沖縄の酔雲庵

尚巴志伝

井野酔雲







シヌクシヌル




 佐敷グスクのお祭り(うまちー)の三日後、ササ(馬天若ヌル)の四人の弟子たちとマユ(安須森若ヌル)の一か月の修行が終わった。

 ヂャンサンフォン(張三豊)は運玉森(うんたまむい)ヌル(先代サスカサ)と二階堂右馬助(にかいどううまのすけ)を連れて『山グスク』に移って行った。ヂャンサンフォンのもとで修行を続けていた『ルクルジルー(早田六郎次郎)』たちと『愛洲(あいす)ジルー』たちも山グスクに移動した。武術道場として栄えていた運玉森は急に静かになってしまった。

 運玉森ヌルは運玉森を去るに当たって、

「今日からあなたが『運玉森ヌル』よ」とササに告げた。

 ササは驚いた。運玉森ヌルを継ぐ若ヌルは育てるが、自分が運玉森ヌルになるなんて考えてもいなかった。

「わたしは『山グスクヌル』を名乗るつもりよ。運玉森のウタキ(御嶽)の事は頼むわね」

 断る事はできなかった。

「かしこまりました。ウタキを守ります」とササは『運玉森ヌル』を継ぐ決心を固めて、運玉森ヌルを送り出した。

 サグルー(山グスク大親)はジルムイ(島添大里之子)、マウシ(山田之子)、シラー(久良波之子)の三人のサムレー大将と三人が率いているサムレーたちを連れて山グスクに移ったが、重臣たちや役人たち、女子(いなぐ)サムレーたちは残っていた。シラーとシンシン(杏杏)はようやく一緒にいられると思っていたのに、また離れる事になってしまった。

「あなたはもう一人前のヌルよ。山グスクに行ってもいいのよ」とササは言ったが、

「まだまだよ。南の島(ふぇーぬしま)の事も調べなければならないし、もう少し、ササと一緒にいるわ」とシンシンは言った。

 ササは笑って、シンシンにお礼を言った。

 翌日、ササたちは四人の弟子たちとマユを連れて『セーファウタキ(斎場御嶽)』に向かった。『運玉森ヌル』を継いだ事を『豊玉姫(とよたまひめ)の神様』に報告するためだった。

 久手堅(くでぃきん)ヌルを訪ねて、ヌルの正装に着替えてから久手堅ヌルと一緒にセーファウタキに入った。豊玉姫の神様が降臨(こうりん)する大岩の入り口にある『イリヌムイ(寄満(ゆいんち))』に行くと先客がいた。

 三人のヌルがお祈りをしていた。ササの知らないヌルたちだったが、久手堅ヌルは知っていた。

「『先代の島尻大里(しまじりうふざとぅ)ヌル』だわ」と久手堅ヌルは言った。

「一緒にいるのは『慶留(ぎる)ヌル』と『玻名(はな)グスクヌル』のようね。去年の『安須森参詣(あしむいさんけい)』の時に会ったわ」

 慶留ヌルは先々代の島尻大里ヌルだったとササは誰かから聞いた事があった。山南王(さんなんおう)のヌルたちがどうして、ここにいるのだろうと不思議に思った。しばらく待っているとお祈りが終わって、三人は立ち上がってササたちの所に来た。

「久手堅ヌル様ですね。ここに来る前に御挨拶するつもりでしたが、お屋敷がわからなかったものですから申しわけございませんでした」と『喜屋武(きゃん)ヌル』になった先代の島尻大里ヌルが頭を下げた。

「いいのですよ。ここに来るのにわたしの許可はいりません。ヌルでしたら御自由にお祈りできます」

 喜屋武ヌルがササを見たので、久手堅ヌルはササを『馬天(ばてぃん)の若ヌル』と紹介した。それを聞いて玻名グスクヌルが怖い顔をしてササを睨んだ。慶留ヌルも冷たい視線を投げ付けた。

「お噂は色々と聞いております。あなたのお母様には大変お世話になりました。山南王(他魯毎)と中山王(ちゅうさんおう)(思紹)が親子の関係になったので、久し振りにここに来たくなったのです」

「以前にも来た事があったのですか」とササは聞いた。

「若い頃です。叔母の島添大里(しましいうふざとぅ)ヌルに連れられて、ここに来ました。若ヌルだった慶留ヌルも一緒でした」

 喜屋武ヌルは軽く笑って、「父(汪英紫)に『東方(あがりかた)』を偵察して来いと命じられたのです」と言った。

「その頃の父は玉グスク按司を倒そうとしておりました。明国(みんこく)(中国)に行ってから父は変わりましたが、その後も山南王と東方は対立していて、ここに来る事はできませんでした。去年、ヤンバル(琉球北部)の『安須森』に行ってから、もう一度、ここに来たいと思っていたのです」

「ここは古くから玉グスクヌル、垣花(かきぬはな)ヌル、知念(ちにん)ヌル、浦添(うらしい)ヌル、運玉森ヌルたちが就任の儀式を行なった『神聖な場所』です。これから馬天若ヌルが『運玉森ヌル』に就任する儀式を行ないます」と久手堅ヌルが喜屋武ヌルたちに言った。

「わたしたちもその儀式に参加してもよろしいでしょうか」と喜屋武ヌルが聞いた。

「新しい『運玉森ヌル』を皆さんも祝福して下さい」と久手堅ヌルは許可した。

 ウタキの前に儀式用の祭壇があり、祭壇の手前にササが座って、その後ろに久手堅ヌル、シンシン、ナナが並び、その後ろにマユ、チチー、ウミ、ミミ、マサキと若ヌルたちが並び、その後ろに喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルが並んだ。

 ササがお祈りをすると『豊玉姫の神様』の声が聞こえて来た。

「ようやく、『運玉森ヌル』を継ぐ決心をしたのね」

「この『ガーラダマ(勾玉)』を身に付けている限り、継がなければならないと覚悟を決めました」

「これで四人が揃ったわね」

「サスカサ(島添大里ヌル)と安須森ヌル(先代佐敷ヌル)が、ここで儀式を行なって就任したと聞いていますが、母も『真玉添(まだんすい)ヌル』に就任したのですか」

「二年前にここに来た時に儀式をしたのよ。でも、『真玉添』はもうないので、『馬天ヌル』のままだけど、それでいいのよ。『馬天ヌル』の名前はヌルたちの間に知れ渡っているものね」

「そうだったのですか。知りませんでした」

「その時、馬天ヌルと一緒に来た麦屋(いんじゃ)ヌルも『ユンヌヌル』に就任したのよ。麦屋ヌルは『ユンヌ姫のガーラダマ』を持っていたの。あのガーラダマは、『アマン姫』が『スサノオ』からもらった『十種(とくさ)神器(じんぎ)』の中の一つのガーラダマなのよ。アマン姫がもらった『十種の神器』にはガーラダマが五つあって、『ユンヌ姫』、『百名姫(ひゃくなひめ)』、『キーダカ姫』、『垣花姫』、『キキャ姫』に与えたのよ。ユンヌ姫のガーラダマは『麦屋ヌル』が持っていたわ。百名姫のガーラダマは久高島(くだかじま)の『フカマヌル』が持っているわ。キーダカ姫のガーラダマは行方不明だったけど、『小渡(うる)ヌル』が見つけて、『久高ヌル』を継いだわ。キキャ姫のガーラダマは『鬼界島(ききゃじま)(喜界島)』にあると思うけどわからないわ。垣花姫のガーラダマはどこに行ってしまったのか、行方不明のままなのよ。五人が揃えば、あなたたちの助けになるでしょう」

 麦屋ヌルが『ユンヌ姫のガーラダマ』を持っていたなんて知らなかった。麦屋ヌルは『与論(ゆんぬ)ヌル』だったので、持っていて当然のような気もするけど、与論島(ゆんぬしま)では何度も戦があったと聞いている。なくならないで麦屋ヌルが持っている事が不思議に思えた。それに、フカマヌルが『百名姫のガーラダマ』を持っている事も知らなかった。

「フカマヌルの祖父のシラタル親方(うやかた)様は『百名姫様』の子孫だと聞きましたが、シラタル親方様が『百名姫様のガーラダマ』を持っていたのですか」とササは聞いた。

「そうよ。『百名ヌル』は途絶えてしまったんだけど、ガーラダマはシラタル親方に伝わったのよ。母親の形見として大事に持っていて、娘が『フカマヌル』になった時に、そのガーラダマを贈ったのよ。今は孫娘が持っているわ」

「そうだったのですか」とササは納得した。

「そろそろ儀式を始めるわね」と豊玉姫が言って、儀式が始まった。

 ササは豊玉姫の指示通りに『神歌(かみうた)』を歌った。

 ササと豊玉姫の会話が聞こえたのは久手堅ヌルとシンシンだけだったが、儀式が始まってからは若ヌルたちを除いたナナ、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルにも豊玉姫の指示する声が聞こえて、言われるままに、ササの『神歌』に和すように『神歌』を歌った。

 突然、ササが立ち上がって着物を脱ぎ始めた。すべてを脱いで、ガーラダマだけを身に付けたササは祭壇に上がるとひざまずいてお祈りを捧げた。一瞬、驚いた顔をしてササを見ていたシンシン、ナナ、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルも神歌を歌いながら立ち上がって着物を脱ぎ始めて、ガーラダマだけの全裸になって祭壇に上がった。五人のヌルたちは神歌を歌いながらササの周りを回った。

 ササが立ち上がって、両手を広げて空を見上げた。空から光が差して来たかと思うと、『運玉森ヌルの神様』がゆっくりと降りて来て、ササと一体化した。

 ササの引き締まった体が光り輝いた。

 ササの周りを回っていた五人のヌルたちはササを囲むように座って、ササを見上げながらお祈りを捧げた。

 どこからか神秘的な笛の調べが流れて来て、ササが舞い始めた。五人のヌルたちも立ち上がって、ササの周りを舞い始めた。

 大きな綺麗な蝶々の群れがやって来て、舞っているヌルたちの周りを優雅に飛び回っていた。

 蝶々がいなくなるとササたちの舞も終わった。ササがウタキに向かってひざまづき、その後ろに五人のヌルたちがひざまづいてお祈りをして、『運玉森ヌル』の就任の儀式は終わった。

 ササたちは祭壇から降りて着物を着ると感謝のお祈りを捧げた。

 若ヌルたちは夢見心地で、目を閉じたままお祈りを捧げていたので何が起こったのかわからなかった。

「ここでの儀式は他言してはなりません」という豊玉姫の神様の声を全員が聞いていた。そして、ササだけに聞こえる声で、

「『アマン姫』に会って行ってね。面白い事が起こるわよ」と言った。

 目を開けた若ヌルたちは神様の声が聞こえたわと喜び合っていた。

 喜屋武ヌルと慶留ヌルと玻名グスクヌルは夢から覚めたかのような顔をして、祭壇を見つめ、自分の姿を見ていた。裸になって祭壇に上がったような気がするが、はっきりとした記憶がなかった。ただ、心の中がすっかり洗われたような、すがすがしい気分になっていた。

 シンシンとナナは儀式の内容をはっきりと覚えていて、豊玉姫の神様から、「これからもササを助けてやってね」と言われた。ナナは初めて『豊玉姫の声』を聞いて感激していた。

「『アマン姫様』に『運玉森ヌル』を継いだ事を報告に参ります」とササは久手堅ヌルに言った。

「それがいいわね」と久手堅ヌルは笑った。

 ササたちは『アガリムイ(三庫理(さんぐーい))』に向かった。喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルも一緒に付いて来た。三人は頭がぼうっとしていて何も考えられなかった。ただ、みんなのあとに従うしかなかった。

 二つの大岩がぶつかっている所を抜けると四方を岩壁で囲まれた『アマン姫』のウタキがあった。ササはウタキの前に座ってお祈りをした。

「わたしの娘の『運玉森姫』が喜んでいたわ。ササが『運玉森ヌル』を継いでくれたってね」と『アマン姫の神様』の声が聞こえた。

「名前に恥じないように頑張ります」とササは言った。

「あなたなら大丈夫よ。今日は大勢連れて来たのね」

「五人の若ヌルたちと喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルです」とササはみんなを紹介した。

「喜屋武ヌルと慶留ヌルは以前に来た事があるわね。玻名グスクヌルは初めてね」と言ってから、アマン姫は驚いたような声で、「あなた、その『ガーラダマ』はどうしたの?」と言った。

 玻名グスクヌルは驚いた。突然、神様の声が聞こえたのだった。

「この『ガーラダマ』は母からいただきました」と玻名グスクヌルは答えた。

「あなたのお母さんは『玻名グスクヌル』なの?」

「違います。母は具志頭按司(ぐしちゃんあじ)の娘です。母は祖母からいただいたと言いました。祖母は『垣花ヌル』の娘で、具志頭按司に嫁いだそうです」

「あなたのお祖母(ばあ)さんが『垣花ヌル』の娘だったのね」とアマン姫は納得したように言った。

「玻名グスクヌルの『ガーラダマ』がどうかしたのですか」とササはアマン姫に聞いた。

「その『ガーラダマ』はわたしが父からいただいたガーラダマなのよ」

「えっ!」とササは驚いて、「スサノオの神様からいただいた『十種の神器』の中の一つなのですね?」と聞いた。

「そうなのよ。孫の『垣花姫』にあげたガーラダマなの。代々垣花ヌルに伝わっていたんだけど、いつの間にか行方不明になっていたの。どうやら、玻名グスクヌルの(ひい)お祖母さんが、具志頭に嫁ぐ娘にお守りとしてあげたみたいね」

「そんな大事な『ガーラダマ』をヌルでもない娘にあげてもいいのですか」

「垣花ヌルは古いヌルだから貴重なガーラダマをいくつも持っているのよ。その中の一つがそれなの。見つかってよかったわ」

「そのガーラダマを『玻名グスクヌル』が持っているという事は『垣花ヌル』を継ぐという意味ですか」

「いいえ。『垣花ヌル』は代々按司の娘が継いでいるから、玻名グスクヌルが継ぐ事はできないわ」

「わたしはこれからどうしたらいいのでしょう?」と玻名グスクヌルがアマン姫に聞いた。

「玻名グスクは敵に奪われて、もう、『玻名グスクヌル』を名乗る事はできません」

「あなたは父親と兄たちの(かたき)を討とうと考えているのね?」

「兄弟を守るのがわたしの使命でしたが、守る事はできませんでした。せめて、敵を討たなければ、父や兄たちに顔向けができません」

「あなたのお父様もお兄様も、あなたが敵討ちをする事なんて望んではいないわ。あなたがその『ガーラダマ』を身に付けているという事は、何かやるべき事があるという事を意味しているのよ。何をやるべきなのか、よく考えてみなさい」

 玻名グスクヌルは胸に下げた『ガーラダマ』をじっと見つめた。

「わたし、先代からいただいたガーラダマを海でなくしてしまいました。大変な事をしてしまったと悩んでいたら、母がこの『ガーラダマ』をくれたのです。この『ガーラダマ』がそんな貴重な物だとはまったく知りませんでした」

「その『ガーラダマ』があなたを選んだのかもしれないわね」

「わたしは何をやるべきなのでしょうか」

「それは自分で見つけるしかないわ。あるいは、その『ガーラダマ』が教えてくれるかもしれないわね。あなたに新しい名前を付けてあげるわ」

「よろしくお願いいたします」と玻名グスクヌルは頭を下げた。

「あなたの曽お祖母さんの事を思い出したわ。曽お祖母さんはあなたのお祖母さんをヌルにするつもりでいたの。御先祖様の神様からお告げがあって、娘を『シヌクシヌル』にするつもりでいたのよ。でも、弟の垣花按司から頼まれて、娘を具志頭に嫁がせるしかなかったの。その時、わたしに相談したのよ。まだ時期が早いから大丈夫。きっと、あなたの孫か曽孫(ひまご)が『シヌクシヌル』を継ぐでしょうとわたしは答えたの。その曽孫があなたなのよ」

「『シヌクシヌル』というのは、どこのヌルなのですか」

「それはまだ教えられないわ。あなたが覚悟を決めたら教えてあげる。初代の『シヌクシヌル』は、垣花ヌルを継いだわたしの孫娘が産んだ娘なの。今は途絶えてしまっているわ。あなたが継いでくれたら曽お祖母さんは喜ぶでしょうね」

 祖母が継ぐはずだったのなら、自分が継がなければならないと玻名グスクヌルは思った。

「わたしに継がせて下さい」と玻名グスクヌルは言った。

「『シヌクシヌル』になると敵討ちはできなくなるわよ。それでもいいの?」とアマン姫は聞いた。

「どうして敵討ちができないのですか」

「『シヌクシヌル』は按司を守るヌルではなくて、神様にお仕えするヌルなのよ。私情は捨てなければならないわ」

 玻名グスクヌルは敵討ちを諦める事はできなかった。

「覚悟が決まったら、またいらっしゃい」

 玻名グスクヌルはうなだれた。

 ササたちは『アマン姫』と別れて、セーファウタキを出て、久手堅ヌルの屋敷に行った。

 屋敷に入った途端、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルの三人は疲れがどっと出てきて、すぐに休んでしまった。若ヌルたちも疲れたと言って休んだ。

「あの三人、『豊玉姫様』に呼ばれてセーファウタキに来たのかしら?」と久手堅ヌルがササたちに言った。

「豊玉姫様はどうして山南王のヌルたちを呼んだのかしら?」とナナが首を傾げた。

「アマン姫様のガーラダマを持っている『玻名グスクヌル』を呼んだんじゃないかしら」とササが言った。

「喜屋武ヌルと慶留ヌルは『玻名グスクヌル』をセーファウタキに連れて行く役目だったのよ。久手堅ヌル様は『シヌクシヌル』って知っています?」

 久手堅ヌルは首を振った。

「初めて聞くヌルだわ」

「垣花ヌルだった玻名グスクヌルの曽お祖母さんが娘をそのヌルにしようとしたんだから、垣花に関係あるヌルに違いないわ。明日、垣花のウタキに行って、曽お祖母さんに会ってみましょう」

「あたしにも曽お祖母さんの声が聞こえるかしら?」とナナが言った。

「『豊玉姫様』と『アマン姫様』の声が聞こえたんだからきっと聞こえるわよ」とササが言うと、ナナは大喜びした。

「あたしもようやく『神人(かみんちゅ)』になれたのね」

「そうよ。ナナも立派な『神人』よ」とササも喜んだあと、「シンシンもナナもまだヌルの名前がないわ。『アマン姫様』に付けてもらいましょ」

 翌朝、喜屋武ヌル、慶留ヌル、玻名グスクヌルの三人と若ヌルたちは目を覚まさなかった。ササとシンシンとナナはセーファウタキのアガリムイに行って、『アマン姫の神様』と会った。

「シンシンは『今帰仁(なきじん)ヌル』を名乗ればいいわ」とアマン姫が言ったので、ササたちは驚いた。

「中山王は山北王(さんほくおう)を倒すんでしょ。シンシンが新しい今帰仁ヌルになるのよ。そのガーラダマは初代今帰仁ヌルの『アキシノ』の物なんでしょ」

「わたしが『今帰仁ヌル』を継いでもいいのですか」とシンシンは聞いた。

「大丈夫よ。『クボーヌムイ(クボー御嶽)』にいる『アキシノ』が助けてくれるわ」

「『クボーヌムイ』なんですけど、あのウタキは今帰仁グスクよりも古いのでしょう。あそこにいたヌルたちはどうなったのですか」とササが聞いた。

「わたしの娘が『安須森姫』を継いで、その娘が『クボーヌムイ姫』を継いだのよ。安須森姫もクボーヌムイ姫も古くから続いているんだけど、昔の事はよくわからないの。わたしの孫娘が『クボーヌムイ姫』を継いでから一千年くらい経って今帰仁グスクができたのよ。『アキシノ』が『クボーヌムイ姫』を継いで、『今帰仁ヌル』と名前を改めたのよ。『アキシノ』はヤマトゥンチュ(日本人)だったけど、『シジ(霊力)』の高いヌルだったわ。クボーヌムイのヌルたちは皆、『アキシノ』に従ったのよ。シンシンは唐人(とーんちゅ)だけど、『アキシノ』を継ぐにふさわしいヌルだわ。もっと自信を持っていいのよ」

「ありがとうございます」とシンシンは感激して目を潤ませていた。

「ナナのガーラダマは読谷山(ゆんたんじゃ)で見つけたガーラダマの中の一つね」とアマン姫は言って、少し考えているようだった。

「その桜色のガーラダマの持ち主がわかったわ。『クーイ姫』の物だったわ」

「クーイ姫?」

 ササたちが聞いた事もないヌルだった。

「『クーイ姫』は運天泊(うんてぃんどぅまい)の近くにある『沖の郡島(うーちぬくーいじま)(古宇利島)』のヌルよ。あの島も『久高島』のように神様の島と呼ばれているの。『アマミキヨ様』の一族が北上して、あの島に住み着いて、伝説ができたようね。わたしの息子と結ばれた『クボーヌムイ姫』の娘が『沖の郡島』に行って初代の『クーイ姫』になったのよ」

「アマン姫様の孫のクボーヌムイ姫様の娘さんがアマン姫様の息子さんと一緒になったのですか」とササは聞いた。

「そうじゃないわよ。クーイ姫のお姉さんの『クボーヌムイ姫』が跡継ぎに恵まれなくて、わたしの孫娘が跡を継いだのよ。クーイ姫と一緒になったわたしの四男は、『ユンヌ姫』のすぐ上の息子なの。初代の『クーイ姫』はわたしの義理の娘というわけよ」

 『クーイ姫』がユンヌ姫の義理の姉だと聞いて、ササたちは急に親しみが感じられた。

「そのガーラダマはわたしの長女の『玉グスク姫』が父(スサノオ)から贈られた『十種(とくさ)神器(じんぎ)』の中の一つなの。真玉添(まだんすい)が滅ぼされた時、『クーイヌル』も真玉添に来ていて、一緒に『与論島(ゆんぬしま)』に逃げたようね。今も『クーイヌル』がいるのかどうかわからないけど、山北王が滅んだら、『クーイヌル』を継げばいいわ。二人とも、山北王が滅びるまでは我慢してね」

 シンシンもナナも『山北王』に関係するヌルになるなんて驚きだった。

 ササたちが久手堅ヌルの屋敷に帰ると皆、起きていた。若ヌルたちは元気になっていたが、喜屋武ヌルと慶留ヌルと玻名グスクヌルはまだ頭がぼうっとしていて、昨日の事をはっきりとは思い出せないようだった。

 ササたちは久手堅ヌルと別れて、三人のヌルたちを連れて『垣花』に向かった。城下のはずれにある『ウタキ』に行ってお祈りをすると、『玻名グスクヌルの曽祖母』の声が聞こえた。

「お前が『ハニ』の孫娘なんじゃな?」

「『マフー』と申します」と玻名グスクヌルが答えた。

「わしが『ハニ』にあげた『ガーラダマ』を持っているんじゃな?」

「母からいただきましたが、わたしは『シヌクシヌル』を継ぐ事はできません。父と兄たちの敵を討たなければなりません」

「何を寝ぼけた事を言っているんじゃ。お前に敵が討てるわけがないじゃろう。父親の敵は山南王と山北王、兄たちの敵は中山王じゃ。お前は三人の王様を殺すつもりなのか」

 曽祖母にそう言われて、玻名グスクヌルは愕然となった。ただ敵を討たなければならないと思っていたが、現実から目をそむけていた。曽祖母の言う通り、敵は三人の王様だった。たった一人で、三人の王様を倒すなんてできるはずがなかった。

「お前は父親と兄たちを守るために何をやったんじゃ?」

「お祈りをしました。父や兄が戦に勝つために、必死にお祈りをしました」

「お祈りをするだけじゃ駄目なんじゃよ。周りの状況をよく見極めて、父や兄を正しい道に導くのがヌルのお務めなんじゃ。父や兄に従っているだけでは、本当のヌルとは言えん。父や兄が戦死したのは『運命(さだめ)』じゃったと諦めて、お前は新しい道を進むしかないんじゃよ。按司を守るのではなく、この琉球(沖縄)という国を守るために、神様にお仕えするんじゃ」

「わたしに『シヌクシヌル』になれと言うのですか」

「それがお前の『運命』なんじゃ」

「『シヌクシヌル』とは一体、どんなヌルなのです?」

「『シヌクシヌル』は『安須森ヌル』にお仕えしていたヌルなんじゃよ。『安須森ヌル』には重臣とも言うべき、三人のヌルがいたんじゃ。『シヌクシヌル』、『アフリヌル』、『シチャラヌル』の三人じゃ。初代の『シヌクシヌル』は垣花の出身だったんじゃよ。わしは『安須森』を復活させるために、娘に『シヌクシヌル』を継いでもらって、『アフリヌル』のもとへ送るつもりだったんじゃ。『アフリヌル』と一緒に『安須森』を復活させてほしかった。しかし、時期がまだ早かったようじゃ。二年前、偉大なる『佐敷ヌル様』によって『安須森』は復活して、佐敷ヌル様は『安須森ヌル』を継いだ。お前は『安須森ヌル様』を助けて、『安須森』を守らなければならないんじゃ」

 『安須森ヌル』を助けるなんてできなかった。『安須森ヌル』も(かたき)の一人だった。

「そんな事、わたしにはできません」と言って、玻名グスクヌルはガーラダマを曽祖母に返そうとした。しかし、不思議な事に『ガーラダマ』を首からはずす事はできなかった。

「お前の『運命』じゃ。急ぐ事はない。心を静めて、よく考える事じゃ」

 成り行きを見守っていたササたちは意外な展開に驚いていた。

「運玉森ヌル様、マフーをよろしくお願いいたします」

 そう言って、玻名グスクヌルの曽祖母は去って行った。

 玻名グスクヌルが『安須森ヌル』を補佐する『シヌクシヌル』になるのなら、『安須森ヌル』に預けた方がいいだろうとササは思った。

 ササたちは三人のヌルを連れて島添大里グスクに向かった。

 島添大里グスクに入るのは『喜屋武ヌル』も『慶留ヌル』も久し振りの事だった。喜屋武ヌルは島添大里ヌルとして、島添大里按司だった兄のヤフス(屋富祖)を守っていた。慶留ヌルも島添大里ヌルとして、伯父の汪英紫(おーえーじ)を守っていた。二人とも若かった頃を懐かしそうに思い出していた。

 ササが玻名グスクヌルの事を話すと、

「やっぱり縁があったようね。あたしが預かるわ」と安須森ヌルは言った。

「あなた、『敵討ち』をするなら強くなりなさい。あたしが鍛えてやるわ」と安須森ヌルは玻名グスクヌルに言って、木剣を持たせて稽古を始めた。

 木剣なんて持った事のなかった玻名グスクヌルは驚いたが、確かに強くなければ敵討ちはできないと納得して、安須森ヌルから剣術を習おうと決めた。

 ササたちは『玻名グスクヌル』を安須森ヌルに任せて、喜屋武ヌルと慶留ヌルを連れて運玉森に向かった。





与那原グスク



セーファウタキ




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