愛洲のジルー
シンゴとマグサの船が 知らせを聞いたサハチは すでに、『対馬館』で歓迎の サミガー 「ルクルジルー様(早田六郎次郎)が来たのよ」とマチルギがサハチに言った。 「なに、ルクルジルーが来たのか。無事に 「かなりの損害があったようだけど、それ以上の収穫があったらしいわ。ササたちと一緒に浜辺の方にいるわよ」 サハチが浜辺の方に行こうとしたら、マチルギがサハチの手を引いて、「ササなんだけど、おかしいのよ」と言った。 「あたしたちが来るより先にここに来ていて、シンゴさんが連れて来たお客様と会ったんだけど、急に女らしくなって、言葉もいつもと全然違うのよ」 「何だと?」 「以前に、シラーと出会った時も、ササはそんな感じだったんでしょ。もしかしたら、ササのマレビト神なのかしら」 「何者なんだ。お客様というのは?」 「伊勢の国の水軍大将の倅みたい。年の頃はササと同じくらいだと思うわ。 「ほう、水軍の大将の倅か。どんな奴だか見て来よう」 「ササにお似合いよ」とマチルギは笑った。 ササ、シンシン、ナナ、四人のササの弟子たちと一緒に、ルクルジルー、サイムンジルー(左衛門次郎)、クサンルー(小三郎)の三人がいて、見知らぬ三人の男がいた。 サハチを見ると、「お久し振りです」とルクルジルーが挨拶をして、サイムンジルーとクサンルーが頭を下げた。三人と会うのは五年振りだった。明国に行って危険を乗り越えてきたせいか、三人とも頼もしくなっていた。 「とうとう琉球にやって参りました」とルクルジルーはさわやかに笑った。 「俺が琉球に行くと言ったら、ミナミが一緒に行くって駄々をこねましたよ。琉球のお爺に会いに行くってね」 サハチは嬉しそうに笑って、「ミナミも大きくなっただろうな」と言った。 「十一歳になって、ユキから剣術を習い始めました」 「そうか、ミナミが剣術を始めたか‥‥‥弟ができたんだってな。おめでとう」 「まだ三歳ですが、お爺ちゃんによく似ているとみんなから言われています」 「サイムンタルー殿(早田左衛門太郎)が喜んでいるだろう」 「孫の顔を見るために、ちょくちょく船越までやって来ています」 「そうか」とサハチはサイムンタルーが孫の三郎を抱いている姿を想像して笑った。 「 三人とも同じ年頃の若者で、日に焼けた顔と潮焼けした髪が、一年中、船の上にいる事を物語っていた。 「お世話になります」と挨拶した愛洲次郎は、若いのに大将という風格が感じられた。水軍の大将になるように育てられて、子供の頃から家臣たちの子供を引き連れて遊んでいたのだろう。 「去年の春、京都に行った時に、琉球の噂を聞きました。琉球の人たちはいつも 「お姫様って、わたしの事なんですのよ」とササは嬉しそうな顔をしてサハチに言って、うっとりするような目をして愛洲次郎を見ていた。 マチルギが言うように、愛洲次郎はササとお似合いだが、気まぐれなササの事だから、やっぱり違ったわと言い出しかねない。二人の仲がうまくいってくれればいいとサハチは願った。 ササたちはいつものように女子サムレーの格好だが、ササはいつものようにあぐらをかいていなかった。きちんと正座をしている。シンシンとナナはあぐらをかいていて、弟子たちは師匠を見習って正座をしていた。 ササは御台所様たちと一緒に伊勢の神宮に行った時の話をしていた。しゃべり方も笑い方も手の仕草もおかしかった。京都の高橋殿の屋敷に仕えている侍女たちのような話し方だ。そんなササをシンシンもナナも四人の弟子たちも ササたちの隣りでは、シンゴとマグサがユリ、ハル、シビーと一緒にいた。ユリたちは安須森ヌルと一緒に サハチは隣りに移動して、シンゴにルクルジルーと愛洲次郎を連れて来てくれたお礼を言って、 「無事に帰って来て、よかったんだが、帰らなかった者たちも多いんだよ」とシンゴは苦しそうな顔をして言った。 「わしの親戚の者も帰って来ませんでした」とマグサが言った。 「そうだったのか。明国も警戒が厳重になっているんだな」 「それでも、 「サイムンタルー殿も大変だな」と言ってから、「 「永楽帝は 「なに、鄭和は旅に出たか」とサハチは安心した。 「ところで、マツとトラはどうしている?」 「なぜか、琉球から帰ったら、あの二人は以前よりも真面目になって、兄貴と一緒に対馬を統一しようと頑張っているよ」 「あいつらが真面目になったか」とサハチは笑って、「旅芸人の踊り子がトラの息子を産んだよ」と言った。 「なに、フクがトラの息子をか」とシンゴは驚いた。 「名前はグマトゥラ(小寅)だ」 「グマトゥラか‥‥‥トラが知ったら飛んで来るだろう」とシンゴは楽しそうに笑った。 サハチは振り返ってササを見て、「愛洲次郎というのは何者だ?」とシンゴに聞いた。 「ササ、おかしいわ」とユリが笑った。 「あれが普通で、いつものササ そういう見方もあるなとサハチは思った。 「伊勢の神宮の南に五ヶ所浦という港があるんだ。そこを本拠地にしているのが愛洲一族なんだよ。そこは伊勢参詣をした者たちが船に乗って熊野参詣に向かう港で、結構、参詣客で賑わっているようだ。南北朝で争っていた頃は熊野水軍と一緒に、愛洲水軍は南朝方として活躍したんだよ。次郎の祖父は九州まで来て、 「そうか。取り引きに来たのなら大歓迎だ」とサハチは笑った。 安須森ヌルが酒と料理を持ってやって来た。 「ササのマレビト神がやって来たみたいね」と安須森ヌルはササを見て笑った。 「本当にマレビト神なのか」とサハチは安須森ヌルに聞いた。 「ササは見たのよ。誰だかわからないけど、マレビト神が来る場面をね。それで、知らせが来る前にここに来て、お船が着くのを待っていたのよ」 「なに、ササは知らせが来る前に、ここに来ていたのか」とサハチは驚いた。 「ササがやって来たので、ウミンター叔父さんも慌てて、みんなを迎える準備を始めたのよ。いつもより大勢の人が来たから、ササのお陰で間に合ったって喜んでいたわ」 「そうだったのか。それならマレビト神に違いないな。ササにもようやく幸せがやって来たか」 「ササも頑張っているから、幸せになってほしいわ」と安須森ヌルは言ってから、「山南王妃が 「えっ、どうして、王妃が来たんだ?」 「ウミトゥクと一緒にユーナに会いに来たのよ」 ユーナはキラマの島から戻って来ていた。ウニタキがシタルーの死を知らせて、もう大丈夫だと連れて来たのだった。ニシンジニーが ユーナは王妃と一緒に サハチがササたちの所に戻ると四人の弟子たちの姿はなかった。お酒が飲めない四人をナツの妹のアキが、おいしいお菓子があると言って連れて行ったという。 日が暮れる前に宴はお開きになって、対馬館に収まりきらない者たちを佐敷の 今から玻名グスクの陣地に戻っても仕方がないと思い、サハチも与那原に行って、宴の続きをして、翌日、本陣となっている 八重瀬グスクは厳重に守りを固めていた。焼け落ちた一の 「ルクルジルーが来たそうじゃな」とサハチの顔を見ると思紹が言った。 「ササが与那原に連れて行きました」 「なに、与那原に行ったのか」 サハチはうなづいた。 「お客さんの事はササに任せましょう。何かをさせておかないと、 思紹は笑ってから、「イシムイが戦線から離脱したそうじゃ」と言った。 「えっ、 「昨日の早朝、奴は包囲陣を突破して、 「東の方というと今、造っているグスクに行ったのか」 「いや、さらに東だ。 「イシムイは叔父を見捨てて帰ったのか」 「 ウニタキはそう言ってから、絵地図を見て、誰がどこを攻めているかを教えてくれた。 賀数グスクには戦死した次男の妻のマニーがいて、侍女と一緒に捕まって、 ナーグスクは様子を見に行った李仲按司が開城した。ナーグスクにいたのは伊敷ヌルで、三十人の兵が守っていた。李仲按司が声を掛けると伊敷ヌルは二人の子供を連れて出て来て、子供の父親は他魯毎だと言った。李仲按司には信じられなかったが、伊敷ヌルは他魯毎からもらったという短刀を見せた。 その短刀には見覚えがあった。他魯毎が豊見グスク按司になった時、シタルーからもらった物だった。他魯毎は常に身に付けていたが、ある時期から見なくなった。どうしたのかと聞いたら、大切にしまってあると言った。 「この子が生まれた時に、守り刀にしろと言っていただきました」と伊敷ヌルは言った。 李仲按司は子供を見た。六歳くらいの女の子と四歳くらいの男の子だった。娘は母親に似て可愛い顔をして、大きな目で李仲按司を見ていた。男の子は恥ずかしそうに母親の後ろに隠れていたが、その仕草が子供の頃の他魯毎とよく似ていた。 「戦が終わるまで、このグスクを守っていてくれ」と李仲按司は伊敷ヌルに頼んだ。 「新垣グスクですが、 「それは無理でしょう」とファイチが言った。 「新垣グスクは島尻大里グスクに近すぎます。新垣グスクが中山王のものとなってしまえば、他魯毎は山南王になって島尻大里グスクに入っても、新垣グスクが気になって夜も眠れないでしょう」 確かにファイチの言う通りだった。新垣グスクは島尻大里グスクを守る出城の一つだった。他魯毎が思紹の娘婿だとしても、出城を渡すわけがなかった。 「新垣按司はタブチの幼馴染みで、シタルーの重臣だった」とウニタキが言った。 「タブチと他魯毎が争った時、シタルーの息子より幼馴染みのタブチを選んだ。タブチが抜けて、成り行きから 「降参したとしても命は助かるまい。摩文仁の大将として戦っていたからのう」と思紹は言った。 「自分は助からなくても若按司を助けようと思っているのかもしれません。若按司の妻は照屋大親の娘です」 「すると、倅のために降伏するかもしれんな」 「真栄里按司の方はどうだ?」とサハチはウニタキに聞いた。 「真栄里按司には三人の倅がいる。長男と次男が妻を迎える時、真栄里按司は豊見グスクにいたシタルーの重臣だった。その頃の重臣の娘を妻に迎えたと思うが誰だかわからない。三男が妻を迎える時は、山南王になったシタルーの重臣になっていたので、糸満按司の娘を迎えている」 「真栄里按司は三男に跡を継がせようと考えるかもしれんな」と思紹が言った。 「イシムイが抜けたので、皆、保身の道を探るかもしれません。そうなると、あまり抵抗はせずに降伏するかもしれません」とファイチが言った。 「周りの者たちが降伏しても、摩文仁は降伏せんじゃろう。島尻大里グスクをどうやって落とすかが問題じゃな」と思紹は腕を組んだ。 「こっちの状況はどうなんだ? 降伏しそうなグスクはあるのか」とサハチはウニタキに聞いた。 「ないな」とウニタキはあっさりと言った。 「 「戦はまだまだ終わりそうもないのう」と思紹が渋い顔をした。 サハチは玻名グスクの陣地に帰った。ウニタキは山グスクに向かった。米須グスクも波平グスクもグスク内に味方の者を入れるのに成功したが、山グスクだけは入れられなかった。何とか潜入する手立てを考えなくてはならないと言っていた。
シンゴたちの船が来たのが正月の二十日で、その日の早朝、イシムイが逃げて行った。 二十二日、娘を人質に取られていた真栄里按司が降伏した。娘を殺してまでも、摩文仁に義理立てする筋はないと判断したようだ。真栄里按司と若按司は捕まって、糸満大親の娘婿の三男が父親の跡を継いで、真栄里大親になった。 タブチは重臣たちに按司を名乗らせたが、他魯毎は以前のごとく大親を名乗らせた。 「お前の活躍次第では、父親と兄の命を助けられるかもしれない」と照屋大親に言われた三男は兵を率いて、照屋大親たちと一緒に新垣グスク攻めに加わった。 真栄里按司の次男は父と兄が捕まって、弟が跡を継いだ事など知らずに、島尻大里のサムレーとして島尻大里グスクを守っていた。 二十三日、新垣グスクは他魯毎の重臣たちの兵に囲まれた。照屋大親から真栄里按司が降伏した事を知らされた新垣按司は、照屋大親の娘婿の若按司に跡を継がせてくれたら降伏すると言った。 その事は王妃から許しを得ていた照屋大親だったが、警戒して、すぐには返事をせずに、グスク内にいる石屋のテハの妻と子を引き取った。テハの妻から新垣按司が戦の準備をしている様子はない事を知ると翌日、条件を呑んだ。新垣按司はグスクを開城した。按司は捕まって豊見グスクに送られ、若按司が跡を継いで新垣大親を名乗り、重臣たちと一緒に真壁グスク攻めに加わった。 その後は 二月九日、首里グスクでお祭りが行なわれた。お芝居は安須森ヌルの新作『 無事にお祭りも終わって、ササたちはルクルジルーたち、愛洲次郎たちを連れて琉球一周の旅に出た。ササたちはウタキ巡りも兼ねていた。豊玉姫の神様に言われたように、忘れ去られてしまったウタキを探し出して、復活させなければならなかった。ヂャンサンフォンと 右馬助は前回、ヌルたちと一緒にヤンバルに行った時、何かを感じたらしく、もう一度、ヤンバルに行ってみたいと言って付いて来た。琉球に来てから修行 |
馬天浜
八重瀬グスク