タブチの反撃
「なぜじゃ。なぜ、あの二人が寝返ったのじゃ?」 「照屋大親も糸満大親も初代の 「まったく許せん事じゃ」と 「あの二人にとっては、何をおいても交易が一番なんじゃろう。王妃が王印を持って行ったので、王妃に寝返ったに違いない」 「王印か‥‥‥」とタブチは渋い顔をした。 弟の惨めな死に様を見て、チヌムイを助けるためと弟に詫びるために、命を捨ててここに来たのが間違いだった。エータルーが言ったように、兵を率いて、ここに来て、山南王になると宣言すればよかったのだ。そうすれば、王印は王妃に奪われる前に、ちゃんと確認したはずだった。カニーと侍女たちは 重臣の 「六百じゃと?」とタブチは驚いた。 「 「亡くなられた 「どうして、その兵をこっちに呼ばなかったのじゃ」 「それがどこなのか、わしら重臣たちも知りません。 「何てこった。その兵というのは何人おるんじゃ」 「正確にはわかりませんが、五百はいるかと」 「シタルーは重臣たちにも内緒で兵を育てていたのか。くそったれが」 「今後の対策を練りますので、皆様方に集まってもらいたいとの事です」 タブチたちは波平大親に従って、 重臣たちは八人いた。糸満川以北に本拠地を持つ 「あと一人はどうした?」とタブチは重臣たちに聞いた。 「 「照屋グスクが敵になって、国吉グスクはわしらの最前線のグスクとなったわけじゃが、国吉大親はグスクを守るために行ったんじゃない。今頃はもう寝返っているじゃろう」 「何じゃと?」と摩文仁大主が怒鳴った。 「国吉大親の奥方は照屋大親の娘なんじゃよ」と真栄里大親が言った。 「それに国吉大親の父親は照屋大親のお陰で重臣になれたんじゃよ。照屋大親を裏切る事はできまい」 タブチの父、 「何で、止めなかったんじゃ」とタブチが言った。 「照屋大親と糸満大親の裏切りを知って呆然としていたんじゃよ」と真栄里大親が言った。 「とても信じられなかったんじゃ。奴が国吉グスクが危ないと言った時、確かにそうじゃと思って送り出したんじゃ。あとになってから、奴が照屋大親の娘婿だって気づいたんじゃよ。照屋大親とつながっているのは国吉大親だけではないからのう。新垣大親殿の長男の妻も照屋大親の娘だし、糸満大親の長男の妻も、賀数大親の長男の妻も照屋大親の娘なんじゃ。重臣の中でも最も力を持っていた照屋大親と誰もが姻戚関係になろうとしていたんじゃよ」 「ふん」とタブチは鼻で笑って、椅子に腰を下ろした。 四人の 「わしは殺される覚悟でここに来た。ところが、重臣たちは、わしに山南王になってくれと言った。わしはその言葉を信じて、山南王になる決心を固めた。それがどうじゃ。今、ここに残っている重臣はたったの三人じゃ。どうなって、こうなったのかを説明してもらおうか」とタブチは言った。 「そなたが先代の王様の遺体と一緒にここに来た時、わしは重臣たちにその事を伝えた。捕まる覚悟で来た事もな」と新垣大親が言った。 「重臣たちの答えは、そなたを捕まえて、豊見グスク按司に跡を継いでもらおうというものじゃとわしは思っていた。だが、わしは何とかして、そなたを助けたいと思った。そして、長男が跡を継ぐべきじゃと言ったんじゃよ。チヌムイの母親が殺される前の正常な状態に戻すべきじゃと言ったんじゃ。そしたら、重臣たちのほとんどが、それがいいと賛同したんじゃよ」 「真栄里大親殿も賛同したのですか」とタブチは聞いた。 「賛同しました」と真栄里大親は言った。 「わしにも三人の倅がおりまして、家督争いをさせたくはなかったんじゃ。それに、豊見グスク按司はまだ若いし、山南王になるための修行もしておらん。突然、ここに来ても山南王は務まらんと思ったんじゃ。それに比べて、八重瀬殿は何度も 「それに 「東方の按司たちは山南王に敵対していました。八重瀬殿が山南王になれば、東方も従って、山南王の領内は以前よりも広くなると思ったのです。現に、東方の按司たちは八重瀬殿の命令に従って、長嶺グスクを攻めています。このまま、八重瀬殿が山南王になれば、すべてがうまく行くと誰もが思っていました」 「それなのに、どこで狂ったのじゃ?」 「王妃様じゃろう」と新垣大親が言った。 「王妃様が王印を持って豊見グスクに行った事で、すべてが狂ってしまったんじゃ」 「照屋大親は裏切り者が出て、王妃にすべてを話した者がいると言っておったが、それは誰だったんじゃ」 「わからん」と新垣大親が言って、真栄里大親と波平大親は首を振った。 「早くに寝返った兼グスク大親と賀数大親が怪しいが、今思えば照屋大親だったのかもしれん」 「八重瀬殿を山南王にしようと決めていた時、この部屋から出て行った者がおるじゃろう。そいつが王妃に知らせたんじゃ」と摩文仁大主が言った。 「 「照屋大親が怪しいのう。裏切り者がいると言っておったが、自分が裏切り者だったのかもしれん」と真栄里大親が言った。 「でも、照屋大親殿も王妃様が王印を持ち出した事にはかなり驚いていました。その事は知らなかったようです」と波平大親が言った。 「すると、王印が王妃のもとにある事を知ってから、照屋大親と糸満大親は寝返る決心をしたんじゃな」とタブチは言った。 「そうかもしれん」と新垣大親がうなづいた。 「照屋大親はどうやって、王妃と連絡を取ったんじゃ。進貢船を奪い取って寝返る事を王妃に知らせたのじゃろう」 「それは石屋のテハに頼んだのじゃろう」と新垣大親が言った。 「当然、書状のやり取りがあったと思うが、その事をテハはそなたたちに黙っていたのか」 「照屋大親が口止め料を弾んだのじゃろう」 テハから詳しい話を聞こうと波平大親がテハを探しに行ったが、見つからなかった。 「いつもはどうやって、テハを呼んでいたんじゃ」とタブチが波平大親に聞いた。 「テハの配下の者が侍女の中にいて、いつも控えているのですが、なぜか、今日は見当たりません」 「ふん。そいつはわしらの話を聞いて、逃げて行ったんじゃろう。きっと、テハの奴も王妃の回し者じゃ。何もかも王妃に奪われておる。王印を奪われ、進貢船も奪われ、糸満の港も奪われた。この先、どうやったら勝てるんじゃ」 「弱音を吐いてどうするんじゃ。戦はまだ始まったばかりじゃ」と山グスク大主が気楽な顔で言った。 「王印と進貢船は奪われても、山南王の居城である 「おう、それがいい」と摩文仁大主が賛成して、絵地図を広げた。 島尻大里から豊見グスクまで、迂回したとしても三里(十二キロ)はない。 翌日、タブチは山南王として領内の按司たちを島尻大里グスクに集めた。以前に言っていたように、タブチの次男の 集まった按司は、重臣たちを除いて、 李仲若按司の妻は波平按司の娘だった。明国から帰って来た父が豊見グスクにいるので、父の事を心配しながら作戦を聞いていた。 「心配するな。お前の親父は必ず助け出す」と新垣按司が李仲若按司に言った。 「お前の親父にも重臣になってもらって、新しい山南王を助けてもらう」 李仲若按司は微かに笑ってうなづいた。 作戦を頭に入れた按司たちは本拠地に帰って戦仕度を始め、その夜、思い思いの変装をして、武器や 総大将は新垣按司だった。シタルーが山南王になるまで、サムレー大将として活躍していたし、最年長なので、按司たちも命令に従うはずだった。真栄里按司もサムレー大将から重臣になったので、副大将として出陣した。隠居した四人の重臣と波平按司は島尻大里グスクに残った。タブチも摩文仁大主も山グスク大主も大将として出陣したかったのだが、山南王が自ら行くべきではないし、隠居したからには倅たちに任せようと自分に言い聞かせて、勝利の知らせを待つ事にした。 翌日の早朝、武装した兵たちは饒波川に沿って豊見グスクに向かった。 豊見グスクは静まり帰っていた。 前もって決めておいた位置に兵たちが配置につくと、新垣按司は総攻撃の合図の旗を振った。敵が守りを固めていたら火矢の攻撃から始め、敵が油断していたら弓矢は使わずに、石垣に取り付いてグスク内に侵入しろと決めてあった。火矢の場合は 合図を見ると兵たちは 「引けー! 引け−!」と新垣按司は叫んだ。 「くそっ、はめられた。敵はわしらの攻撃を知っていた。裏切り者がいるに違いない」 新垣按司は火矢を射るように命じた。 味方の兵が楯を並べて、弓矢と石つぶてを防ぐと敵の攻撃もやんだ。 火矢は次々とグスク内に撃たれるが、距離が遠いので威力はなく、敵に防がれて効果はなかった。 石垣の周辺に苦しんでいる兵が何人も倒れていたが、回収する事もできなかった。ざっと見た所、百人近くの兵がやられたようだった。 「敵はわしらの攻撃を知っていた。いつまでもここにいたら挟み撃ちにされるぞ」と真栄里按司が馬から下りると言った。 「わかっている」と新垣按司は言った。 「具志頭按司が潜入に成功するかもしれん。火の手が上がるのをもう少し待とう」 真栄里按司は、厳しい顔付きの新垣按司を見つめながらうなづいた。 島尻大里の城下にいる石屋の親方のテサンは、豊見グスクを造っていて、抜け穴がある事を知っていた。天の助けだとタブチも重臣たちも喜んだ。抜け穴から潜入して、屋敷に火を掛け、敵が混乱している中、御門を内側から開けて、総攻撃を掛ける。多少の犠牲は出るかもしれないが、豊見グスクは落ちたも同然だった。 誰が抜け穴を行くかを決める時、希望者が殺到したので 「物見の者から照屋にいた敵兵がこちらに向かっているとの知らせが入ったぞ。早く、撤退した方がいい」と真栄里按司が言った。 新垣按司はグスクを見上げたままうなづき、「撤収じゃ」と叫んで、合図の法螺貝を鳴らせた。 新垣按司は撤退する時に城下の家々に火を掛けさせたが、その事を予見していたのか、消火活動も早く、数軒の家が焼けただけで火は消えた。 帰って来た新垣按司を迎えたタブチは、「王印は手に入れたか」と聞いたが、新垣大親は首を振った。 「なに、失敗したのか」 「裏切り者がいるんじゃよ。わしらの作戦はすべて敵に筒抜けじゃった。抜け穴を行った具志頭按司は待ち伏せを食らって全滅したじゃろう」 「何という事じゃ。一体、誰が裏切ったのじゃ」 「テハの配下の者がグスク内におるんじゃよ。侍女やサムレー、 「くそっ!」とタブチは 「損害はどれくらいじゃ」とタブチは聞いた。 「二百近いかもしれんな。撤収する時にも敵の追撃に遭って、数十人がやられている」 「二百か‥‥‥」 タブチは首を振ると溜め息をついて、 山南王の執務室で八重瀬ヌルと島尻大里ヌルが待っていた。タブチは姉妹を見て、二人が一緒にいるのを久し振りに見たような気がした。 「だめだったのね」と八重瀬ヌルが言った。 「石屋のテハにやられたようじゃ」とタブチは力なく言った。 「突然に湧いた話はうまくは行かん。二百人もの兵を死なせてしまった。具志頭按司も戦死したんじゃ」 「えっ、ヤフスの息子が戦死したの?」 「せっかく、具志頭按司になれたのに、戦死してしまったんじゃ。可哀想な事をしてしまった」 「そう」と言って八重瀬ヌルは両手を合わせた。 島尻大里ヌルも両手を合わせて、具志頭按司の冥福を祈り、タブチも両手を合わせた。 「跡継ぎはまだ幼いわね」と八重瀬ヌルが言った。 島尻大里ヌルはまだお祈りを続けていた。 「三人の子がいるが、長男はまだ十歳くらいじゃろう」 「先々代の 「そうじゃな」とタブチは力なくうなづいた。 「その刀なんだけどね」と八重瀬ヌルがタブチが腰に差している刀を示した。 「やっぱり、 「なに? どういう意味じゃ?」 「中山王の武寧は滅ぼされて、跡継ぎも殺されたわ。今、察度の孫が山南王になろうとしている。それを助けているのよ」 「察度の孫? タルムイの事か」 八重瀬ヌルはうなづいた。 「そんな事、信じられん。タルムイを山南王にするなら、わしを殺せば済む事じゃろう」 「タルムイに試練を与えているのよ。豊見グスクからここに移って来て山南王になったとしても、何も知らないタルムイは重臣たちに操られるだけだわ。戦という試練を与えて、誰が自分に忠実な重臣なのかを悟らせているのよ」 「何じゃと‥‥‥わしはタルムイを成長させるために山南王になったというのか」 「その御神刀には察度の魂が宿っているわ。察度が願う通りに事は起こるのよ」 「何てこった。わしは察度に踊らされていたのか」 タブチは腰から刀をはずすと、刀掛けに置いてある自分の刀と交換した。 「お兄さんが腰からはずしたとしても、御神刀はタルムイを助けるでしょう。タルムイが山南王になるまで眠りにはつかないわ」 「わしはどうしたらいいんじゃ?」 「タルムイが山南王になれば、チヌムイは勿論の事、お兄さんの一族は滅ぼされるわ。生き延びるためには、琉球から出て行くしかないわ。どこか遠くの島に逃げるしかないのよ」 タブチは溜め息をついた。 「逃げるしかないのか‥‥‥」 波平按司がタブチを迎えに来た。 タブチはお祈りを続けている島尻大里ヌルと御神刀を見つめている八重瀬ヌルを見てから、北の御殿に向かった。 重臣たちは暗い顔付きで、タブチを待っていた。 「ここで話した事はすべて敵に筒抜けじゃぞ」とタブチは言った。 「確かに」と新垣按司が言って、部屋の中を見回した。 テハの配下がどこかに隠れて話を聞いているはずだった。 「ここにいたら息が詰まる。外に出よう」 タブチは重臣たちと一緒に 御庭は 御庭の中央に 「豊見グスク攻めは失敗に終わった。次は照屋グスクでも攻めるか」とタブチは言った。 「まず、王印を奪い取らなければならん」と摩文仁大主が言った。 「王印が手に入れば、照屋大親と糸満大親は戻って来る」 「戻って来たら迎え入れるのか」とタブチが聞くと、 「長年、交易に携わってきた照屋大親は必要じゃ」と新垣按司は言った。 「よく考えたんじゃが、わしはこの辺でやめた方がいいと思う」とタブチは言った。 「何じゃと?」と摩文仁大主がタブチを見た。 ほかの重臣たちは口をぽかんと開けて、タブチを見ていた。 「最初から無理な話だったんじゃ。わしはチヌムイを連れて琉球から逃げる。そなたたちもこのグスクを明け渡した方がいい。わしに踊らされたとわしのせいにすればいい。わしがいなくなれば戦も治まるじゃろう」 「今更、何を言っているんじゃ」と山グスク按司が怒った顔でタブチに詰め寄った。 「そなたたちを誘った事は謝る。すまなかった。そなたたちは隠居の身じゃ。グスクに戻って、頭を丸めて謹慎していれば許されるじゃろう」 「馬鹿な事を言うな。まだ、諦めるのは早い」と中座大主がタブチの膝をたたいた。 「ほんの短い間じゃったが、わしは山南王になれた。もう何も悔いはない。残りの余生はどこかの無人島で釣りでも楽しみながら暮らすつもりじゃ」 タブチは力なく笑うと立ち上がった。 「ありがとう」とタブチは皆にお礼を言うと御庭から立ち去った。 「ちょっと待ってくれ」とナーグスク大主があとを追って行った。 残った六人の重臣たちはタブチとナーグスク大主が消えて行った島尻御殿を呆然とした顔付きで眺めていた。 「去る者は追わずじゃ」と摩文仁大主が言った。 「どうするんじゃ。わしらも引き上げるのか」と山グスク大主が聞いた。 「タブチは簡単にああ言うが、タルムイはわしたちを許すまい。わしらは皆、殺されるじゃろう」 「わしらも逃げるしかないのか」と中座大主が聞いた。 「逃げるか、それとも、戦って勝つかじゃ」 「勝つ? 山南王がいなくなったのに、どうやって勝てるというのじゃ」 「そなた、わしを誰だか忘れたのか」と摩文仁大主は言って、皆の顔を見回した。 「あっ!」と山グスク大主が摩文仁大主を見つめた。 「忘れておった。そなたは王妃の兄じゃった」 「そうじゃ。わしは王妃の兄で、亡くなった山南王の義兄じゃ。義兄が山南王になってもかまうまい」 皆が驚いた顔で、摩文仁大主を見つめていた。 |
島尻大里グスク
豊見グスク