念仏踊り
二月四日、今年最初の 正使はサングルミー(与座大親)で、従者としてクグルーと 五日後には 毎年の事だが、ササ、シンシン(杏杏)、ナナの三人は ヂャンサンフォン(張三豊)が ンマムイ(兼グスク按司)夫婦も子供たちを連れてやって来た。一緒にテーラー(瀬底之子)と マツ(中島松太郎)とトラ(大石寅次郎)は旅芸人たちの小屋が気に入ったようで、そこに入り浸っていた。マツは舞姫のカリーを、トラはフクを 舞台では、ヤマトゥの着物を着たハルとシビーが進行役を務めていた。ハルは娘の格好だが、シビーは 地区対抗の娘たちの踊りから始まって、 ハルの演技は一段と進歩して、すっかり、かぐや姫になりきっていた。決められた 音楽も以前よりずっと深みのあるものに変わっていた。三つの笛が違う調べを吹いて、それがうまく重なって心地よく響いていた。かぐや姫が月に帰る場面に流れた音楽は、幻想的で美しい調べだった。 櫓に吊り上げられたハルが月に帰って、皆に手を振ったあと、一瞬のうちに消えるとお芝居は終わった。指笛と喝采がいつまでも鳴り響いた。 少し休憩があって、旅芸人たちのお芝居『 旅芸人たちのお芝居も見事なものだった。何度も上演して、お客の反応を見て、少しづつ修正しているのだろう。三年前のぶざまな有様を思い出すと、みんな、別人のように思えた。 お芝居が終わったあと、サハチは舞台に上がって ヤマトゥに行って、高橋殿と出会い、将軍様とも会った。増阿弥の素晴らしい一節切も聴いた。今、振り返れば、奇跡の連続のようだった。 いつの間にか、ササが舞台で舞っていた。素晴らしい舞だった。高橋殿から教えを受けたのだろうか。『天女の舞』によく似ていた。 「見事じゃ」と誰かの声が聞こえた。 サハチはさらに吹き続けた。 朝鮮に行ってサイムンタルー(早田左衛門太郎)と再会して、サイムンタルーがイト、ユキ、ミナミを連れて琉球にやって来た。今年はマツとトラがやって来た。 サハチは神様に感謝の気持ちを捧げて、一節切を口から離した。ササがサハチに合わせるように舞台から消えた。 喝采と指笛が響き渡る中、サハチはまた、「見事じゃった」という声を聞いた。 舞台を下りて、サハチはササに聞いた。 「『見事じゃ』と誰かが言ったんだけど、誰だろう?」 ササは驚いた顔をしてサハチを見ると、「聞いたの?」と聞いた。 「一節切を吹いている途中で、『見事じゃ』と誰かが言って、曲が終わった時、『見事じゃった』と言ったんだ」 ササは笑って、「スサノオの神様よ」と言った。 「スサノオの神様?」 「ユンヌ姫様と一緒に琉球まで来たみたい。あたしも今、初めて知ったの」 「俺が神様の声を聞いたのか」 サハチは信じられないという顔をしてササを見た。 「 「俺が神人か」 「だって、スサノオの神様の声を聞いたんだから神人だわ」 「俺が神人か」とサハチはもう一度言った。 舞台ではウニタキ(三星大親)とミヨンが 辰阿弥と福寿坊が舞台に上がって、辰阿弥が 見ている者たちは サハチも体が自然と動き出して、一緒になって踊った。ウニタキとミヨンも踊っていた。佐敷ヌルとユリ、ハルとシビーも踊っていた。誰もが意味もわからず、「ナンマイダー」と叫びながら楽しそうに踊っていた。 お祭りの翌日、佐敷ヌルはササたちと一緒にヤンバル(琉球北部)に旅立って行った。神様たちにヤマトゥ旅の報告とお礼を言うためだった。マツとトラ、福寿坊と辰阿弥も同行した。サハチも一緒に行こうとしたら、ウニタキに止められた。 「ヌルたちとヤマトゥから来た旅の者たちがヤンバルをうろうろしていても、 「山北王が俺を狙っているというのか」 「山北王は気分屋だ。機嫌が悪いと何をするかわからない。お前が 「俺を捕まえれば、 「お前を人質に取れば、山北王は有利になる。殺せば戦になるが、大切に預かっていると言えば、中山王も手が出せない。そんな状況になれば、シタルー(山南王)が大喜びをするだろう。シタルーを喜ばすような、軽はずみな事はやめるべきだ」 サハチは一緒に行くのを諦めて、一行を見送った。 「わかっています」と力強くうなづいて、サハチの耳元で、「『 『赤丸党』の事は以前、ウニタキから聞いていた。奥間の者がウニタキの所に来て、二年間の修行のあと、奥間に帰って裏の組織『赤丸党』を作ったと言っていた。奥間の 「ウニタキも知っているのか」と聞くと、 「勿論ですよ」とサタルーは笑った。 羨ましそうな顔をして一行を見送ったサハチは、武術道場に行って 「どうした、珍しいな。何かあったのか」と苗代大親はサハチの顔を見ると言った。 苗代大親は書類を見ながら何かをやっていた。 「何をしているんですか」とサハチは聞いた。 「首里以外のサムレーたちが明国に行きたいと騒いでいるんじゃよ。わしとしても、みんなを行かせてやりたいと思っているんじゃ。それで、明国に行っている時期だけ、持ち場を入れ替えようかと考えているんじゃよ」 「島添大里のサムレーが、首里の補充をしているようにですか」 「そうじゃ。島添大里のサムレーが明国に行ったら、首里のサムレーが島添大里に行くというわけじゃ。ただ、何も知らないサムレーばかり連れて行っても仕事にならんから、以前にやっていたように、半分づつ連れて行く事になるがのう」 「叔父さんも大変ですね」 「なに、戦がないだけでも、楽なもんじゃよ。今の所、進貢船が遭難する事故もないしな」 「叔父さんは明国には行かないのですか」 「兄貴から話を聞いて、わしも行きたくなったんじゃがのう。半年も留守にはできまい。隠居してから、のんびりと行って来るよ」 サハチは笑って、「ヒューガ(日向大親)殿も同じ事を言っていました。隠居したら、ヒューガ殿と一緒に行って来たらいいですよ」と言った。 「ヒューガ殿とか。楽しい旅になりそうじゃな。ヒューガ殿と一緒に 「今、永楽帝が武当山の再建を行なっているそうです。叔父さんたちが行く頃には、きっと立派な道教の 「兄貴から聞いたが、ヂャンサンフォン殿が武当山に現れたという噂を聞いて、大勢の弟子たちが集まって来たそうじゃのう。武芸を志す者として、一度は行ってみたいものじゃ」 サハチはうなづきながら、もう一度、行ってみたいと思っていた。 「ところで、わざわざ、ここまで来るなんて何かあったのか」と苗代大親が聞いた。 「叔父さんに相談したい事があるのです。ナンセン(南泉)禅師殿の『 「お寺が武術道場なのか」と苗代大親は首を傾げた。 「慈恩禅師殿はヤマトゥにお寺を持っていて、そのお寺は武術道場として栄えているそうです。僧侶だけでなく、サムレーたちも遠くからやって来て修行を積んでいるようです。そんなお寺を首里に作りたいのです。ここは今、首里のサムレーたちが修行を積む道場ですが、慈恩寺はキラマ(慶良間)の修行者の中から選ばれた者たちを鍛えて、やがてはサムレー大将になる者を育てるのです。ソウゲン(宗玄)禅師の『 「成程のう。サムレー大将を育てる武術道場か。武術だけでなく、 「そうです」とサハチはうなづいて、「その『慈恩寺』をこの道場の隣りに建てようと思っていますが、どうでしょうか」と苗代大親に聞いた。 「そうすると、この道場も慈恩寺の一部になるという事か」 「その辺の事はまだ考えてはいません。ここは今まで通りに、首里のサムレーたちの道場でいいと思いますが、武術関係の施設は近くにあった方がいいような気がしたので、隣りに建てようと思ったのです」 「そうか」と言って、苗代大親は少し考えてから、「首里のサムレーたちも修行次第で、慈恩寺に入れるとなれば、修行の励みになる。隣りにそういう道場があった方がいいかもしれんのう」と言った。 「才能がある者は、どこのサムレーでも『慈恩寺』で修行できるようにするつもりです」 苗代大親はうなづくと、「慈恩禅師殿を手放すなよ」と言った。 「凄いお人じゃ。とてつもなく強い。ヂャンサンフォン殿は別格として、わしは久し振りに、師と仰ぐべき人と出会った。慈恩禅師殿が琉球の若者たちを鍛えてくれるのなら、わしは喜んで協力するぞ」 「叔父さん」とサハチは言って、満足そうにうなづいた。 サハチは苗代大親と一緒に、 苗代大親と別れて、島添大里に帰ったサハチは慈恩禅師とお寺の事を相談した。慈恩禅師は武術道場となる『慈恩寺』を建てる事には賛成したが、島添大里の子供たちの事を心配した。サハチは慈恩寺が完成する前に、このお寺の師匠は必ず探すと約束した。 島添大里グスクに帰ると一の 「今頃、何をしているんだ?」とサハチはサスカサに聞いた。 サスカサがここのウタキにお祈りをするのは、 「大変なのよ。どうしよう?」とサスカサは慌てていた。 「ねえ、叔母さん(佐敷ヌル)とササ 「ああ、今朝、ヤンバルに向かったよ。一体、何が起こったんだ?」 「スサノオの神様が琉球にいらしたのよ」とサスカサは目を丸くして言った。 「お前、スサノオの神様の声を聞いたのか」 「そうなのよ。初め、おうちにいた時に聞いたんだけど、空耳かなって思って、でも、何か気になったので、ここに来たの。そしたら、やっぱり、スサノオの神様だったのよ」 「スサノオの神様は何て言ったんだ?」 「最初は『元気そうだな』と言ったの。ここに来たら、『豊玉姫に会いに来たんだが、行きづらいから一緒に来てくれ』って言ったのよ。どうしよう?」 サハチは笑った。 「スサノオの神様も豊玉姫様が怖いんだな。一緒に行ってやればいいじゃないか」 「でも、どうして、スサノオの神様が琉球にいるの?」 「ユンヌ姫様と一緒に琉球に来たようだ」 「えっ!」とサスカサは驚いてから、「どうして、お父さんがそんな事を知っているの?」と聞いた。 「昨日、首里のお祭りでスサノオの神様の声を聞いたんだよ。それで、ササに聞いたら、そう言ったんだ。ササも昨日、初めて、スサノオの神様が来た事を知ったようだ」 「お父さんがスサノオの神様の声を聞いたの?」 「ああ、一節切を吹いていたら、『見事じゃ』と言ったんだよ」 「えっ、お父さんがスサノオの神様の声を聞いた‥‥‥」 サスカサは信じられないと言った顔で、サハチを見ていた。 「ササが言うには、俺も神人になったそうだ」 「お父さんが‥‥‥」と言って、サスカサはサハチを見つめていたが、納得したようにうなづくと、「これからセーファウタキ(斎場御嶽)に行って来るわ」と言った。 「今からか」 「大丈夫よ。クルー叔父さんが道を作ってくれたお陰で、セーファウタキは近くなったのよ」 「一人で行くなよ。女子サムレーかチミー(イハチの妻)を連れて行け」 サスカサはうなづいて、「チミーとマナビー(チューマチの妻)を連れて行くわ」と言って、 スサノオの神様はまだここにいるのかなとサハチは空を見上げて、両手を合わせた。 スサノオと一緒にセーファウタキに向かったサスカサは、クルー(手登根大親)が造った道を通って、 スサノオの神様を連れて来た事を告げると久手堅ヌルは腰を抜かさんばかりに驚いて、身を清め、衣服を改めて、スサノオの神様を迎えるお祈りを捧げてから、サスカサと一緒にセーファウタキに入って行った。 セーファウタキに向かう道中、突然、帰って来て豊玉姫が怒らないかと心配していたスサノオだったが、すでに、豊玉姫はスサノオが来ている事を知っていて、やって来るのを待っていた。 「あなた、自分が誰なのか忘れたのですか?」と豊玉姫はスサノオに言った。 「あなたを知らない神様はいないのですよ。あなたが 「久し振りじゃったもんでのう、何となく、来づらかったんじゃよ。 「何を言っているのですか」と豊玉姫は笑った。 「わたしが会いに行くべきなのに、わざわざ、いらしてくれてありがとうございます」 スサノオと豊玉姫が懐かしそうに昔の事を話し始めたので、サスカサと久手堅ヌルは引き上げて来た。スサノオを歓迎しているのか、セーファウタキには綺麗な蝶々がたくさん集まって来て、優雅に飛び回っていた。
スサノオと豊玉姫が久し振りの再会を喜んでいた頃、佐敷ヌルとササたちは やり残した事があると言って、朝盛法師が亡くなる前年にヤマトゥに行ったのは、壇ノ浦から逃げて隠れていた安徳天皇の 佐敷ヌルがその場所を聞いたが、朝盛法師は忘れてしまったと言って教えてくれなかった。 カナの案内で『 ササはナシムイで舜天に感謝されて、佐敷ヌルは喜舎場と仲順の人たちから、『舜天』のお芝居を作ってくれた事に感謝された。 去年の九月、旅芸人たちが来て、喜舎場と仲順で『舜天』を演じていた。 ササは舜天の父親の事を色々と聞かれ、佐敷ヌルはお芝居の事を色々と聞かれた。辰阿弥と福寿坊は『念仏踊り』を踊って皆に喜ばれ、マツとトラも |
セーファウタキ
喜舎場森