五年目の春
月日の経つのは速いもので、 サハチ(中山王世子、島添大里按司)は四十歳になり、長男のサグルーは二十二歳になった。サハチは二十一歳の時に佐敷按司になった。自分はどこか別の所に行って、 新年の儀式も無事に終わった。 首里グスクに挨拶に来た按司たちは去年、 去年、 正月の半ば、 「今年は誰がヤマトゥに行くのですか」とナツがサハチに聞いた。 「マチルギも京都に行きたいようだが、タチがいるから無理だろう。ヤグルー(平田大親)に頼むつもりだよ」 「 「行きたいが難しいだろう。伊平屋島の問題があるし、山南王も動き出しそうだしな」 「山北王と山南王を相手に 「山南王は首里グスクを諦めてはいないし、山北王は伊平屋島と 「首里グスクを奪い取ってから、今まで戦がなくて平和だったのに、また、戦が始まるのですね」 「琉球が統一されるまでは戦がなくなる事はない。統一するには敵を倒さなければならないんだ」 「五年後に山北王を倒して、その十年後に山南王を倒すのですか」 「五年後に山北王は倒すが、相手の出方次第では早まるかもしれない。山南王は、シタルーが亡くなれば妹婿の 「あっ、そうですね。豊見グスク按司が山南王になれば南部は平和になるわ。山南王は今、いくつなのですか」 「俺よりも十歳年上だから、今年、五十だよ」 「あと十年は生きますね」 「いや、シタルーはしぶといから、あと二十年は生きるかもしれないよ」 「二十年ですか‥‥‥話は変わりますけど、ササが持っているガーラダマ(勾玉)は、一千年以上も前に 「俺もササから聞いて驚いたよ。しかも、ササのだけじゃないんだ。 「不思議ですね。一千年以上も前のガーラダマが四つも揃うなんて奇跡じゃないの?」 「最初は馬天ヌルのガーラダマで、親父が 「えっ、 「そういう事になるな。親父は目に見えない大きな力に動かされているような気がしたと言っていた」 「不思議ですねえ」 「二番目は佐敷ヌルのガーラダマだ。馬天ヌルが各地のウタキ(御嶽)を巡る旅に出て、ヤンバル(琉球北部)に行って 「えっ、本当なの?」 「本当らしい。馬天ヌルは七年後に王様の偽者を殺した奴を調べるために 「誰も跡を継がなくて大丈夫なの?」 「アフリヌルの役目は、安須森ヌルのガーラダマを守る事だった。役目が終われば、跡を継ぐ者は必要ないのだろうと馬天ヌルは言っていた」 「安須森ヌルのガーラダマがどうして佐敷ヌルさんのものになったの?」 「馬天ヌルはガーラダマを渡された時、娘のササにあげようと思ったらしい。安須森ヌルのガーラダマを身に付けるという事は、安須森を守る事を意味している。ササならできるだろうと思ったようだ。当時、ササはまだ十歳だったけど、子供の頃からシジ(霊力)が強かったからな。ところが、旅から帰って来て、佐敷ヌルと出会って、安須森ヌルのガーラダマを渡すのは佐敷ヌルだとわかったらしい」 「どうして、わかったの?」 「馬天ヌルが言うには、ガーラダマがしゃべったという」 「そうだったのですか。あたしにはよくわからないけど、ササもガーラダマがおしゃべりするって言っていました。そうなると、佐敷ヌルさんは安須森ヌルを継ぐ事になるのですか」 「そうかもしれない。馬天ヌルは佐敷ヌルにガーラダマをあげた時、アオリヤエの事は伝えずに、ただ古いガーラダマで、あなたによく似合うと言っただけだった。ササのお陰で、ガーラダマのいわれがわかって、馬天ヌルは佐敷ヌルに安須森ヌルの事を話したようだ。佐敷ヌルはガーラダマを見つめて、それがわたしの使命なのねと言ったらしい」 「そう。受け入れたのね。今帰仁を倒したあと、佐敷ヌルさんはヤンバルに行ってしまうのですね」 「しばらくは向こうにいるだろうな。そして、娘のマユに安須森ヌルを継がせるのだろう」 「そうか。マユちゃんがアオリヤエになるのね」 サハチはうなづいて、「三つめのガーラダマは、島添大里ヌルのサスカサに代々伝わってきて、今、娘のサスカサが持っている」と言った。 「島添大里ヌルも古くからあるヌルだったのですね」 「ササが豊玉姫様から聞いた話によると、スサノオ様との交易が始まった時、ヤマトゥから来る船を見つけるために、ここにグスクを築いて、身内の者を按司にしたらしい。そして、按司を守るヌルもできて、代々『サスカサ』という神名を名乗っていたようだ。四つめは、ササが 「ササがガーラダマを見つけた時、 「そうかもしれんな」 地震だけでなく、親父が隠居して旅に出たのも、馬天ヌルがウタキ巡りの旅に出たのも、 「ササのガーラダマは 「若ヌルって、 「そうだ。マタルーの娘のチチーだよ。まだ九歳なんだ。その子をササが一人前のヌルに育てるというわけだ」 「ササに育てられるチチーも可哀想な気がするわ。でも、立派なヌルになるでしょうね」 侍女が 「まあ、お茶でも飲め」とサハチはウニタキを迎えた。 「いらっしゃい」と言いながらナツが茶碗を取りに立った。 「何かあったのか」とサハチは聞いた。 「ちょっと、お前の耳に入れておこうと思ってな」 「シタルーが動いたのか」 「いや、シタルーは動かんが、山北王の兵が 「山北王の兵?」 「五十人が来て、今、造っている 「シタルーは山北王の兵を使って 「回りの按司たちに、山北王が付いているという事をみせたいのだろう。米須按司と玻名グスク按司が寝返ったので、 「真壁按司と伊敷按司は寝返るのは難しいだろう。 「そこで、真壁按司も伊敷按司も新しいグスクを築いている。表向きは、米須按司と 「どこにグスクを築いているんだ?」と言って、サハチは絵地図を広げた。 「真壁按司は サハチは絵地図に印を付け、「南部ではグスク造りが流行っているようだな」と笑った。 ナツが戻って来て、ウニタキにお茶を入れて、「ごゆっくり」と言って去って行った。 ウニタキはナツにお礼を言って、お茶を飲んだ。 「お前に知らせたかったのは、その事ではないんだ。ファイチ(懐機)の娘のファイリン(懐玲)の事なんだよ」とウニタキは言った。 「ミヨンとファイリンは本当の姉妹のように仲がいいんだ。ミヨンから聞いたんだが、ファイリンはシングルーが好きらしい」 「何だって、マサンルー(佐敷大親)の長男のシングルーか」 サハチは驚いて、ウニタキを見た。 ウニタキはうなづいた。 「お互いに相手が好きなようだ」 「ファイリンはいくつになったんだ?」 「十五だ。来年は嫁入りを考えてもいい年頃だよ」 「シングルーはチューマチより一つ年下だったな。奴も十五か」 「ああ、同い年だ」 「そうか。ファイリンをチューマチの嫁にもらおうと思っていたんだが、シングルーに取られたか」 「以前、お前からその話を聞いていたんで、一応、耳に入れておいた方がいいと思ったんだよ。シングルーなら身内だし、このまま見守ってやった方がいいじゃないかと思ってな」 「そうだな。お前はファイチと親戚になった。俺もファイチと親戚になりたいと思っていた。マサンルーの倅と一緒になってくれればそれでもいい。ファイチが中山王の身内になってくれれば、それでいいんだ。ファイチを手放したくはないからな」 ウニタキは満足そうにうなづいた。 「チューマチだって、ファイリンとシングルーが仲のいいのは知っているだろう。二人の仲を裂いてまで、一緒になろうとは思うまい」とサハチは言った。 チューマチもシングルーも共に、ソウゲン(宗玄)の屋敷に通って読み書きを習っていた。ファイリンは佐敷から通って来るシングルーと出会って仲よくなったのだろう。 次の日、サハチはウニタキと一緒に首里グスクに行った。 まずは伊平屋島の問題だった。伊平屋島から追い出された人たちの中で、ほとんどの男は帰って行ったが、女子供に年寄りはまだ首里に残っていた。夏には戦が始まるので、決着が付くまでは避難していた方がいいだろう。 「山北王も簡単には諦めんじゃろう」と思紹が絵地図を見ながら言った。 「戦が長引くと被害も増える。夏になったら、山北王は次から次へと船を送って攻めるじゃろう。伊平屋島だけでなく、伊是名島も攻め、海上での戦も起こるかもしれんのう」 「ヒューガ(日向大親)殿に頑張ってもらいましょう」とサハチは言った。 思紹はじっと絵地図を見つめてから、「ここを攻めたらどうじゃ」と指を差した。 思紹が指差したのは 「与論島を攻めてどうするんです?」とサハチは聞いた。 「奪い取るんじゃよ」と思紹は言った。 皆が驚いて、思紹を見た。 「与論島は昔、 「あたしが行った時は、山北王の親戚が与論按司だったわよ」と馬天ヌルが言った。 「叔母さん、与論島に行ったのですか」とサハチは驚いた。 「ヤンバルでお世話になったアフリヌルが顔が広くてね、アフリヌルの紹介でウミンチュ(漁師)に頼んで行ったのよ。綺麗な島だったわ。与論ヌルの案内でウタキ巡りもしたわ。与論ヌルは勝連按司の一族だったわよ。勝連按司の一族はみんな殺されたようだけど、与論ヌルだけは若ヌルを育てるために生き残ったみたい」 「与論ヌルとはどんな女なんだ?」と思紹が聞いた。 「 「そのヌルの名前は、マトゥイという名ではありませんでしたか」とウニタキが身を乗り出して聞いた。 「そうよ。 「俺の 「あなたの従妹だったの‥‥‥」と馬天ヌルはウニタキを見つめた。 ウニタキは笑って、「勝連での楽しい思い出は、マトゥイと一緒に遊んだ事だけでした」と言った。 「もし、そのヌルが今も生きていれば、使えそうだな」と思紹が言った。 「与論島を何としてでも奪い取るんじゃ。そして、与論島を返すから、伊平屋島と伊是名島から手を引けと山北王に言うんだ。いやだと言ったら、伊平屋島と伊是名島の者たちを与論島に移せばいい」 「敵の目を伊平屋島に向けておいて、与論島を攻め取るんですね?」とサハチが言った。 「そうじゃ。浮島(那覇)からでなく、勝連から船を出せば、敵にはわかるまい」 サハチはうなづいて、「与論島の兵力はわかるか」とウニタキに聞いた。 「詳しい事はわからんな」とウニタキは首を振った。 「俺が 「今の与論按司は山北王の一族なんだな?」 「山北王の叔父だ。兄貴が 「与論島の兵力、グスクの様子などを調べてくれんか」と思紹がウニタキに言った。 「わかりました」とウニタキはうなづいて、「与論島を攻めるのは五月ですね?」と聞いた。 「そうじゃのう。梅雨が明けた頃になるじゃろう。与論島に送る兵力は百人といったところじゃな。与論按司のグスクは島の南側の崖の上にある。小さなグスクだが、敵が ウニタキは厳しい顔付きでうなづいた。 「頼むぞ」とサハチはウニタキに言った。 「次は 「四回ですか」とサハチは思紹を見た。 「一月と三月に送り、九月と十一月に送るんじゃ。一月に行った船は六月に戻り、三月に行った船は八月には戻るじゃろう」 「船は何とかなっても、使者が足りませんよ」とサハチは言った。 「去年、副使として行った者を正使に昇格すればいい」 「それで大丈夫でしょうか」 「やらせてみろ。器を与えれば、人はそれなりに成長するもんじゃ」 サハチは思紹を見つめてうなづいた。 「ヤマトゥ旅と 「サムに頼むのか」と思紹は言って、「それはいいかもしれんのう」とうなづいた。 「ヤマトゥ旅はヤグルーに頼もうと思っていますが、問題は京都の行列です。去年は今いちだったというので、今年は変えようと思っています」 「何を変えるの?」とマチルギが聞いた。 「まず、テピョンソ(チャルメラ)をやめて、 「どうして、『三つ巴』の旗をやめるの?」 「三つ巴の紋は、ヤマトゥの神社でよく見かける紋なんだよ。『三つ巴』はやめて、龍の絵を描いた旗を持たせようと思っているんだ」 「龍の旗か」と思紹は言って、「そいつはいいぞ」とうなづいた。 「わしは『 「新助と 「三弦は誰が教えるの?」とマチルギがウニタキを見ながら聞いた。 「そうだ。お前が与論島に行ったら教える者がいなくなるぞ」とサハチはウニタキに言った。 「大丈夫だ」とウニタキは笑った。 「旅芸人の中に三弦が弾ける者が二人いる。それに、ミヨンもウニタルも教えられる」 「三弦はあるの?」とマチルギは聞いた。 「それは大丈夫だ」とサハチが答えた。 「中グスク その後、伊平屋島に送る兵の大将と与論島に送る兵の大将を相談して、伊平屋島救援の大将は首里四番組の |
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