二人の山南王
山南王になった 王妃になった摩文仁大主の妻も嬉し涙で目が濡れていた。島尻大里按司の兄が、初代の山南王になったのは、長男のジャナ(米須按司)が生まれた年だった。夫婦揃ってお祝いに行き、その晴れがましい兄の姿は、今も 山南王と王妃が 儀式のあとは 宴が始まって 守備兵から他魯毎の総攻撃を知った摩文仁は慌てる事なく、いつも通りの守備をしていればいいと言っただけで、遊女を相手に機嫌よく酒を飲んでいた。 摩文仁は敵の総攻撃を知っていた。大村渠ヌルと慶留ヌルが山南王の就任の儀式をやろうと言って来た時、おかしいと感じた。大村渠ヌルも慶留ヌルも以前、島尻大里ヌルだった。今までどこにいたのか姿を見せなかった二人が、突然、現れて、そんな事を言うのが不自然だった。摩文仁は二人を歓迎して、それはいい考えだと二人に任せたが、次男のクグルー(摩文仁按司)に 摩文仁が幼い頃、養子になって米須に来た時、護衛役として一緒に来たタルキチというサムレーがいた。タルキチは クグルーはお爺と呼んでタルキチといつも一緒にいた。タルキチから武芸を習い、 豊見グスクの守りは厳重になっているが、敵が攻めて来ているわけではないので、用があれば侍女たちは城下に行く事ができた。その侍女から山南王就任の儀式の時、他魯毎が総攻撃を掛ける事を知ったのだった。 その事を知ったのはクグルーだけではなかった。真壁按司も慶留ヌルのフシから聞いていた。フシには二人の子供がいて、父親は真壁按司だった。 真壁按司は若按司だった頃、フシに一目惚れをした。しかし、山南王のヌルとして島尻大里グスク内に住んでいるフシに近づく事もできず、気軽に声を掛ける事もできなかった。先代の山南王が亡くなって、シタルーが山南王になった時、フシはシタルーの妹に島尻大里ヌルの座を譲って、慶留ヌルとなってグスクから出た。 若按司はフシに会いに行って、八年前に一目惚れをした事を告げた。フシは自分をからかっていると思って相手にしなかった。若按司は何度も会いに行って、世間話などをして帰って行った。 フシが島尻大里ヌルだった時、ウタキ巡りをしている フシは馬天ヌルの言葉を思い出して、自分はずっと心を閉ざしていたのかもしれないと思った。山南王の伯父は厳しい人だった。伯父に弱みは見せられないと常に気を張っていて、心も閉ざしてしまったのかもしれなかった。心を落ち着けて思い出してみると、真壁按司の視線を時々、感じていたのは確かだった。でも、ヌルとしての自分に自信がなくて、早く一人前のヌルにならなければならないと焦っていて、マレビト神の事を考える余裕はなかった。 若按司と何度も会って話をして、ようやく、マレビト神だった事に気づいたフシは若按司と結ばれた。翌年、娘が生まれて、その三年後には男の子も生まれた。島尻大里ヌルを辞めて、ようやく、自分らしい生き方ができるようになったと感じていた。 何だかよくわからないが山南王のシタルーが亡くなったという噂が流れて、しばらくして、豊見グスクヌルと 豊見グスクに入って一月近くが経った頃、重要な任務を任されて島尻大里グスクに来たのだった。慶留ヌルは真壁按司と会って、他魯毎の作戦を教えた。 他魯毎の総攻撃を知った摩文仁は、五人の重臣たちを御庭の中央に集めて、総攻撃に対する作戦を練った。 「敵の狙いは按司たちを皆、このグスクに閉じ込める事じゃな」と 「大村渠ヌルはなるべく多くの人が参加した方が縁起がいいと言っていた。兵たちも閉じ込める魂胆じゃ」と山グスク大主が言った。 「敵がその気なら逆手を取るしかないですね」と 「グスクに入れる兵をなるべく少なくして、敵の総攻撃を待ち伏せしよう」と 皆がうなづいて、綿密な作戦を練った。それから六日後、山南王の就任の儀式が行なわれ、予定通りに島尻大里グスクは他魯毎の兵に包囲された。 遊女屋の女将が心配そうな顔でやって来て、 「 「その王様という響き、いいのう」と摩文仁は嬉しそうな顔をして女将を見た。 「王様」と女将は色っぽい目付きでもう一度言った。 「いいのう」と摩文仁は笑って、「心配ない」と言って機嫌よく酒を飲んだ。 「敵の攻撃は計算済みじゃ。今夜は楽しく飲み明かそうぞ。朝になれば、この戦も終わっているじゃろう」 「あら、本当ですの? そんな秘策がおありなのですか」 「二人も山南王はいらんからのう。偽者はさっさと退治しなければならん」 摩文仁は愉快そうに笑って、女将の前に
夜も更けて、島尻大里グスクの周りはいくつもの まだ夜が明けきらぬ早朝、東の空がいくらか明るくなり始めた頃、 ところが、不思議な事に敵陣に敵兵は一人もいなかった。消えた篝火と所々に杭が打ってあるだけだった。どこの陣地も同じで、一体、敵はどこに消えたのだと摩文仁の兵は辺りを見回していた。 「夜中に逃げやがった」と誰かが言って、 「怖じ気づいたに違いない」と別の兵が言って、数人が笑った。 総大将の新垣按司は副大将の真栄里按司を呼んで、「敵はどこに消えたんじゃ?」と聞いた。 真栄里按司は首を傾げて、 「そういえば、大グスクを包囲していた敵もいなかったぞ」と言った。 「もしや、また裏をかかれたのではないのか」と新垣按司が言った時、 法螺貝の鳴った南の方を見ると敵が攻めて来るのが見えた。北の方からも法螺貝の音が聞こえた。北からも敵が攻めて来た。 「皆、配置に付け!」と新垣按司は叫んで、合図の法螺貝を吹いた。しかし、間に合わなかった。 一旦、崩れてしまった態勢を立て直す事はできず、敵の攻撃に押し負け、兵が次々に倒れていった。摩文仁の兵たちは我先にとグスクの 他魯毎の包囲陣を攻撃したのは、およそ一千人の兵で、兵たちを指揮していたのは按司たちだった。儀式に参加したのは皆、偽者の按司たちで、その事に気づいた大村渠ヌルは儀式のあと、捕まって蔵の中に閉じ込められていた。勿論、テハの配下の者もグスクから出さないように、厳重に見張っていた。 摩文仁の兵たちがグスク内に逃げ込むと他魯毎の兵たちは昨日と同じように、グスクを包囲して陣地造りを再開した。ほとんどの按司も兵も島尻大里グスクに閉じ込められた。それぞれの本拠地のグスクには、グスクを守っている五十人前後の兵がいるだけなので、他魯毎の包囲陣を攻撃する力は持っていなかった。 山南王の執務室で、新垣按司から話を聞いて、摩文仁は信じられないと言った顔で宙を見ていた。 急に笑い出すと、「 「二百はやられたかと。しかし、敵も百はやられているはずじゃ」 「わしらの半分か。そして、按司たちは皆、グスクに入ってしまったんじゃな」 「玻名グスク按司と摩文仁按司の姿がありません。グスクに入らずに本拠地に逃げたものと思われます」 「なに、クグルーが逃げたか」 摩文仁は満足そうに笑った。 「それと、イシムイも見当たりません。どこかに逃げたものと思われます」 「イシムイも逃げたか」と摩文仁はうなづいて、ニヤッと笑った。 「これからどうしますか」 「まずは炊き出しじゃ。兵たちに飯を食わせなければなるまい。そのあと、御庭で 新垣按司が去ると、島尻大里ヌル(前米須ヌル)と慶留ヌルが入って来た。 「慶留ヌル様にグスク内を案内してもらったのよ」と島尻大里ヌルは楽しそうに言った。 「先代が随分と改装したようで、かなり変わっていました。このお部屋もすっかり変わっています」と慶留ヌルは言った。 部屋の中を見回してから、 「お父様が山南王になったなんて、今でも信じられないわ」と島尻大里ヌルは嬉しそうに笑った。 「これからが大変じゃ」と摩文仁は苦笑した。 刀掛けに飾ってある刀を見て、 「まだあったのね」と慶留ヌルが言った。 「先々代の伯父が中山王の察度からいただいた 慶留ヌルから御神刀のいわれを聞いた摩文仁は、自分の刀と交換して、察度の御神刀を腰に差し、これで山南王の座も安泰じゃと自信を持った。
総大将の波平大主からの知らせを聞いて、作戦がうまく行った事を知ると、李仲按司は満足そうにうなづいた。 慶留ヌルのマレビト神が真壁按司だった事は李仲按司も知らなかったが、豊見グスクに敵の 敵は予想通りに夜明けに攻めて来て、グスクに閉じ込められた。あとは長期戦を覚悟して、敵の 王妃に呼ばれて、李仲按司が王妃の部屋に行くと他魯毎と豊見グスクヌル、 「うまくいったわね」と王妃は笑って、 「島添大里按司からの贈り物よ」と李仲按司に書状を渡した。 書状には、タブチとチヌムイが 「首を確認したのですか」と李仲按司は王妃に聞いた。 「そなたが来るのを待っていたんじゃ」と照屋大親が言った。 李仲按司はうなづいて、王妃を見た。 王妃はお願いと言うようにうなづいた。 李仲按司は鎧櫃の蓋を開けた。三つの首は布でくるまれて、塩の中に埋まっていた。塩をよけて布を開いてみると焼けただれて真っ黒な顔が現れた。髪の毛は焼け落ちて、目玉も焼け落ちたのか、ほとんど 「昨日、八重瀬グスクが燃えたのは本当らしいわ」と王妃が言った。 「 李仲按司は首を傾げた。 「本当かどうかはわかりませんが、山南王を殺したチヌムイとタブチが八重瀬グスクで戦死した事にすれば、一応、けじめは付きます。 「来月になったらヤマトゥの商人たちがやって来ます。そろそろ、準備を始めた方がよろしいかと思います」と照屋大親が言った。 王妃はうなづいて、「 「この首はどうするのですか」と豊見グスクヌルが王妃に聞いた。 「あなたに頼むわ。それで呼んだのよ」 「頼むって言われても、体と別れた頭だけを埋めたら 「三人に祟られたら恐ろしいわね。八重瀬グスクに返しましょう」 「それがいいわ」と豊見グスクヌルはうなづいた。
問題は誰に与那原グスクを任せるかだった。サハチはマサンルー(佐敷大親)を与那原大親にして、長男のシングルーを佐敷大親にすればいいと言ったが、十七歳のシングルーではまだ無理だと皆に反対された。 マチルギはジルムイに任せようと言った。ジルムイは首里の十番組のサムレーで、マウシとシラーと一緒に楽しくやっているようだった。一緒にヤマトゥ旅をしてから三人は仲がよく、ジルムイだけを離してしまうのはうまくないような気がするとサハチは思っていた。 「 「おい、そんな事、まだ決めていないぞ」とサハチはマチルギを見た。 「イハチの妻のチミーは具志頭按司の娘よ。チミーの母親のナカーがいるから、イハチでも按司は務まるわ」 「まあ、そうじゃな」と思紹はうなづいた。 「イハチが具志頭按司になって、チューマチがミーグスク大親なのに、兄のジルムイが首里のサムレーだなんておかしいわ」 「ジルムイは将来、サムレー大将になって、兄のサグルーを助けるって言って、サムレーになったんだ。ジルムイは 「そうだったのか」と思紹が驚いた顔をした。 「ジルムイも考えているんじゃのう。サグルーが中山王になった時、ジルムイがサムレーの総大将か。うむ、それはいい考えじゃ」 「ジルムイ、マウシ、シラーの三人はサムレー大将になるために必死に修行を積んで頑張っています。今のまま見守った方がいいと思います」 サハチはそう言ったが、マチルギは納得しかねているようだった。 「サグルーを与那原大親にして、その三人を与那原のサムレー大将にするというのはどうじゃ?」と思紹が言った。 「えっ!」とサハチもマチルギも馬天ヌルも驚いて思紹を見た。 「サグルーは島添大里の若按司ですよ」と馬天ヌルが言った。 「中山王の 思紹がそう言うとマチルギと馬天ヌルがサハチを見てから、顔を見合わせて笑った。 「確かに、世子は首里にはいないわね」と馬天ヌルが言って、「サグルーにその三人を付けるのも面白いかもね」と賛成した。 「でも、その三人にサムレー大将が務まるかしら」とマチルギが心配した。 「与那原にはヂャンサンフォン殿がいる。ヂャンサンフォン殿に鍛えてもらえばいい」 「そうですね」とマチルギが賛成して、サグルーが与那原大親になる事に決まった。 「サグルーが出て行って、イハチも出て行ったら、島添大里グスクの留守を守る者がいなくなるな」とサハチが言うと、 「マグルーがいるわ」とマチルギが言った。 「おっ、そうだった。南部一の ウニタキがやって来て、島尻大里グスクの状況を知らせた。 「摩文仁大主が山南王になって、配下の按司たちは皆、島尻大里グスクに閉じ込められたのか」と思紹は喜んだ。 「これで、玻名グスクも米須グスクもわしらのものとなるのう」 「李仲按司の作戦ですかね」とサハチが言った。 「シタルーの軍師じゃったというからのう。摩文仁大主の裏の裏をかいたのじゃろう。さすがじゃのう」 これで他魯毎の勝利だなとサハチたちは喜び合った。 |
島尻大里グスク
豊見グスク
首里グスク