ミナミの海
ナツと話をしていたサスカサは、サハチを見ると急に目をつり上げて、「あたしよりも年下の娘を側室に迎えるなんて許せない」と鬼のような顔をして騒いだ。 その顔は母親のマチルギにそっくりだと思いながら、 「サスカサの気持ちになってみれば当然の事ですよ。あたしだって、サスカサに認めてもらうまで時間が掛かったもの」 「そうだったのか」とサハチはナツの顔を見ていた。 サスカサの気持ちなんて、今まで考えてもいなかった。 「あたしが側室になった時、サスカサはヌルの修行中でいなかったわ。サスカサになって戻って来た時も、口に出して言わなかったけど、あたしを憎んでいるようだったのですよ。時が解決してくれて、今では仲良しになれましたけど、サスカサもまだ若かったし、心の中で サハチはサスカサに会いに行ったが、サスカサは一言も口を利いてはくれなかった。 次の日、ササたちが久高島に行こうとサスカサを誘いに来た。サスカサはハルの事をササに告げた。ササも驚いて、佐敷ヌルの屋敷にいるハルに会いに行った。 佐敷ヌルがハルにササたちを紹介した。 「 ササがスヒターとシャニーとラーマを紹介した。 噂には聞いていたが、外国から来た娘たちを目の当たりにして、ハルは声が出ないほどに驚いていた。 ササはハルを誘って外に出た。決闘でも始まるのかと、みんながぞろぞろとあとを追うと、二人は ササが物見櫓から飛び降りると、ハルも負けじと飛び降りた。二人とも見事に着地して笑い合った。 「大丈夫よ」とササはサスカサに言って笑った。 サグルーの屋敷から、 「ササ、帰って来たのか」と近づいて来た。 「どうして、サタルーがここにいるの?」とササは驚いた顔で聞いた。 「お前に会いたくなってな」とサタルーは笑ってから、「ナナさん、お久し振りです」とナナに挨拶をした。 「何を言っているのよ。ナナに会いたくて来たんでしょ」 「ササったら何を言っているの」とナナが顔を赤らめた。 「これから久高島に行くのよ。帰って来るまで待っていてね」 「久高島か、いいな。俺も一緒に行くよ。女だけだと心配だからな」 ササは笑いながら、「いいわ。あたしたちの護衛を頼むわね」と言った。 兄の出現で、話が中断してしまった。サスカサには何が大丈夫なのかわからなかった。ハルと何を話したのか、ササに聞いた。 「あんたのお父さんの事が好きかって、聞いたのよ。そしたら、あの 好きか嫌いかの問題じゃないけどとサスカサは思った。 「幼い頃に両親を亡くして、 サスカサはうなづいて、ササたちと一緒に久高島に向かった。 サタルーは荷物持ちをやらされた。ササはフカマヌルへのお土産を馬の背に積んで来たのだが、その荷物をサタルーに背負わせた。サタルーは任せておけと引き受けた。奥さんがいるのに、ナナと楽しそうに話をしているサタルーを見ながら、お父さんに似たのかしらとサスカサは思っていた。 サスカサは久高島のフボーヌムイで、御先祖様の 「あの人は、平家を倒さなければならないと、いつも言っていました。願いがかなったのですね。本当によかった」と大里ヌルは涙声で言って、ササとサスカサに感謝した。 今の大里ヌルにも挨拶をして、フカマヌルに旅の話を聞かせた。スヒターたちも久高島に来て喜んでいた。 サタルーは女たちに囲まれて、始終、ニコニコして楽しそうだった。気持ちが素直というか、ナナが好きなのが見え見えで、ナナもサタルーが好きなようで、あんな女らしいナナを見たのは初めてだった。 サスカサがサタルーに会ったのは サタルーの名は兄のサグルーから聞いていた。サスカサはサタルーを迎えて、サグルーの屋敷に連れて行った。妻のマカトゥダルがサグルーを呼びに行って、サグルーはすぐに現れた。サグルーはサタルーとの再会を喜んでいた。サスカサはサタルーを兄だと認めたが、母と出会う前に、父が二人も子供を儲けたなんて許せないと、さらに父に対する怒りが募った。 久高島から帰るとサスカサはハルを連れて、佐敷グスクの 「 そうササに言われて、頭ではわかっていても、心では許せなかった。 翌日、サスカサがハルと一緒に島添大里グスクに帰ると、サタルーは奥間に帰ったとサグルーから聞いた。 「楽しい思い出ができたと喜んでいたよ」とサグルーは言った。 年が明けて、 例年のごとく新年の儀式が行なわれ、サハチは ジャワの三人娘は 正月の十八日、去年の九月に送った 使者のサングルミー( 「いつもだと夏に帰って来ると、その冬には次の航海に出掛けていたのですが、今回は少し間を置くようです。三回も続けざまに行ったので、船も大分、傷んできたのでしょう。まだ、いつ行くとは決まっていないようですが、四度目の航海はさらに西の国を目指すようです」 「ムラカ(マラッカ)の王様が来たと聞いたが、その王様もまだ応天府にいるのか」 「いえ、永楽帝から進貢船を賜わって、その船に乗って帰ると聞いています。もう帰ったんじゃないでしょうか」 「そうか。今、ヤマトゥに行ったジャワの使者たちが『天使館』に滞在しているんだ。ファイチが話をつけて、次に来る時はヤマトゥまで行かずに琉球に来る事になったんだ」 「それはよかったですね。琉球も 「中継貿易?」 「そうです。たとえば、シュリーヴィジャヤ国の 「成程な、中継貿易か。ヤマトゥからは何もしなくても来るからいいが、南蛮の国々に、琉球に行けばヤマトゥの刀が手に入ると宣伝しなければならんな」 「明国に行く使者たちにも、応天府の 「そうだな。そう言えば、礼部のヂュヤンジン殿は元気でしたか」 「忙しいと言って走り回っておりました。聞いた事もないような国から使者が来て、言葉がまったく通じない事もあると言って困った顔をしていましたよ。そして、跡継ぎが生まれたと言って喜んでおりました」 「なに、リィェンファ殿が子供を産んだのか。そいつはめでたい。よかったなあ」 「ヂュヤンジン殿から言われたのですが、なるべく泉州に着くようにしてほしいとの事です。永楽帝はさほど気にしていないようですが、琉球の船が入った港の役人から苦情が殺到すると言っておりました」 「そうか。四月に行った船が杭州から上陸したからな。来年は気を付けよう」 その夜、首里の会同館で帰国祝いの 「二年前、首里のお祭りで、按司様の 「いやあ、大したものですよ。今度、お祭りの時、城下の者たちにも聴かせてやって下さい」 サングルミーは照れながらも、嬉しそうにうなづいた。 マユミに言われて、サハチはサングルミーと合奏した。広々とした明国の大地を心地よい風が吹き抜けて行くような調べが流れた。皆、うっとりしながら聞き惚れた。 十日後、馬天浜にサイムンタルー(早田左衛門太郎)かやって来た。サイムンタルーの船とシンゴの船とマグサの船と三隻の船がやって来た。ウミンチュたちが法螺貝を吹いて、何艘もの サイムンタルーの船は朝鮮で新造した船で、サハチがヤマトゥに行った時に乗って行ったサンルーザ(早田三郎左衛門)の船を手本にして造ったという。進貢船を一回り小さくしたような船で、朝鮮の水軍もその船を真似して、同じような船が今、 サイムンタルーの船に、イト、ユキ、ミナミの三人が乗っていた。サイムンタルーの妹のサキも娘のミヨを連れてやって来た。サワも一緒にいた。イトもユキも、サキもミヨも袴をはいて、刀を腰に差した 十六年振りに琉球に来たサイムンタルーだったが、主役の座はミナミに奪われた。九歳になったミナミはみんなの人気者になった。 白い砂浜だと言って、目を丸くして驚いている姿や、楽しそうに笑っているその顔は、まるで、ニライカナイからやって来た可愛い天女のようだとみんなから言われて、ミナミを見る人たちは皆、にこやかになっていた。 そんなミナミを祖父となったサハチとサイムンタルーは目を細めて眺めていた。 「孫娘を連れて、琉球に来るなんて思ってもいなかったぞ」とサイムンタルーは笑った。 サハチはイト、ユキ、ミナミを連れて来てくれたお礼を言った。 「お前が対馬に来て、イトと出会って、ユキが生まれた。ユキがわしの倅の六郎次郎と一緒になって、ミナミが生まれた。ミナミは琉球と対馬の架け橋じゃ。どうしても、ミナミに琉球を見せたくてな、連れて来たんじゃよ」 シンゴの船から降りて来たチューマチと 「驚く事がいっぱいありました。行って来て、本当によかったです」と言ったチューマチに、 「驚く事はまだあるぞ。あとで教える」とサハチは言った。 チューマチは首を傾げてから、「作戦はうまく行ったのですね?」とサハチに聞いた。 「 「おう、うまく行ったぞ。うまく行き過ぎたくらいだな」とサハチは笑った。 知らせを聞いて、マチルギ、佐敷ヌル、ユリ、ササ、シンシン、マウシが首里からやって来た。佐敷ヌルとユリは娘を連れていた。佐敷ヌルとユリ、ササとシンシンは首里のお祭りの準備のために首里にいた。非番だったマウシもお祭りの準備を手伝っていて、ミナミが来たと聞いて飛んで来たのだった。 ササとシンシンはユキとミヨとの再会を喜び、佐敷ヌルの娘のマユ、ユリの娘のマキクは、ミナミとすぐに仲良しになった。マチルギはイトとの再会を喜んで、マウシは相変わらず、ミナミの家来になっていた。 馬天浜の『対馬館』で歓迎の宴が開かれ、サハチはサイムンタルーから対馬の事を聞いた。 「わしが留守にしている間に、 「一族の者たちを各地に配置して、 「行くのですか」とサハチは聞いた。 「行けば、以前より危険が伴う。しかし、行かなければならなくなるかもしれん」 サイムンタルーは厳しい顔付きでそう言ったが、急に笑って、「琉球ではのんびりするつもりじゃ」と言った。 サハチは今、浮島にジャワの船が来ている事を話した。 「何年か前に、倭寇に襲われたジャワの船が朝鮮の島に漂着した事があった」とサイムンタルーは言った。 「倭寇に襲われた?」 「荷物を奪われて、乗っていた者たちも皆、殺されたようじゃ。誰の仕業だかわからなかったんじゃが、宗讃岐守がジャワの船を襲った倭寇から奪い取ったと言って、南蛮の珍しい品々を朝鮮王に献上したんじゃよ。多分、宗讃岐守の配下の者たちの仕業じゃろう」 「宗讃岐守も倭寇働きをしていたのですか」 「宗氏は今、主家である 「琉球の船も危険ですね」とサハチは言った。 「いや、琉球の船は将軍様と取り引きをしている。襲えば、将軍様の怒りを買う事になる。安全とは言い切れんが、琉球の船だという目印をはっきりと付けておけば大丈夫じゃろう」 『三つ巴紋』の旗と『八幡大菩薩』の旗は掲げてあるが、『龍』の旗も掲げた方がいいなとサハチは思った。 サイムンタルーの話を聞いたあと、サハチはチューマチの所に行った。チューマチはマチルギに旅の話をしていた。 「例の話は話したのか」とサハチがマチルギに聞くと、「あなたが来るのを待っていたのよ」とマチルギは言った。 サハチはうなづいて、「お前のお嫁さんが決まった」とチューマチに言った。 「えっ!」とチューマチは驚いた顔をして、サハチとマチルギを見た。 「お前、もしかして、対馬で好きになった娘がいたのか」とサハチは聞いた。 「いえ、そんな‥‥‥」とチューマチは首を振って、「好きになった娘がいたんですけど、琉球には行けないって言われて‥‥‥結局、振られたんです」と笑った。 「そうか。すぐには忘れられないだろうが、気持ちの整理をして、花嫁を迎えろ。婚礼は来月だからな」 「はい」とチューマチはうなづいて、「やはり、按司の娘なんですか」と聞いた。 「按司の娘には違いないが、王様の娘でもある。山北王の娘だ」 「ええっ!」とチューマチは目を見開いて、口をポカンと開けて、サハチとマチルギを見ていた。何が何だかわからないような顔付きだった。 「意外な展開になったんだよ」とサハチは山北王と同盟をした 「信じられない事が起こったんですね。三人の王様が同盟を結ぶなんて‥‥‥」 「そういうわけだから、断るわけにはいかないんだ。噂では、その娘はかなりの美人らしいぞ。お前たちが住む事になるグスクも今、造っている」 「えっ、グスクに住むのですか」 「グスクといっても島添大里グスクの出城だがな」 「俺がグスクに住むなんて考えてもいませんでした。兄貴たちがグスクを持っていないのに、俺がグスクを持ってもいいのですか」 「その事は皆、納得済みだから心配するな。ジルムイもイハチもグスクはいらない。サムレー大将として船に乗ると言っている」 「俺もサムレー大将になりたかった」とチューマチは言った。 「サムレー大将にはなれんが、従者として明国やヤマトゥに行ける。従者を何度か務めれば、副使や正使にもなれるぞ」 「俺が正使ですか」と言って、チューマチは楽しそうに笑った。 「あなたのお嫁さんになる娘だけど、馬術と弓矢の名手らしいわよ」とマチルギが言った。 「ンマムイの奥さんに聞いたのか」とサハチがマチルギに聞くと、マチルギはうなづいた。 「山南王の息子に嫁いだ長女はおとなしい娘だったけど、次女のマナビーは男勝りで、子供の頃からお父さんと一緒に狩りに行っていたらしいわ。あなたも馬術と弓矢のお稽古に励んだ方がいいわ。お嫁さんに負けたらみっともないわよ」 チューマチは剣術の稽古には励んでいるが、馬術と弓矢は自信がなかった。 「負けないように頑張ります」とチューマチは答えた。 次の日、島添大里グスクで歓迎の宴が開かれ、サイムンタルー、イトとユキとミナミ、サキとミヨ、サワは、サハチが用意しておいた城下の屋敷に移った。 島添大里グスクの高い石垣を見たサイムンタルーは、「よくこんなグスクを攻め落としたのう」と感心した。 イトとユキもサハチから話は聞いていたが、実際に目にして、凄い城だと驚いていた。 歓迎の宴にはハルもサスカサも参加した。サスカサはユキをお姉さんと呼んで、再会を喜んだ。ヤマトゥにも側室がいたのかとハルは驚いていた。サスカサはハルと普通に話をしていたが、相変わらず、サハチとは口を利かなかった。ミナミはサハチの娘たちと一緒に遊んでいた。 次の日は、サハチが案内して首里に行った。首里グスクに入って 「乙姫様がいらっしゃるのね」とミナミが言った。 龍天閣の三階で、サイムンタルーは ヒューガとは一緒に琉球に来て、一緒に琉球内を旅をした。その後、ヒューガは琉球に腰を落ち着けて、思紹が中山王になるのを助けてきた。久し振りに見るヒューガは、すっかり 思紹は酒を用意させて、酒盛りが始まった。サイムンタルーと思紹とヒューガは、昔の事を懐かしそうに話しては笑っていた。 龍天閣からの景色を楽しんだあと、サハチは女たちを連れて百浦添御殿を案内して、ヌルたちと女子サムレーたちがいる |
久高島のフボーヌムイ
馬天浜