サグルーの長男誕生
三月十五日、 マーシの父親は マーシは浦添グスクの 浦添グスクが焼け落ちても、 勝連グスクにも父を殺した新しい中山王(思紹)の家臣が後見役としてやって来た。マーシと母は悲しみに暮れながら、城下の屋敷で心細く暮らしていた。 去年の二月、若按司が突然、病死してしまった。城下の者たちは勝連の呪いはまだ解けていないと騒いだ。マーシは『勝連の呪い』なんて知らなかった。話を聞いてみると、五年前の六月、奇病に罹って勝連按司と若按司夫婦が亡くなった。七月には、勝連按司を継いだ弟が若按司と一緒に、やはり奇病で亡くなった。そして、その跡を継いだ弟は翌年の二月、首里の マーシは心配になって、伯母の勝連ヌルに呪いの事を聞いた。もう呪いはないと伯母ははっきりと言った。恐ろしいマジムン(悪霊)は退治したので大丈夫、若按司が亡くなったのは呪いとは関係ない、ただの 首里から来ている後見役の息子と一緒になってくれと大叔父の マーシは母に説得された。あなたがお嫁に行かないと勝連の血は滅んでしまうと言われた。 「百年以上も代々続いて来た勝連按司の一族は滅んでしまうのよ。一族のために、あなたが男の子を産んで、その子を按司にしなければならないの。あなたは按司の母親として、勝連を守っていかなければならないのよ」 按司の母親として勝連を守っていくという言葉にマーシの心は動かされた。勝連に来てから、何の望みもなく生きて来た。勝連に来たのは、一族を守るためだったのかもしれないと思ったマーシは、お嫁に行く事を決心した。 後見役は勝連按司になり、マーシの婚約相手は若按司となった。そして一年が過ぎて、婚礼の日を迎えたのだった。 婚礼の日までの一年間で、マーシはジルーと仲よくなっていた。婚約が決まって、初めてジルーに会いに行った時、後見役の屋敷の庭では、娘たちが剣術の稽古に励んでいた。マーシは驚いて、木剣を振っている娘たちを見ていた。 娘たちがどうして剣術の稽古をしているのか、マーシにはわからなかった。浦添にはそんな娘はいなかった。 娘たちに剣術を教えている女武芸者が、「あなたも一緒にやりますか」とマーシに声を掛けて来た。 マーシはうなづいた。剣術を習って強くなれば、今まで諦めていた父や兄の マーシは初めて木剣を手にして、女武芸者に教わりながら木剣を振って汗を流した。 娘たちは皆、家臣たちの娘で、マーシと同じくらいの年の子もいて、すぐに仲よくなった。娘たちの話から、女武芸者が後見役の奥方だと知って驚いた。奥方の方も、突然現れた娘が息子の婚約者だと知って驚き、ジルーに会わせてくれた。 ジルーは城下のはずれにある読み書きの師匠のクーシの屋敷に住み込んで勉学に励んでいた。今までもクーシから読み書きを習っていたが、急遽、若按司になったため、一人前の若按司になるために読み書きだけでなく、様々な事を教わっていた。 マーシが初めて見たジルーは弓矢の稽古をしていた。勝連按司は代々弓矢の名手で、勝連按司になった後見役も今、弓矢の稽古に励んでいるという。母親からマーシを紹介されたジルーは、驚いた顔をしてマーシを見て、「よろしくお願いします」と言って笑った。 さわやかな笑顔だとマーシは思った。敵の息子を一目見てやろう。いやな奴でも勝連のためにじっと我慢しなければならないと思ってやって来たのだが、驚きの連続で、そんな事はすっかり忘れ、マーシは素直な気持ちで、「こちらこそ、よろしくお願いします」と言っていた。 マーシは毎日、ジルーの母親のマチルーのもとに通って、娘たちと一緒に剣術を習い、時々、クーシの屋敷に顔を出して、ジルーと色々な事を話して過ごした。 ジルーは若按司になる事に戸惑ったという。父は後見役に過ぎず、若按司が按司になったら勝連を離れて首里に戻るはずだった。ジルーは船乗りになって、 婚礼の日、ジルーとマーシは仲睦まじく、祝福してくれる城下の人たちに挨拶をして回った。サハチとマチルギも、中グスク按司のクマヌも、いいお嫁さんをもらったなと喜んだ。 勝連の婚礼から五日後の二十日、首里で『丸太引き』の 二十四日には、去年の十月に明国に行った 「あれと同じ物をいくつも作って、来年の正月は大通りで舞わせればいい」とタブチは言った。 サハチはタブチにお礼を言って、「来年は都らしい正月になりそうだ」と喜んだ。 シンシンはシラーとの再会を喜んで泣いていた。シンシンがヤマトゥ旅に出る時に別れ、帰って来たら、シラーは明国に行っていた。一年近く会っていなかった二人は、改めて相手の存在の大きさを知って、別れる前よりも相手を大切に思うようになっていた。 タブチが帰って来た事により、イハチ(サハチの三男)と 四月五日、首里の御内原でサグルーの長男が誕生した。待望の息子は祖父であるサハチの名前をもらって、『サハチ』と名付けられた。自分と同じ名前の孫を抱きながら、お前のために、何としてでも琉球を統一しなければならない、とサハチは改めて肝に銘じていた。 十日には今年二度めの進貢船が出帆した。正使は その二日後、イハチの婚礼が島添大里グスクで行なわれ、具志頭から花嫁のチミーが嫁いで来た。花嫁の先導役はタブチが務めて、島添大里グスクまで連れて来た。島添大里では久し振りの婚礼だったので、花嫁行列を見るために沿道は人々で埋まり、城下の人たちに大歓迎されて花嫁は東曲輪に入った。東曲輪で一休みした花嫁は、二の曲輪に移って婚礼の儀式を行なった。佐敷ヌルとサスカサ(島添大里ヌル)によって、家臣たちが居並ぶ中、厳かに儀式は行なわれ、イハチとチミーは夫婦となった。 イハチもチミーも相手を見るのはこの時が初めてで、イハチはチミーを想像していたよりも可愛い娘だと満足し、チミーはイハチを見て、何となく頼りない男だと少し不満に思っていた。それでも、 儀式が終わると東曲輪が開放されて、城下の人たちに酒や餅が振る舞われ、新郎新婦は挨拶をして回った。 「頼もしいお嫁さんが来たわね」とマチルギは嬉しそうだった。 「女子サムレーたちの弓矢の指導を頼んだらいい」とサハチは言った。 「そうね。首里に連れて行こうかしら」 「おいおい、新婚さんの邪魔をするなよ」 「冗談よ」とマチルギは笑った。 イハチの婚礼が終わったあと、梅雨に入ったようで雨降りの日が続いた。サハチは忙しい日々を送っていた。進貢船の準備とヤマトゥに行く交易船の準備、それに 佐敷グスクのお祭りは、幸いに雨は降らなかった。お芝居の演目は『 神様が心配するほど、『舜天』の名は知られてはいなかった。一部のヌルが知っている程度だったが、間違ったまま後世に伝えられたら歴史が歪んでしまうので、今のうちに訂正しておいた方がよかった。 ササは舜天の父親の『シングーの十郎』の事を中グスク按司のクマヌに聞いていた。熊野の山伏だったクマヌは 舜天の父親の事はまだよくわからないので、お芝居には出さずに、舜天が ヤマトゥから理有法師がやって来て、妖術を使って 島添大里グスクのお祭りで演じた『 佐敷のお祭りが終わると佐敷ヌルとユリは ササやサハチからヂャンサンフォンのもとで一ヶ月間、修行を積めば体が軽くなって、以前よりも自由に体が動かせるようになると聞いていて、早く教えを受けたかったのだが、ヂャンサンフォンは一昨年はサハチと一緒にヤマトゥに行き、去年は思紹と一緒に明国に行ってしまい、教えを受けられなかった。今年こそは念願がかなえられる、と佐敷ヌルとユリは娘をナツに預けて与那原グスクへと飛んでいった。佐敷ヌルがメイユー(美玉)から預かっているシビーも一緒に行った。シビーは去年の十一月に、サスカサと一緒に その頃、ンマムイ(兼グスク按司)の新しいグスクが南風原に完成して、『 今年の『ハーリー』はまだ梅雨が明けていなかった。雨が降る中、行なわれたが、相変わらず大勢の人が集まって賑わったという。中山王の その事を知らせに来たウニタキ(三星大親)の配下のシチルー(七郎)は、山北王の娘を嫁にもらった山南王の三男が、完成した シチルーは『 ウニタキの配下の四天王はシチルーの他に、チュージ(忠次)、アカ−(赤)、タキチ(太吉)がいて、チュージが首里、アカ−が島尻大里、タキチが 「今帰仁から来て保栄茂グスクに入った兵たちの大将は 「察度の娘が永良部按司に嫁いでいたのか」とサハチは驚いた。 「俺も驚きましたが、山南王の 「シタルー(山南王)と永良部按司がつながっていたとは知らなかった。本部のテーラーも保栄茂グスクに入ったのか」 「いいえ、入ってはいません。テーラーは梅雨が明けたら今帰仁に帰ると思います」 テーラーが今帰仁に帰ったあと、伊平屋島を攻めて来たら面倒な事になりそうだとサハチは思った。 「ところで、 首里の城下に屋敷を用意したのだが、久高島参詣から帰って来ると与那原グスクに行ってしまった。ヂャンサンフォンの指導を受けるという。 佐敷グスクのお祭りには、慈恩禅師もヂャンサンフォンと一緒にやって来た。二、三日前、ンマムイが来て、慈恩禅師が一人で旅に出たらしいと言った。サハチが驚いて詳しく聞くと、ヂャンサンフォンは今、佐敷ヌルとユリとシビーと 「慈恩禅師殿は今、 「越来グスク?」 意外な答えに戸惑ったが、越来按司も それから四日後、五十人の兵を乗せた船が二隻、小雨の降る中、伊平屋島に向かった。梅雨が明けるのを待ってはいられなかった。山北王の兵たちより先に着かなければならない。 同じ日、勝連からは五十人の兵を乗せた船が二隻、与論島に向かった。 |
勝連グスク
兼グスク