鉄炮
側室のハルはほとんど佐敷ヌルの屋敷に入り浸りで、二人の侍女も佐敷ヌルを尊敬したようで、真剣に 石屋のクムンは職人たちと一緒に、 「タラ タラ爺は、「石の声を聞け」とよく言っていた。石もしゃべるのかとサハチ(中山王世子、島添大里按司)は感心し、タラ爺の見事な仕事振りを見ながら、 ウニタキ(三星大親)は本当に 「ファイチは連れて行かなかったのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「ファイチも誘ったんだが、忙しいから妻と娘を頼むって言われたよ」 「ワンマオ(王茂)が 「ああ、元気だよ。リリーは早く仕事に復帰したいようだが、今は子育てに専念している」 「そうか。きっと、母親に似て、足の速い娘になるだろう」 「そうだな。お前の息子はまだ首里にいるのか」 「乳離れしたら、こっちに連れて来るそうだ」 「可愛い側室が来たそうだな」とウニタキは笑った。 「会ったのか」 「いや、シチルーから聞いたんだよ。配下の者に見張らせているが、今の所、怪しい素振りはないようだ」 「石屋の方はどうだ?」とサハチは聞いた。 「石屋も今の所は 「そうか。侍女から石屋を通して、シタルー(山南王)に知らせるという流れだな」 「側室なんだが、シタルーはタブチ(八重瀬按司)にも贈っているぞ。ハルと同じように 「なに、シタルーは兄貴に側室を贈っているのか」 「 「タブチは受け取ったのか」 「ああ、喜んで受け取ったようだ。そして、タブチもシタルーに側室を贈っている」 「兄弟で何をやっているんだ」 「タブチも山南王の座を諦めていないのだろう。島尻大里グスクに味方を送り込めば、シタルーの隙を見て、グスクを奪い取る事もできるからな」 「シタルーが贈った側室は 「同盟を結んだお陰で、あちこちで動きが始まった。仲直りしようと笑いながら、裏では相手を倒す計画を練っている。面白くなって来たな」 「シタルーで思い出したんだが、お前に聞きたい事があったんだ。 「シタルーの側室だろう」とウニタキは知っていた。 「ハルは幼い頃、両親を亡くして、座波ヌルの世話になっていたらしい」 「ほう、そうだったのか。すると、シタルーはハルの才能を見抜いて粟島に送ったのかな」 「ハルが粟島に行ったのは四年前だ。その前に、シタルーは座波ヌルを側室にしたという事になる」 「いや、もっと前だぞ。あれは確か、ンマムイ(兼グスク按司)の 「シタルーは今も座波ヌルのもとに通っているのか」 「去年、座波ヌルが亡くなって、若ヌルは座波ヌルを継いだんだ。先代が亡くなった後は頻繁に出入りしているようだ。グスクにも側室は何人もいるんだが、中山王と同じように、王様になるとグスクから出たくなるらしいな」 ウニタキは笑って、「 「タブチを守ってくれよ」とサハチはウニタキの背中に声を掛けた。 ウニタキは、「わかっている」と言うように手を振った。 ウニタキが帰ったあと、サハチはナツを連れてグスクを出た。子供たちは佐敷ヌルの屋敷で遊んでいるという。 「散歩にでも行くか」とサハチが言うと、 「どういう風の吹き回しですか」とナツは 「お前に子供たちの面倒を任せっきりだからな、たまには息抜きした方がいいと思ったんだよ」 「まあ」と笑って、ナツは嬉しそうにサハチに付いて来た。 「二人だけで散歩するなんて久し振りですね」 「ただの散歩じゃないんだよ」とサハチは言った。 「えっ?」とナツはサハチの顔を見た。 「チューマチの事なんだ。来年、 「でも、ジルムイやイハチがグスクを持っていないのに、チューマチだけグスクを持つなんて、おかしくないですか」 「ジルムイは首里のサムレーになっていて、イハチは島添大里のサムレーになっている。チューマチも島添大里のサムレーにするつもりだったんだが、お嫁さんが山北王の娘となるとそうもいくまい」 「クルーの奥さんは山南王の娘だけど、佐敷グスクの東曲輪にいますよ」 「そうか。チューマチにグスクを築くのなら、クルーにも築かなければならんな」 「そうですよ。チューマチより先に、クルーのグスクを築くべきです」 サハチとナツは話をしながら、島添大里グスクの東側にある見張り小屋の所に来た。 「ここに建てたらどうかと思ったんだ」とサハチはナツに言った。 「ここにチューマチのグスクを?」 「そうだ。島添大里グスクの出城だな」 サハチは周辺を歩いてみた。所々に岩が出ているが、整地をすればグスクが築けそうだと思った。 「 サハチも海の方を見た。 「今度、子供たちを連れて津堅島に行くか」 「ほんと?」 「ああ。次の進貢船の準備が終わったらな」 「お婆が歓迎してくれるわ」 サハチは笑って、「もう一カ所あるんだ」と言った。 サハチはナツを連れて、来た道を戻った。 グスクまで戻って、城下の村を通り越して行くと小高い山がある。『ギリムイグスク』と呼ばれて、島添大里按司が玉グスク按司と争っていた百二十年ほど前、大グスクに対する守りとして築かれたグスクだった。玉グスクの若按司が 細い道を登って行くと古い石垣が残っていて、それなりの広さもあったが、眺めはあまりよくなかった。 「サスカサが神様から聞いた話によると、このグスクは島添大里グスクよりも古いらしい。島添大里グスクには『月の神様』を祀ったウタキがあるので、男は入る事ができず、最初はここにグスクを築いたのかもしれないとサスカサは言っていた」とサハチはナツに説明した。 「ここよりは見張り小屋の所の方がいいわよ」とナツが言った。 「そうだな」とサハチはうなづいて、「この石垣の石は使えそうだな」と言った。 翌日、サハチは首里に行き、 「佐敷グスクの東曲輪には、やがて、マサンルーの子供たちが入る事になる。いつまでも、あそこにいるわけにはいかないんだ。お前もどこかに拠点を持って独立した方がいい」 サハチがそう言うと、クルーは少し考えてから、 「手登根?」 「ササが『セーファウタキ(斎場御嶽)』に行く時、手登根から山を越えて 「お前が道を作るのか」とサハチは意外な答えに驚いてクルーを見ていた。 「セーファウタキは御先祖様がいらっしゃる重要なウタキだとササは言っていました。セーファウタキまでの道をちゃんと作って、セーファウタキを守らなければなりません」 「そうだな。御先祖様の サハチはクルーと一緒に手登根まで行って、グスクを築く場所を決めて、「縄張りを考えて、親父の所に持って行け」と言った。 七月になって、九月に送る進貢船の準備でサハチも忙しくなり、首里にいる事が多くなった。 久し振りに島添大里に帰ると、佐敷ヌルとユリはシビーを連れて、 ハルと侍女が 「おしゃべりばかりしていて、時々、うるさいって思ったけど、いなくなると寂しいわね」とナツは言った。 「ハルは刺客だと思うか」とサハチはナツに聞いた。 「違うと思います。あの 「侍女の二人はどうだ?」 「あの二人も違います。ハルと違って、あの二人が 「その特別なお稽古というのが、刺客を育てている所だな」 「多分、そうでしょう。侍女の二人は選ばれなかったらしいですよ」 「成程な、自分でも言っていたが、侍女たちよりも強いというのは本当らしいな」 「シビーと剣術の試合をしたんだけど、簡単に勝っていました。シビーは悔しがって、夜遅くまでお稽古に励んでいますよ」 「そうか。いい競争相手ができたな。シビーも強くなるだろう」 七月の半ば、今年も三姉妹がやって来た。今年は三隻の船で来て、一隻は サハチたちは驚いて、一体、どうやってそんな事ができたのかを聞いた。 三年前、ウニタキが タージーから帰って来た船の一隻が、報酬の事で船主と船乗りが争い、船乗りが怒って船を降りてしまい、街から離れた 船を守っている兵は二十人ほどいたが、無事の帰国を喜んで、酒を飲んで酔い潰れていた。思っていたよりも簡単に奪い取る事ができたという。 「凄いお宝がたっぷりと積み込まれているわ」とメイファン(美帆)は笑った。 メイファンは今年もチョンチ(誠機)を連れてやって来た。メイリン(美玲)はスーヨン(思永)を連れ、メイユー(美玉)とリェンリー(怜麗)は今年も そして、奪った船に乗っていたという 物凄い爆発音がして鉄の玉が遠くに飛んで行き、海の中に落ちて行った。 その船にはサハチ、思紹、 「凄いのう。こいつがあれば敵の船を沈めるのはわけないのう」とヒューガは言った。 「敵を脅す効果はありますが、敵の船に当てるのは難しい」とジォンダオウェンは言った。 「飛ぶ距離は鉄炮の角度で決まります。思い通りの所に玉を飛ばすには、稽古を重ねるしかありませんが、火薬が貴重なので、稽古も思い通りにはできません」 ジォンダオウェンが持って来た火薬は二十回分くらいだという。 「敵の船に当たらなくても、充分に脅しとして使えるじゃろう」とヒューガは言った。 「こいつはグスク攻めにも使えるな」と苗代大親が言った。 「船よりグスクの方が大きいから、どこかに当たるじゃろうな」と思紹は言った。 思紹はジォンダオウェンに火薬を手に入れるように頼んだ。 タージーまで行って来た船には、見た事もないお宝がいっぱい積んであった。象の牙だという メイユーは島添大里グスクには来なかった。メイユーとハルを会わせたら危険だとマチルギが言って、メイユーは首里にある島添大里按司の屋敷に入った。 三姉妹は旧港から来た商人という事になっているが、明国の海賊だという事がシタルーにばれてしまうと、シタルーから明国の役人に伝わり、三姉妹の本拠地が永楽帝に狙われる恐れがある。それに、中山王が密貿易をしている事がばれれば、進貢もできなくなるかもしれなかった。 サハチが首里の屋敷に顔を出すと、メイユーだけでなく、リェンリーとユンロンもいた。 「佐敷ヌルと一緒にお祭りの準備ができないのは残念だったな」とサハチが言うと、 「楽しみにしていたのよ」とメイユーは言った。 「マシュー(佐敷ヌル)に会いにも行けないなんて寂しいわ。ナツにも子供たちにも会えないの?」 「子供たちの口はふさげないからな。メイユーが子供たちに会うと子供たちも喜ぶんだが、ハルにメイユーの事を色々と話してしまうかもしれないんだ。俺も今は忙しくて、なかなか島添大里には帰れない。メイユーがここにいてくれた方がいい」 「 「マチルギはタチの面倒を見なければならないので、今はグスク内の 「そう。今年はここで、笛のお稽古をしながら、のんびりする事にするわ」とメイユーは笑って、腰に差していた横笛をサハチに見せた。 「船の上でお稽古したのよ」 「メイユーも笛を始めたか」とサハチは笑った。 「あたしたちも始めたのよ」と言って、リェンリーとユンロンも笛を見せた。 「笛があると長い船旅も楽しくなるだろう」とサハチが言うと、三人は笑ってうなづいた。 「メイユー」と呼ぶ佐敷ヌルの声がして、縁側の方を見ると、佐敷ヌルとシビーが顔を出した。 「マシューにシビー」と言って、メイユーは縁側まで行って再会を喜んだ。 シビーがヂャンサンフォンのもとで修行を積んだ事を聞くと、「もう、あなたはあたしの弟子ではないわ。ヂャン師匠の弟子よ」とメイユーはシビーに言った。 「あたし、やりたい事がみつかったんです」とシビーは言った。 「 「シビーがあたしの跡を継いでくれるって言ったのよ」と佐敷ヌルが嬉しそうに言った。 「あたしはあと何年かしたらヤンバル(琉球北部)に行かなければならないの。シビーがあとを継いでくれれば安心してヤンバルに行けるわ」 「どうしてヤンバルに行くの?」とメイユーが聞いた。 佐敷ヌルはガーラダマ(勾玉)を見せて、その由来を話した。 佐敷ヌルの話が一段落すると、サハチは佐敷ヌルにハルの事を聞いた。 「ハルはヂャン師匠の武当拳に夢中になっているわ。あの娘、体は柔らかいし、物覚えはいいし、素質は充分にあるわ。何より、心が綺麗だから、眠っている才能を呼び覚ます事もできるかもしれないってヂャン師匠が言っていたわ」 「心が綺麗か‥‥‥侍女たちも夢中になっているのか」 「侍女たちは武当拳よりもお祭りの準備が好きみたい。二人とも縫い物が得意なのよ。お芝居の衣装を作ってもらっているの。色々と手伝ってくれるので助かっているわ」 「そうか。三人の事、よろしく頼むぞ」 「ええ、大丈夫よ」 その夜、ヤマトゥ酒を飲みながら、女たちは遅くまで語り合っていた。前日の寝不足がたたって眠くなり、サハチは先に休んだ。 |
島添大里グスク