、幕府軍を迎える準備を始めますけど、中心になっていたのは、どうも、左馬助のような気がします。入道殿は初めから負ける事がわかっていて、負けるのを覚悟で、幕府軍を迎えたように思います。そして、ここが落城する以前に、前もって隠して置いた軍資金の隠し場所を謎の言葉に託して、四人を逃がしたと思うのですが、どうでしょう」

「うむ。成程のう、それはあり得る事じゃ」

「そうなると、隠す時間はたっぷりとあります」と探真坊は言った。

「笠形山も、瑠璃寺もあり得るわけだな」と風光坊は言った。

「ますます、わからんわ」と八郎は首を振った。

「難しいのう」と金比羅坊は唸った。

 それぞれの意見を交わしてみたが、結局、宝の隠し場所はわからなかった。

 その晩はその位にして、皆、横になった。誰の頭の中も入道の隠した宝の事で一杯だった。

 次の朝、もう一度、城跡の回りを調べてから山を下りると、五人は坂本城へと向かった。

 坂本城は円教寺のある書写山のすぐ側にあり、今も守護所として機能している城だった。播磨の国の政治の中心とも言え、国内の裁判沙汰は、すべて、ここで処理されていた。

 この城に真っ昼間から忍び込むわけには行かなかった。この城も嘉吉の変の時、焼け落ちたが、その後、山名氏が建て直して、やはり、政治の中心として使っていた。応仁の乱後は山名氏を追い出し、赤松氏がまた建て直している。

 嘉吉の変の当時の状況から見ても、この城に軍資金を隠したとは考えられなかった。性具入道が前もって隠すにしても、落城するかもしれない、この城に軍資金を隠すとは考えられない。また、まだ軍資金を隠していなかったとすれば、改めて戦うために、城山城に持ち出したに違いなかった。

 五人は怪しまれない程度に坂本城の回りを見て回っただけで、置塩城下に戻って来たのだった。

 一通り話を聞き終わると、金勝座の者たちは木賃宿『浦浪』へと帰って行った。

 太郎たち五人は、城下には阿修羅坊の手下たちがうようよいて、浦浪は勿論の事、城下にいたら危険なので、とりあえず、城下から出る事になった。

 城下から出て夢前川の下流に、丁度いい隠れ家を見つけておいたと伊助が言うので、しばらくは、そこに隠れて阿修羅坊の出方を見る事にした。







 伊助の捜してくれた隠れ家はわりと快適だった。

 山と山との間に隠れるように建っている古い寺院だった。崩れかけた寺院だったが、床板もまだ朽ちてはおらず、屋根も雨露は凌げそうだった。入り口の正面の上の方に、何となく場違いな感じがするキリンとバクの見事な彫刻が彫られてあった。

 側に僧坊らしい小屋もあり、かつては何人かの僧が修行していたのだろう。裏手の方には綺麗な清水が涌き出ている所もあった。

 円教寺のある書写山の裏側にあたり、城下の南にある清水谷城とも山を一つ隔てた所で、河原まで出れば、こちらから城下を見る事はできるが、城下からこちらはわからないという絶好の隠れ場所だった。多分、円教寺の僧が修行していたのだろう。そして、嘉吉の変の時、戦に巻き込まれて、ここから逃げて行って、それ以来、放ったらかしにされているに違いなかった。

 寺の右側の山に登れば、丁度、谷を挟んで清水谷城が見え、その城の右側に城下の全貌を見渡す事ができた。

 昨夜は伊助が用意してくれた酒を久し振りに飲んで、ぐっすりと眠った。

 伊助の話によると、阿修羅坊の手下が三十人近く、城下に集まって来ているとの事だった。その三十人は大円寺と性海寺と白旗神社の三ケ所に分かれて滞在し、太郎の行方を捜し回っている。瑠璃寺で聞いた話と一致していた。もう、美作の国からの山伏たちも、この城下に入ってるとは驚きだった。

 宝輪坊と永輪坊という名の強そうな二人が、すでに来ているかどうか、伊助に聞いてみると、その名前は何度か耳にしているが、どうも、まだ来ていないらしいと言った。そして、阿修羅坊本人の姿が太郎たちがいなくなったのとほぼ同時に、この城下から消えているという事を初めて知った。

「さては、お師匠にやられた傷がもとで、くたばったかな」と八郎がおどけて言ったが、そんな事はないだろう。多分、阿修羅坊もそろそろ宝捜しを始めたに違いなかった。あの腕では太郎たちと戦うわけにはいかない。仲間が揃うまで、宝捜しをしているのだろう、と皆の意見も一致した。

 阿修羅坊は四つめの言葉『瑠璃』を知らない。阿修羅坊に宝が見つかるわけはない、という事も皆の一致した見方だった。阿修羅坊が留守ならと、昨夜は少し安心して、のんびりと酒など飲んだのだった。

 翌朝、目が覚めると太郎は外に出た。すでに夜は明け、暑くなり始めていた。

 他の四人はやはり疲れたのか、まだ、ぐっすりと眠っていた。

 太郎は朝露に濡れた長く伸びた草をかき分けて河原に出た。

 夢前川の上をゆっくりと朝靄が流れていた。

 太郎は水際の石に腰掛けると、阿修羅坊をどうやって倒すかを考えた。

 強敵らしい宝輪坊、永輪坊の二人が来る前に、今いる三十人を片付けたかった。この間は、うまい具合に城下の連中たちに気づかれずに片付ける事ができたが、今回は敵の人数が多すぎた。城下の者たちにわからないように消すには、城下の外のここにおびき寄せて片付けるしかないかなと思った。今の所、城下の侍たちまで敵に回したくはなかった。

 敵は三十人、こちらは五人、いや、多分、伊助と次郎吉は断っても来るだろうから七人。七人で三十人を倒すには、まともにやったら不可能だった。奇襲を掛けるしかない。

 敵の拠点に潜入して、一人づつ片付けて行くという手もあるが、初めの二、三人はうまく行くだろうが、そのうち敵も警戒して、逆にこちらがやられる可能性が高い。それに、その作戦だと時間が掛かり過ぎる。できれば、一挙に敵を全滅させたかった。

 やはり、ここに敵をおびき寄せて、全滅させるのが一番いい方法だと思った。それにしても作戦をよく練らなければ、こちらもかなりの犠牲者を出してしまうだろう。

 まず、飛び道具が必要だった。弓矢が一番いいのだが、弓矢を使える者はいない。こちらも人数がいれば、別に当たらなくても効果はあるが、七人しかいないのでは百発百中の腕が必要だった。弓矢が駄目なら手裏剣だが、手裏剣が使えるのは俺と探真坊、風光坊と八郎も稽古はしているが、まだまだ実践には使えないだろう。二人の手裏剣で何人倒す事ができるか。

 まあ、多めにみても、五、六人だろう。残りは二十四人。一人あたり三、四人倒さなくてはならない。難しい事だった。何か、仕掛けを作った方がいいかもしれない。

 一遍に大勢を片付ける事のできる仕掛けはないものか‥‥‥

 待てよ、石つぶてという手もあるなと、太郎は河原の石を拾ってみた。石つぶても、こちらの人数が多ければ効果はあるが、小人数ではしょうがない。太郎は手の中の石を川の中に投げ捨てた。そして、水の流れを見ながら、この川の流れを利用できないものかと思った。

 太郎はしばらく川の流れを見ていた。人の気配で振り返った。

 探真坊が草の中をこちらに向かって歩いていた。

「お師匠、早いですね。おはようございます」

「ああ、おはよう。みんなは、まだ寝てるのか」

「いえ、金比羅坊殿は起きました。あとの二人は鼾をかいて寝てますよ」

「そうか、まあ、いい。今日の所は、まだ、のんびりしていても大丈夫だろう」

「大丈夫ですか。阿修羅坊は今度こそ、絶対に、お師匠を消すつもりでいますよ」

「だろうな。俺は奴らを、ここにおびき寄せて戦おうと思ってるんだがな、どう思う」

「ここですか‥‥‥」と探真坊は回りを見回した。「いいんじゃないですかね。敵が来るとすれば、この川を渡って来るしかないわけでしょう。まず、裏の山の方から来る事はないでしょう。川を渡るとすれば、清水谷の渡ししかない。あの渡しを渡って、こっちから来るわけだ」

 探真坊は上流の方を見た。「あの山の上に隠れていて、河原を通って行く敵を狙えば敵の半数近くは倒せるでしょう」

「うん、いい作戦だ」と太郎は頷いた。「しかし、敵は山伏だっていう事を忘れるなよ。武士が相手なら、そうも行くが、敵は山伏だ。山の方からも来ると考えておかなけりゃならんぞ」

「そうか。阿修羅坊はこの間、お師匠にやられて懲りてるでしょうからね。今度は慎重に来るかもしれない。そうなると、三十人で、じわじわと回りから取り囲む事も考えられますね」

「そういう事だ」

 探真坊はしばらく山の方を見回していたが、「山の方を調べて来ます」と言うと、さっさと山の中に入って行った。

「探真坊、この辺りの絵地図を作ってくれ」と太郎は声を掛けた。

「わかってます」と探真坊は頷いた。

「頼もしい奴だ」と太郎は探真坊の後姿を見送りながら呟いた。「あいつが俺を仇と狙っているとはねえ‥‥‥」

 太郎はまた、川の流れを眺めた。

 自分が阿修羅坊になったつもりで太郎は考えてみる事にした。まず、三十人を二手に分け、二十人はこの河原から攻め上がり、そして、残りの十人は裏山から攻める。

 河原の二十人は舟で来て、ここから上陸するか、それとも清水谷の渡しを渡って来るか‥‥‥とにかく、ここまで来たとして、河原から僧院までの距離が約六町(約六百五十メートル)。二十人は横に広がり、一人も逃がさないように僧院を取り囲むように攻めて来るだろう。そして、ある程度まで近づけば、多分、火を投げるだろう‥‥‥

 いや、火を使えば騒ぎが大きくなる。いくら城下の外とはいえ、こんな所で火事が起これば、城下の侍たちが黙ってはいまい。阿修羅坊にしても内密に事を運ばなくてはならないはずだ。火は使わないと見ていいだろう。火を使わなければ、やはり、敵も飛び道具で来るか。

 完全に僧院を囲むように攻めて行き、裏山からも十人が攻めて来る。多分、こんな作戦だろう。

 太郎は下流の方がどうなっているのか、行ってみた。

 山側は崖のようになっていて、河原はだんだんと狭くなっていった。さらに先には大きな岩がせり出していて、そこから先へは進めなかった。対岸を見ると向う側の河原はかなり広い。ここを舟で渡るという事も考えられた。ここなら寺院からは見えないし、上陸するのに丁度いい場所だった。川の流れを見ると、流れは緩いが深さはかなりあるようだった。

 今度は上流の方に行ってみた。こちら側も山がせり出していて、寺院への入り口に当たる辺りが少し狭くなっている。そこから清水谷の集落にかけては、かなり広い平地が続き、農家が何軒か建ち、田や畑もあった。そして、山側に張り付くように稲荷神社の森がある。

 草地から河原の方に出ると、清水谷城も番城も良く見えた。こちらから見えるという事は、向こうからも良く見えるという事だった。城下への入り口、南の大門も樹木の間から見えた。この辺りをうろうろするのは危険だった。

 太郎が引き返そうとした時、清水谷の方から誰かが近づいて来た。数人いるようだった。草の間から覗いてみると伊助たちだった。伊助と助六、藤若、千代、そして、もう一人、知らない男が一緒だった。

 太郎たちは伊助が持って来てくれた豪勢な料理を腹一杯に詰め込んだ。若い娘三人を迎えて、古寺の中は華やかな雰囲気となっていた。

 寝ぼけた顔をして裸でごろごろしていた風光坊と八郎は、助六たちを見ると、慌てて、どこかに消え、顔を洗い、髭を剃り、ぼさぼさな頭まで綺麗に直して現れた。そして、むっつりとしている風光坊と、一人ではしゃいでいる八郎はまったく対照的だった。探真坊は山の中に入ったまま、なかなか戻って来なかった。

 伊助が連れていた男は吉次(きちじ)という名の鎧師(よろいし)だった。太郎が城下から消えてから二日目あたりに、ようやく到着したと言う。三十歳前後の小太りで丸顔のひょうきんな男だった。

「伊助さんから話はよく聞いています。大変な事になりましたな」と吉次は言った。

「ええ」と太郎は頷いた。

「太郎坊様、これから、どうするつもりですか」と太郎の隣に座っている助六が聞いた。

「そうですね、当分の間は、ここで、のんびり過ごしますか」と太郎は笑った。「結構、ここは快適ですからね。そうだ、今日は、みんなで金勝座の舞台でも見に行きますか」

「今日は休みです」と助六が言うと、「一日おきに、やる事に決まったんです」と藤若が説明した。

「そいつは残念だ。それじゃあ、明日、見に行こう」

「太郎坊様、そんな、のんきな事でいいんですか。阿修羅坊の手下が城下には、うようよいるんですよ」

「そうか。それじゃあ、変装して行かなけりゃならないな」

「おらは今度は偉そうな侍に化けたいわ」と八郎が胸を張って言った。

「俺は釣竿をかついで漁師にでも化けるかな」風光坊が魚を釣る真似をしながら、ぼそっと言った。

「わしは何にするかのう。頭でも剃って坊主にでもなるかのう」と金比羅坊が頭を撫でた。

「金比羅坊殿が坊主に、そいつはいい」と八郎は笑った。

 伊助も藤若も千代も笑っていた。

「いっその事、この寺の住職になればいいわ」

「探真坊の奴は何がいいかな」と風光坊が言った。

「あいつは商人がいいんじゃないかのう」と金比羅坊が言った。

「いや、あいつには化粧させて女に化けさせた方がいいんじゃないのか」と風光坊は言った。

「そいつはいい。あいつ、わりといい女になるかもしれんわ」と八郎は大笑いした。

 金比羅坊も腹を抱えて笑っている。

「ところで、お師匠は何に化けるんです」と風光坊は聞いた。

「そうだな、俺は乞食にでもなるかな」

「みんな、ふざけないで下さい」と助六が恐い顔をして言った。

「太郎坊殿、本当の所は、どうなんです」笑っていた伊助も真面目顔になって聞いた。

「早いうちに、片付けようと思っています」と太郎も真面目に言った。

「場所は?」

「ここです」

「わたしもここを見つけた時、丁度いい場所だと思いました。しかし、相手が多いですからね、綿密な作戦を立てた方がいいでしょうね」

「はい。実は伊助殿に頼みがあるんですけど」

「何です」

「武器が欲しいのですけど、手に入るでしょうか」

「武器なら小野屋さんに頼めば、いくらでも手に入ります。どんな物がいるんです」

「飛び道具です」

「成程‥‥‥後で、必要な武器を教えて下さい。すべて、揃えておきます」

「太郎坊様、わたしたち金勝座の者たちにも手伝わせて下さい」助六は太郎の方に向き直って言った。

女子(おなご)は危険じゃ」と金比羅坊が手を振った。

「これでも、わたしたち、結構、使えるんですよ。ねえ、お姉さん」と藤若が言った。

「しかし、その綺麗な顔に怪我でもされたら困りますからね」と太郎は首を振った。

「一座の者は皆、武器が使えます」と助六は言った。「左近は槍の名人、右近は剣の名人です。弥助は棒を使いますし、小助に三郎は剣、新八は手裏剣を使います。甚助は弓の名人です」

「なに、あの甚助さんが弓の名人?」と太郎は聞き返した。

 助六は頷いた。「結構強い弓を使って、狙った物は絶対にはずしません。それに素早くて、あっと言う間に数十本もの矢を射ます」

「そいつは凄い」

「相手は三十人もいるんですよ。味方だって多い方がいいでしょ」

「わかりました。考えておきます」

「わたしたちにも何か手伝わせて下さいね」と藤若がニコッと笑った。

「ええ、お願いします」と太郎は一応、頷いた。

 助六たちは一時(二時間)程、古寺で、太郎たちと過ごすと稽古があるからと言って帰って行った。助六は帰る時に、もう一度、絶対に手伝わせて下さいと言った。

 伊助も、また来るからと言って一緒に帰って行った。

「やはり、女子はいいもんじゃのう」と金比羅坊が助六たちの後ろ姿を見送りながら言った。

「そうやな‥‥‥」八郎も急に気が抜けたようだった。

「早く、阿修羅坊たちをやっつけねえと城下にも行けねえな」と風光坊も女たちの後ろ姿をいつまでも眺めていた。

「それにしても、助六殿はいい女子じゃのう」

「金比羅坊殿、助六殿に恋をしましたね」と太郎は笑った。

「何を言うか。ただ、いい女子じゃと言っただけじゃ」

「金比羅坊殿、まあ、いいやないですか」と八郎がなだめた。「でも、おらはお千代さんの方がええわ。可愛いもんな」

 女たちが消えて行った方を見つめている風光坊を見て、「お前は誰が好きなんや」と八郎は聞いた。

「俺は‥‥‥」と言ったきり風光坊は口ごもった。

 八郎はニヤニヤ笑いながら、「言わんでもわかるわ。太一さんやろ」と風光坊を肘で突いた。「お前は昨日、太一さんばかり見ていたからな」

「そんな事はない」と言いながらも風光坊は顔を赤くしている。

「隠す事はないわ。太一さんは別嬪やしな、好きになって当然や。でも、やっぱり、おらはお千代さんが一番や」

 古寺に戻って、女の事を何だかんだ話していると、ようやく、探真坊が戻って来た。

「お前、どこ、行ってたんや。ついさっきまで、いい女子が来てたのに残念やったな」

「女子?」と探真坊は皆の顔を見回した。

「伊助殿と助六殿たちが来てたんだ」と太郎が説明した。「御馳走を持って来てくれた。お前の分も取ってある。うまいぞ、食べろ」

「そうだったんですか。お師匠、裏山ですけど危険です。清水峠から楽に、丁度、この裏に出る事ができます」

「清水峠?」

「ええ。清水谷の道を真っすぐ行くと鯰尾(ねんび)という村に出るんですけど、その途中に清水峠があります。清水峠から南に谷の中に入って行くと、丁度、ここに出るんですよ」

「成程な、御苦労さん。腹減ったろう、まあ、食え」

「何や、お前、もう、そんな事、調べてたんか」

「探真坊にはちょっと休んでいて貰って、今度は、わしらでこの辺りを調べるか」と金比羅坊は言って立ち上がった。

「よし、行くぞ」と太郎も、風光坊と八郎を促した。





瑠璃寺



城山城




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